第49話 美味しい話に食いついてはいけません!

 ラタトスク社への侵入計画には二つの大きな障害が存在する。そのうちの一つを解決するために、俺は都内のボートレース場にやってきていた。


『バッカス1よりバッカスリーダー。こちら配置についた。風速、湿度、温度。すべて基準値以内。指示があればいつでも可能だ。それとターゲットは船券売り場近くだ。アプローチせよ』


「こちらバッカスリーダー。了解した。今からターゲットに接近する。ところでこんな茶番は必要なのかな?」


『バッカス1よりバッカスリーダー。作戦とはこういうものだ。ニュービー新人の君は世界最強である我がアメリカ軍のやり方を模倣せよ。オーバー』


 肩ひじ張ったマリリンの声が耳のインカムから響いてくる。最近はずっとビジネスマンやってたから忘れてたけど、この子はもともとは軍人さんなんだよね。今マリリンはこのボートレース場から1㎞以上離れたビルの屋上に待機している。そして俺とターゲットを邪眼で確認しながら、指示を送ってきている。彼女の邪眼は非常に便利。暗示や幻術だけでなく、透視や遠見も出来る。最近知ったけど、条件を満たせば敵の視界のジャックみたいなことも出来るらしい。もはや何でもござれだな。マジでチート。


「くそっ!またかよ!」


 今回のターゲットである中年男の当原あてはら利治としはるが船券売り場近くの表示板の前で、外れた舟券をぐしゃぐしゃに握りつぶして床に叩きつけていた。どうやら予想を外してしまったようだ。


「失礼。あなたは今のレースの予想外したんですよね?」


「何だあんた…?まあ外したよ。間違いなく一番人気がそのまま勝つはずの鉄板レースだったはずだったのにな!順当に勝てるはずだったのに!この様だ!三番人気にひっくり返された!くそ!」


 悔しそうに顔を顰めている。個人的に言えばギャンブルでスって悔しがるなんて馬鹿のやることだと思う。ましてや妻子を放っておいて、休日にこんなところに来るなんて尊敬も出来ない。


「ほう。それはそれは。ところでこの船券見てくれません?どうです?」


 俺はさっきのレースの船券を懐から取りだしてその男に見せつけた。


「おい…まじかよ?!さっきのレースで3連単を当てるなんて!」


 男は目を見開いて驚いている。俺はとっとと舟券を懐に仕舞う。何でかって言うと、すぐにぼろが出るからだ。今の舟券は遠く離れたところにいるマリリンが邪眼を使ってこの男の視界をジャックして偽の映像を送り込んで見せたフェイクなのだ。ただの外れ舟券を3連単的中の万舟券に見せかけたのだ。つまり幻術を使った詐欺である。もちろんバレたら懲役レベルの違法行為だが、どうせ証拠なんて残らないのでかまわない。


「私、予想屋なんですよ。どうですか?あなた見たところ負けが込んでるみたいだ。だから私の予想を一つ買いませんか?」


「予想屋?だが当てられるなら、自分で買えばいいじゃないか。人に予想を教える義理なんてないだろう?」


「いいえ。実はですね。昔の事ですが、レースを当てすぎてね。売り場には出禁になってるんです。船券を買いに行っても門前払いです。さっきの船券も他人に頼んで買ってもらった奴でね。私は予想を教える代わりに舟券を買ってもらって、その儲けを半分いただくことにしてるんです。そういう商売」


「なるほどな。なら次のレースも当てられるのか?」


「ええ、当てられます。次のレースは荒れますよ。私の勘ですが、間違いなく大穴が来ます。払い戻し率はかなり高いものになるはずだ。一万円分で、多分…3百万のバックはかたいですね…」


「そんなに…。たった一万で?」


「ええ、たった一万です。どうです?私が仮に詐欺師でも、損するのはたったの一万。ですがうまく行けば、その半分の150万円はあなたのものだ。どうです?」


「わかった。あんたの予想に乗ってやるよ!」


 そして俺は男に次のレースの予測を伝える。男はその通りに船券を買った。そしてマリリンにインカムで支持を出す。


『バッカスリーダーよりバッカス1。ターゲットは作戦通りに動いた。次のレース。仕掛けてくれ』


『バッカス1。了解した。腕が鳴るわね…ククク…』


 マリリンの不敵な笑い声がインカムの向こう側から響いてくる。後はマリリンを信じて待つのみだ。そして俺と男はレースをモニター越しに見守る。


『うおおおおおおおおおおおおお!!』


 レースが始まって会場は男たちの叫び声で満たされる。なかなかすごい世界があるもんだな。そしてレースは一番人気の選手が順当に先頭を行くものとなった。


「おい!?あんたの予測と全然違うじゃないか!!順当すぎるくらいだ!!ふざけんじゃねぇよ!!」


 男が泣きそうな顔で俺に文句を言ってくる。まだ終わってもいないのにもう負けたと思ってるって言うことにも腹立たしいが、それ以上にレーサーたちの健闘という他人の成果物に乗っかって儲けようとしているだけのくせに、まるで命がかかってるかのように喚く様に俺は軽蔑が湧くのを止められなかった。だけどそれはぐっと抑えて。


「まあ見ててくださいよ。レースはこれからなんですからね!」


 俺がそう言ったと同時に、レースに変化が表れた。会場に悲鳴にも似た叫びが響き渡る。


『わああああああああああああああああああああああああ!!???』


 一番人気の選手がターンの時に、少し水面の波でバランスを崩したのだ。そして大きく蛇行してしまい、後続の選手たちに次々と抜かれて行ったのだ。そしてさらに番狂わせが続く。二番人気の選手が突如ハンドル捌きをミスした。その結果ボートはバランスを崩す。そのままその選手は安全確保のため、その場で停止してしまった。そして大穴の選手がその混乱をついて、一気にトップに躍り出て、さらに俺が予測した順で他の選手が続き、ゴールインした。俺のレース結果予測が大当たりしたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る