第35話 美少女社畜に優しく丁寧にOJTしたいだけの人生だった~同じ質問は100回までなら許します!~

 採用面接ごっこが終わり、マリリンに正式に雇用契約書にサインして貰った後、私服に着替えてOJTを始めることにした。なおディオニュソス社は最先端の働き方改革を率先して行っているので、なんとジャージやスウェットでの勤務も可能である。意識高い?…むしろ低いのか…?


「で、あんたはあたしにどんな芸を仕込みたいの?」


「ウチは今後異能スキル関連のITサービスを展開していく。マリリンに主にまかせる仕事は基本的には経営とか営業とか人事とかプロジェクトのマネージメントなんだけど、主力のITサービスの根幹をちゃんと学んでおいて欲しいんだよね。だからプログラミングを学んでもらいます」


 マリリンは軍務経験を通して十分なビジネススキルの素養が身についている。ここで変に営業だのマネージメントだのを俺が教えても意味がない。そんなものよりも自社サービスの基礎の部分を学んでもらう方がずっと有用だろう。


「やれと言われればやるけど、あたしの専門は軍事学よ。一応兵器技術の根幹としての物理学とか化学とか数学は学んでるけど、コンピューターサイエンスには疎いわよ」


「問題ないっす。基礎学力さえあれば、業務に必要な部分は十分に習得可能だよ。このOJTの狙いはITを楽しく学んでもらうこと。そしてうちの会社のサービスを人々にわかりやすく売り込んでもらうための素養をみにつけることにある」


「なるほど。では何をすればいいの?」


「超簡単。まずはプログラミングの本を数冊渡すからそれをこなしてもらう。君は学があるし、地頭もいいから俺が隣で適当に口を挟むだけで十分に学べるだろう。そんでもって、ある程度プログラミングができるようになったら、実際にアプリを作ってもらいます!」


「アプリ…スマホとかの?難しそうだけど、あたしにもできるの?」


「大丈夫大丈夫!マリリンなら大丈夫!俺もついてる!レッツチャレンジだ!」


「ふふふ。わかった。頑張ってみる!それで何のアプリを作らせるの?」


「教材は決まってる。これだね」


 俺は自分のスマホを取りだして、とあるアプリを起動させて、それマリリンに見せる。


「ねぇ…これって…出会い系?」


 マリリンが見ているのは出会いを待ってる奴らのプロフィール画面。顔写真と名前と趣味やら年収やらなんやらいろいろと表示されている。


「そうでーす!出会い系アプリだよ!この出会い系ほどITサービスとアプリケーションのソフトウェア構造を学ぶに適した題材はないんだ!すごく勉強になるよ!マリリンにはこれの超簡略版を作ってもらう。アカウントを登録して、別のアカウントとのデートをマッチングさせるまでの挙動が出来るアプリを作って貰うよ。そこまで作れればいっぱしのエンジニアとして食っていけるレベルになれるよ」


「へぇー。そうなのー。へー。フーン…。へーへー」


 なぜかマリリンさんご機嫌斜め。俺の出会い系アプリを弄っているのだが、画面を見る目が凄く冷たい。


「あらあら?けっこうな数の女とデートしてる履歴があるわね?ふむふむ?まあ、あたしと出会う前の話みたいだけど…ふーむ。えい!」

 

 なんとマリリンさん、俺のアプリを長押ししてアンインストールしやがったのだ。


「ちょっと!なにすんの!?俺のスマホだよ!勝手にアンインストールするのやめてよ!!」


「イツキ。あんたはあたしの何かしら?」


「え?君の勤める会社の社長さんだよ」


「そうでもあるが!そうではないのよ!これを見なさい!!」


 マリリンはポケットから俺の戸籍の写しを取りだして、見せつけてくる。結婚して以来、マリリンは俺の戸籍の写しを持ち歩いている。そう…そこには当然俺の名前と共に、配偶者の欄にマリリン・クエンティンの名前が記されているのである。


「My honey!You are my husband!!aren't you?!」


「う…うん。そうだね…I am your husband.…だね」


「I know!! And I am your cute wife!!」


 何故か突然英語を使うマリリンに俺は戸惑いを隠せない。


「イツキ。あたしの行動はとても合理的だと思わない?だって既婚者にはどう考えても必要のないアプリケーションをわざわざ削除してあげたのよ?そう思わない?」


 マリリンさんの笑顔が怖いです…。鬼嫁です!鬼嫁がここにいます!


「そ、そうだね。たしかに要らないアプリかなー。うん。そうだね。俺に出会い系とかいらないよねー。はは…」


「そうよ。あんたにはあたしが傍に居るんだからこんなものはいらないのよ。ふふふ」


 そういうことらしい。あれーおかしいなー。これって偽装結婚のはずではないのか?どんどん俺の体が人生の墓場で踊り狂うゾンビになっていっているような気がするんだけど…。やめよう。考えるのはやめよう。マリリンは可愛いお嫁さんです!その事実だけでいいじゃないか!とりあえず俺は思考停止することにした。


「まあとりあえずOJTしよう!手取り足取り教えまくっちゃうぞー!ははは!」


「ええ!二人っきりで頑張りましょうね!ふふふ!」


 そして2人っきりのドキドキのOJTが始まった。





 ウチの会社は復讐のための会社ではあるが、ペーパーカンパニーではなく実際にビジネスをバリバリ行う。だからこそのOJT。俺は自分の仕事と同時並行でマリリンにつきっきりでプログラミングを教えることにした。俺とマリリンは隣り合ってノートパソコンの画面に向かい合う。まずはプログラミングのための環境構築。


「何この環境変数って!なんでエラーになるのよ!」


「ククク…。これが素人の最初の難関よ!さあ悶え苦しめ!環境構築とかいう無駄に厄介な事象によう!!ふーはははは!」


 そしてプログラミング環境が整ったら、実際にHello worldしてみる。


「ねえ?なんで日本語で『こんにちわ世界』にしないの?ローカライズしない理由って何?」


「コンピューターの世界じゃ日本語はマルチバイト文字だからね。なんか気持ち悪いんだよ。エディターで動かすのって」


 さらには実際にコードを書かせて動かしてみる。ループ文とか。


「forを0から始めるのってなんか違和感感じるわね…」


「なれると逆に0からじゃないと気持ち悪くなったりするよ」


 一般人がプログラミングを絶対に嫌いになる例のあれとか。


「何よのこの参照渡しって!常識考えなさいよ!挙動が意味不明過ぎるわ!」


「でもそのうちこの非常識感が常識になっていくんだよ。ようこそナードの世界に!」


 データベースでこけてみたりとか。


「ねぇなんでNULLってあんなにウザいのかしら…。そこには何もないはずなのに…」


「そう。NULL。すなわちそこには何もないはずなのに、ないということがそこにあって…すごく哲学です…」


 すでにある標準ライブラリーのUIにイライラしてみたり。


「ねえ。どうしてこの標準ライブラリーのウィンドウの形はダサいの?色がけばいし、なんか角の微妙な丸みにイラっとするし」


「だから実際に商品化するときにはちゃんとデザインしたUIを乗せるんだよね。イケてるUI・UXは現代のマスト常識だと思う」


 こんな感じで数日間かけて俺はマリリンにプログラミングをみっちりと仕込んでいった。そしてとうとう、最低限の機能しかないとは言えアプリをたった一人でマリリンは作り上げた。俺は試作機を適当な実験用スマホにインストールして動かしてみた。


「どうかな?」


 どこか不安げな様子で、アプリを動かしている俺を不安げに見守るマリリン。車の中に中古のPC筐体を買ってきて、それをアプリケーションサーバーに見立てて、彼女は出会い系アプリを作った。新たにアカウントを作っても問題なく動く。


「ちゃんと動いてるね。UIも普通に快適でデザインも可愛らしい。すごいすごい。はじめてのくせによくできてるじゃないか!」


「ええありがとう!でもあんたの教え方がよかったからだわ!」


 マリリンは嬉しそうにガッツポーズをした。俺はそれを見てどこかほっこりと気持ちが和らぐのを感じた。これがOJTの楽しさなのか!


「でもマリリン以外と出会えないアプリとか欠陥品なんじゃない?他の女の子いないの?ははは!」


 アプリに存在するダミーアカウントの名前は全部マリリン00X。語尾の数字が違うだけ。プロフィールの写真にはマリリンご本人が自撮りした可愛い写真が使われている。別に身内の教育用アプリだし適当な人物をでっち上げても良かったんだけど。出会える女が一人しかいない出会い系アプリってなんか笑える。実際に出会い系でマリリンとマッチング出来たら、一生分の運を使い果たしたと言っても過言じゃないけどね。


「このアプリはあんた専用だから…。なんか文句ある?」


 だけど俺のジョークにすごくマジトーンな冷たい声が返ってくる。俺の背筋は一瞬にして凍りついたように思えたのだ。


「ないです。全然ないですよ!ははは…、おほん!さてマリリンちゃんにデートを申し込んでみようかな!」


 俺はマリリンの一人を適当に選んでデートを申し込む。そして反応はすぐに返ってきた。デートの成約を告げるポップアップが表示されて、デートが成立したことがマイページに更新された。アプリケーションはきちんと仕様を満たしたし、バグもなかった。


「マリリン。素晴らしい成果だよ!君のアプリは完璧だった!!君は晴れてエンジニアの一人になりました!OJT達成おめでとう!」


「…!やったああああああああああああ!!!!ありがとうイツキ!!」


 マリリンは俺に抱き着いて満面の笑みを浮かべる。これでマリリンへの社員教育は晴れて終わったのだった。こうして俺の会社に優秀で可愛い社畜ちゃんが誕生したのである。

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