第31話 そしてスタートアップが始まる!

 キャンピングカーを購入後、俺たちは荷物を纏めて新生活を始めるために必要なものを買いそろえた。マリリンはセーラー服以外のお洋服を持ってなかったりしたし、俺も実家が焼け落ちたので財布やスマホ以外の私物が一つもなかったわけで。なので生活用品とセットで色々と買い集めた。だけどマリリンは高いものを俺にねだったりはしなかった。本当に必要なものだけを買った。俺たちは買い物袋を持って街をウロウロしていた。


「別に古着でいいわ。今はお金もないんだし」


「そう言ってくれるのはありがたいんだけどね。なんか申し訳なくてね」


「じゃあ。何かビジネスが軌道に乗ったら、お洋服とかアクセサリーとかおねだりしてあげる。ほら、よくいるでしょ?成功した男に集る女がね。あんな感じで。ふふふ」


「くくく、そうだね。その時はなんでも買ってあげようじゃないか!」


 こういうジョーク染みたやり取りこそが楽しく思えた。俺は復讐者だし、この子だってまだそういう感情が残ってる。だけど日々を楽しんではいけないなんてことはないと思うのだ。俺の両親は復讐よりも俺が幸せになることを望む人だ。復讐しながら幸せになってもいいと俺は思うんだ。


「ところであたしのスーツってどうすればいいと思う?パンツスーツとスカートどっちがいいかしらね?」


「どっちも買うつもりだけど、マリリンは案外パンツスーツの方が似合うかもしれんね」


「そう?スラックスとかみたいなのは軍でもあまり好んで穿いたことないのよね。試してみるのもありかしら?でもあんたはどっちが好みなの?」


 俺自身は濃い目のパンストに短めタイトスカートにピンヒールが超萌える。枢にはよくそういう服を着てもらった。なお枢はもともとふわりとしたロングスカートとかが好きだった。だけどそんなことを馬鹿正直に言えるわけもない。なので適当に話しを逸らす。


「それについてはノーコメント。でも俺は今マリリンが着てるセーラー服が結構好きだよ。君に良く似合ってる。とてもかわいいよ」


「あらありがとう。でもこの服が好きってなんかちょっと…あれよね…まあ尊重はするけど…」


 微妙に文句言われた。まあアラサーのおっさんがJKのセーラー服が好きです!ってなんか救いようのない変態感があってヤバく聞こえる。


「そう言えば、なんでセーラー服着てんの?」


「この国では女学生がこれをよく着てるんでしょ?」


「最近じゃ珍しいけどね。アニメとか漫画ではよく見るけど」


「そうだったの?確かにあんまり見ない気が…。あとはあれね。あたしは海兵隊だったんだけど、よく海軍との共同作戦に参加してたのよ。その時海軍の兵士がこれと同じデザインの服を着ているのをよく見てね。あたしもやっぱり軍には未練があるのよね。すこしでも昔の自分との繋がりを感じられる服を着たかった。そういうことよ」


「なるほどね。ではもう一度いわせていただこう。とてもよく似合ってて、可愛いよマリリン」


「ありがとうイツキ!」


 マリリンは俺の腕に抱き着いてきた。そしてそのまま俺たちは、スーツ専門店に入る。そして近くにいた若い女性の店員さんを呼んで、マリリンのスーツを見繕ってもらうことにした。


「この子のスーツをお願いします。数は三着、スカートとズボンを適当にまぜてください。色はそうだね。…明るめで」


「かしこまりました!それにしても可愛らしいお客さんですね。…どういうご関係ですか…?先生と生徒さん…?」


 店員さんは若干俺とマリリンという組み合わせに疑念を持っているようだ。実は俺たち何度か職質を喰らっている。でも俺たちが結婚していることを説明すると、一瞬で解放される。文矩君が言う通り結婚しているっていうのは、最強の社会ステータスらしい。


「あたしはこの人の妻です!」


 キリッとした顔でマリリンは在留カードを取りだして、店員さんに見せつける。結婚届を出した後、マリリンの在留カードを取得してきた。これがあればあんなちゃちいパスポートを持ち歩く必要はなくなる。そして在留カードには在留資格の欄があり、そこには日本人の配偶者であることが記載されている。


「え…へぇ…そうなんですね…」


「そうよ。この間結婚したばかりなの!ふふふ」


「そ、そうなんですか…おめでとうございます…」


 店員さんは微妙に戸惑っていた。まあ良く知らん女の子に結婚したって自慢されても戸惑うばかりだよね。


「結婚はいいわよ。生活は安定するし、ちっとも寂しくない。そして楽しさは二倍。いい人がいるならすぐにでもすることをお勧めするわ。絶対に後悔しないわよ。あたしが保障してあげるわ!」


 これってあれかな?ハラスメントの一種なのかな?最近のマリリンさんは結婚教の狂信的な信者のような様相を呈しており、TVドラマで不倫しているキャラが出てくるだけでも文句を言うありさまだ。


「そうですか…はは…がんばります」


 ごめんね!ごめんね店員さん!許して!いっぱいスーツ買うから許して!そしてスーツ選びは特に問題なく進んだ。マリリンは別にセンスが悪い女の子ではないので、店員さんと適度に話し合いながら、流行りに乗っかりつつもどこか無難なスーツを三着選んだのだ。だけど何処かマリリンの顔には微妙に不満そうな様子があった。


「マリリン。何か不満があるの?デザイン?色?パンプスとか?」


「…あら?わかっちゃうの?」


「そりゃずっと一緒にいますもの。顔色が変わればすぐにわかるよ」


「あら。そうなの。ふふふ。わかっちゃうのね。うんうん。ちゃんとハズバンドな心構えが身についてきたということかしら?うふふ」


 不満げな様子は一転してご機嫌そうなものに変わった。


「実はあたし、ちょっと首元が寂しいのよね」


「ネックレスとかが欲しいってこと?」


「ううん、ちがうの。あたしは軍にいたでしょ?軍隊って言うのは大抵、どこの組織でも女性制服であっても首に何かしらは巻いてるものよ。だから民間の女性ビジネススーツにネクタイがないことに、どうにも違和感を感じて仕方がないのよ。まああたしは海兵隊では詰襟を着るのが好きだったんだけどね…。ちょっと落ち着かない。カルチャーギャップね」


 これは面白い意見だ。一般的にどこの国でもビジネススーツの類で女性は首にネクタイとかを巻いたりしない。逆に男は巻くことがマナーになってる。何か意味があるんだろうけど、俺は知らない。軍隊とか警察では確かに女性の制服でもネクタイを採用していることが多いような気がする。


「それは面白い意見だな。…なあマリリン。ならいっそ一着はオーダーメイドしてみない?」


「オーダーメイド?どうして?」


「既成の女性スーツだと多分ネクタイ合わせるとダサくなると思うんだ。でもオーダーメイドでスーツの線を弄ってもらえば、ネクタイつけてても似合う奴が出来上がるんじゃないかな?」


「いいの?」 


「いいよ。俺は見てみたいね。ネクタイ似合う女性のビジネスパーソンって奴をね。マリリンならきっと良く似合うよ。店員さーん!一着追加をお願いしたい!オーダーメイドだ!!」


 案外いいんじゃないかと思うんだ。ネクタイした女の子が商談に立ったらかっこいいと思う。


「イツキ…!あたしのこんなしょうもないお願い叶えてくれるの?」


「かまわないさ!…マリリンには迷惑かけっぱなしだしね。これくらいはさせてよ」


「ありがとう!!大好き!!」


 マリリンは俺の正面にぎゅっと抱きついてくる。幼い顔には不釣り合いなくらい大きな胸の柔らかい感触に年甲斐もなくドキドキしてしまう。そして店員にマリリンの要望を伝えた。


「変わってますね…。でもいいですね!最近のビジネスカジュアルの真逆にあえて進む感じ!やります!任せてください!!」


 店員さんがすごく乗り気だった。採寸をちゃっちゃとやったあと、デザインの打ち合わせを行い、引き取り日を決めた。果たしてどんなスーツが出来上がるのか楽しみだ。




 そして俺たちはデパ地下で高級総菜をたんまりと買って駐車場に止めていたキャンピングカーの下に戻ってきた。引っ越し兼オフィス完成祝いのささやかなパーティーを車の中でするつもりだったのだが、そのルンルン気分に水を差す出来事が起きた。


「嘘…何これ…」


「たまげたなぁ…つーかあいつマジで律儀なんだな…」


 キャンピングカー正面の前に花の大輪が飾ってあった。そこには『祝・創業 株式会社ディオニュソス様 殺し屋・匕口魁あいくちらんより』と書かれていた。


「あいつってマジで馬鹿なのね!腹立つわ!というかこいつくらいしか起業を祝ってくれる人がいないあたしたちってどんだけ寂しい奴なのよ!!」


「言わないでくれマリリン…。これからだよ!これからだから!これから俺たちはちゃんと社会に参画していこう!立派な社会人になろう!!」


 俺たちは互いに抱き合って、自分たちの孤独を癒し合う。俺たちって実際社会から隔絶され過ぎだと思う。マリリンはそもそも脱走兵だし、俺もフリーランスで仕事してたけど、友人らしきものが文矩くらいしかいない。起業したことでこれから多少は社会と繋がれるのだろうか?頑張ろう。強くそう思ったのだ。


「あら?何かしらこれ…。爆弾…ではないわね…機械みたいだけど?」


 マリリンは花の大輪の下に置かれていた箱を持ち上げる。一応透視で安全かどうかは確認しているようだ。箱には綺麗な包み紙でラッピングが施されていた。そしてラッピングを剥がし、箱を開けると炊飯器が出てきた。それと手紙が一通。差出人には匕口魁の名前があった。


「なにこれ?というかあいつからの手紙…?読みたくないわ…」


 マリリンは露骨に嫌そうな顔をしている。俺は手紙を開いて読んでみた。


「えーと。『神実樹様、マリリン・ハートフォード様。ご結婚おめでとうございます。お二人の末長い幸せを心の底から願ってやみません』。あいつ俺たちが結婚したこともう知ってんのかよ!!」


 これはアレかな?お前らの事なんて筒抜けだぜっていうマフィアみたいな脅しか何かなのかな?


「へぇ。あたしたちの結婚に祝意をわざわざ述べるなんてね。少しは見直してあげても良いわね」


 ええ…マリリンさんのご機嫌が一瞬にして良くなっちゃったぞ…。


「えっと。『ささやかながら、お二人の新生活を引き立てることができるであろう家電を贈らさせていただきます。どうぞご愛用ください』。それがその炊飯器か…。でもこれよく見れば超高級品じゃないか…」


「そんなにいい品なの?」


「うん。お米がすごく美味しく炊けるらしい。個人的にはすごく欲しかったんだよねこれ…高いから躊躇してたんだけどね」


「そう…。残念ね。殺し屋でなかったら手心を加えてあげてもいいんだけど…。ふう。今度会ったらキモいって言うのくらいはやめてあげてもいいわ。うふふ」


 マリリンさんがすごく上機嫌だ!!結婚お祝いの品物を貰ってすごく嬉しいみたいだ!!あれれ?俺たちって在留資格狙いの偽装結婚だよね?どんどん実績が積みあがっていってる気がするぞ…。


「マリリンが楽しそうなら俺は構わないよ…。さて『P.S. そのうちあなた方の新生活を脅かす刺客が火威社長より放たれますが、僕に殺される日までは頑張って生き延びてください!応援してます!』止めてよ!火威の刺客を止めてよ!くそ!でもこいつも俺たちの事を殺そうとしてるんだよな!くそ!腹立つ!!」


「あいつにお祝いの返礼を渡すまで頑張って生き延びなきゃね…頑張りましょうイツキ!」


 こうして俺たちのすべての準備は整った。ディオニュソス社はここから始まる。

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