第15話 馬鹿と意識高い奴は高い所へ上りたがるものだ
俺たちは六本木にやってきた。ここは東京では誰もが知るおハイソなゾーンの一つだ。特にそれを象徴する存在ものがある。
「大きいビルね。ここにラタトスク社が入ってるの?」
「そう。六本木ツリーズビル。この国で成功した奴らはみんなここに来るんだ。まさに現代のバベルの塔だな」
「つまりいつか天罰が下るべきだと?」
「まさに搾取の縮図だろうしね。それもありだな」
このビルの下層はショッピングモールやイベントホールになっている。俺たちはそこを通って中層のオフィス区画へと向かうエレベーターホールを目指して歩く。
「こういうのを見てると、世の中のデフレだの、不景気だのが嘘みたいに見えるよ」
このビルのショッピングモールには高級店ばかりが立ち並び、お客さんがそこに群がっている。
「奢侈を愉しめるのは、平和な証拠ね。その平和を守るために、いったい何人の兵士が死んでるんでしょうね…複雑な気持ちだわ」
この子はパックス・アメリカーナを守るために、世界各地で戦った米軍兵士で、この日本はそのアメリカの作る平和という安全保障体制にバンドワゴニングしているわけで。俺たちの平和は結局のところ遠い誰かの死によって築かれたもの。そう思うと何処かそれに対して後ろめたさを感じても仕方がないのかも知れない。そして俺たちはオフィスエリアへ続くエレベーターホールについた。ここには警備員たちの簡易な検問所と、金属探知機が存在している。
「武器のリュックは駅のロッカーに放り込んで正解だったな」
「いざって時がちょっと怖いけど、仕方ないわよね…銃がないと落ち着かないわ…」
マリリンの武器が入ったリュックは駅のロッカーに放り込んである。流石にこのビルにまで持ち込めるとは思ってない。俺たちはゲスト用の検問所にならぶ。デバイスを含む金属製品を預けて、金属探知機を潜り、警備員にプリントアウトした会社説明会の受付表を渡す。
「会社説明会ですね。あの、そちらのお嬢さんは高校生くらいでは…?」
俺は大学卒業以降、あんまり見た目に変化がないので、特に怪しまれなかった。だけどマリリンは怪しまれた。どう見ても就活生って年には見えないし、何よりセーラー服だ。怪しまれても仕方ないかもしれない。俺が適当に誤魔化す。
「違いますよ。ただのコスプレ!ほら、私服オッケーって書いてあるでしょ?平気平気!」
「あっ確かにそうですね。まああそこの社長さんは面白い子が好きだから、こういう格好で行った方がウケるかも?」
警備員さんはそれで軽くスルーしてくれた。
「では学生証を見せてください」
さてここで難所がきた。会社説明会の受付表はネット申し込みなので、適当に改竄ができる。でも学生証の改竄までは難しい。そこでマリリンの出番である。
「あたしたちの分はこれです」
マリリンが学生証と同じ大きさの厚紙の板を二枚、警備員に見せる。
「え…これってただの板じゃ…」
警備員さんは困惑している。そしてその目をマリリンがじっと覗き込む。一瞬だが、マリリンの瞳が淡く光った。
「よく
「…そうですね。確かにそう見えますね。…はい。チェックしました。どうぞお通りください」
警備員さんはゲートを開けてくれた。俺たちはそこを悠々と潜る。そしてそのままエレベーターホールへと入った。
「今のは古典魔術?」
「そう。いわゆる魔眼の類ね。相手に幻術をかけることができるの。ただ実戦とかだと厳しいわね。この手の魔術はもう対抗スキルが全部開発されちゃってるから、民間の警備レベルが低い所ならこうやって通じるけど」
異能スキル全盛のこの時代。異能の発動はセンサーの類で監視されるケースが多い。こういうビルとかだと、防犯の為、デバイスでの異能の発動をセンサーで監視し、発動の抑止としている。こういうのはつねにいたちごっこで、隠蔽スキルの開発→隠蔽を見破るセンサーの開発みたいなことをえんえんと繰り返している。流石の俺もこういう場を誤魔化すための異能スキルは持ち合わせがない。だけど天然異能者なら別だ。今の魔眼にしてもデバイス経由での発動ではないので、センサーで検知することはほぼ無理だろう。古典魔術は使い手が限られるので、対策はほぼ取られない。かくしてマリリンと俺はオフィス区画へと難なく侵入することに成功したのだ。
ラタトスク社はビルの丁度中間くらいの高さにあった。1フロアをまるまる占有しておりすごく広い。エレベーターを出たところで待ち構えていた、説明会担当の社員に俺たちは大きなパノラマビューが望める社員食堂に案内された。社員食堂からは絶景が広がっていた。東京のビル群が一望できる。まさに成功者の風景って感じ。会場となる食堂にはリクルートスーツの学生ばかりだった。皆ガラスの壁から見える風景に圧倒されていた。なお私服は俺だけ。マリリンに至ってはセーラー服。これが実際の就活だったらこの時点で負けである(笑)。
「ここのビューマジすごいでしょ!この会社入ったら、毎日見れるんだぜ!すごくね!夜になったら夜景も綺麗だし!俺ここ入ってまじでよかったし!君も絶対入ってよ!うちいい会社だよ!まじで!」
食堂まで案内してくれた男性社員がすごい勢いでマリリンに絡んでくる。まあ無理もない。マリリンは二度とはお目にかかれないレベルの超美少女だ。なお俺のことは視界に入っていないらしい。まあわからんでもないが。
「はは、考えておきます…」
「リクルーターって知ってる?俺今期の新卒採用担当なんだけど!連絡してくれれば、いつでも会うよ!君みたいな子なら絶対面接通してあげるから!今夜でもどう?上の展望台にはこのビルに勤めてる奴しか入れないバーがあるんだ!行きたいだろ?それに社会のこともいっぱい教えてあげるよ!君にこの風景を毎日見られるようにしてあげる!」
あーうぜぇ。リクルーターが女子大生にがっつくってマジなんだな。あって間もない子相手に見苦しいもんだね。マリリンも苦笑いを浮かべて適当に誤魔化しているけど、握りこぶしを作って殴る準備だけはしてる感じだ。
「あーちょいといいか?」
「あっ何だよお前?お前もうちの会社受けたいんだろ?なら邪魔すんじゃねえよ」
「俺は別に会社を受けに来たわけじゃないから。その子さ、俺んちに住んでんの。意味わかるだろ?」
別に嘘はついてない。でもこうやって男女の仲であると匂わせる演技は楽しい。そしてマリリンはその俺の言葉で察してくれたらしく、社員さんから離れて、俺の腕に抱き着いてきた。
「え…マジ…?こんな奴と…ヤってるのかよ…」
社員さんはショックを受けたような顔をしている。可哀そうに。狙ってたあの子は別の男の御手付きです!残念でした!
「だいたい風景を自慢してどうすんだよ。お前が作った会社でもないだろ。なに自分の手柄みたいに語ってんの?それで女が釣れると思ってるの?ないわー」
「おい…新卒のくせに生意気だぞ、お前…だいたいスーツも着てねぇのかよ。常識考えろよ…。つーかここで騒ぎを起こせば、お前の面接どうなっても知らないよ…?俺たちは就活サイトや大学にだって報告するしな!」
なんか社員さん、忖度系脅迫してきた。俺が現役学生なら多少は通じたかもしれんけど、無意味である。というかやっぱり私服オッケーって書いてあるけど、スーツ着てこないと落とす系イベントだったのかこれ。馬鹿馬鹿しいふるいを作ってるなぁ。でもマリリンのセーラー服は多分セーフ。だってマリリンはとても可愛いから。就活って糞ゲーだな。コミュ力とかいう忖度察知合戦でしかないないわけだ。一生ありもしない、空気を読み合っていればいいよ。
「お?やる?圧迫面接しちゃう?かかって来いよ…!社会人のすげぇ所見せてくれない?俺もさぁ彼女の前で超イキリたいからさぁ。ほら!もっと脅して来いよ!」
俺は社員の目の前に立って、額がくっつきそうなくらいに顔を近づけてそう言った。舐めてもらっては困る。これでも殺し合いをして生き延びられた系アラサーなのだ。そこらへんのイケてる社会人(笑)様ごときに気合で負けたりなんてしない。
「…なんだこいつ…っち!」
社員の男は舌打ちして俺たちの目の前から去った。でもわかってる。足が震えていたのが良く見えた。所詮大企業のエリートサラリーマンっていってもこんなもんである。
「あいつ超ダサいわね。でも楽しかったわ。いいわね。悪い人に絡まれたのを助けてもらうって、なんか楽しかったわ。ありがとうイツキ」
マリリンは楽し気にふっと笑った。屈託の無さそうな綺麗な笑み。
「楽しんでいただいて光栄だね」
ふと思った。昨日の約束の一部ってこれで果たせたかな?って。
「会場に御集りの学生のみなさーん!そろそろ席についてください!説明会はじめまーす!」
どうやら説明会が始まるそうだ。学生たちが食堂に設けられた演台の前に並べられた席に座っていく。昨今の学生さんは意識高くて熱心なのか、はたまた一番前の席に座ればポイントが加算されると信じているのか、前の方から席が埋まっていく。対して熱心でも何でもない俺たちは登壇上から一番遠い後ろの席に座った。学生たちが全員座り終わった後、正面のプレゼンモニターに今日のプログラムが表示される。そして。
「やあ!みんな!今日はうちの会社に遊びに来てくれてありがとう!おれがこの会社の創業者兼CEO、つまり
今自己紹介で4回も社長って言った?どんだけ社長好きなんだよ…。この自己紹介だけですでにお腹いっぱいな俺であった…。
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