ファミレスのメニューに後輩との恋愛方法は載ってない
苔氏
第1話
1
「二八六〇円です」
レジスターに色々打ち込む
「はぁい、お願いしまぁす」
学校帰りと思しき女子高生たちの会計をする。このゆるい言い方やこの人数は、数年やっているが、どうも慣れない。店長の鈴鳴さんに人数が足りないと言われたが、休日のそれも昼中のシフトなんかに入るものではないな、と感じていた。
「おつりとレシートです」
トレーに乗せるのはマナー違反らしい、しかし時間短縮の為に構わず、そのトレーを女子高生の前に出した。
「ありがとうございます」
一人の女子高生がニコッと笑い、おつりを財布の中へ入れた。こちらも無表情では、ここの店の評判が下がる。
「ありがとうございました」
少し引きつった笑顔を見せた。女子高生はそれを見ると、ごちそうさまでした、と呟き、友達と店を出て行った。
「中には礼儀正しい子がいるんだな」
さっき貰ったお金をレジのトレーに戻しながら独り言をぶつぶつと呟いた。
「ぶつぶつと、どうしたんだい長良君」
「うわっ、なんです? びっくりするじゃないですか、鈴鳴さん」
「一応、接客業なんだから怪しい事はやめようね」
「すみません、独り言を……てかそんな怪しかったですか」
「まぁ、ぼぉっとしてる時は特に……」
もちろん彼は冗談で言っている。
「気をつけます」
「鈴鳴さん、ちょっと来てください」
別の従業員が駆け寄り話しかけてくる。
「じゃあ、長良君、あと一時間頑張って」
多分これを言いに来たのだろう、後もう少し頑張るか。
カランカラン
鈴の音と共に扉が開き、客が入ってくる
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
それから何事もなくシフトも終わり、少し残業はしたがほぼ予定通りで家に帰れた。
多少きついが依然のブラック企業よりだいぶマシだった。
四月になり、だんだんと暖かくなりこのバイトにも新人が入ってきた。
「おはよございます」
時刻は夜の七時なのにおかしいと感じるがこれが礼儀らしい。事務所に入ると店長の鈴鳴がコーヒーを片手にくつろいでいた。
「お疲れ様です」
一言と一礼しユニフォームに着替える為、更衣室へ入った。
「きょうって何かキャンペーンありましたっけ?」
長良は着替え終わり、襟を正しながら鈴鳴に聞いた。
「いや特に無いよ。いつも通りお願い」
「お願いします」
閉じた扉が開き、ここのユニフォームを着た若い女性が入ってきた。
「あっ、おはようございます」
明るい顔が長良の目を刺した。
「お、おはようございます」
見ない顔だった新人さんか?
「そうだ、きょうから新人が入るから」
「初めまして、鈴鳴栞です。よろしくお願いします」
深々とこちらにお辞儀をした。
「よろしくお願いします」
こちらも軽く礼をする。
「ん? 鈴鳴? 偶然?」
思考が口から洩れてしまっていた。
「偶然じゃないですよ。長良先輩」
「なんで俺の名前を?」
「だって名札ついてるじゃないですか」
「はっ……」
思考が定まらない
「簡単ですよ。だってここの店長、私のパパだもん」
衝撃だった。店長の方を見ると何食わぬ顔だった。
「さっきのってほんとですか、鈴鳴さん」
「「はい?」」
二人が反応した。
「まどろっこしいな」
「栞の言ってる事は本当だよ。僕は、ほかの所にしなって言ったんだけど、どうしてもって言うからさ、あとシフト的にも教育係は長良君に任せようかな」
そう言うと店長はホールへ戻っていった
「え、ちょっ……行っちゃった、少し待っていてください」
栞を事務所に置いてホールへ向かった。
「長良君どうしたの?」
「谷口さん、きょうから入る新人知ってる?」
ここの同期の谷口、黒髪ロングな髪形はすぐにホールで見つける事ができ、急ぎ要件を話す。
「うん、もちろん知ってるよ。店長の娘さんでしょ。結構可愛かったね」
長良とは違い、能天気だった。
「なんで、知ってるんだよ。まぁいいや。谷口さん、代わってくれないか教育係。頼む」
長良は谷口に懇願する。
「やだね」
彼女は小悪魔な笑みをしながら返す。そして話し続けた
「店長からの命令でしょ。そりゃ受けないと。それに後輩育成にも協力して。私も一人いるんだから」
「あぁ……わかったよ。でもどうすればいい? 後輩なんて……部活は帰宅部だったし、前職はそんな余裕なかったし、ここで教えて貰った先輩は擬音ばっかでよくわからなかったし……てかあんまり女性と話したことないし……不安しかないですよ」
「まぁ、そんな焦んないで。とりあえずは皿運びとかでいいから、お客が引いたら注文の仕方教えたりで。長良君は仕事はできるんだから、ゆっくりやって。最後の事はまぁどんまいって感じだけど」
「わかった。ありがとう。ベストは尽くしてみる」
彼女は何かと助かる。そう感じながら栞を呼びに事務所へ戻った。
「えぇっと……」
「私の事は栞って呼んでください」
にっこりと笑いこちらを見てきた。その笑顔はどこかで見たことがあったが思い出せない。彼女はモデルのように顔が整い、茶髪のポニーテールであった。テレビかなんかの既視感だろう。
「じゃあ、栞さん」
肩透かしにあった顔をしていた。
「えぇ、こっちが呼び捨てでいいって言ってるんだからさ、呼び捨てにすればいいのに……改めましてよろしくお願いします。センパイ」
下から覗き込みニコッと笑った。
「あの栞さん、その「先輩」ってやめてもらいますか、呼ばれ慣れてなくて」
「じゃあ、長良さん?」
「はい、それでお願いします」
聞き訳が良くて助かった。
「準備ができたら行きましょう」
「わかりました。長良さん」
少し甘い声が耳に残る。
長良は栞を付けホールに出た。
「初めてのバイト頑張るぞ!」
「きょうの仕事はホールの片づけしてもらいます」
「片付けぇ?」
栞は口を尖らせ文句を言う。
「そうだけど。文句ですか?」
長良は小さくため息をついた。
「注文とか取りたいですよ」
栞は目をキラキラさせて言う。
「じゃあ、この機械の使い方分かりますか?」
栞に注文を取るデバイスを渡した。
「え、えぇと。いじわるしないでよ」
「いじわるをしているつもりはないですよ。だけど今は、ディナータイムの時間でお客様の出入りが激しいから、少し後で教えるので待っててください」
「わかりました。片付けですね」
泣く泣く皿運びをし始めた。
「はい、お願いします」
一組が引き早速、片付けの仕事が来た。さらっと流れも説明して栞本人にもやらせた。
「危ない、無理しなくていいですから。持てる分だけお願いします」
つい声が出てしまった。
「ごめんなさい」
しおれた。
「怒ってるわけでは……」
そんなに落ち込むと、こっちまで落ち込みそうになる。大丈夫かな、主に俺自身が……。
「長良さん、ちょっと来てください」
別のスタッフから呼ばれた。
「栞さん、ちょっと呼ばれちゃったから、何かあったらすぐ呼んで」
小さな事だったらすぐ戻ればいいし、すぐ戻ってこられるだろう。そう思いながら呼ばれた方へ行った。
問題を解決し戻ると、厨房のスタッフ待機所で栞はやる事が分からず周りをキョロキョロとしていた。
「ごめん、機械のトラブルで時間食われた。大丈夫でしたか?」
「は、はい、時間掛かちゃったけど、全部できました」
栞は少し不安気味に返した。
「初めてなので、時間掛かっても大丈夫です。ありがとうございます。よくできました。」
これでいいのか?……
「ほんと?! もっと褒めてもいいよ。栞さんお見事、って」
さっきとは打って変わって、ひまわりの様な笑顔を向けてきた。
「調子乗らないでください。こんなことでこれ以上褒めることになったら、ミスった時は栞さんを泣くまで説教する事になりますよ」
「ひぃ、今でも少しこわ……な、なんでもない。ごめんなさい。許して」
小さく悲鳴を上げ、栞は心なしか後ずさりをし、長良から距離を取っていた。
一瞬怖いって、冗談のつもりだったのに……失敗した。
「冗談ですよ。はい。また皿運びをしましょう」
怯えた栞をホールへ向かわせた。
「長良さん、これって……」
「それはこっちにおいてください。でこれはこっちに」
最初の文句とは裏腹にしっかりと働いていた。これなら大丈夫かな、と長良の心には少し余裕が出来てきた。
「じゃあ、こいつの使い方を教えるから」
客のピークが過ぎ、ホールや厨房に余裕が出来た。デバイスを渡し、操作方法を教えた。
「え、ちょっとまって、これがこうで……もう一度おねがいします……」
人は本当に目が回るんだ……栞の目を見ながら思った。
「ちょっと、見てないで、もう一度教えてください」
「わかりました。もう一度やりますよ。このボタンを……」
長良はもう一度やって見せた。
「じゃあ、ここにメニューがあるので、練習がてらに注文取ってみましょう」
「もう完璧ですよ。どんとこいです」
栞は胸にポンと手を当て自信満々で答えた。
「じゃあ、このハンバーグセット一つに、ドリンクバーを付けて注文してみてください」
「なんで、長良さん私の好きな物知ってるの⁈」
驚きが隠せていなかった。
「それは、知りませんよ。ここの一番人気なんですから。目をつむっても出来るぐらいにしてください」
驚いた栞に淡々と返した。
「なんだ、突然好きなもの当てられてびっくりしたじゃないですか」
「そんな訳ないじゃないですか。まぁ自分も好きですし。嫌いな人はいないんじゃないですか」
「もう、そういう時は好きなものが一緒なんて運命だね、ぐらい言ってみてくださいよ」
「ふざけないでください。注文がしっかり取れてるか確認してきます」
長良は注文の確認をしに行った。
「こんにちは」
谷口が栞を見つけ話しかける。
「あなたは?」
もちろん二人は初対面だった。
「ごめんね、私は谷口。長良君とは同期かな。よろしくね」
「鈴鳴栞です、よろしくお願いします」
「よろしく、どう? 長良君は?」
「どう?って、まだよくわかりませんよ」
「会って数時間だもんね、わかんないよね。そうだ栞ちゃんって春休み、よくここに来てたよね、見覚えあるなって思ったら店長の娘さんだなんて」
「まさか、顔覚えられてるなんて、行くところない暇人って思われてません? べ、別に友達いないとかじゃないですよ」
「そんなんじゃないよ。そんな顔しないで、マナーのいいお客さんはいつでもウェルカムだよ」
「それなら良かった、あいつまた来てるよ、とか思われてたらもうバイト辞めようと思ってました」
「きょう入ったばっかでしょ、一日で辞めるとか面白すぎでしょ」
客がはけ、たいしてやる事の無くなった谷口と話に花を咲かせていた。
「谷口さん、そんな仲良くしてるんだったら栞さんあげますよ。そっちの方が栞さんも良いんじゃないですか?」
「やだっ、長良君、焼きもち? 中学生じゃないんだから、もう少し上手な言い方あるんじゃない? ね、栞ちゃん」
ニヤっと笑いながら栞にべたっとくっつく。
「ちょっ、谷口さん?」
栞も困惑していた。
「もう知らん、奥で粉ぶちまけてたから、谷口さん、やる事なかったら手伝ってきてください。栞さんは、続きやりますよ」
「じゃ二人ともがんばって、私にかかれば粉なんてちょちょいのちょいよ」
長良は谷口の言葉のセンスが古い、そう感じたが黙っておく、小さくため息だけついた。
「はい、栞さん、さっきの注文票ね、何が間違ってるかわかる?」
栞にレシートの様な紙を渡す。
「ハンバーグが二個になってる」
「なってる~じゃないですよ。いいですか。ひとつの商品が届く、届かないでクレームになるんですから。しっかり確認してください」
念を押して言うが、伝わっているか分からない。
「じゃあ、もう一回やってみてください。今度はしっかり確認してくださいよ」
栞はポチポチとボタンを押し、注文をする。
「できました。確認もしっかりやりました」
ドヤ顔で長良の顔を見る。
「じゃあ今回は一緒に確認しに行きましょう」
「絶対間違えてないですよ」
二人は厨房の奥へ行き注文の確認した。
「今回は大丈夫みたいですね。いずれ慣れてくると思いますが確認の作業は怠らないでください」
それから数十分練習を重ねた。
「ここまで出来るようになれば最低ラインですかね。一応は注文を取れるぐらいには」
「じゃあ、これで私も注文とれるように?」
「そうですね、あとは接客マニュアルのおさらいぐらいか……まぁ初めは誰かについてもらっての注文取りになりますが」
「ほんとう⁈ じゃあ次の注文やりたいです」
栞は、やる気満々で長良に伝える。
「やる気はうれしんですが、もう閉店なんですよ、熱中して仕事くれるのは良いんですけどこれからは、ここの時間というのも注意しながら行動してください」
「は~い」
不満交じりで返事をする、周りのスタッフは続々と帰る準備をしていた。長良は別の仕事があると、栞を別の場所へ連れて行った。
「で、なんで外なんですか?」
「仕方ないですよ。きょうは外掃除の当番なんですから。肌寒いですが、すぐ終わらせて帰りましょう」
二人は黙々と深夜の駐車場を店の光を頼りに掃除をした。
「長良さんは、この仕事何年目ですか?」
沈黙に耐え切れなくなった栞は長良に話しかける。
「えぇと、今月でちょうど三年目になりますね」
「三年やったら長良さんみたいにテキパキ動けるんですね」
栞の顔は暗くてよくわからないが確実にニコッと笑っていた。
「自分がそんなテキパキ働いてるつもりはないですけど、そう見られていたなら、ありがたいですね」
「長良さんは明日もシフト入ってるんですか?」
「はい、明日も入ってますよ」
「そうなんですか、私、明日もシフト入ってるんですよ」
「そうですか」
「私も早く色々教わって、一人前の店員になれる様に頑張ります」
「はい、お願いします」
ごみを集め、外のごみ箱に入れ事務所へ向かった。
「二人ともお疲れさま~」
谷口が着替え終わり待っていた。
「お疲れです。店長は?」
「なんか、やる事があるから、先に上がってて言ってたよ。私もちょっとやる事あるから先かえって」
「手伝います」
長良は自然に手伝いの申し出をした。
「いいよ、そんなたいしたことじゃないから」
そうか、と頷くと谷口は部屋から出て行った。
「じゃあ、栞さんタイムカード切って着替えてきてください」
更衣室は男女共用になっており一人入れる程度の大きさだった為、長良は先に譲った。
「はい、わかりました」
二人は着替え終わり、ようやく仕事が終わった。日付はとうに変わっていた。
「お疲れ様です。明日もよろしくお願いします、長良さん」
「はい、お疲れ様。帰りは一人? 大丈夫?」
「はい、すぐに駅なんで大丈夫ですよ。心配ありがとうございます」
そう言うと栞はすぐに部屋を出て帰ってしまった。
「お願いします長良さん、だってほんと可愛い子だよね」
「うわっ! なんですか?」
後ろから声をかけられ驚いた。こういうたぐいは、本当に心臓に悪い……
「で、なんですか? だから言ってるじゃないですか教育係だったらいつでも変わりますよ」
「やーだね、私は、あたふたしてる長良君も込みで楽しんでるんだから。あんな心配するんだったら、ついて行けばよかったじゃん」
「だって、断られたのに無理やりとかは気持ち悪いだろう」
「そんなもん危ないから送ってくよ、ぐらい言ったらかっこいいのに」
「そんな事言われたって……」
「まぁまたの機会にね、頑張れ」
「自分はしっかり教えきれるでしょうか」
長良は急に不安をあらわにする。
「大丈夫だよ。しっかり教えられてると思おうよ。まぁ一日目だからね。今度はこっちから話しかけてみたら? コミュニケーションは大切だよ」
「あんまり得意じゃないけど頑張ってはみます」
「あとさ、私以外に女の人と誰と話した事あるの」
「えぇと、妹ですかね。高校も男子校だったしで就職後も……ってなんでこんな話さないといけないんですか?」
「知らないわよ。長良君が勝手に話しただけでしょ」
「はめられたわけですね。じゃあお疲れ様です」
「はめてないよ。おつかれ」
二人も続いて部屋を出た。
2
きょうから人生初のバイト。この前やった大学の入学式の時みたいなドキドキ感だった。この店は高校生の時もよく通っていたし、幸いなことに、ここの店長は自分の父親がやっているファミレスだからこの店は慣れていた。シフトよりだいぶ早く来て制服に着替えた。
「パパぁ、制服ってこんな感じでいい?」
栞は店の事務所の奥にある、更衣室から出て、父親である店長に身だしなみを確認してもらう。
「この前も行ったけど、ここでは鈴鳴さんって呼ぶ。いいね。制服はそれでいいよ」
栞に対し注意した後、優しく返した。
「ここって長良さんって人いるよね。あの人はきょういる?」
栞の藪から棒な質問でびっくりしていた。
「い、いるよ、それも栞と同じ時間にシフトに入っているよ。だけど、どうして?」
「いやぁ、別に、この前お会計してくれたから」
「怖い目をしてたとか?」
「いやいや、逆だよ、ニコッとしてたよ」
「長良君も笑顔が出来るようになっていたとはね」
「長良さん、なんかあったの?」
しみじみとしている父親を不思議と思い栞は質問した。
「えぇっとね……」
「やっぱりいいや、自分で聞いてみる。お手洗い行ってくる。いざと思うと緊張してきちゃった」
「おはようございます」
お手洗いから帰ると事務所から別の男性の声が聞こえてきた。
ちょっ、髪の毛とか大丈夫だったよね、小さく呟き持っていた手鏡で髪の毛をいじる。
よし、と意気込み扉を開ける。
「あっ、おはようございます」
ちょうど目が合い、びっくりした。栞はとりあえずニコッと微笑みながら挨拶をした。
「お、おはようございます」
長良は挨拶を返した。
父親が長良先輩に私を紹介し、バイトが始まった。
長良さんは私にしっかり教えてくれた。客の目線から見たら大した事は無いけど店員としてやるとやっぱり大変だった。怒ると怖そうだったが、しっかりと褒めてくれる。
バイト終了時には帰りの心配もしてくれた。帰りも一緒は、さすがに気が引けたので断った。
「ってことがあったんだよ。加奈、バイトって楽しいね。先輩ほんと優しいし」
大学の昼休み友達の加奈に永遠と話しかけていた。
「その先輩って会計の時に笑顔を返してくれた人?」
「そうそう、なんでわかったの?」
「いやぁ、分かるよ。だってあんたさ、多い時、週三でファミレスに行って、その人探してたじゃん。それって普通に一目惚れだし、一歩間違えたらストーカーだよ」
「違うよ、た、たまたま居ただけだよ」
加奈に苦し紛れの言い訳を言う。
「そりゃ、犯人の常套句だよ」
もうすでに呆れていた。
「ちがうよ、だけど笑顔が素敵な人っていいよね」
「はいはい、そうだね、いいよね」
加奈は、棒読みになりながら栞に返した。
「でも、もう少し仲良くなりたいなぁ、冗談みたいなことは言ってみたのに、通じないんだよ」
「知らんけど、とりあえずは、頑張ってバイトしてみて気に入られた方がいいんじゃない?あとは、相手からの話を広げて長く話てみたりとか?」
「とりあえず頑張ってみる」
昨日と同じ時間帯にシフトへ入った。
「きょうもよろしくお願いします。長良さん」
栞は長良に深々とお辞儀をする。
「よろしくお願いします。ところで栞さんは大学生ですか?」
「はい、そうですよ。今年入学して一年生です」
「そうですか」
「長良さんは今いくつですか?」
「二十六です」
「好きな食べ物は?」
「ここのハンバーグです」
だめだ、小さく呟く。加奈から言われた事を実践してみようと思ったがどうも続かなかった。折角長良さんから話しかけてもらったのに……
「時間なんで仕事行きますよ」
「は、はい」
昨日と同じで基本的には片付けメインであった。
「長良さん、機械のトラブルが……」
「わかりましたすぐ行きます」
別のスタッフに呼ばれてしまった。
「栞さん、ちょっと外すので谷口さんに着いてやってもいいですか」
「はい、分かりました」
谷口が栞を見つけ、かけてくる。
「お、いたいた、栞ちゃん」
「お願いします」
軽くお辞儀をした。
「てか、栞ちゃんは、どうしてここに決めたの? 誰か気になってるスタッフがいるとか?」
ホールから厨房室へ行くときに突然話しかけられた。
「えっ⁈ 違いますよ。お父さんもいるし、気楽でいいかなぁと思って」
栞は、図星を突かれびっくりしたが、出来るだけ冷静に保つ。しかし谷口は見逃すはずも無かった
「その反応は、いるんだな。若いっていいね」
「だから、違いますって」
「シフト同じになったりと距離縮める事は簡単になるよね。だけど、甘いよ、栞ちゃん、ここは社内恋愛だめだよ」
真剣な表情で伝えてきた。
「え、そうなんですか」
思わず口に出てしまっていた。
「その反応はやっぱりいるんだ」
谷口はにんまりとした顔で栞を見た。
「まぁ、さっきの話は嘘だよ。ここの先輩でこのバイトで出会って結婚までした人もいるしそこらへんは大丈夫だよ。まぁ栞ちゃんにはそんなの関係ないって感じがするけど」
「もう、私ルールは守るタイプですよ」
「ぷんぷんしないの、かわいい顔が台無しだよ。それじゃ例の人も離れちゃうよ」
「もういいですって。早く新しい事教えてくださいよ」
栞は何とか話を逸らそうと頑張った。
「わかった、わかった。長良君にも頼まれたし、やろうね」
「わかりました」
さすがディナータイム、客の出入りが多く、ゆっくりと注文を受けてる暇も無かったため、栞にできることは、ホールの片付けだけであった。たかが片付けされど片付け、早ければ早いほど、新しい客を入れる事が出来る。大切な仕事だった。
「やっぱり、疲れますね」
「それでこそ、働くって事だね。もう少しがんばろう」
「はい!」
少し客が引き、水分補給をしながら小言を挟んだ。
「谷口さん、ありがとうございます」
「やっと戻ってきた」
「すみません。エスプレッソマシーンが言う事聞かなくて」
「あの子も十年選手だからね」
「じゃあだいぶお客様も減ってきたことなので、注文取ってみましょう」
「は、はい、お願いします」
「そんな緊張しないの、ほら肩の力抜いて」
まだ近くにいた谷口は優しく肩を叩き栞の緊張を抜いた
「だって、長良さんが間違えたらクレームになって……」
「もう、長良君、そんなかわいい子脅して……ここのお客さんはやさしいから大したミスじゃなければ大丈夫」
「谷口さんの方がやりやすいなら変わりましょうか?」
「いや、お願いします。長良さん」
ピンポン、おなじみの店員を呼ぶ鈴が鳴った。
「ほら、呼ばれました。いくよ」
「はい」
呼ばれたテーブルへ向かいデバイスを開いた。
「これと、これとあとこれもね」
お客がつらつらと料理名を言っていく。
「は、はい」
練習とは違い入力が追いつかない。
「え、えーっと」
「はい、注文承りますね。それではメニューをお下げしますね」
いきなりで混乱し、硬直してしまった栞に援護射撃が飛んだ。
「お料理が来るまで、少々お待ちください」
長良がそう言うと、栞を子招きし、奥へ連れてった。
「すみません」
昨日あんなに練習したのに……絶対怒られる。栞は身構えた。
「そう、落ち込まないでください。たとえマニュアル通りでも、上手くはいきません。
「怒らないんですか?」
逆なことに思わず言葉に出てしまっていた。
「怒る? いやいや、練習をもっとするべきでした。こちらのミスです」
「そ、そんな事ないですよ」
「はい、もうおしまい。ほら、さっきの人の料理出来てる物あるから運んで、反省会はそのあと」
お互いが謝罪し合っていた時に谷口が割って入った。
「わかりました、栞さんはそれを持って行きますよ。後ろでまず自分の動きを見ていてください」
「はい」
料理を渡され、お客のいるホールへ行こうとした。
「長良さんどうしたんですか」
長良が急に振り向き栞の方を見る。
「さっき言い忘れたんだけど、え、笑顔ね」
頬に指を当て、慣れない笑顔を見せながら栞に言った。
「わかりました。ありがとうございます」
緊張で顔がこわばっていたらしい。自分では気づけなかった。
「お待たせいたしました。チーズドリアです。前、失礼しますね」
静かに手を挙げている客の前に料理を静かに置いた。
長良は慣れた手つきで両手に持った料理をすらすらと並べてしまった。
「栞さん大丈夫そう?」
振り向き際に小さく話しかけた。
「大丈夫です」
栞に持たされたのはセットのライスだけだった為、長良に比べると難易度としては簡単だった。
「セットのライスです。前、失礼しますね」
「ありがとう」
小さく呟かれた、言葉が栞にはとてもうれしく感じた。
「ごゆっくり」
そう伝え、裏へ戻った。
「ふう、緊張した……長良さん私の接客大丈夫でした?」
栞は不安そうに聞いた。
「笑顔もしっかり出来てました、ばっちりでした」
親指を上げ、栞に見せた。
「ほんとうですか⁈ ありがとうございます」
「早く独り立ちできるように練習しましょう」
「は、はい。これからもお願いします」
ピンポン
またおなじみの音が店に鳴り響いた。
「二人とも、お疲れ」
閉店後、最後の客の皿を片付けしていると谷口から話しかけられた。
「お疲れ様です」
栞は軽く返していたが、長良は軽く礼をするだけだった。
「きょうはお客さん多かったね、何かあったけ?」
「広告でクーポン券が出されてたんですよ。それが原因じゃないんですかね」
「あぁ、そう言う事ね。じゃあもしかしたら明日も沢山かな?」
「そうなんじゃないんですか? 自分は休みなんで関係ないんですけど」
「そうだったね、じゃあ、栞ちゃんは?」
「私も、明日はシフト入ってないです」
「そうなのかぁ、」
見るからにテンションが下がっていた。
「そんな落ち込まないでくださいよ」
「栞ちゃんはしっかり休んで元気になってまた私に顔を見せてください」
そう言うと仕事があるのか別のところへ行ってしまった。
「私が来て二日目なのに、あんなフレンドリーな人は初めてですよ」
「そうですね、谷口さんの長所です。自分がいない時は時は谷口さんに聞いてください」
「わかりました」
テーブルを拭きながら軽く雑談をする。
「あっ、そうだ、長良さんは前に何やっていたんですか?」
「自分は広告会社で仕事してました。店長に拾ってもらわなければ自殺はしませんでしたが過労死は免れなかったと思いますよ」
軽く笑いながら栞に話す。
「えっ、それって笑い事じゃないですよね」
「そうですね、だから君のお父さんは命の恩人ですよ」
「そんな事が……もっと話、聞かせてくださいよ」
「これを話すと長くなるので、また今度でお願いします」
長良は、少し渋い顔をしながらお願いしてくる。
「うーん、わかりました」
栞も渋々了承した。
「じゃあ、ホールの椅子を上げて、きょうは終了です」
そう言うと長良は椅子を上げ始めた。
「はい、わかりました」
「では、ごゆっくり」
栞は慣れた口調で接客していた。
谷口と長良、そして店長の鈴鳴が少し離れた場所で見守っていた。時間も時間であったから正直、暇で雑談をする。あまりよろしくないのだろうが来店者も決まっていた為、気を悪くする人はいなかった。
「ここまでこれば僕も必要ないかな、先に上がらせてもらうよ」
「大丈夫だと思います。お疲れ様です」
店長は娘の成長を見たあと、先に帰っていった。
「ここに来た時あたふたしてたのに……」
「まぁ、三か月もいれば、いやいやでも身に付くでしょ」
長良は隣の谷口に返した。
「馬鹿ね、そういう時は、「さすが俺の後輩」とか決め顔で言ってやんなさいよ」
「それを言うのは谷口さんぐらいですよ。まぁ、物覚えは良かったと思います」
「ほら、褒める時は本人がいる時ね、ほらこっち来たよ」
谷口はどこかへ行ってしまった。
「長良さん、どうでしたか?」
長良の元にニコッとしながら、てくてくと寄ってくる。
「はい、良かったと思います。もう一人で出来ると思うので頑張ってください。ん? なんで笑ってるんですか」
「褒めてくれてありがとうございます。だけど、それ、私卒業式でもやってます?」
クスクスと笑いながらお腹を抱えていた。褒めたつもりだったのに……
「まぁ、いいやこれからも頑張ってください。ただちょっと顔が強張るときがあるのでリラックスしてください」
「はい、ありがとうございます。あのぉ、一人前って認めてくれたのはうれしいんですけど、ちょっと分からない事があって……」
「まだ、ちょっと独り立ちは早かったですかね?」
そう言うと栞は困惑していた。
「冗談です」
「長良さん、顔が冗談じゃないですよ」
「冗談ですよ。ほら一組お帰りです。片付け行きますよ」
「は、はい」
二人は片付けを始めた。
「じゃあ、今度からは栞ちゃん一人なんだ。おめでとう」
閉店後、いつもの習慣で谷口と栞は雑談を交わしていた。
「はい、独り立ち出来ました。これからもよろしくお願いします」
「よろしくね、何か分からない事あったらすぐに聞いてね」
二人とも和気あいあいと話していた。
「あっ、ごめん、もう帰らないと」
谷口が腕時計を見て言った。
「何かあったんですか?」
長良が質問した。
「明日までに返さないといけない映画があって、きょうは徹夜よ」
「そうですか、頑張ってください。お疲れ様です」
「おつかれ」
そう言うと足早に谷口は帰っていった。
「長良さん、改めてこれからもよろしくお願いします」
「こちらこそ。……ここでたむろしていてもしょうがないので帰りましょう」
そうですね、と栞は返し出口へ行った。
「うわっ、雨降ってる……どうしよう。傘持ってないよ」
外に出ようとした栞が立ち止まる。土砂降りだった。
「ほんとだ。良かったら自分の使ってください」
「そんな事したら、長良さんが濡れちゃいますよ。遠慮しておきます」
「大丈夫です。走ったらすぐに着くので」
「じゃあ、こうしましょ。分かれ道まで一緒に帰りましょ」
「わかりました。そうしましょう」
栞の提案に賛成し二人は店を出た。
「すみません。待たせました」
長良は店の鍵を閉め、外で待っていた栞と帰宅した。
「それでも、すごい雨ですね」
傘の中で雨音だけが響いていた。栞が急に話かけてくる。
「そうですね……」
だめだ、会話を続けないと……、谷口さんと練習しとけばよかった。なにか言わないと。
「天気予報じゃ、こんなに降るなんて言ってなかったですから、びっくりですよ」
「ほんとです。困っちゃいますよ。てか、長良さん肩濡れてるじゃないですか⁈」
「大丈夫ですよ。それより栞さんも風邪ひいたら困りますから、中入ってください」
「長良さんの中で、私どんだけ、か弱いイメージなんですか?」
栞は、クスクスと笑い長良へ返した。
「そんな笑わなくても」
「ごめんなさい。でも長良さん、すごく優しいですよね。仕事も私にわかるように何度も教えてくれましたし」
「マニュアル通りに教えただけで……後輩教育も仕事の内です。それをやらないのは職務怠慢というものですよ」
長良がそう言うと、、栞は苦笑いしていた。
「それもそうですけど、だって初日は帰る時も心配してくれたじゃないですか」
「あの時は、まぁ外も暗いですし……」
長良は、急に恥ずかしくなり頭を掻いた。
「じゃあ、もう天性の紳士ですね。長良さんは。勿論褒めてるんですよ」
長良に栞は嫌味の無い笑顔を向けた。
「もう、この話はやめにしましょう。そうだ、栞さんの家はどこらへんにあるんですか?」
「急ですね、私の家は駅から降りて十分、かからないところにありますよ」
栞は表情をころころと変えながら、長良の質問に答える。
「あの駅でいいですか?」
店からの最寄駅が近づいてきた。
「そうです。傘ありがとうございました。じゃあ、また今度」
「この傘持って行ってください」
「え、でも。悪いですよ」
「駅から家まで歩くでしょ」
「じゃあ、お言葉に甘えて、ありがとうございます」
「気を付けて」
長良がそう言い二人は分かれ帰路へ着いた。
次の朝起きると長良は身体の異変に気付いた。
頭痛い、妙に身体が重い。
とりあえず店長に連絡入れよう。
風邪薬あったけ?
3
「あれ、きょうって長良さんシフト入ってなかったでしたっけ?」
栞が谷口に不安そうに聞いた
「なんかね、風邪ひいちゃったみたいよ」
「そうなんですか⁈」
「何か知ってる?」
「完全に私のせいですよ」
「私のせい?」
「そうです、昨日、長良さんが傘を貸してくれたんですよ。長良さんとは途中まで一緒に帰って、それから雨の中走って行ったんです。あの時返しておけば……」
「あぁ、そういう事ね。多分、長良君は栞ちゃんのせいなんて思ってないわよ。彼は栞ちゃんを心配して傘を貸したわけだしね。」
谷口は大丈夫だよ、と言いながら優しく話していた。
「そうですか……」
家へ帰り湯舟の中で昨日の事や今日の事を思い出す。
谷口には気にすることないと言われたが心にわだかまりが出来ていた。
よし、明日休みだし行こう! 勢いよく湯舟から立ち上がった。
「長良さんの家教えて」
晩酌している父に突撃した。
「どうしたの急に⁈」
酒を噴き出しそうになっていたが、ギリギリの所で食い止めていた。栞は事の経緯を話した。
「そう言う事ね、一人暮らしだから色々大変だと思うし、だけど迷惑はかけちゃだめだよ」
「わかった。ありがとう。おやすみ」
「おやすみ」
栞はリュックサックにタオルやら飲み物を詰め込んだ。はたから見たら遠足前日の子供のように張り切っていた。
まだ下がらんな……お腹もすいた……長良は体温計を見て呟いた。
ピンポン
長良の家の呼び鈴が鳴った。
「通販とか頼んでたっけ? すぐ行きます」
マスクをつけて扉を開ける。少し目線を落とすと、栞がいた。
「栞さん⁈ なんで?」
長良は、風邪で大声が出せず静かにびっくりした。
「お見舞いです。私のせいで風邪を引かせちゃったし……」
申し訳なさそうにこっちに向く。
「そんなこと気にしなくても……ちょっとだけ待ってて」
「はい、待ちます」
栞は笑顔で返事をした。長良それだけ言い残し、扉を閉めた。
携帯で店長に連絡を取る。気の抜けた呼び出し音が余計に長良を急かした。
「はい、鈴鳴です」
「店長、栞さんが来てるんですけど」
「知ってるよ」
長良とは反対にゆったりと答えた。
「全部、娘から聞いたよ。申し訳ない傘を貸してもらって長良君に風邪を引かせてしまった」
「その事ですか。なら大丈夫ですよ。勝手に風邪ひいただけなんで」
「いやいや、お詫びだけど昨日は有給にしておいたから」
「それはありがとうございます。いいんですか、二十歳こえてない女の子を、後もうちょいで三十になる男の家に行かせるなんて」
「まぁ、長良君なら大丈夫かなと思って」
「人が良すぎますよ」
「栞も何かしないと気が済まないらしくて」
「あぁ、わかりました。こっちも風邪移さないようにします」
「ありがとうね」
そう言うと電話が切れた。
「どうぞ。入ってください」
「お邪魔します。お腹空いてます?」
「昨日からあんまり食べてないんで、それなりには……」
「食べないと、だめですよ。いろいろ買ってきたので、あと長良さんは寝ていてください」
「わ、分かりました」
勢いで布団に寝かしつけられた。
「おでこ出してください」
「つめたっ」
長良が前髪を上げるとすぐに冷感シートを付けた。
「少し待っていてくださいね」
冷たさが心地よく長良はすぐに寝てしまった。
「うぅ、寝てた。なんか変な夢見たな。急に栞さんが部屋に来て……」
目を擦り周りを見渡した。台所に人影があった。
「長良さん起きましたか?」
「夢じゃない?」
かすれた声で呟いた。
「もう寝ぼけてるんですか? お水飲んでください」
水を差しだされ受け取る。
「器とか色々勝手に使っちゃいました」
「別にいいんですけど」
ようやく視界がはっきりして。エプロン姿の栞が映る。
「はい、おかゆ作ってみました。熱いから気を付けてくださいね」
茶碗によそわれ、渡された。
「ありがとうございます」
スプーンで掬い口に運ぶ。
「どうですか?」
栞が早速聞いてくるが少し熱く、味がよく分からなかった。
「ちょっとまってください」
また、すぐにおかゆを口に運ぶ。
「やっぱ、アレンジが駄目でした?」
「いやいや、おいしいよ。おかゆってもっと味が無いものだと思ってました」
味の感想をいうと栞の顔は、ぱぁっと明るくなった。
「そうですか! 私自身おかゆって味気なくて好きじゃないんですよ。消化にはいいから病気の時は良いんですけどね。だから鶏がらスープとか入れてアレンジしてみました。よかったぁ、お口に合って」
「そうなんですね、とってもおいしいですよ。すみませんお代わりありますか?」
長良は、すぐに茶碗を空にしてしまっていた。
「お代わりは沢山ありますよ、あっ、でも腹八目ぐらいで止めてくださいね。満腹はあまり身体に良くないので」
栞は、おかゆをよそいながら注意を促した。
「そうなんですか。詳しいですね」
「これでも、私、将来看護師さんを目指してるんで」
えっへん、と言わんばかりに栞は、手を胸に置いて言った。
「じゃあ看護学校なの?」
「そうですよ。日本のナイチンゲールって言われるぐらい頑張りますから」
「ふふ、それは冗談ですか? 本気ですか?」
軽く笑いながら栞に返した。
「もう、なに笑ってるんですか? 本気ですよ。マジですよ」
「そうですか、頑張ってください」
「あぁ、馬鹿にしてますね」
頬をぷくっと膨らまして長良を睨んだ。
「そんな怒らないでください」
なだめたが栞はプイっとそっぽを向いてしまった
「いいですよ、もし長良さんが病院に来た時に敢えて太い注射で打ちますから」
「こわっ……」
長良は心の声が漏れていた。
「もちろん冗談ですよ」
栞はそれに笑顔で返した。
「それだったらよかった。すみません、水をいただけませんか」
「わかりました。コップ貰いますね」
「お願いします」
「おかゆはもういいですか?」
茶碗の中身を見て長良に尋ねた。
「はい、大変美味しかったです。ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。長良さんお薬は?」
「あれ、朝と夜のだったんで今は大丈夫です」
「そうですか、じゃあ長良さんは休んでいてください。私は洗濯しますね」
栞は脱ぎ捨てられた着替えを集め始めた
「い、いいですよ。それは自分で出来ます」
立ち上がりそうになったが栞に制止された
「もう、じっとしていてください。熱上がりますよ」
栞はそう言いながら毛布を掛けた。
「あぁ、分かりました」
言い負かされ、そのまま洗濯物を任せてしまった。
なんだかんだ部屋の掃除までやってくれた。
「だいぶ顔色も良くなってきましたね。夜ご飯も作りますね」
栞は長良の額に手を当て、熱を確認しながら話した。
「はい、まだ喉とか痛いですけど」
「ごはんは食べれそうですか?」
栞は台所へ移動していった。
「まぁ、そんながっつりとは食べれないですけど」
「当たり前ですよ。胃がびっくりしてまた体調がおかしくなりますよ」
冷蔵庫の中を見ていた栞から軽く注意された。
「温かいうどんを作りますね」
栞が長良に言うとテキパキと作っていった。
おかゆといい、うどんも美味しかった。
「じゃあ片付けますね」
「だいぶ良くなったんで、自分がやりますよ」
お椀を台所へ運ぼうとした。
「きょうは私がお世話するんで」
栞は運んでいたお椀を貰おうとした。しかし長良はそのまま流しへ置いた。
「もう、大丈夫ですよ。もし昨日の事で負い目を感じてるなら別に気にしなくていいですよ。逆に栞さんが風邪を引かなくて安心してるぐらいです」
「そういうとこですよ。長良さん」
「そういうとこ?」
「そうです。長良さんは前も言いましたけど優し過ぎますよ。言い方きつい時とかあるけど……。私、高校の頃よくヘラヘラするなって言われてて、別に私はそんなつもりないのに勝手に怒られたりして、そんな時にあのお店行って長良さんがニコって返してくれて、バイトはここにしようって決めたんですよ」
「あ、あの時の女子高生ってもしかして栞さん?」
「そうですよ、気が付かなかったんですか?」
「髪の毛の色も髪型も違うから……」
「いいですよ、別に、バイトに入ってもほとんど私に付きっ切りで教えてくれて、私の笑顔を褒めてくれて」
「自分は出来ていた事を褒めただけですよ」
「それでも私の助けになったんです。私は、長良さんが好きなんです」
長良の部屋は静まり返った。
多分聞き間違いではないと思う。
「え?」
頭が回らず長良はこの一言しか出なかった。栞の方を見ると顔を真っ赤にして小刻みに震えていた。
「え、いや、え」
長良より栞の方が困惑していた。
「ごめんなさい、急に言われても困りますよね。もう帰りますね」
「ちょ、ちょっと」
長良が止める前に足早と帰ってしまった。
明日、バイトだし、栞さんと一緒だし、どうするのさ……
寝る前にやる事は、ほとんどの事をやってもらっていたのですることが無く、ただたださっきの言葉が頭の中でループしていった。
すぐに次の日になりバイトへ行った。
「おはようございます」
事務所に入ると、栞が制服を着て、準備が出来ていた
「お、おはようございます」
栞は長良と目が合うと顔を赤くしていた。
「あの、栞さん。昨日はありがとうございます」
どうにかしていつも通りに話そうとするがこっちも声が若干、震えてしまう。
「おはよう」
空気を読まずに谷口が入ってくるがその明るさが救ってくれた。
「私、先に出ますね」
栞が先にホールへ出て行ってしまった。
「どうしたの長良君? 何かあったの?」
昨日の一部始終を谷口に話した。
「やっぱりそうだったんだ」
にんまりとしながら頷く。
「やっぱり?」
「まぁ気づいてないならいいや。でどうするの? 付き合うの?」
一言話してくるごとに一歩ずつ近寄って来る。
「なにをすればいいのかがさっぱりで……」
長良の一言に谷口は大きくため息をついた。
「まぁ、長良君らしいよ。とりあえずは昨日の事のお礼を兼ねてごはんでも行ったら」
「あぁ、そうしてみるよ。ありがとう。助かるよ」
「ただ、私はこれ以上助けないからね。二人の関係だから。いいね」
谷口が念を押すように言ってきた。
「ベストは尽くしてみるよ」
長良はそう言いホールへ出た。
転機が訪れたのは確かだった。
これから何が起こるのか、今の自分にだって分からない。
人との関わり合いの方法は、マニュアルにだってメニューにだって載ってない。
自分から探していくしかないのだから。
ファミレスのメニューに後輩との恋愛方法は載ってない 苔氏 @kokesi
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