第201話 誰が為の戦い①


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「くっ……」


 今にも飛び出すほどの剣幕から、突如として頭を押さえてその場に留まった。


 前回攻略時の悪夢も……第六層到達時の謎の追憶も……全てはこいつの……悪魔の……


「アニマ!?」


「どうしたぁ!!」


 武器を構えて警戒心を全開に研ぎ澄ますジェニと怪物の心配の声がすぐさま飛んできた。声を張り上げる事で、緊張感と恐怖に縮こまる体を無理矢理制御しようとしているようにも感じる。






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 正直、慢心していたのでしょう。


 鍛えれば鍛えるだけ強くなれた。覚えようと思った事はすんなりと頭に入ってきて、時間さえかければ解けない問題など無いと本気でそう思っていました。


 いつしか、天才だと言われ慣れている自分が居ました。


 考え得る限り最高の師にも恵まれ、いつかそんな偉大な師をも超えて羽ばたくのだと。


 変わり者の俺を温かく迎え入れてくれた仲間達に、冷静だと褒めて頂けたのは……そうですね、どこかでこの世界を”自分を育成する遊戯ゲーム”と考えていたからに他ならないでしょう。


 それ故の余裕……お恥ずかしい事に、誇るべき類のものではなかった……


 スモーカーさん達の背中と巨大な獣が遠くから見えた時、俯瞰的に考えました。片腕を失ったとは言え師は一人で戦ったのだから、この人数で共闘すれば勝利できると。


 今目の前にして、どうしようもなく理解してしまいました。生物としての格の違いを。


 このまま努力を積み重ねていけば、身体の成長と共に前人未到の領域へ至れるかもしれません。いいえ、至れるでしょう。


 でも、その延長線上にこれはいない。


 人がどれだけ手を伸ばしてもその手に星を掴むことが出来ないように、草食動物がどれだけ個体として上振れようとも肉食動物との関係が変わらないように、一つ一つに至るまでが恐怖に怯え震える細胞達が物語っているのです。


 地上の覇者たる人間にとっての天敵が、今ここに存在してしまっているのだ、と。


「撤退しましょう!!」


 ならば判断は速い方がいい。


 この先一生憎悪されようと、生きてこその物種だ。






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「ボケっとしてんじゃねぇ!!ずらかるぞ!!」


 スモーカーという男はブジン程剣に優れている訳じゃない。彼ほどのカリスマもタフネスもない。


 しかし超一流だ。では何がスモーカーを最高峰の冒険者足らしめているのか……


 それはである。


 理論立てて行動するのが得意と言う訳ではないし、無茶を通すだけの突出した技能がある訳でもない。


 その場全体の雰囲気や、ぼやっとした前後の流れ、漠然としたそれらを感じ取る事に長けているのだ。


 言うなれば気を感じる嗅覚が人並外れて鋭いのである。


「何言ってんすかスモーカーさん!!クローナさんをほっとくんですか!?」


 これまでずっとクローナを気にかけて来た精悍な顔つきの青年、タコンが抗議の声を上げる。不必要なまでに大きな声は、彼自身冷静ではないことを物語っていた。


「子供が居るんですよ!!?」


 タコンが指さす先にはアニマとジェニ、二人の子供の姿が。あれを相手に逃げない事に精一杯な自分たちの前で、剣を抜いて今にも戦おうとしている勇ましい姿が。


「自己責任だ!!」


 自分の意志で来て剣を抜いたからには、子供と言えども一人前の冒険者だ。大怪我を負ったクローナもその危険を承知でここまで来たのだ。


 護衛と捜索の依頼を受けていようと、情と矜持の為に仲間全員を死なせる訳にはいかない。リーダーであるからには、時として非情な決断もしなくてはならない。


「囮にするってんですか!!?」


 怯えや恐怖を怒りに変換して声を荒げるタコン。


 アニマ等が戦うつもりでもエストにその気はない。彼の言葉に従って撤退されたら今度は自分達がいいように殿しんがりになってしまう。


「自殺にゃあ付き合い切れん!!勝てねぇ戦いは美談じゃねぇ!!始めた時点で最低のクソ以下だぜダボが!!」


 スモーカーはタコンの頭に拳骨を落としながら、仲間達へ撤退の指示を出すのだった。






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「腰が引けている方々が動き出してしまう前に、今直ぐ逃げるべきです!!このままでは囮にされてしまいますよ!!」


 エストさんの言わんとしている事は分かるよ……お母さんは担ぐことも出来ない重症だから、お母さんすらも置いていけってことなんだろ……?


 一度撤退に成功した後に戦う事になる事まで見越して、戦力として有用な人材を優先する実に合理的な判断だ。


 あの悪魔が犠牲なき撤退を許してくれる相手じゃない事を肌で感じ取っているのだろう。


「早まらないで……」


 一度逃げた先で、仲間を欠いた状態での万全の体制を整えて、じゃあ次は勝つぞってなると思うか?


 ならないに決まってる。どうやって悪魔を掻い潜って転移紋に達するかしか考えないはずだ。そしてここは奴の庭。何千年も居座り続けた独壇場。


 どれだけ慎重に進もうと不意を突かれる形で襲われるだろう。そしたらまた誰かを犠牲に逃げるのか?



 僕らは既に一度逃げている。また逃げればもうこの恐怖に逆らえなくなってしまう。激情ではごまかせなくなってしまう。


 そしたらもう……


「もう二度と……町に帰れなくなるよ……」


 流れ込んできた思念と追憶の濁流だくりゅうに、明瞭としない頭と張り上げる事の叶わぬ声だったが、エストさんの耳には確と届いたようで、


「逃げぬ事が最善……ですか」


 逃げ行くスモーカーさん達を見逃すようにその場に留まって、剣を構えなおした。そこで無理にでも引き留めなかったとこに彼らしさが表れている。


 究極に合理的な容赦ない判断が出来るようで、時にそれを選ばないお人好しでもあるんだ。


「僕と同じ匂いがする」


 ぞわっと全身の毛が逆立つような重低音の悍ましい声。白布越しでも僕を見て発した言葉だと分かった。


「超大型肉食獣と真っ当な人間が同じ匂い?死臭嗅ぎ過ぎてイカレてんじゃないの?」


 今すぐにでもそのイカレた鼻と減らず口を斬り落としてやりたいけど、向こうに会話の意志があるのなら好都合だ。


 僕達はまだ場に慣れていない。怖いもの知らずのジェニですらその手足を震わせている。少しでも順応できる時間を稼ぎたい。


 このとっ散らかった頭を整理する時間も欲しいしな。


「正義さえ掲げてしまえば大虐殺を行える君が、果たしてまともな人間と言えるのかい?」


 どうして!?いや、僕が見たという事は向こうも僕を見たという事か……


「そもそも君、正義もまともも常識も、そんな枠つまらないと思ってる性質たちだろ?」


 不快だ。殺したいほど憎い相手に知ったような口を利かれるのは。


 共感覚を持つからと、同族を見つけたとでも思ってるのか?


「お前の気持ちはよくわかるよ。確かに共通点はある。けど正反対だ。僕が負の色に何とも言えない居心地の悪さを感じ、幸せの色で生を実感出来るように、お前は負を好み、幸せを拒むんだろう?」


 その孤独も、退屈嫌いも、理解は出来る。でもその生き方には絶対に共感できない。


 そんな僕の心を読んだのか、それとものか……悪魔は口角を少し上げて嗤い、



 特に張り上げた訳でもないその言葉に、物凄い衝撃を受けた。衝撃を受けてしまったんだ。


「さぁ、遊ぼうか!」






【余談】

スモーカーの勘の良さは商才にも表れている。

人や物を見る目、大局を感じ取る嗅覚、何より超一流冒険者として磨き上げられたセンス。

危機を避け、好機を得る事を最も得意としている。

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