第178話 本物に憧れる偽物②


 さぁ、いつまでもここに居る訳にもいかない。気持ちを切り替えて次を見て、考えて、行動しなければ。


 どうにも僕は遠い未来を見据えて計画を立てる事を苦手としているようだし。果たしてそんな僕は本当に頭がいいって言えるのか?


 ブジンさんやジェニは褒めてくれるけど、頭がいい人ってのはもっと何十手も先を想定して慎重に行動できる人の事を言うんじゃない?


 いや、言い訳させてほしい。クリーチャーズマンションという現代に残る大魔境にて遥か先を見据えた行動をとるというのが如何に難しいことなのか、それを弁明させてほしい。


 未知の環境。未知の生態系。牙をむく魔物クリーチャー達。おおよその対策は取っていたとしてもイレギュラーはつき纏うというものだ。


 多分徹夜で語れてしまうからこれ以上はやめとくけど。まぁ言い訳って言葉を使ってる時点で未熟な自覚はあるんだからそういうことだろう。


 しかし僕の恵まれている点はエストさんが仲間としてこの場所に居てくれる事だ。優れた先達から直接学べるんだから。


 キメラモンキー戦でもその頭の良さは光っていた。咄嗟の判断力はさることながら、論理的な思考と冷静沈着な姿に何度救われてきたことか。


 やっぱりエストさんは凄い。もしかしたら僕はとんでもない人とパーティーを組めたのかもしれない。


「アニマ君。つれしょん、しませんか?」


 出発の前に用を足しておくのは当然だが、しょんべん小僧のようなジェスチャーは凄くバカっぽかった。


 あれぇ……?






 二人で人気のない場所に行き、気づけば襲われ今に至る。壁ドン、顎クイ、膝アテのフルコースに星三つどころか、その星が目の周りをぐるぐるまわるくらいには混乱していた。


「まっ、待って!」


 話に聞いたことはあるけど、ほらっこういうのって別世界の話って言うか何ていうか、そういう世界もあるんだなぁとは思っていてもいざ当事者になってみれば感じ方も違う訳でっ……


 いや確かに予感はあったよ!?ほぼ初対面でケツ揉まれたり、夜番中にキスされたり、妙な視線を向けられてたり、破格の美少女であるジェニやエルエルに対して一切動じない紳士っぷりであったり……


 あれ?今思うと割とあからさまだった……?僕が節穴だっただけ……?


「ぽっかりと空いたこの穴に、真っ暗な明日を欺き容れ、笑顔の代価はその虚空を縛り抑える虜囚の鎖……」


 待ってと言って待たせていたエストさんはいつしか囁くような独り言?を始めた。


「ぽぇ!?」


「俺は男色です」


「ぎょえ!?」


 普通に言うのか!


「ははっ驚くのもごもっとも」


 エストさんは軽く笑うと、所でと前置きしてから、


「景観についてはどう思いますか?」


 景観?何故今?唐突過ぎて意味わかんない!……まぁでも第四層自体は緑に囲まれた素敵な場所だ。


「……い、いいんじゃないかな?」


「鶏などいれば尚の事よしと」


 鶏!?ま、まぁ緑の中の白は確かに映えるだろう。だが何故唐突に鶏!?まさか僕が密かに趣味にしているバードウォッチングを知られてる!?そんなバカな!


「……うん。僕もそう思うよ」


 動揺を悟られないように冷静を装って返事すると、ぱぁっと明るい顔をして、


「アニマ君が理解ある方で良かった」


 抱きしめられた。


「ちょまっちょまってちょちょまウェイウェイ!!」


 その胸板を両手で押し返す。


「ウェーイ!」


 一瞬ハテナを浮かべたエストさんは何かに合点すると、自分の両手をパチンと合わせてきて笑顔になる。


「ウェーイ!じゃない!!ウェイト!!待って!!」


 え!?何!?全然分かんないんだけどっ!?え!?今の会話のどこにフラグが!?えぇ!?


「ていうか何で僕なの!?がきんちょだよがきんちょ!かか怪物はどうなの!?すっごい筋肉だし!男らしくてカッコいいじゃん!超カッコいい!マジリスペクト!!」


 焦り過ぎて、素で仲間を売っている事に僕は気付かない。


「貴方の仲間に成れた日に俺は、自分の気持ちに素直で居ようと変われたのです」


 ふぁ!?なして!?


「僕は別に何かをした覚えはないんだけど……」


 凄い人だなぁとは思ってたけど、寧ろ初対面の時なんかは思いっきり不審者だと思ってたし、特別好かれるようなことは何もした覚えが……


「ええ、貴方は特別な事は何もしていませんよ」


「じゃあなんなの?」


「恥ずかしながら性欲です」


「本当に恥ずかしいね!?」


 えっえぇ!?こういうの何て言うんだっけ……!?ロリコンじゃなくて……そうっ、ショタコンだ!リアルショタコンだ!まごう事なきショタコンだ!


 確かに歴史に名を遺した偉人や天才と呼ばれる人達には、変態や異常性癖者が多かったって聞くけど!


 そんな僕のあからさまな反応にふふっと笑うと、


「冗談です……ただ…………」


「……そ、それでけ……?」


 あっけにとられると、エストさんは少しムッとして、


「それだけとは何ですか。人が変わるのなんて案外そんな理由なんですよ……強いて言うならそうですね……貴方の真っ直ぐで直向きな所に、ですかね」


 貞操の危険を感じたり、パニクったりと忙しなかったけど、こうも正面から来られるとその……なんだ?むず痒いっていうか……


 その痒さから逃れるように自分の思考に潜る。


 人が変わるのは案外そんなもんか……よくよく考えれば僕が変われたのだってジェニに一目惚れしたからで……うん。確かにそんなもんだな……


「……恋は最強……か……」


「言い得て妙。どうです?危険な恋に手を出してみませんか?今からでも遅くありませんよ!いや今だからこそより刺激的かも知れませんね!」


 おっと!何となく違う雰囲気に逸らしつつあったと思ってたのにそう簡単にはいかないか!


 だが僕は切り札を持っている!何かヤバそうな提案をしてきたので効果抜群とはいかなくても意思を伝える事は可能だろう!


「遠慮させてもらうとするよ。僕の恋人は規格外だからね。精一杯だよ」


 はっはっはっ!!見たか!!これがリア充の更に上のモテ男だけに許される「彼女に一途なんで」だ!!


 まさか僕がこのセリフを言える日が来るなんて……何故男性相手に言っているのかは分からないけど。


「そうですか。では又の機会に」


「ないからっ!」


 そんな僕の暴走気味というかやけくそ気味の脳内とは裏腹に、爽やかに笑うエストさんだった。






 それはそれとして本来の目的である用を足した帰り際。


「ずっと秘密にしていたことを何で話してくれたの?」


 態度や言動から察するにトラウマ級の秘密だったのかもしれない。でもなんとなく、今なら話してくれるんじゃないかって思った。


「…………もう少し説明しましょうか?」


「いやいいよ。充分伝わったから……」


 急に襲われもしたけど、僕にそんな趣味は無いけど、なんか全部許せる気になった。というかとっくに許していたのだろう。


 僕の歩幅に合わせて歩くエストさんは、優しい口調で語りだした。


「人が何故エメラルドやルビーやサファイヤ等の宝石を求めるのか分かりますか?大抵は工業的実用性を考えてない石ころですよね?」


 まぁ僕もあまり宝石が欲しいとは思わない性質だ。同じ石ならそのお金で石炭でも買った方が余程建設的だし、着飾るならアクセサリーより服の生地に拘った方がコスパがいい。


「……綺麗だから?」


 結局それに尽きるんじゃないか?自己満足の観賞用だろ。それか自己顕示欲の象徴か。財力をちらつかせて対人関係を優位に運びたいという意図もあるかもしれない。


 まぁ僕ならそのお金で旅行するかな。生の絶景や同行者との思い出の方が百万倍心を動かす。


 だがエストさんが口にした解答は全く違うものだった。



 その一言で理解できたでしょう?とそれ以上を語ることは無い。


「貴方も宝石でいてくれた方がいいのかもしれません」


 そして、ぽろっと呟いた。


 その時僕は気付いたんだ……事に。


 ならば僕も無粋な返事を返すわけにはいかないな。今の気持ちを表すとしたら……


 差し出した手。それを見て、少し考えた後、晴れやかな笑顔を浮かべると、握り返してくれた。


 それだけで分かり合えた気がした。


 こうして……


 僕達は少し仲良くなった。


「ちょっと味見しても?」


「だめ」


 そんな冗談も言い合える程に。






【余談】

本物になりたいと願った偽物は、そこに本物になりたいという意思がある限り本物よりも本物らしい輝きを宿す。

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