第2章 ダンジョン攻略

第1層 食糧問題

第33話 作戦を立てよう


**********






「ああ、アニマ……どうして、どうしてなの……?あと少しなのに……あなた…………」


 早朝のリビングに一人の女性の声が虚しく響いた。






**********






「あははははは……はは……ここが……ダンジョン……」


 僕たちを包んだ光から解放されたその時にはもう、目の前には洞窟が広がっていた。辺りを見渡すと岩肌と砂に覆われた暗い空洞があちこちへと枝分かれしていることに気づいた。


「ぐっ苦しい……」


 僕は突然襲い掛かってきた謎の息苦しさに顔をしかめた。胸を押さえて呼吸に集中する。


「苦しいな、でも、大丈夫。すぐに、慣れるから」


 隣ではジェニも同様に息苦しそうにしていたが、その顔に困惑の色は無く、まるで事態を全て把握しているかのようだった。


「ふぅーふぅー……はぁ……もう大丈夫みたい……」


 暫く息苦しさと戦っていると次第に体が慣れてきたのか、普通に息をしても大丈夫なようになった。


 むしろ肺がクリアだ。最近多くなった、咳づく感じも全くない……


 そうかこれが【この世界は臭かった】に書いてあった違和感の事か!


 本に書いてあったことでもいざ自分が体験するとなると随分と勝手が違う。逆にジェニはよく平然としていられたものだ。


「第1層、巨蟻きょぎの洞窟……」


 ジェニがそう呟いた。


巨蟻きょぎ?」


「うん。第1層は高さ約300メートル、直径10000メートルのその全てが蟻の巣状の洞窟になっとって、あまりの大きさから冒険者の間ではそう呼ばれとるんや!」


「そう……ってことはこのサイズの蟻型の魔物もうじゃうじゃいるってこと!?」


「いや、第1層に巨大蟻の魔物クリーチャーはおらんらしいで!」


……?」


「さぁ……ジェニもそこまでは知らんなぁ」


 僕は会話しながら松明と火打石をリュックから取り出すと、油をしみこませた松明に向かって火打石を打ち鳴らした。


 だがなかなかうまく火花が引火しない。


「じゃじゃーん!!アニマ、これ使って!!」


 唐突に元気よくそう言ってジェニが取り出したのは、いつしか二人で見た無限の火打石だった。


「えっジェニ、貴重なマジックアイテムを勝手に持ってきちゃったの!?」


「オトンを助ける為や!逆にアニマは、ここで使わんくていつ使うって言うん!?」


「いやまぁ確かにそうだけど……いや、ジェニの言う通りだね!」


 反射的に反対した僕だったが、よく考えればジェニの言う事ももっともだと悟った。


 僕はジェニから貰った無限の火打石で松明に火をつけた。すると辺り一帯がゆらゆらと照らされてぼんやりとしか見えていなかった僕たちの居る場所が鮮明に見えてきた。


 僕は浮かび上がったジェニの可愛い顔を見つめると、現状を把握すべくこう言った。


「作戦を立てよう!」




 


「優先順位は第一にダンジョンの攻略。その次にブジンさんたちの捜索だ」


「なんで?ジェニ達はオトンたちを助ける為に来たんちゃうの?オトンたちの捜索が最優先やろ?」


「先に言っておこうか……」


 僕は息を吸うと真剣な目で説明の口火を切った。


!」


「……」


「だから僕たちは決して悲観せずに前だけを向いて突き進もう!……でも僕たちはまだまだ子供で未熟だ。ただでさえ危険なダンジョンを隅々まで捜し歩き周れるほど強くない」


「……」


「それに、僕達が捜してる間にブジンさんたちが攻略して行き違いになる可能性もあるし、実際この可能性は高い。無理に探し回って痛い目を見るよりかは堅実に攻略して行った方がいいと思う」


 僕は更に言葉に熱を込める。


!!」


「うん。そやな!アニマの言う通りや!」


 ジェニは暫く黙って聞いていたが、僕の言う事を聞いてくれるようだ。


「よし!じゃあ、現状把握から進めよう!」


「らじゃー!!」


 ジェニの同意を受け、僕は少し考えてから纏めるように話し出した。


「まず僕たちの最終目標は第6層最奥にある転移紋からこのクリーチャーズマンションを脱出すること。それが出来て初めてクリア、攻略したことになる」


「その為には各層ごとに高さ約300メートル、直径10000メートルある階層を突っ切っていかなあかんな」


 順序だてて説明する僕に、ジェニも細かく補足しながら相槌をうつ。


「最短移動距離は約61500メートル。目標攻略時間は2週間。目的はブジンさんたちの捜索。正直かなり難しい。僕たちの力がどこまで通用するかは分からない……でも、」


「でも、なんやろう……この気持ち……」


「立ちはだかる高壁に、抑えきれないこの高揚感こうようかん……」


「未知なる道に、未だ見ぬ世界に……」


「これが、」


「このたかぶりが……」


「「!」」


 初めての冒険に、初めての世界に思いを馳せて、高まる胸に希望を乗せて、大きな夢にその手を伸ばして、今僕たちはこの感情の正体を知った。


「てか未知なる道ってなにちょっとカッコつけちゃってんの!?駄洒落じゃん!」


「てへっ」


 思わずツッコむと、ジェニは舌をペロッと出しながら自分の頭を軽く小突いた。


 腹立たしさと可愛らしさがそこには同時に存在した。






「アニマ、クリーチャーズマンションには魔物と普通の生物とが共存しとるんや!」


 ジェニはそう言いながらリュックから光の精霊のランタンを取り出し、スイッチを押した。


 前方がまばゆく照らされる。


「おお、すっごい明るい……第1層の魔物クリーチャーといったら、ミミーアキャット、カラスモグラ、ベンティスパイダー辺りだね」


土竜もぐらあり蚯蚓みみず蝙蝠こうもり蜘蛛くもへび蜥蜴とかげとかが普通の生物やな!他にも色んな種類がおって、まだまだ半分も見つかってないらしいで!」


「そりゃそうでしょ。クリーチャーズマンション攻略する人皆が皆隅々まで探索するわけじゃないんだから」


 当然でしょと言わんばかりの僕に、


「あ、そっか……やっぱアニマは賢いなぁ!」


 ジェニは素直な称賛をくれる。


「えへへ、ありがとう。使える頭は使っていかなくちゃね!」


 僕は嬉しくなってつい調子に乗るのだ。


 ジェニは感心したように相槌を打つ。


「さてと。装備の確認は済んだ。準備は整った。それじゃあ行こうか、冒険に!」


「あいあいさー!!」


 ジェニの元気のいい返事を皮切りに、僕たちは転移紋のある最初の大きな空間から蟻の巣迷路に足を踏み入れた。


 勿論考えなしに突き進んだわけじゃない。


 この洞窟には先人たちが残したマークがある。僕たちはそれを目印にして進んでいくのだ。


 ああ、始まった。


 始まったぞ。


 僕が夢見た冒険が。


 ジェニと夢見た冒険が。


 今ここに始まった。


 隣を歩くジェニはさっきからテンション爆上げボンバーだ。壁の一つ、石の一つにすら興味津々といった具合だ。


 足が軽い。


 胸が熱い。


 かくいう僕も踏みしめる砂粒に興奮を隠せないのであった。

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