ねこ拾いました
日々菜 夕
第1話
この物語はフィクションです。登場する人物。地名、団体名等は全て架空のものです。
大学に4回連続で落ちた――
それもきっかけの一つと言えば一つだろう。
主な原因は、明確な意思もなく。ただ、だらだらとバイトしてはソシャゲに課金するという自堕落な日々を過ごしてきたことだと思う。
親が家を出て行けと言い始めたのと、姉貴が人手が足りなくなったから手伝ってくれと言ってきたのが重なり。俺は、ここ特別政令都市。鏡原にやって来た。
外国に入国するわけでもないのに簡単な審査があって、理由の欄には、仕事のため、と記入した。
この街ではこの街独自のルールがあるらしく。それに違反しないようにと簡単な説明を受け――あとでしっかり読むようにと言われた冊子を受け取る。
そこには、説明にもあった通り。主には、この町に住む犬や猫との接し方について書かれていた。
基本的なルールも何も法律で定められたのは俺が生まれる前の話であり。今では常識として浸透しているそうだが、俺にとっては半ば観光気分みたいな感じだった。
人型の犬や猫――それがどんなものなのかは映像では知っているが実際に見た感じはどうなのか見てみたかったというのが素直な感想だ。
そんな興味本位な気持ちでこの街に来たのが災いしたのだろうか?
これからお世話になるアパートに着いたところで遭遇してしまった。
一瞬、家出少女⁉
そう思ってしまった一番の理由は首輪をしていなかったからだ。
でも耳が頭の上にある以上――犬か、猫の類のはずである。
説明もされたし冊子にも書かれていたが、首輪のない犬や猫は特に注意する事とされていて……
って、おいおい、いきなりトラブルの予感しかしねぇ!
なにせ俺の部屋の前で座ってやがるのだ。
雨宿りしてやがるのだ。
見たところ身に着けているものと言ったら大き目の白いシャツ一枚だけ。
それも雨で濡れたのだろう透けていて――膝を抱えながらガタガタと震えている。
とりあえず姉貴に電話だ! と思ったところで止まっていたのを思い出す。
引っ越しやらなにやらの方を優先した結果。電話代が払えなかったのだ。
「どう、すんだよこれ……」
汚れたシャツに素足……訳アリにしか見えねぇ。
となれば頼れるのは隣人だけ。
とりあえず隣の7号室の呼び鈴を押してみた。
少しして、ドアが開く。
中から、やや太めでニキビ多めの学生らしき人物が出て来た。
「あの、はじめまして。今日から隣に越して来た長瀬と言うものですが」
「はぁ……別にそういうの要らないんで」
いきなり、ドアを閉めようとしやがった!
俺は、あわてて、「ちょ! ちょっと待って下さい! アレってどうしたらいいんですかね」指をさして聞いてみた。
「迷惑なんだよね、そういうの」
ガチャリとドアが閉まるだけでなく、鍵がかけられる音までしやがった。
つめてー。ってゆーか、この対応が正解なのか?
本気で関わったらヤバイモノにしか見えなくなってきたぞ。
だからと言って、ここで見捨てたら姉貴から文句言われそうな気もするし。
なによりも、俺が見捨てたくないと思っちまっている。
「おい。そこどいてくれないか? じゃないと部屋に入れないし。お前を風呂に入れてやることもできない」
「み……ミゥ」
俺を見上げて声を発した口は紫色――まるで弱り切った子猫のように小さな声だった。
近付いて見て分かったが、服だけでなく見た目もかなりよろしくない。
頭は半分くらい剥げていて、片方の耳なんて上の方がむしられたみたいに欠けてしまっている。
可愛らしい犬や猫が平和に暮らしている姿しか映像で見て来なかった俺にとってはかなり衝撃的だった。
「なぁ、もしかして動けないのか?」
「……ミ、ゥ……」
確か人間と同じ言葉を話せるはずだし、俺の言ってることも理解してくれていそうな雰囲気もある。
それなのに、これってことは……
冷え切ってて冗談抜きでうごけねぇのか⁉
「あぁ! もうわかった!」
俺は、傘をたたんで壁に立てかけると、数日分の着替えと必要最低限の日用品等の入ったバックも壁に押し付ける。そして濡れるのもお構いなしで小さな存在を抱き上げた。
服からしみ込んでくる冷たさと、何かに怯えるように目をギュッとつむった女の子?
軽っ! なにこれ、飯食ってんのか⁉
左腕だけでも簡単に持ててしまう軽さ。おかげで簡単に右手が使えて鍵も開けられたしドアも開けられたんだけどさ。
とにかく温めた方が良い事だけは間違いがない!
そんなに広くないアパートだから直ぐに風呂は見つかった。トイレと風呂が同じ空間にあるのには驚いたが慣れるしかないだろう。
お湯が出てくる方の蛇口をひねるときちんとお湯が出てくれた。
「よし! これで風呂にはいれるぞ!」
返事はない。ただただ、小さな身体をより小さくするようにして俺の腕に抱かれながら震えている。
服を脱がせようかとも思ったが、なんとなく女の子? の服を剥ぎ取ることにとまどっちまってそのまま小さな湯船に浸けようと思った。
これって、俺が入るとしたら膝を曲げながらじゃなきゃ入れんな……
ほどなくしてお湯が湯船に溜まってきたので女の子? をお湯に浸けようとしたところ、しがみ付かれてしまう。
もしかして、お風呂嫌いなのか? それで、こんなにも臭うのか?
だが、ここは無理してでも温まってもらわないと困る。
色んな意味で! 万が一でも死なれたりしたら後が怖い。
「頼むよ? お風呂分かるよな? 身体温めるだけだから……な?」
「……み…ミゥ……」
だめだー! 意思の疎通が出来てるきがしねぇ。
死力を振り絞って俺にしがみ付いてお風呂を拒否してるとしか思えなかった。
俺の知識が足りないだけなのか?
確か普通の人間と同じ扱いでよかったはず。
「ほら見ろ、怖くない、怖くないぞ」
じゃぶじゃぶと右手を湯船の中で動かして見せる。
「……ミゥ?」
なぜか、俺を不思議な者を見る目で見つめていた。
「な、いいよな? お風呂入れるぞ?」
両腕で抱きかかえるようにゆっくりと湯船に浸けようとする。
「ミっ! ミウっ!」
かなり嫌がってはいたが逃れるだけの力もなく、湯船にすっぽりと浸かっていた。
「……ミゥ?」
そして、また不思議そうな瞳が俺の間近で何かを訴えていた。
「な、怖くないだろ?」
「ミゥ」
小さいが、確かに頷いてくれた。
ため息一つ。ようやく意思の疎通が出来てきた気がした。
――しばらくして、血色が良くなってくると、震えも止まっていた。
「なぁ、自分で身体って洗えるか?」
小さく頷いてくれた。
「じゃぁ、俺は出てるから」
「みっ! ミウっ!」
またしても服をつかまれてしまった。
温まって身体が動くようになったからだろうか、さっきよりも強い。
「俺、一緒に居た方がいいのか?」
「ミウ……」
こんどはしっかりと頷いて見せてくれた。
昔から、動物には――特に犬や猫には懐かれる体質だったが。この子も例外じゃないってことなんだろうか?
たぶん、だが。俺が離れようとするのが淋しく感じてしまってるんだろう。
誰の顔を見ても逃げていくような野良猫ですら俺にだけは愛想よくすり寄ってきたりしたもんな。
そして、さよならしようとするとニャーニャー鳴かれたりしてたっけ。
「じゃぁ、俺ここに居るから身体洗ってくれ」
本当は、石鹸とかシャンプーとか取ってきたいところなんだが今は外である。
荷物、盗まれてなきゃいいなぁ。
まぁ、盗ったところで中身見てがくぜんとするだろうけど。
さっきから、ミウ、としか言わない小さな子は女の子で間違いなかった。
シャツを脱いだ身体つきは骨ばっていて実に痛々しく、あざや火傷だらけだ。
シャワーの使い方も知っているらしく頭や身体を優しくなでるように洗っていた。たぶん痛むのだろう。
頭が剥げているのも火傷が原因だと思った。
もう疑う余地はない。理由は分からないが、そうとうひどい目にあわされてきて――そこから逃げ出してきたのだろう。
動画で見てきた世界とは違うリアルな現状に、ひどく落胆した。
ある意味、姉貴が人型の犬や猫専門の獣医で良かったと思う。
明日、挨拶に行く予定だから、その時に行って診てもらおう。
って、ゆーか⁉ 着替えどうすんだよ!
荷物外だし、離れたら泣きかねないし……
「な、なぁ。荷物取りに行ってきてもいいか?」
「ミっ、ミウ!」
慌てて俺の服をつかむ名前も知らない女の子。
やっぱり、こうなったか……
「大丈夫、すぐに戻って来るから! な?」
「ミッ、ミウ!」
首をぶんぶん振ってダメだと言われてしまった。
飛んできたしぶきが顔に当たる。
「うっ、と……でもな、裸のまま外を歩かせるわけにはいかないだろ?」
「ミウ……」
頷いてくれた。やはり言葉はきちんと理解してくれているみたいだ。
でも、にぎった服を放してくれるけはいはない。
しかたがない、汚れた服よりも俺の濡れたシャツの方が少しはましだろ。
「ちょっと、冷たいかもしれないが我慢してくれよ」
「ミゥ?」
シャツのボタンを外して、首を傾げた女の子に着せてみる。
ぶかぶかのワンピースみたいだった。
「じゃぁ、一緒に荷物取りにいくぞ」
「ミウっ」
玄関開けて、荷物取って入ってくるだけである。
そのわずかな時間ですら本当に離れたくなかったらしく俺の身体にしがみ付くようにしていた。
持ってきた荷物の中にはパジャマ代わりにしようとしようとしていた黒いパーカーがある。
「じゃぁ、今度はこれに着替えるから身体しっかりふくんだぞ」
そう言って、タオルを手渡すと理解してくれたみたいで、「ミウ」しっかり頭からしっぽの先までふいてからパーカーに着替えてくれた。
やべぇ。ドライヤー荷物届くまでねぇじゃん。
1日くらいなら自然乾燥でもいいやって思って後回しにしたのがこんなところで裏目にでるとは……
背中ほどまである茶色い髪はかなり痛んではいるが乾かしてあげないとかわいそうな気がする。
何もしないよりはましだろうと思い備え付けられたエアコンを、設定温度少し高めでつけてみる。
中心部よりは、やや離れているがそれなりの物件を見つけておいてくれたと言う姉貴の言葉には嘘はなかったみたいだ。
こちらも正常に動いてくれている。
と、なると問題は食事である。
って、ゆーか、その前に名前か?
「なぁ。お前。名前はなんて言うんだ?」
「はっ…ミウ」
「ミウでいいんだな?」
「ミウ」
頷いてくれた。
それにしても、この先が思いやられる。
話せないのか、それとも話せなくなってしまったのか?
なんとなく後者な気がして気分が悪くなるが姉貴ならきっとなんとかしてくれるだろう。
「じゃあ飯でも買ってくるか……って! 確か首輪付けてないと外に出れないんだっけ?」
「ミウ」
悲しそうな顔で頷いているところを見ると理解しているみたいだ。
なるほどな、だから首輪してなかったのか……
首輪がないと外出できない事を知っていて取り上げたのだろう。
それなりに知性があるから逃げ出せずに堪えていたんだと思うと胸が苦しくなる。
『私の事見捨てないで』
そう言わんばかりに緑色の瞳が訴えている。
下手に外出は出来ない。そうなると後で食べようと思っていた菓子パン1つしか食えるものがない。
しゃーねぇか……
バッグからツナマヨ味の菓子パンを取り出し――袋から出してミウに手渡す。
「ほら、見てないで食えって」
「ミウ?」
首を少し傾げた後。ミウの視線んが菓子パンと俺の顔を行ったり来たりしていて一向に食べるけはいがない。
「腹へってんだろ?」
「ミウ」
ごくりと喉を鳴らしながら頷いた。
「だったら、食べろって」
「ミウッ」
ぶんぶんと首を振って、俺に向かって菓子パンを差し出してきた。
「大丈夫だって、毒とか入ってねぇから」
「ミウッ」
またしてもぶんぶんと首を振る。
「もしかして、俺の分が無くなるって思ってるのか?」
「ミウッ!」
しっかりと頷いて見せた。
なんでこんな気づかいのできるいい子をひどい目にあわせるかな?
「安心しろ俺は一食くらい食べなくても死なねぇよ」
って、ゆーか、そんなもん食ったところでたいして腹の足しにはならん。
むしろもっとがっつりしたかつ丼とか食いてぇ。
「ミウ……」
しばらく悩んだあげく、ミウは一口分パンをむしって口に運び――またしても俺に差し出して来た。
「ミウ!」
「だから、俺はいいんだって!」
どうやらよほど全部食べるのが心苦しいらしく今までにないくらい首をぶんぶん振っている。
仕方なしにだいたい半分くらいにして、やや大きめの方をミウに手渡そうとした。
「これでいいか?」
「ミウ!」
首をぶんぶん振って自分は小さい方でいいと言っているみたいだった。
もう、強引にでも行くしかないだろう。
俺は小さい方を自分の口に放り込み。
残った方をミウに押し付けた。
「俺は食った! あとは、お前の分だ!」
「ミウ……」
またしてもごくりと喉を鳴らすがなかなか食べてくれない。
「なぁ、頼むから食べてくれよ。お前に死なれたら俺が困る」
それこそ、本当に色んな意味でな!
「み…ミウ……」
ようやく食べてくれたのはいいが泣くほどのことか?
「美味いか?」
「ミウ……」
泣きながら頷いてるところを見ると口にあわないから食べたくはないってことだけはなさそうで良かった。
*
明日、荷物が届くまでは布団もない。
どうせ俺一人だと思ってたから気にもしてなかったが……
あるのは薄手の毛布が1枚だけ。
このままだとごつごつしたフローリングの上で寝なければならない。
痛いの我慢するよりは――夜闇に紛れて行動する事を選んだ。
幸いなことにパーカーを目深くかぶってもらえば耳は隠せるし。尻尾だって目立たないようにして抱いていけば行ける気がしたのだ。
目的地は、姉貴の職場兼マンション。大体の場所は地図で見てきたし。長瀬クリニックって看板が出てるって言ってたからそれを探せば良いだけの話。
中央区に向かって行けば必然と街は明るくなり途中で行きかう人には好奇な目で見られたりもしたが今のところ職質とかはされていない。
大通りに出たところで右に曲がり目的地を目指す。思った以上に綺麗な建物で驚いたが、言われた通り看板が在った。
後は裏手に回り姉貴の居るであろうマンションの呼び鈴を鳴らせば良いだけだ。
思った以上に上手く事は運び、無事姉貴のマンションへと迎え入れてもらえた。
のだが……俺とミウを交互にみた姉貴はどこかに電話をかけ始めた。
「あぁ。倫か悪いなこんな時間に」
「……」
「どうしたかって、やっちまったのさ」
「……」
「んぁ~。違う違う私じゃなくて弟の智也の方だ」
なんだろう、ろくでもない展開になりそうな気がしてならない。
「あぁ、残念ながら幼女の方だ、どうやら手を出しちまったみたいでな」
「……」
「ん、あぁ、悪いな」
「ちょ! 姉貴どこに電話してたんだよ⁉」
「んなもん警察に決まってるだろ」
「え、いや、ちょ! なに身内売るようなまねしてくれちゃってんだよ!」
「そりゃ、身内から犯罪者が出たら、これ以上罪を重ねないようにするのが姉のつとめだろ?」
「いやいや俺なにも悪い事してねぇから!」
「まぁ、安心しろちょっとした冗談だ」
「どこが冗談だよ! しゃれになってねぇじゃねぇか!」
結局、警察が来て事情聴取されるはめになったのだった。
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