第4話 あなたのためなら魔王とだって戦える

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「それはまことか!?」

「はい。偵察部隊が魔王城跡地の上空にて深紫色の瘴気を確認しました。」

魔王を勇者様達が討伐して15年。そう、まだ15年だ。

父上が病にかかり予定より早く王位を継承された私は、ひたすら戦後復興に力を注いできた。だが、その計画は私が存命中をめどにした長期計画で、こんなに短い期間での魔王復活は想定していない。


激しく動揺したが、しかし現実は待ってくれない。とにかく、主だった人物たちに連絡をして、対策を講じる必要がある。

「わかった。急ぎ評議会のメンバーを集めよ。1時間後に緊急会議だ。」

「はっ!」

命じられた騎士が、謁見の間から走り出て部下に指示を与えていった。


「…ジュリア。」

「ええ、わかってますわ。…考えてみれば当然だったのかもしれませんわね。」

元冒険者にして元隣国の王子だった夫は、口数こそ少ないが私をよく補佐してくれる。だが、そんな彼でもこの事態は読めなかったのだろう。いつもの無表情が固くなっている。




「勇者が二人いるなら、魔王だって二人いてもおかしくありませんでしたのに。」

失態を悔いるには、時間が足りない。



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騎士団の屋外修練場は静寂に包まれていた。修練が行われていないのかと思うほどの静寂だが、よく耳を澄ませると砂を蹴る音やヒュンヒュンと空気を裂く聞こえなくもない。

100人を超える騎士が同時に素振り出来る広さの修練場の真ん中で、一人の少女と美女がそれぞれ真剣のショートソードを手に対峙していた。


緋色の少女が袈裟がけに放った剣を首を曲げただけで躱した美女は、がら空きになった少女の薄い胸に向かって最速で刺突を繰り出す。

それを読んでいたのか少女は跳躍して体を捻ることで軽やかに回避した。浮いた状態にも関わらず鋭い斬撃を美女に浴びせ、美女もまた体を落とすことで剣を空振りさせる。美女の持つ茜色の髪がほんと数本切れているのが見えたのは、恐らくこの二人だけだろう。

少女は着地と同時に美女へ突進し、再び美女に対して剣を振った。そしてまた音もなく剣を振り、躱し、空気を切る音と地を蹴る音だけが修練場を支配した。


人知を超えた攻防に騎士たちは呼吸を忘れて見守っている。この二人の立ち合いは昔からこうだ。木剣が真剣になったのはここ最近だが、美女の方が「剣はすぐ折れるから肉と骨より硬いものにぶつけてはならない」と少女に指南してからこのような立ち会いへと変化した。

理屈はわかるが、到底真似できる物ではない。この国でそんなことが出来るのは王国最強と名高いこの女と、剣聖の娘に恥じない剣筋を物にしている少女ぐらいのものだろう。


そして少女が再び跳躍して空中からの斬撃を見舞うと美女もあっさりとこれを避け、少女の足が地面に着くが早いか足払いを食らわせると、初めて少女は表情を乱して転倒。その首に剣が当てられた。


「……参りました。」

少女が緋色の髪を額に張り付けながらそれを認めると、兵士たちはついに大きく息を吐いて二人に拍手を送る。美女は微笑みながら少女の手を取って立たせた。


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「腕を上げましたね、アネット様。」

「あー!もう嫌味ですか!?全然勝てないんだけど!お姉様強すぎ!どうなってんの!?」


休憩室で紅茶を飲みながら足を放り投げる。きっとお父さんだったらはしたないと怒るだろうけど、私が物心付いたときからの師匠というべきこの人は、礼儀作法にはうるさくない。この時もやはり咎められなかった。


「うーん、何が悪いんだろう。」

「アネット様はピョンピョンと跳ね過ぎです。相手の意表を突くのに跳ぶのは奇策であって基本ではありません。足の踏ん張りが効かない空中では相手の骨は断てませんよ。」

「お父さんはジャンプ斬りでロックリザードを両断出来てたよ?」

「彼はそれなりに体が大きく、体重もありますから。」

女王様にも匹敵する優雅さで紅茶を口にしたお姉様は、同じ口で物騒な事を言う。こういうやり取りは昔からなので、私も師弟関係とはこういう物だと思ってる。


「剣聖の名は伊達ではないということです。」

「…アンリお姉様こそ剣聖を名乗るに相応しいと思うんだけどな。」

そう言うといつも、アンリお姉様は苦笑を浮かべて「絶対に嫌です。」と断るのだ。

お父さんとは昔からの知り合いで、昔何かあったらしい。私の稽古をしてくれるし、お父さんとお母さんも認めてくれてるから、嫌い合ってる訳ではなさそうなんだけどな。


「失礼いたします!!」

ノックもせずに部屋に入ってきた若い騎士がうら若き美女たちの愛瀬を邪魔してくれた。私とお姉様の甘い時間を邪魔するとはいい度胸だわ。よし、消し炭にしてくれよう。そう思ったのに。


「魔王再復活の報あり!アンリ・フォン・クラメール殿、至急評議室へ参られたし!!ジュリエット・フォン・エル・デュヴァリエ女王陛下の緊急召集にございます!!」

………まじですか?



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評議室には、国の重要人物達が集められていた。

その人数は今回かなり絞られていたが、村人だった頃なら会うどころか目にすることも出来なかっただろう異様な光景だ。

そしてその全員が、私と顔見知りどころではない関係にある。


「今回も魔王の姿は確認できていないのか。前回と違い、今回は跡地も捜索できたんだろう?」

魔王を討伐した張本人たる勇者、シャルル侯爵。

勇者って皆美男美女でずるいと思う。


「ええ、姿はまだ見えません。ですがまだ目立った被害が出た訳でもありません。もしかしたら完全には復活していないのかも。」

その妻であり女王陛下の丞相を務めるクリスティーヌ閣下。

昔はただの戦争嫌いって噂だったけど、いつの間にか戦争回避の天才にして民思いの守護神扱いになってた謎多き人。


「楽観視するのは危険です。今はそれに魔王を討ちし聖剣クラゼリオスに代わる聖剣もございません。」

騎士団長にして私の夫、アデレーヌ・フォン・クラメール侯爵。

なかなか赤ちゃんできなくてごめんね。


「まだ娘は勇者の力に目覚めていない上、あの時のシャルル様よりも幼く、長旅に耐えられるかわからないぞ。」

私の元婚約者にして剣聖、エド・フォン・オルレアン子爵。

その妻である聖女セイラは、まだ幼いアネットの妹クロエがまだ留守番できる歳ではなく、今回は欠席した。


「ちっ…まずいな。公にはしてないが、俺の光も最近弱くなってきてやがるんだ。多分、来年には使えなくなる。だが、今仕掛けてもな…。」

「………まだ動けないな。」

元隣国の王子様でジュリアの旦那様、シリル閣下。

この人本当に無口ね。


「ええ、私もそう思いますわ。しかし魔王復活の気配はあるのは確かで、世界中が不安に陥っていますの。おまけに我が国では二人も勇者がいて、対策を期待されてますわ。何かしらのアクションが必要ですの。」

そして私の主君にして女王にして大親友であるジュリアこと、ジュリエット・フォン・エル・デュヴァリエ様。

お腹大きくなったね。懐妊おめでとう。また一緒に食堂でご飯食べたいね、親友。


なんて現実逃避してたからかな。

「…アンリの考えも聞かせてもらえる?」

いきなり親友からキラーパスが飛んできた。

皆の目が一斉に私に向かう。いや、そんな目で見られても…流石に私でも現れてない魔王は倒せませんよ?


「……突飛もないのは承知の上で、発言をさせて頂きますと――」

と前置きして、考えたことをそのまま口にした。私自身、この策が良いかどうかはわからないけども。

「そのまま世界に発表した上で、世界規模の武闘大会を開きませんか?」

「…は?」

こら、エド。顔が平民に戻っているぞ。そうじゃないだろう。


「どういう意味かな?」

夫がみんなを代表するように説明を求めてくれた。

ハッとした顔で夫を見るエドに呆れてしまう。

そういうとこだぞ、剣聖様。


「ジュリアの言うとおり、魔王の姿が無くてその被害も無い現状、闇雲に討伐隊を組むことは出来ません。準備にだって時間とお金がかかります。ですが、あの頃の傷が残っている民衆達の不安をある程度緩和しなくちゃいけないのも確かです。」


なるほど?とエドと鉄面皮なシリル様以外の人達がニヤリと笑う。あの戦争嫌いのクリスティーヌ様までいい笑顔だ。私も釣られてニッコリと笑ってのける。


「だから今、世界に見せつけてあげましょう。私達が魔王にも負けないくらい、世界最強の国だってことを。」


腕が鳴るわ。




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――

デュヴァリエ王国の勇者より通達。魔王再復活の予兆あり。されど復活にはまだ時間が掛かるものと見られる。勝利を確実なものとすべく世界中より強者を集うと共に、その強さを競う大会を開くものとする。上位者には賞金あり。腕に自信ある者、愛する人を守りたい者、金が欲しい者、王都デュヴァリエに集うことを期待する。

 勇者シャルル

――


世界中に巻くため大量のチラシを見て、苦笑いが浮かぶ。


「これまた…えらく上から目線というか、勇者様らしいというか。」

「実際に偉いからな。」

「自分で言うとお里がしれますわよ?」

ここがそのお里ですよ、親友。


誰に対しても傲然としている勇者様。この人がこういう人だと知ったのは、私がジュリアの専属護衛になってしばらくしてからだ。




『…すまなかったな。』

『え、あの…?』

『俺があいつを焚き付けたんだ。俺の幼馴染…セイラとさっさとくっつけってな。』

『…っ!?』


あの時は思わず反射的に頬に一撃を与えてしまった。

まだ護衛になって間もなかったし、私の拳なんて簡単に避けられたはずなのに、彼は避けなかった。


『………ちゃらです。』

『…何?』

『今のでちゃらにしてあげます。』

困惑する勇者様の顔がちょっと面白くて笑ってしまった。


『ある意味、あなたのおかげで私はあの浮気者と別れられて、親友の側にいられるんです。…感謝はしてあげませんけどね。でも、恨んだりはしません。いきなり殴ってごめんなさい。これからは仲良くしてくださいね。』

『………あんた、ジュリアに似てるって言われないか?』

あれはちょっと嬉しかった。悪影響とも言えたかもしれないが。



会場作りの方も順調だ。とはいえ元々コロシアムと言った娯楽施設は無かったので、騎士の屋外訓練場に客席と待機室を設置した簡易的なものだ。恐らくかなりの人数になるだろうし、施設を作る金も時間も無いのも確かだった。


「俺も出たかったんだがな。残念だ。」

勇者様ももういいおっさんだろうに、子供みたいな顔で子供じみたことを言う。

だが不参加は仕方なかった。勇者様は光の力抜きでも剣聖並に剣を扱える達人だが、万が一負けたら世界的な士気力低下に陥りかねない。今回は一番目立つ特等席でマスコットやっててください。


大会には私と夫のアデレーヌ、剣聖エド、そしてその娘のアネット様も参加することになった。ジュリアも本当なら参加したかったらしいけど、意外にもエドが説得して止めた。何を言ったかはよく聞こえなかったが、随分と重みのある言葉だったらしい。


『貴方が言うと逆に説得力がありますわね。』

と真剣な顔で頷き、参加を取りやめてくれた。エドは自爆による致命傷で床に倒れて炭になっていたが。


私達それぞれが別ブロックで参加するので、お互いに当たるとしたら決勝戦だ。開催国として参加者の実力を測る意味もあるので、そうする必要があった。

アネット様はやだやだお姉様と一緒がいいと、これも誰かさんのように床に転がって泣いてしまったが、こればかりは師匠にはどうにもならないのだよ、愛弟子よ。せめて参加者を全員ぶちのめしておくれ。



「アンリ、優勝すると約束しなさい。私の臣下にして護衛にして親友である貴方が、世界最高の戦士でもある事を証明してみせなさいな。」

不敵な笑みは、私の勝利を疑っていない。

仕方のない子だ。いくつになっても可愛いんだから。


アネット様。申し訳ありませんが、只今をもってあなたの優勝は無くなりましたよ。


「もちろんだよ、親友。ジュリアの護衛が魔王より強いってところを見せてあげる。」

あなたのためなら、誰とだって戦える。


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大会当日。

会場には世界中から腕自慢が集まっていた。その風貌は様々で、見たことの無い肌色や髪色をした人がいっぱいいた。ムキムキな人、ヒョロヒョロの人、静かな人、ガラの悪い人、とにかく色んな人がいてびっくりした。あまりにも賑やかなので、思わずピョンピョンと体が跳ねてしまう。

「これは…素晴らしい設計と設営だ。流石は丞相閣下というべきかな。」

お父さんもちょっと興奮してるみたいで、はしゃぐ私をたしなめない。

「こんなに広いのね…。」

お母さんも珍しく興奮してるのか、顔がちょっと赤い。


お母さんと妹のクロエは、観客席じゃなくて王族の来賓席で観戦することになった。お父さんの家族だからっていうのもあるけど、万が一怪我人が出たとき、お母さんならすぐに治癒出来るからだ。お母さんはもうとっくに引退してるのに、治癒力が落ちてない特別な人だ。勇者様は「たぶん俺のせいだ。あの時、死ぬほど光浴びまくったもんな。」って苦い顔してた。何かあったのかな?


実はクロエにも治癒の力みたいなのが出てて、昔から怪我をしてもすぐに治っちゃってた。お母さんより強いかもしれないんだって。だから本当にいざって時はクロエの力も借りるって話らしい。すごいな。私なんて勇者の光も出なくて、剣以外何も取り柄がないのに。


会場には簡易ながら頑丈な階段状の観客席が広く円になるように作られていて、万が一の事故に備えて障壁魔法で覆われている。そのため、観客席には等間隔で聖女様が3人一組で配置されて、交代で障壁魔法を展開していた。これなら参加者の武器が飛んできても安全だし、聖女様が疲れることもない。


このやり方はクリスティーヌ様が考えたもので、王都全体を覆うことで魔獣の被害を劇的に減らせるのではないかと、既に研究対象になっている。お優しいクリスティーヌ様らしい、革命的な考えだってみんな褒めてた。私もすごいと思う。


でも、このやり方を私も参加した評議会で立案したとき、クリスティーヌ様は泣いてた。いっぱい、いっぱい泣いてた。



『わ…私があの時…出来もしない和平じゃなくて皆さんにこのやり方を提案できてたら……!障壁魔法だけでも使える人をもっと連れて行けていれば……も、もっと安全に行軍できてた……!あ、あんなに人を死なせることも無かったかもしれないのに……!!』


勇者様に抱かれて泣くクリスティーヌ様と、見た事もないくらい優しい顔の勇者様を見て、私も胸が痛くなった。きっと皆、魔王との戦いでいっぱい傷付いたんだ。私が経験したことがないくらい、皆すごく痛かったんだろうな。




「アネット。」

お父さんが、私の頭を撫でながら優しい声をかけてくれる。空色の髪がさらさら流れて、すごく綺麗だった。緋色の髪なんていらなかった。私もお父さんと、お母さんと同じ髪色なら良かったのに。


「お前は強い。私よりも強いかもしれない。でも怪我をしないわけじゃない。だから、気をつけて頑張りなさい。」

剣聖様じゃなくて、お父さんの顔だった。

私は剣聖の顔をしてないお父さんが大好きだった。

だから本当は勇者じゃなくて、お父さんの代わりに剣聖になってあげたかったんだけどな。


私の気持ちが伝わったのかはわからない。けど、お父さんは。

「負けてもいい。私はお前が剣聖の娘だからじゃなく、二人目の勇者だからでもなく、アネットだから愛しているんだ。愛するセイラが産んで、元気に育ってくれたお前だから愛しているんだ。必ず無事に終わらせるんだよ。」

そう、言ってくれた。


「怪我したらすぐにお母さんに言うのよ。」

「おねえちゃん、がんばって!」


お父さん、お母さん、クロエ。

ありがとう。大好き。


絶対に優勝して……魔王だってすぐにやっつけるからね。



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参加者が3桁に上ってしまったため、大会はトーナメント式にして数日に分けて行われた。

まず初日はエドが参加したブロックで行われたのだけど、ここがまさに激戦熱戦の数々だった。大会の中で最もベストバウトが生まれたのはこのブロックだったと後に評されている。


最も名戦とされたのは東方の戦士ユキマルとエドの対決だった。

あの戦士を見たとき、「おいおい…侍かよ…!?」と勇者様すら慄いてたから、相当の実力者だ。そして実際、その通りだった。




俺が愛用するカッツバルゲルと呼ばれる剣は、文字通りの喧嘩用の長剣カッツバルゲンだ。安価で無骨でありながらも刃が広く、時には盾のようにして使うことができる。剣聖と称された所以である、如何なる剣でも柔軟かつ瞬速の太刀を実現できる俺にとっては、まさに攻防一体の兵器となる。…はずだった。


その剣身の中心には、中程までの切れ込みが入っていた。意匠ではない。この男の、刀と呼ばれる剣によって切り込みを入れられたのだ。


ユキマルと名乗る男が再び半身をこちらに向け、納刀したままの刀が隠れて見えなくなる。


(まずい!!)

鞘走りの音と同時に後ろへ飛んだが、ほんの少し遅かった。刃が俺のブレストプレートに沈み、皮膚を軽く切り裂いて抜けていく。


「…鎖か。」

「何…!?」

(斬った感触でそこまでわかるのか…!?)


そう、ブレストプレートの下に着込んでいた、鎖で編んだ護身服。アンリに「あなた弱いんだから着ておきなさい」と二重の意味で失礼な助言に従っていなければ、あの一太刀で葬られていただろう。

後ろに飛んでいなければ、鎖ごと斬られていた事に疑いはない。間違いなく、手練だ。それも信じられないレベルの。




「…やりますわね。」

「うん、相当の手練だね。」

ジュリアが息を呑んで東方の剣士を見ていた。彼女が戦いに関して、ここまで称賛するのは珍しい。

「剣に秘密があるのかしら。…いえ、剣だけじゃない、あれは鞘の使い方にも秘密がありますわね。あと、あの独特な姿勢。足を前に出すのではなく、体を前に置くことで音もなく高速で踏み込んでるのですわ。」

ご明察。さすが私の親友だ。


「誰なら彼に勝てると思う?」

やや興味深そうに、そしてちょっとだけ意地悪そうに口の端を釣り上げた親友の顔は、いたずらめいた色を込めつつも美しかった。かわいい。


女王の顔をした親友に対し、私も専属護衛としての見解を述べる。

「アネット様には無理ですね。彼の剣に対する経験が足りませんし、体が未成熟なので剣同士のぶつけ合いに持っていかれたら勝ち目はありません。剣ごと斬られます。残念ながら夫も彼には勝てません。彼の剣は真っ直ぐで美しいですが、恐らく剣速の差で敵わないでしょう。」

そこは正直に断言した。恐らくユキマルの剣は、正面からの正攻法では難しい。私も剣だけで戦ったら分が悪そうだ。そんな愚は冒さないが。


「ですが、剣聖様なら勝てます。」

「へぇ?意外に信頼してますのね、エドを。」

「まさか。」

そうではないよ、親友。

エドを信じてた私は、あの満月の夜にあなたに看取られて死んでいる。


「アネット様の父を信じているのです。」

さあ、娘にかっこいいところ見せてあげなさい。

そして魔王を倒したときの気概を思い出せ、私の元カレよ。




凄まじい攻防は、しかし一方的でもあった。

いくら俺がフェイントを交えて接近を試みても、そのどれもが不可視の剣筋によって阻まれている。俺の剣はとっくに剣身を中程で斬られていた。


「………これほど粘るとはな。某が一人を相手にこうも抜刀を繰り返したのは、お主が初めてだ。」

それはどうもと返してやりたかったが、息も絶え絶えで声も出ない。ああ、くそ、なんでこいつはこんなに余裕なんだ!この強さ反則だろ!


「……だが次で決める。覚悟せよ。」

馬鹿の一つ覚えみたいにまたあの姿勢をとってきた。いや違う。あれで完成しているんだ。アレンジの余地が無い、完成された姿勢があれなのか。

ならば!


「……ほう?」

会場がざわついた。

俺は折れたカッツバルネルを鞘に収めて腰に当てた。足を大きく開き、半身を前に出す。そう、やつと同じ構えだ。


「付け焼き刃では、某には敵わぬ。」

「付け焼き刃では…ない…。」

呼吸が整ってきた。今なら十分に動ける。これが最後のチャンスだ。


「なら、見せてみよ」

そして、やつは動き出した。

すり足が砂利をする音が会場に響く。それほどの静寂に支配されていた。


鳥の鳴き声がした瞬間、俺は一気に刀身を引き抜いた。

「遠いわ!!」

そう、遠いな!でも届く!

俺はやつに折れたカッツバルゲルを、その勢いのまま投げつけた。


「何!?」

流石に度肝を抜かれたのか、思わずといった様子で飛んできたそれを切り払う。俺の剣はなんと縦に真っ二つにされていた。凄まじい技量だ。

そしてやつが2つに割れたカッツバルゲルの間から前を覗き込んだ時、俺の姿は既に無かっただろう。


「よし!それでいい!」

「うそ!?」

アンリとアネットの声が聞こえた。


「……上か!?」

気付いたか。だがもう遅い!

ユキマルは急いで鞘に刀身を納めたが、既に俺はやつの鼻に膝を見舞っていた。そして鞘を握る左肩を踏みしめて体の自由を完全に奪う。そして懐から、とっくに切られて刃先だけになっていたカッツバルゲルを直接握りしめ、やつの首に当てた。




「…………参った。某の負けだ。」

直後、割れるような歓声が会場に響いた。

お父さんが、勝った!?あんなすごい剣士を相手にして勝っちゃった!?

「すごい!すごいよお父さん!かっこいい!!」

思わずピョンピョンと跳ねながら叫んでしまった私に、お父さんは小さく手を振って返してくれた。

すごい!これが、これが剣聖のお父さんの、本当の顔だったんだ!!

お母さんが特別席から手を伸ばして、お父さんとユキマルさんの傷を癒やしていく。その顔はまるで、恋人を見るかのようにウットリとしてて、すごく綺麗だった。




セイラの温かい癒やしの風を受けながら、俺はユキマルと握手を交わした。

「………エド殿。感服いたした。」

「え、あ、いやこちらこそ。結局剣の腕では勝てませんでした。あなたより強い剣士を私は知りません。」

本音だった。アンリもアネットも強いとは思うが、剣一つにここまで捧げてきた人はこの人しか知らない。

会って間もない、年下で、しかも斬りあった相手にも関わらず、俺はこの人を尊敬できた。


「……だが、一つ聞かせてほしい。先程の付け焼き刃ではないという発言は、どういう意味だったのだ?」

「ああ…これですよ。」

先程の、折れた剣先をユキマルに見せる。

「昔、聖剣で魔王相手に同じことをやったものでして。」

痛かったから二度とやりたくなかったんですがと笑う。


「……ふっ。なるほど。」

驚いたことに、ユキマルまで笑った。笑えたのか、この男。


「魔王との戦いに臨むなら、某に声をかけよ。必ず馳せ参じ、お主の力となる。」

「……感謝します。」

お互いにもう一度、硬い握手を交わすと、再度会場が湧いた。

まさかこの歳で、新たな友を得られるとは思わなかった俺は、万感の思いで歓声に応えて手を振った。




ただ一人、勇者と同じ緋色の髪をした童女だけが、ガラスのような目でじっとエドを見つめていた。

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