ロビン・ヘッド
めぞうなぎ
ロビン・ヘッド
「いてっ」
歩いていると、後ろから何かが頭にぶつかった。いてっ、とは言ったが、かなりの硬さの物体がぶつかった感覚で、呻いて蹲ってもおかしくなかった。まさか血でも出てはいないかと後頭部に手を当てると、べたついた液体がへばりつくのを感じた。なんだ、便秘の鳩のフンはこんなに固くなるものなのか?
「いてっ」
今度は同じ場所を、軽く叩かれた。誰かの手に。
「おはよう。朝風呂とはいい心がけだね。それにしても私の手を汚すとは感心しないが」
そう言いながら、一方的に言いながら、背後からすいと現れたやつが俺のブレザーで手を拭き始めた。一昨日洗濯したばかりなのだが。
「水も滴る男とはよく言ったものだが、果汁が垂れている場合はどんな男なのだろう、ね、自分の事だろう、思い当たる言葉のひとつやふたつないかい」
「睦間……」
同じクラスの睦間だった。
「あいさつよりも私の名前を先に呼んでくれるとは、礼儀よりも私を優先してくれるとは、まったく嬉しい事この上ない、欣喜雀躍とはこの事かな。あっはっは」
マフラーの先っちょについたふわふわで俺の顔をくすぐってきた。
相変わらず、いつ会っても情報量の多いやつだ。
「おはよう」
「や、おはよう。遅い挨拶だが」
「お前、何投げたんだ。果汁とか言ってたけど」
「林檎だよ」
「りんご」
「ロビン・フッドが射抜いたともっぱらの噂さ」
「なぜ」
「息子を救うためだったと聞いているよ」
「ロビン・フッドの方ではなくて。なぜ、お前が、りんごを」
「私はマッキントッシュ派でね」
「もしお前がWindows派だったら、俺は窓を投げられていたのか」
「窓から投げられていたかもしれないよ」
「どっちにしろ嫌なんだが」
「空はいいぞ。なんか青いし」
「理由が薄い」
「濃い理由でなんて生きていけないよ。胃がもたれる」
「お前は味が濃いよ。すぐにもたれる」
「塩対応だとよく言われるよ」
「嘘をつけ。どちらかと言えば塩釜だ」
「中に林檎やバナナが入っていてね、塩釜で火を通したら美味しいらしいぞ」
「割るのが手間なんだよ、お前は」
「私は胸襟を開いて会話しているつもりだったのだが、これは私の思い違いだったかな」
「お前は、あまりにも手札を明かしてくるから怖いんだ」
「フェアプレーがモットーでね、フェアプレーについて学ぶべく、時にアンフェアな事も嗜んでいるんだ」
「だから人を後ろからりんごで狙撃するのか」
「食欲と衝動を天秤にかけたらそうなってしまったんだ。参ったな、まさかこんな事になるとは。よくワックスの塗ってある林檎だったのかな、滑って飛んで行ってしまったよ」
「よく滑る口だな」
「よく気が付いたな、リップを新しいものにしてみたんだ。見目で分かるとは、これはいい買い物をしたかもしれないな」
「……」
どう足掻いても、縋りつく事さえできそうになかった。一人でびゅんびゅん飛んでいく。
「クラスルームの前に、体育館のシャワー借りてくか……」
「誰かと寝るのかい?」
「ぶはっ」
「風邪か? 最近寒いからな、暖かくして寝なさい」
「食えないやつだ」
「よく言われるよ。まるで他に、可食の誰かがいるようだが。食べやすい、どこかの誰かのようなのだろうね」
「俺を見るな」
「穴が空くほどに」
「もう穴だらけだよ、誰かさんのおかげでな」
「ふふ、視聴覚室の壁のようだね」
「そんな風に言われた人類は俺が初めてだろうさ」
「はっは、違いない。大切にしたまえ」
「やだよ」
校門に着いた。
ロビン・ヘッド めぞうなぎ @mezounagi
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