第3話 男は顔


 私と彼にはズレがある。


 その事にはお互い薄々気づいていて、それが表に出たのが二ヶ月前だ。

 彼と会おうとしてたのが、急な用事でダメになって「また連絡する」って言われたまま一週間、二週間。一ヶ月過ぎた頃には察しは付いた。



 私から彼には連絡しない。会いたいって思う時、いつも彼から連絡が来た。

 何で、そっちからは連絡してこないの? って、一度聞かれた事があって、何て言ったか忘れたけど、適当にごまかした事だけ覚えている。



「寂しくないの?」



 そう思った事は多分一度もない。だって、会いたい時には会えるから。

 彼と、その事について話したのは多分その一度切り。だから、私から彼に連絡した事は今まで一度もない。




 割と私は男は顔で選ぶ。勿論、整ってる方が好き。今までそれで失敗した事はほとんどない。けど、ただ整ってるんじゃなくて、どう整ってるかが大事。


 六郎ろくろう君は眉毛で決めた。ちょっと薄いけど、太いその眉毛を見て決めた。この人いいかも。そう思った。あと大事なのはキス出来るかどうか。この顔ならキス出来る。それはとても大事。 

 六郎君はまつ毛が長くて、キスして触れ合うのが最高にうっとおしくて、最高にエッチだった。今までの誰よりも優しくて。だから余計に感じた。

 だから、六郎君に誘われた時は嬉しかった。嬉しくて嬉しくて。だから、先に言っておこうと思った。



「私はあなたの理想じゃないよ」



 それを先に、ちゃんと伝えておきたかった。

 それでも六郎君は私を選んでくれた。嬉しかった。




 付き合ってからの毎日は楽しかった。電話が掛かってくるのが待ち遠しかった。いつも彼からの連絡を待った。連絡があると いつでも会った。どんな時でも優先した。彼が会いたい時にだけ会う。そうじゃないと怖くなる。


 「会いたい」と言って、会えないと死ぬ程 寂しい。「会いたい」と言われて会う方が気が楽だ。私の都合で彼に連絡するのは何だか申し訳ない気がした。私の為に彼が会いに来てくれる。その自信がなかった。だから、彼が会いたくなるのを待った。それが私の会いたい時。


 それでも毎日楽しかった。「会いたい」と言ってくれる彼が好きだった。

 けど、寂しくなるのは早かった。




 六郎君は綺麗好きで、起きたらすぐにベッドのシーツにコロコロする。しなくていいよって言っても、いっつもしてた。いつも起きたらシーツにコロコロかけて、汚れた下着も持って帰る。それ用の袋もちゃんと持って来ていて、髭剃りも、歯ブラシも携帯してた。使ってたのはタオルぐらい?



「俺、出張多いからさ」



 そんな事を笑いながら言う六郎君。「私の部屋はホテルじゃないよ」そう笑って返した記憶がある。彼は痕跡を残さない人だった。



 

 そんなだから、私の部屋に六郎君の物は何もない。その変わり、彼の部屋には私の痕跡がたくさんあった。パジャマ、歯ブラシ、コスメのポーチ。コンビニで買った雑誌や、お菓子。あと会社で貰った変なお土産も。寝てると布団の取り合いになって、少し寒いからって持って行ったブランケットもそう。とにかく色々。

 そんな部屋一杯に残した私の痕跡は、いつも100均のカゴ一つに纏められていた。彼の誕生日にプレゼントしたスピーカーも、そこに一緒に入っていた。



「もう、何で脱ぎっぱなしにするの?」



 そんな事も一度くらいは言ってみたかった。散らかしてゴメンね、って謝りた

かった。洗濯したかった。一緒に干してみたかった。それでたまにはニヤニヤしたかった。けど、言えなかった。


 言葉では言ってくれる。好きだよって。けど何でだろう。見えない線がそこには見えた。


 痕跡のないこの部屋で、彼を感じる事は難しい。六郎君がいた時と、いない時とで大して変わらない。いなくてへーき。それが寂しい。




 彼と会わなかったこの二ヶ月、私は何度か彼の家に行った事がある。

 彼の家は、自宅と会社の途中にあって、帰りの途中で電車を降りた。家の近くまで行って、部屋に灯りが点いてるのを見ると安心した。けど、出来たのはそこまで。それが私の生存確認。 



 合う、合わないじゃない。好きか嫌いか。



 私は好き。それは彼も同じだと思う。

 けど、愛されてるかは最後までわからなかった。

 それは私も。



 何で素直になれないのかな?

 飛び込めないのかな?

 傷つけないのかな?





 何で、連絡しなかったのかな?





 結局、私からは連絡は出来なくて、色々考え過ぎている内に六郎君はいなくなった。

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