第5話 二人の将来

 魔眼を使っての修行を始めてから数年。

 かなり使いこなせるようになってきた……と自分では思っているのだが。


「早く構えろよレーム! お前はそうやってすぐ諦めるのが悪い癖だぞっ。せめて俺の練習の役にくらいたってみせろッ、ほら打ち返せッ」

「くうっ!?」


 やってることは相変わらずだ。

 普通に長男のシギットにボコられている。

 まぁここで僕の実力をバラすワケにはいかないので仕方ないのだが。


 しかも、シギットも段々遠慮というか配慮というかが本当になくなってきて、今や鉄製の剣(一応刃引きはしてある)を遠慮無く振り下ろしてくるのだ。


 もし魔眼で特訓していなかったら、いくつかの斬撃は骨や腱を破壊して再起不能になるレベルの攻撃である。


 いつもこっそりバレないようにヤバそうな攻撃を逸らしたり、直前で飛んでダメージを緩和しているので軽い怪我ですんでいるが……。


 というか、そんなことをしているから「お、思ったより耐えるじゃないかレーム! じゃぁもっといけるなっ!?」とか言ってシギットがどんどん遠慮しなくなってしまったんだけどなぁ。


「ダメだなレーム全然打ち込んでこないじゃないか! 攻撃ってのはな、こうやるんだ!」


 魔眼に映ったシギットの魔力の動き。

 一瞬で高速に体内を駆け巡り、両腕に魔力が集中していく。


 ――これは、剣撃系のスキル!?


 おぃおぃ本当に僕を殺すつもりかよッ。


「パワーバッシュ!!」


 腕に集った魔力がまるで電流が流れるように前腕、両手、そして剣へと凝縮されながら伝わっていくのが見える。

 シンプルだが非常に有効な攻撃の一手。


 直撃したら死ぬ。


「ふッ――!」


 短く呼吸を合わせて自分の剣をシギットの剣に対して『立てる』様に構える。


 次の瞬間、ギャリンッと耳障りな金属音が響いて、シギットの剣が地面に突き刺さった。


 いって~、手が痺れる。


「お、おぉ? なんだ、失敗しちまったか? まだまだ実戦で使い慣れないってことだなぁ。俺も修行が足りん」


 シギットが不可解さと不満さ半々くらいの表情で剣を構え直した。


 ふざけんな、今のは逸らさなかったら死ぬところだったぞ。

 僕を実験台にして慣れようとすんなっ。


「さぁレームもう一度」

「シギット、待て」


 模擬戦(という名目の暴行)を再開しようとしていたシギットに声がかかった。

 このやたら重苦しい声は。


「え? どうしました父上?」


 なんと珍しい。

 僕のいる時に父上様がおいでなさるとは。


「お前は少しどいていなさい。レーム、構えろ」


 んな!?

 滅茶苦茶に珍しいことがおきた。


 あの父上様が僕に対して剣を構えろだと?

 一体どういう風の吹き回しだ?


「あの、父上? 一体」

「いいから構えろ」

「は、はぁ……」


 仕方ないので言われた通りに剣を構えた。


「打ち込んでこい」

「え?」

「同じ事を二度言わせるな。打ち込んでこい」

「わ、分かりました」


 これは、何が目的だ?

 まさか今更僕の剣筋でも気になりだしたのか?


 真意は不明だが、まともな打ち込みをするつもりは勿論ない。


「とぉあーっ!」


 気合いをいれたフリをして、デタラメな剣筋で斬りかかる。


 当然、父上殿は剣で簡単に弾いた。


「…………………………」


 お父上は割と長い時間、僕の方をしばらく見つめて。


「稽古の邪魔をしたな。……シギット、先ほどの攻撃はやり過ぎだ。当たったら死んでいたかもしれんぞ。この家の中で死体など作るな」


 そんなことを言って去っていった。

 いや、家の外ならいいんかい。


「は、はいっ。以後は貧弱で愚かな弟の体にもきちんと気を遣います、父上!」


 そしてお前はどうあっても僕をバカにしたいらしいな、兄上よ。

 まぁいいけどさ。


 しかし、何だったんだろうな今回の父上様は?


 もしかしたら僕が兄の剣を捌いた事がバレそうになったのかもしれないが……。

 だとしてもさっきの一撃でまた誤魔化せただろうとは思う。


 運命のあの日まで僕の個人情報はきっちり隠蔽しないとな。







「ってことがあったんですよねぇ~」

「そっかー。お父さんの意図は分からないけど、取りあえずウチはレーム君が無事でよかったよぉ」


 森にて、今日も今日とてリリと合流した。


 本日おこった出来事などを話しつつ、二人で軽く飯を食べている最中だ。


「ウチもね、今日はちょっと色々あって……やっぱり今の居場所では上手くいかないことも多いなぁって。あははっ」


 リリとは長い間一緒にいるので、いつの間にかお互いのことを色々話す仲になっていた。


 流石にゲーム知識の事とかは話していないけど、家での自分の立場や扱い、将来は命がどうなるかも危ういかもしれないことなど、色々だ。


 リリもリリで、身の上話は結構キツイ内容だった。

 実はリリの両親はもう亡くなっていて、知り合いに面倒を見て貰っている状態らしいのだが……あまりよく扱われてはいないらしい。


 このままいくと、将来はどこかに売り飛ばされるようなこともあり得るかも、というくらいだからな。(この世界では人身売買の類いは合法と非合法の合いの子くらいの扱いで、状況によっては普通に売買されることもある)


「お互い将来大変そうっていうか、世知辛いですねぇ」

「だねぇ。でも、ウチはレーム君ってきっと凄い人になると思うけどなぁ」


 それは、どうだろう。

 生き残れるかどうかがまず難しいしな。


 それに――アイドルの子達がコラボキャラとして降臨してくれることを信じてここまでやってきたけど、現実にどうなるかは分からない。


 もし、彼女らがこの世界に来なかったら、僕は……。


「……ま、未来は未定ですからね。もしも凄い人? とやらになれたら、リリも一緒に出世しましょう」

「え、えぇ!? み、未来でもウチと会ってくれるの!?」

「そりゃ会うでしょう」


 こんなに長い付き合いなんだし、仮にリリが本当に売られたりした時に何もできないのは困るしな。

 といっても、売られた先によっては必ずしも悪い生活になると決まったワケじゃないから「僕が助ける!」みたいに言うのもちょっとおかしな話しではあるのだが。


 ま、それもこれも僕が生きてられたらの話しなんだけれども。


「じゃ、凄い人になる為にも修行するとしますかぁ」

「うん! 今日も同じ練習するの?」

「そうです。よろしくお願いしますね」


 飯も会話も一段落したので、立ち上がって修行開始だ。


 最近取り組んでいるのは攻撃の方法、つまり攻め方である。

 受ける方については逸らしたり、動きの始動を邪魔したりという方法で進めてきたわけだが、これだけやっていても戦いには勝てない。


 近接戦闘系ジョブを持っている人間は、体の周りにあふれ出した魔力を纏っていることが殆どだ。

 この纏った魔力が鎧のような役割を果たす為に、通常の攻撃では中々ダメージを与えることができない。


 魔術師系のジョブにしても、まず遠距離から放たれる魔術を何とかしつつ接近するのに苦労するし、接近できても防御系の魔術もあったりするからな。

 やはり攻撃する方法を工夫しなければ、ジョブなしの人間がダメージを通すのは困難なのだ。


 本来、僕のジョブは亜人と契約することで発揮されるものなので、現状はジョブなしと一緒だからな。


 例えばリリが亜人だったなら、契約しておけばそれだけで僕の魔力なんかの出力も底上げされるのかもしれないが、リリは人間だし。

 まぁ仮に亜人だったとしたら、例のイベントの時にリリが死ぬことになるので実際にはやっぱり契約なんてできないんだけどね。


 そんなワケで、僕はジョブなし低出力低火力で攻撃をしなくてはならないというわけだ。


 修行方法は思いついたので、最近はリリにも手伝ってもらって実践している。


「はい、準備できたよレーム君」

「ありがとうです、リリ」


 リリのした準備とは、森の中にある大きめの岩、これの表面に魔力を纏わせることだ。

 彼女のジョブが何かは個人情報にあたると思ってあえて聞いていないが、どうやら結構器用に魔力を操る才能があるらしい。

 多少時間はかかるし、岩にずっと手を当てていないといけないが、無機物の表面に魔力を纏わせるなんて真似も彼女はやってのけるのだ。


「ふぅ~~~」


 魔力で覆われた岩に、剣を軽く添えて。


「ふッ」


 コンッと剣で岩を叩いた。


 魔眼で岩の内部を見る。


「ん~? ダメですね。衝撃入ってないです」

「そっかぁ。ウチはまだまだ魔力持つよ?」

「では、そのままお願いします」


 何をやっているのかというと、つまり魔力の壁を通して内部に衝撃を加える練習だ。

 最近はずっとこの練習を繰り返し続けていた。


 魔力の壁を出力で突破する――つまりジョブ持ち同士の普通の攻撃方法――は現状の僕には不可能。

 なので、剣士系の斬撃と魔術系の魔力操作を合わせる戦法を考えている。


 どんなものかといえば。

 岩を叩くその瞬間に、超基礎的な魔術である『魔力放出』を重ねるのだ。


 魔力放出とは、まず魔術師が体外に魔力を放出する感覚を身につける為にやる基礎練のようなものである。

 本来はこれ自体で攻撃になったりはしないが、熟練の魔術師などはこの魔力放出で相手が放とうとする魔術をまだ現象として確立する前にかき消したりする。


 ……まぁ、メタいことをいうと、ゲームだった頃においてはレベル差が極端にある魔術師に対して魔術攻撃がノーダメで終わる理由付けなのだろうが……。


 僕はそれを攻撃に応用しようとしているわけだ。


 剣を軽く振りかぶる。

 岩を軽く叩く――が実際にはほんの一瞬先に魔力の壁に剣が当たる。

 そこに絶妙のタイミングで、剣を通してミリ単位まで絞り込んだ魔力放出ッ!


 魔力の壁に刹那の時間、極小の範囲でのみ揺らぎが生じて、壁が波紋の様に歪む。


 結果。


「あっ!? す、すごいっ。岩にヒビが!? レーム君、これって?」


 岩を守るように覆っていた魔力が瞬間的に歪んだことで、内部に一瞬だけ『魔力による波』の様な衝撃が走ったのだ。

 結果、岩は内部から割れて、ヒビが入った。


「うん、やっと成功だ。ありがとう、リリ」

「………………やっぱり、ウチはレーム君って凄い人になると思うなぁ」


 いや、どうかなぁ?

 これってジョブがない人間がジョブありの人間と戦う為の苦肉の策だし。


「それより、魔力の壁を作り続けるのキツイでしょ? もうやめて大丈夫ですよ」

「うん。あ、でも全然平気だよ? むしろレーム君のが辛そうだし」


 まぁ、魔眼と集中力を極限まで使う上に自分の『肉体を流れる魔力の動き』と『脳内の魔術の動き』を同時に制御しないといけないので、かなりキツイのは事実だけどな。


「じゃあ一旦休憩にしましょうか」

「そうだね。それなら、ウチは体を動かそうかな?」


 リリはそう言うと、クルリとその場で回って。


「~~~♪」


 すこぶる楽しそうにダンスをしながら歌い始めた。


 うん、相変わらず決して良いとはいえないクオリティだ。とてもじゃないがアイドルパフォーマンスとはいえないだろう。

 リリ自身の動きやキレは凄いのだけれど、何しろお手本が僕なのはどうしたって変わらないからなぁ。


 でも……なんだか見ているだけでえらく元気が出てくるのは、彼女の素養なのか? それとも僕がアイドルという存在にめっぽう飢えているからなのか?


 なんだか、このままずっと眺めていたいような気がしてくるのをグッと堪えて、僕は修行の続きを始めるのだった。

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