第27話 揺蕩うリズム

エスコートされながら、ダンスホールへと向かう。

色とりどりのドレスがホールを埋め尽くしている。

リュシアス様にエスコートされ、注目を浴びながら足を踏み入れる。

ダンスホールを照らす無数のライトが、リュシアスをまばゆく照らす。

男前な姿が、より強調されているように感じる。

シンデレラのダンスシーンが始まるようだと、ドキドキしながら進む。


「今日の君は、この中で一番輝いているよ。ティアーナ。」


蕩けるような笑みを浮かべて、リュシアスがささやく。

いいえ。だから、あなたの方が輝いていますって!


「そんなことありませんわ。そんなおこがましい。

リュシアス様の方が輝いておいでですわ。

皆さんの視線を独り占めされておいでですもの。

私なんかが適うはずありません。」


「ははは。ティアーナは面白いことを言うんだね。

そして、本当に自分の価値に無頓着すぎるのではないかな。

君の溢れんばかりの美しい輝きに、他の男性陣もよく気付いているようだよ。

今日は熱心な視線を追い返すのに忙しいったらない。

着飾って見せて回りたいのに、見られたくないなんて矛盾しているが。

嫉妬しながらも、綺麗な君を独占できているのが何よりうれしいね。」


じっと瞳を見つめながら、熱くささやかれる言葉に一層胸の鼓動が高鳴っていく。

はぁ。

ダンス踊り切れるかしら。


「さぁ。そろそろ時間だよ。

お嬢様、私と踊っていただけませんか。」


リュシアスが妖艶に微笑みながら、手を差し出してくる。


「はい。」


思わずうっとりとして、無意識のうちに手を重ねていた。

リュシアスに手を引かれ、二人の体が近づく。

体が密着しそうなほどの近距離に、思わず息が止まりそうになる。

右手で腰元をホールドされると、より一層恥ずかしさに顔が赤くなっていく。

顔を見られたくなくて、とっさに俯いた。


「俯いていてはだめだよ。しっかり顔を上げて、私の方を見つめて。」


もう心臓麻痺でも起こしちゃいそうです。

お願いなのでこのままでいさせてください……。


……でも、そんなわけにもいかないですよね。


決心して顔を上げると、不思議な色の瞳につかまる。

あぁ……。だめだ。もう逃げられない。

右手をぎゅっと握り返して、自分の左手をリュシアスの肩に乗せる。


「そう。よくできました。」


微笑みかけてくれる笑顔が眩しい。

さらに胸の鼓動が加速していくようだ。

やがて音楽が変わった。

自分の鼓動とは対照的にゆったりとしたワルツのリズムが耳に優しい。

ふたり目を合わせ、ステップを踏み出す。

令嬢としての教育のうちにダンスももちろん入っており、幼いころから馴染んだ曲のステップは体が覚えてくれている。

踊りに合わせて、ドレスの裾がふわふわとなびく。

リュシアスに上手にリードされると、自分の体さえもふわふわと揺れているような感覚になる。

音楽に、リュシアスに身を任せて何も考えずにステップを踏み続けるこの時間が気持ちいい。

時間の感覚や、自分の思いや、何もかもを忘れて揺蕩たゆたう。


いつまでも続くような。すぐに終わってしまいそうな。

自分が何なのか。何者なのか。

どうしてこうしているのか。

周りの音も、雑念も。

何も。何もない。


不思議な時間。



「君は……」


今まで黙っていたリュシアスが言葉を発し、はっとする。

もう曲が終わりそうだ。


「すいません。ぼんやりしてしまって……。もう終わりですね。」


永遠のような時間は、あっという間に終わりを告げる。

名残惜しいが、あの時間にとらわれることに少し怖さも感じる。


「いいんだ。私の腕の中で、そうやって笑っていてくれ。」


私の瞳を覗き込みながら、リュシアスが言う。


「……私、笑っていましたか?」


何も考えていなかった。

だから笑っていたなんて、思ってもみなかった。

……私、笑ってたんだ。


「あぁ。とても儚げで消えてしまいそうだけど、大輪の花のように優美な笑みだった。

いつまでもそこにいて欲しいのに消えてしまいそうなその儚さが、より美しさを際立たせているような……。

私を魅了してやまない笑顔だったよ。ティアーナ。」


寂し気に、でもうっとりとした目をしながらリュシアスが言う。


「……とても。とても、不思議な時間でした。

自分が笑っていることにも気づいていませんでした。

踊りに身を任せているのが心地いいなんて、初めてでした。

お相手いただき、ありがとうございました。」


素直に気持ちが口をついて出てくる。

なぜだか穏やかにリュシアスへ向き合うことができ、それを伝えたくなった。


「光栄だよ。私のほうこそありがとう。これからもいつでも一緒に踊ろうね。」


にっこりとリュシアスが笑ってこれからを語りだす。

……なんだか、急に意識が現実に戻ってきた。

ぼんやりしていたら、どんどん付け込まれていく予感しかない。


「パートナーはこれきりかと……。ふふ。機会がありましたら、お願いいたしますね。」


「もちろんだよ。私のティアーナ。」


満面の笑みで見つめ返し、指先にキスを落としてくる。

避けることもできず、じっとその光景を見つめたまま、またそれを許してしまった。

……いつから、わたしはあなたのものになったのですか。


でも……。

いや。いまはまだこのまま、揺蕩っていたい。

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