第4話 イケメンパパの謝罪
朝食後、知らせが届いた。
今日の午後、昨日の事故の相手が謝罪に赴きたいそうだ。
馬車事故は子どもたちがふざけて遊んでいたところ、大きい音を出して馬を驚かせ、暴走させてしまったため起こったそうだ。
なんとその子どもたちは、あの有名な伯爵様の子息だった。
伯爵様本人から直々に謝罪に赴きたいのだとか。
高位貴族相手に否という返事は存在しないため、すぐに承諾の返事を出すようにお願いする。
リュシアス・ハーツ伯爵。
社交界で聞かない日はないというほど、よく話題に出るお方である。
私は15になりデビューしたばかりのため、まだお目にかかったことはない。
でも、わざわざ伯爵様が謝罪にいらしてくださるなんて……。どんなお方なのかしら。
午後、ティータイムに入る頃合いで訪問者を告げる知らせがあった。
「本日は伯爵様自ら当家にご足労いただき、ありがとうございます。はじめてお目にかかります、ティアーナ・アコーリスでございます。」
「ハーツ家当主、リュシアス・ハーツと申します。今回当家の馬車が起こした事故、誠に申し訳ありません。ご令嬢には、さぞ恐い思いをさせてしまったことでしょう。謝っても謝りきれません。」
わぁ。すごい! 噂通りのイケメンだ~。
座っていてもすらりと伸びた手足は長く、ピンと伸びた背筋もなんとも優雅な佇まいである。
短く整えられた濡羽色の髪は艶やかで、さらさらと指通りが良さそう。
声も落ち着きがあって、聞き惚れてしまいそうになる。
しかし、今は眉が下がり、唇を固く引き結び、自責を繰り返し思い詰めてやや青ざめている表情が、何とも言えない影を落としていて、普段と違った魅力を引き出しているのではないかという気がする。
25歳の若さだが、稀代の魔法使いであり、伯爵家当主。しかも
なんてことだ。やはり天は二物も三物も与え、選り好みしているのだ! けしからん。
こりゃぁ、社交界で噂の的なのも納得だなぁ。
――――妻と死別し、子ども二人を育てる男やもめであったとしても。
「伯爵様。お子さま方はどのようにお過ごしですか? 気に病んで臥せったりしてはおりませんか?」
「帰宅した後、十分反省するように言い聞かせました。本当に申し訳ない。」
「いえ。お子さま方が魔法を使って馬車を止めていただいたおかげで、怪我もしませんでしたし、本当に大丈夫です。私の健康状態に問題はなく、そんなに気に病む必要はないことをお伝えください。それに、伯爵様から謝罪のお言葉をいただけるなんて思ってもみませんでしたので、それだけで十分ですわ。」
「いや。それではこちらの気がすまないので……。謝罪の意をこめて、何かさせていただきたいと思うのですが。ご希望の品などありますか?」
「そんな気を使っていただかなくても……」
そこで、ふと閃いた。
――――伯爵家で雇ってもらえないだろうか。
もうすぐ学園も卒業だが、進路に関してまったく定まっておらず、途方にくれていた。
名門伯爵家で働けば、この先の食い扶持に困ることはないだろう。
前世を思い出したいま、男爵家で働きも何もせずに穀潰しとなるのは耐え難い。
何かの縁だし、いい機会なのではないか。
よし。それでいこう。
「では、図々しいお願いになってしまうかもしれないのですが。」
「えぇ。仰ってみてください。」
「私を雇っていただけませんか?」
「えっ?」
「私を伯爵家で雇用してくださいませ。」
「………………」
伯爵様、予想外すぎて、呆然としているご様子ですわね。
まぁ、確かに伯爵家となればそれなりの伝手をつかい、確固たる経歴をもった方が雇い入れられているに違いない。
ぱっと出てきた者をいきなり雇い入れてはくれないか。
「いえ。いいのです。思い付いてみただけですので。逆に不躾にこのようなことを願い出てしまい、申し訳ありませんわ。」
「あ。いえ! 突然で驚いてしまっただけです。ですが、どうして我が家で働きたいと思ったのですか?」
「私はもうすぐ学園を卒業するのですが、まだ進路が定まっておらず、今後のことを考えているところなのです。
そして、私は子どもが大好きなんです! 昨日お会いしたお二人のご子息様たちの愛らしさといったら! 天使が二人も舞い降りてきた様でしたわ! そんなお二人のお世話をさせていただければ、これから人生の楽しみが増えるなあと考えたのです。」
「…………」
あ、よく考えたらこうやって伯爵様に近寄る子達が多いのかも?
イケメン伯爵のお眼鏡に叶うように使用人として入り込むとか、よくありそう。
あー。めちゃめちゃかわいい子どもを愛でながら、食い扶持も確保できると思ったのに、 失敗したかぁ。残念。
「やはり、先程の発言はなかったことにしてくださいませ。伯爵様を困らせたくはありませんもの。まだ進路についてはゆっくり考えていきます。」
「…………」
伯爵様は顎に手をあてて、考え込んだままだ。
伏し目がちな目に、長いまつげが影をおとして妙に色気が増している。
少し気持ちを落ち着かせようと、紅茶の入ったカップに口をつける。
はぁ。高位貴族なのもあるが、イケメンに気疲れするなぁ。お茶のほんのりとした甘味がほっとする。
ぼんやり考えていると、突然イケメン顔がこちらを見据える。
うっ。かっこいい……!!
「1ヶ月」
「え?」
「1ヶ月試用期間としてもいいですか?」
「……よろしいのですか?」
「はい。理由やあなたの様子を伺い、雇用に関しては問題ないかと考えました。しかし、子ども達と合わないかもしれませんし。進路についてもまだ考える余地はあるのではないかと思います。急いて決めてしまうと後悔するのとも多いので、試用期間を経ても問題なければそのまま働いていただきましょう。どうでしょうか。」
「はい! 大丈夫です。よろしくお願いいたします!」
「わかりました。では、いつからにしましょうか。」
「すぐにでも! と、言いたいのですが、身支度をいたしますので、2日後からでもよろしいですか?」
「急がなくても大丈夫ですが……わかりました。では、2日後に馬車を迎えに寄越しますね。よろしくお願いいたします。」
「はい! ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
なんと! あっさり職が決まってしまった。
記憶を取り戻して1日で厚待遇の職にありつくなんて、どんだけ徳を積んでいたんだ、私!!
前世と今世の分だけで賄えたのだろうか。
いや、もしかしたら今世分の幸運を使いきってしまったのだろうか……?!
あー。それなら、もうちょっと小出しにして欲しかったなぁ。
ま、事故にもあったしプラマイゼロ……プラスアルファくらいか。
では遠慮なく、ありがたく頂戴しておきましょう!
新しい船出に、乾杯!!
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