第陸話 最初の一歩

「赤鬼きたー!」


 俺の大声で周りが、ざわつき始める。


 「あ……やばっ」ついつい興奮して叫んでしまった……だって仕方ないだろ? 

 鬼だぜ? 鬼! しかも……美人でナイスバディ! 驚いて声が出ない方がおかしいだろ!


 目の前に立つ赤鬼は、あん? 何言ってんのコイツ? と白い目で俺を見てくる。

 ……モヤシでわるかったな! 俺はビビりながら見返す。

 そいつの後ろに視線を向けると、そこには木製でできた丈夫そうな巨大なカウンターがあり、うーん? 何かの受付だろうか、内側には数人の女の人が立っていた。


 左に目を向ければ、十を少しこえるぐらいの丸型の机に四つの椅子が向かい合い、それぞれに置かれている。

 数組の探索者だと思われる男と女が、椅子に座りながらこっちを見ている。


 そりゃそうだろうな……あれだけ大声出したら俺でも見るわ。


 右を見れば、壁一面に大小様々な紙が貼りつけてある。

 うーん? 俺は目を凝らしよく見てみる。まさか、あ、あれは……いわゆる依頼書……か? まじか、薬草採取とか魔物討伐とかのあれなのか? 冒険の……、冒険の匂いがする!

 今すぐにでも近寄って依頼書を見てみたいところを……ぐっと我慢する。

 何故なら、依頼書の前には胡散臭い物を見るかのよう、数人の探索者が俺達を見ていたからだ。


 あー、あの……怪しい物ではありません……よ?

 見るからに喧嘩に強そうな複数の人間からジロジロと見られたら居心地が悪い。

 ——ん? 耳を立てれば、無数の視線からヒソヒソと小さな声が聴こえてくる……




「……鬼人の赤刀じゃねーか、ソロ専だったはずじゃ?」

「まさか、弟子をとるかしら? 誰が頼んでも断っていたのに」

「あの背中の大刀が噂の血咲チザキか」

「俺も弟子にしてほしー」

「なんだー? あの男は?」

「うるせーな」

「ああ、相変わらずユリカ様はお美しい……」




 うーん、美しいか……確かに。あまり、聞かない方がいいのもある、な。しかし、俺の前にいる赤鬼はどうやら有名人らしい。

 確かに美人だし派手な格好はしてるし、ツノあるし、強そうだ……なんて考えていると。


「モヤシはないでしょ。ユリカちゃん。時折志郎さん、です! 訓練所を百周とか今時ないですから!」


 音月さんが、俺の横でぷりぷりしていた。

 俺の為に怒ってくれているみたいだ。ぷりっぷりに膨らんだホッペ。まるで漫画の世界から飛び出して来た人みたいだ。こんなにホッペを膨らまして怒る人を俺は、初めて見た。

 可愛いぞ音月さん。

 家に持って帰りたいぐらいだ。

 百周は俺も嫌だ! もっとコイツに言ってやってくれ。


 ユリカと呼ばれた鬼を見る。

 罰が悪そうに音月さんに、悪かったよと謝る姿を見るに悪いやつではなさそうだ。

 頭を軽く下げた動作に、赤髪が揺れた。

 そして、俺を見て「時折志郎……シローね。私はユリカ。赤刀ユリカだ。凛子さんからお前の育成を頼まれたんだが……まだ、な。正直、受けるつもりはない……キッカ、訓練場をひとつ貸し切りで今から取れるか?」


 育成? 何のことだ? 凛子……ああ、破堂さんか。


「えーと、大丈夫だと思うけど、どうしてです?」


 ユリカの言葉に音月さんは首をかしげる。


「ちょっとな、頼む。借りる時間は一時間もあればいい」


「はーーーー、志郎さんとユリカはここにいてください」と音月さんが、歩いて正面のカウンターに向かう。


 二人きりだ。

 さてと……何か話した方がいいのかどうか、迷っていると……


「シロー、お前は強くなりたいのか?」とユリカから聞いてきた。


「……ああ、俺はどうしてもあの日に……その為に強くならないといけない」


「……そうか」


 俺は何か言おうとしたが、そこにパタパタと音月さんが帰ってきた。


「第三訓練所が空いていましたよ! ここから一度出て、ぐるりと回ったところにあるです」


「よーし、行くか」


 ギギッと入り口の扉を開けて一人出て行くユリカ。音月さんと俺は後を追い、外にでる。

 ユリカは第三訓練所の場所を知っているのだろうか、迷いもなく歩いて行く。


「志郎さん! 志郎さん!」


「はい、なんです?」


 歩きながら音月さんに答える。


「さっき、ユリカちゃんが少し話していた育成の話しですが、破堂が依頼したのです。ユリカちゃんに志郎さん育成者を」


「ええ、みたいですね。なんですか? 育成って」


 音月さんは俺に近づいて小声で「……ユリカちゃんも過去人なんです。過去人の育成者には秘匿ができる信用ある上色探索者か、過去人がなるのが決まりでして……今、志郎さんを育成できる者がこのシンジュクでは、ユリカちゃんしかいないのです」


 なるほど。うーん、つまりは、現在……ここシンジュクには信用できる上色探索者がいないと。

 俺の育成者になれるのは、あの赤鬼ユリカだけだと。


「別名、師弟制度と言うのですが、下色探索者の死亡率を下げるのを目的に作られた対策で、志郎さんの目的……」


「なるほど、育成……師匠について鍛えてもらうのが近道ってことですね?」


「そうです! でも、ですね……ユリカちゃんは……ある事があって、ずっとソロ——」


「キーッカ、人のことをボソボソ噂するのはあんまり感心しねーなー」


 ユリカが振り返ってコッチを見ていた。


「ボソボソしてないでーすよ」


「ここだろ? 第三訓練所。鍵開けてくれよ」


 音月さんと、話していたら着いたみたいだ。両開きの引き戸のタイプの扉を前にユリカが立っている。


「はいはい、今からあけますよーっと」


 カチャリと音をさせ灰色の扉を音月さんが開ける。

 中に入る二人について行く。


「思っていたより広いな」


 それが最初の印象だった。

 気持ち、小さい体育館ぐらだろうか? 天井もなかなか高い。

 三十メートルないかくらいか。


「ここはですね、非常事態時に避難所にもなるんです」


 下は踏み固められた土で出来ているようだ。

 壁にはズラリと様々な武器が並んでいた。あれは……木製か?


 ——ヒュンッ


 中央まで歩いて来た俺に木剣が飛んでくる。


「おっと」


 右手で受け取る。こっちにゆっくりと歩いてくるユリカ。手にはこれと同じ木剣が握られていた。壁から取って持ってきたのだろう。


「キッカ! これを持っといてくれ」


 背中の大刀を投げるユリカ。

 ダイレクトに受け取った音月さんは重さでよろけて後ろに倒れる。


「いったーい、もう! ユリカちゃん! 危ないです!」


「はっはっは! 相棒の『血咲』を頼んだよ」


 馬鹿でかい太刀を受け止めれずに、転けた音月さんを見ていた俺は——言葉では言えない圧力を感じるて前を向く。


 そこにはダラリと右手から木剣を垂らし、ユリカが俺を見つめてくる。


「シロー、私に一撃でも入れる事が出来たら……弟子にしてやる」


 圧力を感じつつ俺はなんとか、軽口で返す。


「そんな簡単な問題でいいのか?」


「はは! 簡単か。いいだろう、手加減は……そうだな、一応は……なしだ。来な」


 赤鬼が片手に剣を持ち正眼に構え、体を半身に左手は腰の後ろに引く。

 妙に堂に入っている。

 隙がないってやつだ、こんな物を振ったこともない俺にも分かる。

 ユリカは、コイツは強い。


「はっ!」


 声を上げ、恐怖を後ろに捨て去る。

 俺は走り、上段に構えた剣を振り下ろす——







「赤刀一刀流、巻き火」









 は? 









 俺の手には、










 剣がなくなっていた。









「連技、火山」






 体が真っ二つになったかと思うほどの衝撃。


「ぐは!!」


 ダンッ! ダン、ダン! ダンッ!


 バウンドして地を転がる体。


 ドンッ!


 壁にぶつかり止まる。


 あまりの痛みに呼吸がうまくできない。


「もう終わりか? シロー」


 見れば、余裕綽々ヨユウシャクシャクあくび混じりに剣を肩に担ぐユリカがいた。

 ああ、そうか。

 コイツを乗り越えないと、さきに進めないってことか。










 痛みで痺れた体を起こす。

 

 カランとまた投げられる木剣。

 俺はそれを拾い、ユリカを睨む。


「来な、男だろ?」


 木剣を手に立ち上がる。










 俺は弱い。








 分かってただろ。










 未来だってなんか、言われても知らねーよ。










 でもな、諦めてたまるかよ。











 絶対に。










 帰るんだ。







「あーーーー!!」







 土を踏み締め駆ける音がした。

 その一歩は——世界を変える最初の一歩。














 赤刀ユリカの実家は江戸時代から続く剣の道場だ。

 流派の名は赤刀一刀流。


 静の中の動。動の中の静を奥義とし、基本の構は正眼とするが、渾身の一撃と切り返しのカウンターを織り交ぜた剣法が主体であり、構えは戦況により変えていく。

 乱戦、一対多数を得意とし、始祖は鎌倉時代まで遡れる。

 幾多の戦で死を撒き散らし、鬼の如く戦ったと伝えられている。


 赤刀ユリカは赤刀一刀流の正統な当主である。

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