第参話 生きる為に

 「正義とは数だけ正しく、そして数だけ間違っている。だからこそわかる。世界は狂っている。僕も君も狂っている。それが、正義なんだ」



 ジョージ・エスプレオンの自伝、『生きることは死ぬより度難い』から抜粋。




 ——————————————————




























 ……破堂凛子ハドウリンコは変態である。

 ど変態である。

 部下から見れば、長い黒髪が揺れる色白のキリッとした背高美人だ。

 どこからどう見ても清楚な日本美女。

 町を歩けば、十人すれ違えばみなが振り返るほどの。


 ……ただし、黙っていれば、だ。


 彼女は部下に、影でこう呼ばれていた。


 爆破姫と。


 彼女の能力は『爆破』

 手で触れたところに魔素を通し、力を付加。

 下は手持ち花火から、上は三階建てのビルが跡形なく吹き飛ばすまでの火力をコントロールできる。

 付加できる場所は生き物以外ならどこにでも可能。しかし、風や空気、自然物にはできない。あくまで人工物、もしくは生きていない物のみ。

 付加の消滅期限は爆破するか、本人が死亡するまで

 爆破のタイミングは本人が願えば起爆する。24時間までなら爆破タイマーも可能。


 能力『爆破』の階級は一級。

 ちなみに、一級は東京、地方の探索者を入れて百人はいない。

 銀色探索者が彼女のランクだ。

 二丁拳銃を使い魔物を殺す。

 あらゆる火器を使い魔物を蹂躙する。

 それは、ゴブリン種緑が千匹いようが関係ない。鼻歌まじりに殲滅できるほどの力を彼女は持っていた。


 彼女には爆破癖があった。何でもかんでも爆発させないと気が済まない爆破魔。「あー、汚い花火が見たいなー」が口癖だ。もちろん、心の中で呟く。声に出したら周りにヤバい奴だと思われるくらいは理解していた。

 だから、普段は衝動を抑えている。

 できる限り。


 破堂凛子は、爆破癖のある清楚な美人、爆破姫。

 彼女は異界探索シンジュク支部長。分かりやすく言えばギルドマスターだ。

 シンジュクで一番強い人間が、破堂凛子。

 彼女は、敵を爆破するのに一切の躊躇はない。むしろ嬉々として爆破するのだ。

 破堂凛子の正義は爆破すること……、彼女は正しく狂っていた。
















 ——三年ぶりだった。


 部下から過去人が、発見されたと連絡があったのは。

 シンジュク異界第参迷宮の地下二階で発見したと報告があった。

 前回から三年、それを長いととるか短いととるか。

 私は直ぐに緊急病棟に移送する様に、指示を出した。


 我々は貪欲だ。常に探し、欲している。

 力を。生き抜く力を探し欲している。

 異界を攻略する術を。

 大切な人を守る力を。

 絶望を切り裂く明日を。


 それから三日後、時折志郎トキオリシロウが目が覚めたと連絡があった。

 過去人。

 迷宮からうまれる過去の人間。異形な存在だ。

 しかし、その力を利用しないといけない程に……我々の世界は弱く脆い。

 異界はまだ、誕生するからだ。

 私は、彼に会いに部屋を出た。












 ……








 …………








 ………………………










 ——ドアを軽く二回ノックして部屋に入る。


 最初に見ていだいた印象は凡庸。

 どこにもいる青年だった。

 黒色の髪は、無頓着なのだろうか? 少し長めでボサボサ気味だ。瞳の色も黒、よく言えば優しげな目をしている。

 背は……ベットから上半身を起こしているだけなので全体は分からないが、骨格を見て想像すると大体、百七十とすこしだろう。


 私は彼に話しかける。


「失礼。時折志郎トキオリシロウ君だね? 入らせてもらうよ」と。


 ——彼と、話す内に私は自分の考えの間違いを悟る。


 会話の中で、時折志郎は私に言った。


「過去には帰れますか?」


 と。


 彼の目が私を捉える。


 ゾクリと背中に痺れが走る。私は自分でも自覚しているが、中々おかしな所がある。

 少しボサボサな黒い髪をした凡庸な筈だった男の目が私を見る。

 できるだけ平静を装い答える。


「戦いの先に可能性は……あります」


「そう、で……すか」


 ああ、ああ、いい。その目は静かに燃えていた。戦士の目だ。

 覚悟を決めた目。

 諦めない目だ。

 この男はきっと、いい探索者になる。


 ああ、ああ、ああ……いい。


 こんなに感情がたかぶるのは、久しぶり……が、我慢が……ま、まずい。


 だから、つい、言葉に出してしまった。


「……爆破、していい?」















「はい?」


 彼は不思議そうに……首を傾げて私を見返した。

 そんな顔を見て、私の中にあった衝動は風船が萎む様にシューシューと小さくなっていく。


 だって、しょうがないじゃない! 最近、爆破してないし。立場が立場だから、散歩がてらに迷宮に行けないし……、溜まってたのよ。

 溜まっているのよ! 悪い!?

 音月オトツキは、しっかりしてくださいって毎日毎日、小言がうるさいし!

飲みに行ったら絡んでくるし!

 あー、もう! 今のなしなし! なし!


「……コホン!」


 わざとらしく咳をし、何もなかった様に膝を組み、窓の外を見る。

 誤魔化そう。うん、そうしよう。私はなにも無かったことにして口を閉じる。

 夕暮れ前のまだ、青い空が見えた。

 そして、思い出す。

 私が会った過去人を。





 ——思い出す。





 蝉の声を。

 五年前のあの夏の日を。





 私がシンジュクに赴任して最初に会った過去人は、吹いたら飛んでいきそうな痩せた男だった。

 異界探索者をやっていた時、私の力を目に留めた国にスカウトされた。

 慣れないデスクワークとやらを、うんうんと唸りながら務めている時に声がかかる。


「元、銀色探索者の君にあって欲しい人間がいる」と。


 五年前の話だ。


 彼は歳を二十二と言い、名を透山優トウヤマスグルと話した。

 中々、個性的な髪型をした男で大学生だったと本人は言っていた。

 彼は二年間、探索者として働き、一年間育成者として奮闘し……迷宮で遭遇した特異魔と交戦し、弟子を守り通し……亡くなった。


 二人目の過去人に会った。


 十五歳の女の子。

 赤刀ユリカ《セキトウユリカ》と自分の名前を私に話したら声をあげて泣き出した。

 私は彼女をなだめ、背中を優しく撫で抱きしめた。

 この世界で生きていけるのだろうか? とその時、私は疑問に思ったが。

 彼女は今も異界探索者として、我が国の為に戦っている。

 あんなに涙を流してたあの子が……分からないものだ。


 ……なら、この燃える目をした彼は……どこまでいけるのだろう。楽しみだ。

 そうだな、私はできることをしよう。


「時折志郎君も目が覚めたばかりで、体も精神も疲れているでしょう。もうすぐしたら夕食です」


 いきなり真面目トーンで話す私に驚いている彼を無視する「その前にシャワーを浴びてすっきりしてください。職員に伝えておきますので」


「……あ、あ? は、はい。ありがとうございます? えーと、いいんですか?」と返す彼に、私はニコリと笑い、「もちろんです。ゆっくり休んでください。それで、体に異常がなければ、明日の午前中にシンジュク支部まで職員が案内しますので来てください」


「あ、はい。わかりました。宜しくお願いします」


 ペコリと頭を下げる時折志郎。

 私はポケットから異界探索者が腕に付けている、リング型探索サポート魔具を取り出す。


「志郎君。これは、通話と電子マネーを扱える魔具です。探索者はみなこれを付けています。差し上げますので付けてくれますか?」


 受け取った志郎は警戒しているのか……直ぐには腕に通さずに……何度か触って調べた後、左腕に装着した。

 スッと閉まり腕にジャストフィットする。

驚いている志郎君に、


「黒色の線が、魔具を一周しているのが見えると思うのですが、ランク上がるたびに色が変わるので、頑張ってください。なにか、困ったことがあればそのリングに意思を向ければ職員に繋がり、話せます」と言い席を立つ。


「それと、現在時間も意識してリングを見れば浮かび上がります」


「え? こ、こうですか?」


 彼はリングをじっと見つめる。浮かび上がる文字。それは、『15:37』と出た。


 「大丈夫そうですね。すみません、こう見えても少々忙しい身で……」


 リングに食いついている彼に、「職員の名前は、音月といいます」と話し、私は右手を彼に差し出す。


「これから、よろしくお願いします」


 静かに手を握る彼。


「はい……お願いします」


 私は満足して手を離し、部屋の外に足を向ける。

 去り際、振り返り……あれは、二人だけの秘密ですよとニコリと笑い、ドアを閉めた。


 一般病棟を黒髪を揺らして歩く女の口は、音無く口だけで「あー、爆破したい」と笑い、通信魔具を使い、とある探索者に通話をかける。

 







 ……







 …………








 ……………………








 カーテンが閉められ、薄暗い部屋に着信音が鳴る。

 モゾモゾと動くベット。


「あー」


 鳴り止まない音に苛立つ声。


「うるさい……、休みの日っだってのに……誰?」


 外していたリングを手に取り、通信に出る。


「はい、赤刀です。え、凛子さん? 休みの日にかけてこないでくださいよー、はい? 私が育成者? いやいや……明日!? 急すぎですよ! はい……、無理! 無理です!」


 赤刀ユリカは、リングを叩きつけたいのをグッと我慢して破堂凛子と話していた。


「私がソロで潜る理由知ってるでしょう?」


「……え? ……過去人? そう、ですか…………わかりました」


 通話が切れたリングをベットに投げつける。


「私が育成者? なんの冗談……笑えないよ……透山トウヤマさん」


 欠伸を噛み殺して立ち上がり、「あー、もう……いい人だったら嫌だな」と赤刀ユリカは話、最後に誰にも言うでも無く「弟子をとるつもりはないのに」と言葉を吐いた。




















 シンジュク支部の人口は約二万人。

 人が発動する能力は多岐にわたるが、戦闘系は少ない。

 二万人が住むシンジュク支部でも、異界探索者の数は五百人といなかった。

 戦える力は常に足りていなかった。

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