二章 三節 一項
南の国境
浮遊大陸は、外縁部以外を十字山脈に隔てられている影響か知らないが、東西南北でガラリと環境が変わる。
四季が存在し、水源や森林などの豊かな西部。
絶えず凍土に覆われ、鉱山資源に富む北部。
夥しい穢気源泉の影響で、土地そのものが痩せ果てた東部。
時節問わず温暖な気候に恵まれ、食料生産率が最も高い南部。
さて。俺達は今、西方連合南端のジェミニ領に来ている。
異世界を訪れてから初めて、この西の地を出るために。
――ファッキンホット。
元々夏盛りではあったけれど、国境が近付くに連れ、より一層耐え難い暑さとなってきた。
せめてもの救いは、湿度の方は寧ろ下がってることくらいか。
でも暑いものは暑い。
「前に進む気配が全く無いな。キョウ、おにぎり食べるか?」
コートの中に保冷剤を入れ始めて以来、暑気を意にも介さなくなったジャッカルが、そう言って俺にコンビニの握り飯を差し出す。
でも生憎ライスボールは二度と食いたくない。丁重に断った。
「そうか。ではシンゲン、飢えたる君に差し上げよう」
「サンキュー。しっかし凄え行列だ」
遥か彼方の国境検問所まで、延々続く人波。
早朝より並んでいるにも拘らず、太陽が真上を越えた今時分、漸く半分来たか否か。
比喩でもなんでもなく日が暮れるわ。混雑し過ぎだろ。
「…………すやぁ」
――何故コイツは汗ひとつかかず立ったまま寝れるんだ。
ゆらゆら頭を左右へ揺らし、俺の隣で居眠るハガネ。
着物モドキの襟合わせが緩いため、ほぼ剥き出し状態な肩に触れてみる。
伝わる血温は、俺より僅かに高い程度。突き刺さるほど直射日光を浴びてる筈なのに、熱が篭った様子は皆無。
イッツ・ミステリアス。どうやって体温調節してんの。
「みーなーさーんー」
人体の不思議に小首傾げてると、もう一人のミステリアスが帰ってきた。
デフォルメされたフィギュアみたいな二頭身形態でピヨ丸に跨ったカルメン。
日射病対策か、つばの広い帽子を被る彼女は「とうっ」と飛び降り、空中にて八頭身形態へ戻りつつ、着地する。
「ぱんぱかぱーん。戻りましたぁっ♪」
「御苦労。ほら、飲むといい」
よく冷えた紅茶のペットボトルを取り出したジャッカルが、それを投げ渡す。
「で、検問所の様子は?」
「進捗芳しくないですねぇ。ただ、そろそろ受付の人数が増えるそうなので、少しはペースも上がるかと」
そいつは朗報。流石に夜まで並ぶなんて嫌だし。
安堵と辟易の入り混じった溜息と共に、俺はハンディ扇風機の電源を入れた。
「よぉジャッカル。国境の出入りってのは、こんなに激しいもんなのか?」
述べ何本目かの酒瓶片手、シンゲンが問う。酒で水分摂るな。
対するジャッカルはと言うと、大仰に肩を竦めた。
「クハハッ、まさか。今は興行シーズンだからな、それでさ」
曰く、俺達の目指すナナナ共和国は、剣闘都市で近隣諸国に有名だとか。
加えて毎年この時期は大規模なイベントが盛り沢山。音に聞こえた各団体スター選手同士の試合の観戦や、幾つもの大会を通じて動く莫大な賭け金など、様々な思惑を抱えた人間達が八方より押し寄せる。
「取り分け、今代の共和国大統領は無類の剣闘好き。莫大な私財を投じた資金融資もあって、ここ数年に於ける盛り上がりは……この長蛇を見れば分かるだろう?」
よくよく注視すれば、列を作る人々の表情は、疲労より期待や興奮の方が大きい。
贔屓の有名選手と思しき、熱の入った声音で呼ばれる名も、ちらほら聞こえてくる。
――剣闘、ねぇ。
「しかも殆どの大会は予選がバトルロイヤル形式とあって飛び入り自由! 名を売る絶好の機会!」
成程。先日の「益々有名に」とは、そういう意味か。
「クハハハハッ……更に更に、オレの得た情報が正しければ……クハハハハッ!」
…………。
まーた何か企んでやがりますよ、このねーちゃん。
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