side out:獣の渇望






 足元で喚き散らす、木っ端も同じ、煩わしき塵芥達。

 しかし気にも留めず、ただ一点のみを見据えながら、静かにフェンリルは確信する。


 、と。






 誰も知り得ぬ話になるけれど。どこまで行っても敗者の巣窟でしかない慚愧の森を此度、最強種の一角が訪れたのは、偶然でもなければ気まぐれでもない。


 退屈だった。

 叩こうと潰そうと次々湧き出し、我が物顔で己の縄張りを侵す三下共を幾百幾千幾万蹴散らしたところで、寸分も晴れぬ無聊。

 かと言って不用意に他所へと攻め込めば、複雑怪奇に絡み合った山脈版図の老獪な支配者達は、これ幸いと背後より忍び寄るだろう。


 死に怖れは無い。争乱の渦中で息絶えるなら、寧ろ本望。

 なれど、小賢しい策略に絡め取られ、朽ち果てるなど、吐き気がした。


 退けず進めずの雁字搦め。そんな停滞が長らく続き、いい加減、倦んでいた頃。

 平地から――力の塊と称すに相応しき匂いが近付く気配を、感じたのだ。






 脇目も振らず山を下り、削るように森を駆け抜ける。

 さながら台風の如く。度を越して巨大な体躯の持ち主が斯様な速度で動けるなど、それだけで悪夢に等しい話だった。


 段々と対面、待ち遠しき邂逅の瞬間が迫りつつある道程。フェンリルは真っ直ぐ目指す気配の傍らに、もう幾つかの奇妙な存在を嗅覚で捉えた。


 鼻が凍りそうな冷たい匂い。

 果実と火薬を混ぜ合わせたような匂い。

 泥になるまで腐った血肉の匂い。


 いずれも平時であれば、関心のひとつ程度は抱いたろう。

 が。今は路傍の石より、どうでもいい。


 太陽を前に、星明かりなど用を成さないのだから。






 生まれ落ちて以来、山脈の濃密な穢気が至極当然の環境。

 そんなフェンリルにとって、平地は御世辞にも快適とは呼び難かった。


 尤も、取るに足らぬ些事。

 息苦しさなど、全く思考の外だったが。


「……よう。兄弟」


 森を出た先で己を待ち受けていたのは、あろうことか人間。

 平地に蔓延る小さく非力な、数ばかり多いだけの虫螻。


 そう。本来ならば。


「まさか、そっちから来てくれるとはよ。嬉しいぜ」


 自身の爪一本に等しい矮躯。

 にも拘らず、毛が逆立つほどの圧を帯びた、まさしく力の塊。


 フェンリルは、求めた匂いの正体に僅かばかり驚き……次いで、、歓喜した。


 充溢する覇気。波打つ殺気。

 久しく味わう機会に恵まれなかった猛烈な戦意を、眼下のより感じたからだ。


 己と戦ってくれるのか。殺し合ってくれるのか。


 愉悦に満ち満ちた、低い唸り。

 牙の居並ぶ顎門は人語こそ紡げずとも、その意思を汲んだシンゲンが狂笑を深め、頷く。


「ははっはぁ! 三大最強種! ドラゴンじゃねぇのは残念だが、相手にとって不足なし!」


 膨れ上がり、押し合い圧し合い鬩ぎ合う、両者の気魄。

 一触即発を察した征伐隊の面々。そこで漸く我へと帰り、恥も外聞も無く逃げを打ち始める。


 誰も彼も理知擲ち、恐怖と混乱に犇めく只中。

 最早、互いしか意識に在らぬ怪物と怪物の開戦を報せるゴングが、甲高く鳴り渡った。


 ……物理的に。


「何やってんのジャッカル!?」

「様式美」

「んな場合か! 早く避難するぞ、カルメンも――既に居ない!?」

「惚れ惚れする即断即決だった。ピヨ丸が自分で首輪を外すや否や、彼女だけ掴んで一目散だ」

「あの羽トカゲ、俺達を見捨てやがったな!!」





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