千客万来






 ちょうど野営地と森境との間に集まった人だかり。


 野次馬根性旺盛なジャッカルが異変の匂いを嗅ぎつけ、先陣切って飛び出す。

 俺達も、それを追った。


「失礼、失礼、失礼。通されたし、野次馬諸君」


 いやアンタもだろ。ラックアップミー。


「うお眩しっ!? なんだ、そのランタン!?」


 懐中電灯です。






 押し退け、すり抜け、進む進む。

 やがて辿り着いた渦中に居たのは、意外や意外、見知った人物。


 ――やばみ。


 枕元に転がる刃こぼれだらけな両手剣。

 殆ど全損した板金鎧。

 血で汚れた銀字の認識票タグ


 そんな、見るも痛ましい飾り付けを施され、変わり果てたランパード氏だった。


「傷口、水かけろ! 泥で腐っちまう!」

「薬と止血剤、持って来い! 早く!」


 緊迫した空気。渡る怒声。物資を積んだ馬車に駆けて行く使い走り。

 ……冗談並べてる状況じゃ、なさそうだ。


 賑やかしは場違い。邪魔する前に退散すべき。

 けれども、そう伝えようとした矢先。諌める暇も無く、ジャッカルがランパード氏に詰め寄った。


「ランパード・カマセーヌ。話はできるか」

「あぁ!? んだテメェ、見て分かんねえのか! 今、取り込み中だ! 失せ――」


「黙れ」


 有無言わせぬ低語。相手の男は一瞬で縮み上がる。


「再度問う。話はできるか、ランパード・カマセーヌ」


 呼吸荒く横たわるランパード氏の目が、薄らと開かれた。


「……あぁ……なんとか、な」

「僥倖。時間は取らせん、要点だけ掻い摘む。何があった?」


 口を開きかけ、力無く咽ぶランパード氏。

 ゆっくり息を整えた後、掠れ声で「バケモノだ」と彼は告げる。


「バケモノ?」

「どんな気まぐれか、知らねぇが……森に、降りてやがった」


 顔面蒼白、肩身慄わす歴戦の傭兵。

 およそ尋常に非ず。今や集まった者達は皆、直前までの喧騒も忘れ、固唾を飲むばかり。


 一方で、段々と面差しの険が増すジャッカル。

 内心、首を傾げていると、彼女は些少の焦りを口舌に含ませ、また尋ねた。


「他の面子は」

「お……俺以外、全員死んだ……ものの、数秒の話さ……」


 ぎり、と歯の軋む音。


「ハガネ――ウチのチビは!? 桜髪の少女剣士だ、君と同じ什伍だったろう!!」


 ――なっ。


 慮外の叫び。心臓が嫌な鼓動を刻んで跳ねる。

 幾らか遅れて、とも思えたジャッカルの態度に、得心した。


 目を見開くシンゲン。胸元に爪を立てるカルメン。

 知らぬ間、四人で取り囲む形となっていたランパード氏の言葉を待つ。


「死体は、見てねぇ……だが、もう生きてるとは……ひぃいいッ!!」


 怖ろしい記憶でも掘り起こしたのか、恐慌に染まる瞳。

 血だらけの手が、ジャッカルのコートを掴む。


「ああ、あ……あのガキ、イカレてやがる……! あんなバ、バケモノの前だってのに……笑ってやがった!」

「ランパードさん! 肋骨が折れてんだ、動いちゃあ……!」


 怯え涙し、痛みも制止の声も構わず、半身起こすランパード氏。


「戦おうなんて欠片も思わなかった。ただ逃げることしか考えられなかった」

「おい」

「なのにアイツは! 悪魔みてぇに笑いながら、平然と斬りかかって! 連中がやり合ってる隙を突いて、どうにか――」

「ッ、落ち着け! オレに分かる説明をしろ! 何を見た!? 何に逢った!?」

「乱暴は駄目ですジャッカルさん、怪我人ですよぉ……!」


 …………。

 ふと。背骨が引っ掻かれたような悪寒に、慚愧の森を振り返る。

 俺以外も数人、示し合わせたかの如く、木々で覆われた先へと目を凝らしていた。


 ――なん……だ?


 感じる。膨大な力の気配。


 近いものを挙げるなら、遠雷。

 どんなに離れていようと芯まで突き刺さる、途轍も無いエネルギー。桁違いの存在感。


「最強種……ごほっ……三大、最強種」


 呆けた小声で、喀血混じりにランパード氏が零す。


「巨獣、だ」


 音が爆ぜる。八方目掛け轟き、奔り抜ける。

 それは天地揺さぶる、けだものの咆哮だった。





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