敢えて悪道






 傭兵ギルド、ナシラ支部。

 防壁都市、或いは外縁五領という立地上、内縁七領よりも高水準な戦力を恒常的に必要とする関係ゆえか、三本剣で貫かれた竜頭の紋章を掲げた建物は、過去の町々で見た幾つかの支部を数段凌ぐものだった。


「頼もう!」


 そんな、一種の威容すら放つ陣内に悠々踏み入り、通りの良い声を張り上げたジャッカル女史。

 マジぱねぇっす。


 ギルドに詰めていた百人前後の目線が、一斉、俺達へと集まる。

 物怖じってものを母親の子宮に置いてきたとしか思えない、行動力の化身。心臓に針金でも生えてるんじゃなかろうか。


「ふむ……ああ、君! 君だよ、そこの! カウンターで書き物をしてる赤毛の!」

「……え? 私です、か?」

「然り。オレの立ち位置から確認できる限り、赤毛と呼べる色味の持ち主は君だけだ」


 俺と同じ年頃の、受付嬢らしき少女。

 唐突な指名に戸惑いがちな様子を見せつつも、接客という役職柄か、従順な態度で歩み寄ってくる。


「えっと……私に御用でしょうか……?」

「生憎、君に用は無い」


 じゃあなんで呼びつけた、と軽率な茶々を入れたりはしません。

 ジャッカルのことだ、何かしら思惑を含んだ振る舞いの筈。腰巾着たるもの、大人しく成り行きを見守るべき。

 丸投げ、と言い換えても可。色々考えるの、めんどくさい。


「責任者を呼んでくれ。征伐隊参加の件で話がある」

「ふぇ? ……あ、あの、申し訳ありません……募集は既に打ち切っておりまして……」

「無論、委細承知だとも。だから責任者を呼べと言っているんだ。君では話にならないだろう?」


 うっわ、もろ嫌なタイプの客。受付嬢さん、困り果てとるがな。

 ごめんなさいね、ウチの厨二病が迷惑かけて。いざとなったら相手が大都市の知事だろうと平気で噛み付くアツいヒトなのよ。

 正直、同情する。頑張って。






 突然現れた何処の馬の骨とも知れぬ輩を、そうそう上役に面通しするワケには行かないのか、どうにかマニュアル対応で乗り切ろうと粘る受付嬢さん。

 けれど残念、相手が悪い。口八丁はジャッカルの十八番、舌戦で彼女を負かすのは不可能に近しい難事と俺は心得てる次第。最早、詐欺師のレベルだし。


「あの、あ、あの……」

「ハリーハリーハリー。オレ達の貴重な時間を、あまり無為に削らないで欲しいね」

「ひいぃ……ッ」


 あんま真顔で詰め寄るな。ぼちぼち泣きそうだぞ。

 しかしジャッカルさんてば、やけに今日は高圧的。悪役ムーブのマイブームが来てたりする系?


 …………。

 それか、若しくは。


「オイ。いい加減、その辺にしときな」


 水を打ったかの如く静まり返った屋内。

 そこに低く響き渡る、男の声。


 ……敢えて不機嫌をジャッカルの表情に、ほんの一瞬、俺達だけ窺える角度で喜悦が浮かんだのは、気のせいではないだろう。


「威勢の良さは買うぜ。だがシャバの余所者が、あんまりこの町でデカい顔するもんじゃねぇぞ」


 一方、そう告げながら此方へ近付く、奥のテーブルで仲間と酒を飲んでいた壮年の傭兵。

 如何にも風格ある形貌、服の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体、腕や胸元に多くの古傷を刻んだ戦人の佇まい。

 延いては、首に提げた認識票タグ

 見渡す限り、この場に彼含め数名しか居ない、上級傭兵の証。


「ら、ランパードさんっ……!」

「奥行ってなサラ嬢ちゃん。代わりにナシつけといてやるよ」


 傭兵のオッサンに深々と頭を下げ、小走りで去る受付嬢さん。

 そして、それを止めもせず、やはり俺達にしか見えないアングルで、くつくつと笑うジャッカル。


「釣れた釣れた、と」


 怖っ。





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