波乱渦巻くプランニング






 亜竜ワイバーンに跨り、空の旅。

 なんとも耳触り良い響きだが、現実は優雅と呼ぶに程遠い。


 兎角、寒いのだ。高度と反比例して低下する気圧、自動車並みの速度が齎す強風。当然、飛空船のような防護シールドなど無いため、相当に着込まなければ夏場だろうと凍死する。

 しかも不安定。常にしがみ付いていなければ、数千メートルを真っ逆さま。怖過ぎ。


 そこで、ジャッカルが解決策を考えた。まあ一番文句言ってたし。

 

 ワイバーンは成牛四頭を掴んだまま、三日三晩不眠不休で飛び続けられる。先日、二枚目を引いたカードに書いてあった。

 その強靭な馬力とタフネスを活かし、のだ。


 四人掛けのソファテーブル、二段ベッド二組、水洗トイレ、シャワールーム。他にエアコンや冷蔵庫など生活家電一式も備わった、キャンピングトレーラーを改造した移動拠点。

 加えてシンゲンが取り付けた水平維持装置により、三十五度までの傾斜を均してくれる優れ物。尚、電源はジャッカルのスマホ。

 ぶっちゃけ、そこらの宿に泊まるよか快適。浮遊大陸の文明レベルを鑑みたら、やり過ぎとすら言える。


 いいけど。






「うーむ。事情は分かったがよぉ、帰って早々に出発とはな。夜逃げだって、もう少し余裕がありそうなもんだ」


 対面式のソファを片方占領し、なんとはなし呟くシンゲン。

 テーブル越しにジャッカルと掛けていた俺は、喉元まで迫り上がる言葉を、どうにか飲み込んだ。


 こんなに急いでザヴィヤヴァを出た理由の半分は、アンタが宿の扉を壊したせいで居辛くなったからだよ、と。


「あとジャッカル、乳首透けてるぞ。ブラどうした」

「壊れた」


 言いたいこと全部言っちゃう人だな。

 つかジャッカルも、せめてインナーシャツ着ろよ。夏本番到来で暑いのは分かるが、だったら先にコート脱げや厨二病。






 ――紅茶で良かったか?


「今の俺様ウォッカな気分。トロトロになるまで冷やしたやつが飲みてえ」


 神妙に頷くシンゲンを尻目、冷凍庫から出した赤ラベルの大瓶を投げ渡す。

 水感覚で酒飲む蛮行、控えた方がいいと思う。


 ――ほい。


「ありがとう、キョウ……さて諸君。予てよりの危惧が、いよいよ現実のものとなりつつある」


 一方、受け取った紅茶を舐めた後、数枚の方眼紙が広げられたテーブルを、トントンとペンの先で叩くジャッカル。

 予てよりの危惧とは言わずもがな、カルメンのこと。


「遅かれ早かれ、此度のような事態は起こると踏んでいた。妲己然りクレオパトラ然り、美女は人を狂わせる。かの有名な赤壁の戦いも、女が原因で始まったしな」


 ああうん、三国志演義で読んだ。

 でも流石に創作だろアレ。内容あんまり覚えてないけど。


「嘗てカルメンを守っていた地位も立場も、異世界までは届かない」


 ハガネ共々ベッドで眠る彼女を見遣り、ジャッカルは小さく舌打った。


「しかし、だ。だからと泣き寝入りなど御免被る。薄汚い手が伸ばされる都度、逃げ回るのも論外甚だしい」


 さりとて、権力者相手に暴力で刃向かうのは愚策。十中八九、自分達が咎を着せられる側となる。

 なら、どうするか。どうすべきか。


「名声が要る。功績が要る。国の重鎮すら、オレ達に尻込みするほどの」


 後ろ盾を探すより分かりやすい、と続く台詞。

 や、まあ確かに、そいつができれば一番でしょうよ。でも、そんな簡単に運ばないのが人生ってもんだろ。

 名声だの功績だの、欲しがったところで軽々とは掴めんよ。普通。


「差し当たり三つ、手早く名が売れるプランを考えた。全部やろう」


 事も無げ、淡々と告げるジャッカル。

 そうでした。彼女、普通じゃありませんでした……なんて、少々ワザとらしい物言いか。

 この悪知恵無双の口八丁手八丁が俺達に話題を振った時点で、腹案を温めていないワケ非ずってな。


「手始めにシンゲン。ハガネもだが――君達を、特級傭兵にする」







 ――ところでアンタ、さっきから何の図面引いてんだ?


「クハハハハッ! まだ内緒だ!」


 室内に響き渡る上機嫌な高笑い。

 正直、嫌な予感しかしないんですが。絶対ロクなもんじゃねぇぞ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る