最早テロリスト






「そろそろ、少し真面目な話をしよう」


 散々に絡んできたかと思えば、翻って佇まいを改め真剣な表情。

 いくら場の雰囲気に合わせるのが得意な俺でも、あんまり乱高下されると辛い。


「率直に述べる。オレは今回の相手が潔くカルメンを諦めた、などと楽観視していない。寧ろ逆、遠からず強硬手段に出てくる確信がある。権力者とは、おしなべて、そういう輩の集まりだ」


 左様で。相変わらず偉い人への偏見が凄まじい。


「カルメンは美し過ぎる。ハリウッドの大女優、世界的なスーパーモデル。そんな選りすぐりさえ、この子と並べば霞んでしまう。実際メディアも、そう扱っていた」


 メディア? 要はテレビとか雑誌とか?

 カルメンてば、もしや有名人なの?


「ん? なんだ、知らなかったのか? さてはあまりテレビを見ない方だな? 不勉強なボウヤめ、世間の動きくらいチェックしておくべきだぞ」


 尋ねてみたところ、何やら思案げな顔で説教じみた論を並べるジャッカル。


「クハハハハッ! まあ、かく語るオレとて先日、精密工作のため必要な道具を取りに家へ帰った際、たまたま映っていたスポーツニュースで知り得たに過ぎんのだが!」


 俺氏、置いてけぼり。

 ちゃんと説明しろ、などと敢えて藪をつつく真似しないけど。長話は勘弁。


「良かろう、教えてやるとも」


 大仰に、ジャッカルが脚を組み直す。


「カルメン――本名を『クレスセンシア・榊原サカキバラ・クドリャフツェフ』。さる財閥の令嬢にして、ISU女子シングル世界ランキング一位の、オリンピックで金メダルも獲っているフィギュアスケーターだ」


 ………………………………。

 ……………………。

 …………。


 足掛け数ヶ月、唐突に明らかとなった仲間の情報の断片。や、話題振るタイミング掴めなくて。

 ともあれ、取り敢えず、ひとつ。


 何その言語圏ミックスジュースな名前。国籍不詳も甚だしいわ。


「分かるかキョウ! つまりカルメンは正真正銘、高嶺の花! 単なる美貌のみならず、傲慢で自尊心ばかり膨れ上がった連中が貴ぶ気品を、風雅を備えているのだ!」


 分かったからテーブルに乗って叫ぶな。店員さん、こっち睨んでる。


「申し訳ありません、他のお客様の御迷惑となりますので……」


 ほら怒られた。しかも俺が。






 しめやかに頭を下げて仕切り直し。


「別段、オレは四十一人議会だろうと独裁国家の君主だろうと、事を荒立てても構わんのだ」


 コーヒー片手、いきなり物騒な台詞吐き始めたよコイツ。

 普通なら冗談と笑い飛ばすところ。けれどジャッカルの場合、サダルメリクでの前科がある。

 厨二病の有言実行ほど恐ろしいものは無いと思う。


「なんならザヴィヤヴァを経済破綻に陥れ、廃都と帰す策も考案済みだ。流石に一年かかるが」


 発想が殆どテロリスト。人口百万人超の大都市を、たった一年で落とすと、かなり本気の目で仰られてますよ。

 怖っ。


「ただし必然、多くの人民も血を流す。そいつはオレの美学に反する」


 良かった。正直、気分次第で意見が変わる曖昧な善悪論持ち出されるより、よっぽど信用置けるわ。

 何せジャッカルさん、同じ理由で現代から取り寄せた物品の転売は絶対やらないし、そもそも日常生活や遊びの枠外では異能を使おうとすらしない。

 曰く「オモチャは楽しむものであって、頼るものではない。降って湧いた力に依存するなど格好悪い」とか。


 まあ、彼女のこういう自分の流儀に殉じるところ、好きだよ。


「故、業腹なれど此度は退く。シンゲンが戻り次第、行方を眩ますぞ」


 平和的解決最高。

 繰り返し頷き賛同する俺。憮然とコーヒーを啜るジャッカル。


 そして――示し合わせたかのようなタイミングで、食堂の扉が吹き飛んだ。






「待たせたな! 夢と希望を引き連れ今、俺様が戻ったぞぉーっ!」


 威風堂々、歩みを進める白髪の偉丈夫。

 侍らせたワイバーンが撒き散らす火焔に彩られた姿は、まさしく絶対的な強者のそれ。


 ……何やってんだシンゲンの奴。ピヨ丸も。

 うるさいし、危ないし、器物破損だし。もうヤダ、他人のフリしよ。


「がははははっ! 会いたかったぞマイフレンズ! ほら土産だ!」


 気安く肩を組んでくるな。店員さん、鬼みたいな顔でこっち睨んでる。


「申し訳ありません、他のお客様の御迷惑となりますので……ッ!」


 ほら怒られた。しかも、また俺が。





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