楽しい料理教室






 俺達がザヴィヤヴァでの拠点に選んだ宿は、長期滞在の客向けに第二炊事場が開放されている。


 と言っても、五人揃って料理スキル絶無な身共には縁薄い場所。

 現に今日まで、利用どころか踏み入る機会すら無かった……無いままであって欲しかった。


「クハハハハッ! 諸君、米が炊けたぞ!」


 炊飯器から勢い良く蒸気が吹き出す音、合わせて響く小気味良いメロディに、聞き慣れた高笑いが混ざり込む。


「うむ! やはり日本人たるもの、この匂いだけでも食欲が増すな!」

「…………お腹空いた、わ」


 スマホに専用のコードを繋ぐことで、内包する無限のエネルギーを電源へと転用する。

 俺が行方不明となった際、何か捜索の手助けとなるアプリでもないかと調べたところ発覚した機能らしいけれど……異世界で炊飯器が動く光景は些か奇妙なものだ。

 周りの人達も、なんだアレって感じの目で見てるし。


 ……でも、少しだけ安心した。

 電化製品が解禁されたなら、以前のモーブ氏の時のような惨劇は、まず起きない筈。

 火力調整とか時間配分とか、全部自動でやってくれるワケだし。


「では早速――む? しまった、水が少なかったな。黒焦げだ」


 やっぱり不安……。






 結局、米は俺が炊いた。軽く研いだ後、水量を目盛りに合わせてスイッチオン。普通に小学生でもできるくらい簡単だ、こんなもん失敗する方が難しいぞ。

 と、胸の内にて文句垂れ流す俺を他所、いよいよ始まる各々の調理。作業する姿は恐ろし過ぎて見られないため、炊事場の隅で膝を抱え、終わるまで待ってる次第。


「シンゲン、そこのペンチを取って貰えるか。ついでにノコギリと金槌も」


 料理で使うとは考え難い器具、いや工具の羅列。

 ジャッカルさん、アンタ何を作る気なの。


「あいよ。おーハガネ、悪いけどサーベル貸してくれや。包丁が折れちまった」


 折れたって。どうか欠けたの間違いであって欲しい。まともに使ってたら、そうそう折れるような代物じゃないもの。包丁。

 て言うかサーベルで間に合わせようとするな。熱湯の鍋に放り込んでる姿を時々見かけるため煮沸消毒済みなのは知ってるが、猛毒の魔物なんか斬った剣で捌いた食材とか気分的に嫌だわ。


「…………ん。もぐもぐ」


 ハガネも、あっさり渡すな。もっと自分の得物に愛着を持て。日頃から床に放り投げたり物干し竿の代わりにしたり、マジ扱い雑すぎ。一応は名剣なんだろ、少しくらい相応に扱ってあげなさい。鍛った奴が泣く。


 あと、お前、せめて料理しろ。明らかに食ってる気配しか窺えないんですけど。

 つーか、よく食えるな。米ばっかり。


「醤油とみりんと……ん? ハガネ、ここに置いてた茶漬けの素を知らないか?」

「…………今、全部食べた、わ」


 しっかり茶漬けで食ってたんかい。


 ああ、いっそ耳も塞ぐべきか。交わされる三人の会話や、その合間合間を縫って響く異様な物音が背中越しに突き刺さる度、蠢く不安は膨れ上がる一方だ。

 同じ炊事場に居た連中は、調理作業開始より五分と待たず、悲鳴だけ残し逃げ去った。俺も、欲を言えば今すぐダッシュで逃げたい。

 だがしかし、曲がりなりにも我が身のため手間をかけてくれている彼女らの厚意を無碍にするのも憚られる。ジレンマ。


 そんな葛藤の中、人知れず震えていると、肩に誰かの手。


 まさか。もう終わったのか。

 恐る恐る振り返る。そこには、表情薄く俺を見下ろすハガネの姿。


 空っぽの炊飯器を足元に置きながら、彼女は淡々と述べた。


「…………おかわり」


 嘘だろ先生。一升まるまる一人で食いやがったよコイツ。





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