脅迫






 ――そもそも、なんで俺の居場所が分かった?


「あれだけ騒ぎながら町を出て、気付かれないとでも思ったのか?」


 ですよねー。聞いといてなんだけど想像はついてた、うん。

 だから静かに出発して欲しかったってのに。


「勿論、その点を差し引いたところで、お前を探し当てるなど造作も無い話だが」


 げんなりする俺の右手を掴んだまま、袖だけ器用に捲り上げる『灰銀』。

 拳を強く握り締めなければ隠れてる筈の刻印が、暴れたせいか、くっきり浮かび上がっていた。


「暗殺ギルドの刻印に用いられるインクは旧時代の遺産だ。対となる装置に、投与された者の所在を伝える機能が備わってる」


 何それ聞いてない。

 要は右腕を切り落とさない限り、浮遊大陸のどこに逃げても無駄ってことじゃん。


 滲むように少しずつ薄まる、二重螺旋を描いた蛇。

 冷たい指先でそれをなぞると、おもむろに『灰銀』は鼻を鳴らした。


「そうは言っても手間を食ったことは事実。よくも逃げてくれたな」


 俺を見下ろす鉛色の双眸に、幾らか不機嫌な色味が差す。


「本来、離反者は即粛清が通例。介錯無しでの切腹か、喉笛にナイフを浅く突き立てたまま死ぬまで放置か、どちらが好みだ?」


 どっちも嫌に決まってんだろ馬鹿か。

 世にも恐ろしい末路の提示。なんとか抜け出そうと再び抵抗を強めるが、拘束は微塵も緩まない。

 手慣れたもんだ、的確に芯を押さえてやがる。いや感心してる場合か。


 気付くと『灰銀』は、いつの間にか得物を握っていた。

 彼女と出会ってしまった厄日の象徴とも呼ぶべき、全体が三日月状に反った、燐光纏う銀色のカランビットナイフ。ハンドルエンドに指が通せるサイズのリングを備えたことで独特な取り回しを可能とした、その小さな見た目からは俄かに想像し難い殺傷性を持った刃物。

 同時、クセの強さも折り紙付きな武器。即ち『灰銀』の格闘能力の高さを裏付ける代物。

 あと絶対、毒とか塗ってある。絶対。


 参った。この痺れた身体じゃあ勝機ゼロ。

 命の危機に少し慣れてきた自分が嫌だ。感覚鈍ってるだけかも分からんけど。


 ただ――ここで死ぬことには、多分、ならないだろう。


「……なんてな」


 果たして俺の読んだ通り、喉笛に突き付けたナイフを懐に収める『灰銀』。


 粛清のくだりを語る際、本来、と彼女は前置いた。

 つまり今回は違う。文脈を辿れば、そういう結論に行き着くワケだ。


 そも最初から殺す腹積もりなら、やり方が回りくど過ぎる。

 少なくとも当面は大丈夫の筈。きっと。


「お互い、ファーストキスを捧げ合った仲だ。このまま殺すのも寝覚めが悪い」


 お優しいね。涙出そう。

 その件については、可及的速やかに忘れ去りたい限りだが。


「選べ」


 おっと一択クイズの予感。


「逃げた罪の贖いに、全身の皮を剥がされ死ぬか。それとも一度だけ不問とする代わり、私の仕事を従順に手伝うか」


 選べ、と繰り返される。

 なんか、さっきの十倍くらい死因が恐ろしくなってるんですけど先生。





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