長の意地






「あの笛、まさか……!?」


 月光を跳ね返す銀色の輝きに、モーブ氏の双眸が見開かれる。


「依頼人。如何様な代物か御存知で?」

「魔物を操るだ! 壊れてはいたが以前に同じものを見た!」


 マジでか。


「ひひひひひっ、そのとーり! 俺ちゃんがコイツを吹けば、可愛いペットのワイバーンが飛んで来るって寸法よぉ!」


 ワイバーン。魔物の中でも巨獣や悪魔と同様、三大最強種の一角に数えられるドラゴンの下位種、亜竜に属する怪物。

 切り立った峡谷に巣を張り、群れは作らず、子供を育てる僅かな間のみ番で暮らす。その性格は極めて凶暴。高い飛行能力と炎を帯びた吐息による攻撃力を兼ね備え、大量の餌が必要な繁殖期には人里を襲うこともある。

 成熟した個体を駆除する際には、最低でも百人以上の討伐隊が編成される難敵。


 ――こないだ買ったお菓子のオマケのカードに、そう書いてあったな。


「なに!? キョウ、君ワイバーンのカード持ってるのか! 交換してくれ!」


 ――欲しけりゃあげるから、後にしろ。


「約束だぞ!」


 アレ集めてんのかコイツ。

 やたらイラストのバリエーションが多彩なゴブリンが三枚に一枚は出るせいで、巷じゃゴブリンコレクションとか呼ばれてるんだよな。

 何故か、逆に俺は見たことないけど。ゴブリンのカード。そこそこ買ってるのに。


 閑話休題それはともかく


「ぐっ……ノックスは魔物使いとの噂、聞いてはいたが……!」


 災害とすら称される最強種を除けば指折りに強力な魔物の名を聞き、いよいよ蒼白となるモーブ氏。

 空飛べる厄介さも込みなんだろうけど、百人がかりでやっと倒せる怪物って。

 いくらシンゲンでも、んなもん俺達を守りながら戦うのは流石にキツいんじゃ。

 ヤバみ。


「ひゃひゃひゃひゃっ! そうだ、俺ちゃんは無敵なんだよぉ! だーれも俺ちゃんにゃあ勝てやしねーんだ!」

「フン、力を得て増長した小物の典型例か。しかしこれで、あんなチンピラが西方連合でも広く知られる賊の頭になれたカラクリは分かった」


 形成逆転とばかり、水戸黄門の印籠さながらに笛を見せびらかすノックス。

 そしてジャッカルさんマジ辛辣。ああいうの、生理的に無理な系?


「てめーらに最後のチャンスをくれてやる! そこの馬車を置いて失せな! 俺ちゃんのワイバーンは一度暴れ始めたら何でもかんでもブッ壊しちまうまで止まんねーからよぉ、できりゃあ使いたくねーのさ!」


 なんと。歯噛みしてたら思わぬ活路が。

 確かに配下が半数以上やられ、ようやく笛に手をかけたあたり、良くも悪くも切り札っぽい。


「ふむ……あんな男に背を向けるのは業腹だが、避けられるリスクは避けるべきか。馬を夜通し走らせれば明け方にはサダルメリクに着く、そうなれば向こうも手は出せん。奴らとてシンゲンの埒外な力量を目の当たりとした今、一刻も早く逃げ去りたいのが本音だろうしな」


 相手はワイバーン。襲ってきた盗賊団も半壊状態だし、例え依頼失敗でもシンゲンとハガネの顔は潰れず済む筈。モーブ氏だって積み荷よりは命を取るだろう。

 いやはや『灰銀』の時といい、やっぱり俺って土壇場の悪運は中々持ってるわ。

 良かった良かった。


「……だ、黙れぇっ! 積み荷は渡さん、絶対に渡さん! 例え死んでも渡すものか!!」


 ごめん忘れてた、このオッサン案外ガッツあるんだった。

 やめてよちょっと。震えてんじゃん、歯の根が合わさってないじゃん。なんでそんなになってまで頑張るの?


「キサマ、どうせ他の商会に雇われたのだろう!? 今回の取り引きが失敗に終われば最早ディンギルは立て直し不可能、確実に潰れる! 祖父の代より続く顧客も他に流れる、それを握るのが目当てだ!」


 あー、やっぱりそういう感じの事情が。

 となると、モーブ氏にとっちゃ積み荷イコール命だよな。


「そんな謀に絡め取られてなるものか! ワシはだぞ! 下の者を養う義務がある! 店を潰し、従業員達とその家族を路頭に迷わせるワケには行かんのだッッ!!」


 …………。

 言うね。俺の十倍はガクブルなくせに。


「がははははっ! いい啖呵だ、気に入った! 悪いがジャッカル、オレ様この仕事をやり通すぞ! ドラゴンとの前哨戦に、ワイバーンとも戦ってみたいしな!」

「……了解。精々死なないよう隠れているさ」


 満場一致で続行決定。戦うのはシンゲンだけど。

 対し、思い通りに事が運ばなかったノックスは、癇癪を起こしたみたいな顔で俺達を睨んでいた。


「そーかい。あぁ、そーかよ……だったら死ね、死んじまえぇっ! もう積み荷なんぞ知ったことかぁッッ!!」


 激昂のまま、ノックスが笛を吹き鳴らす。

 甲高い、歌声にも似た不思議な音色が、反響しながら周囲へと響き渡った。





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