キョウの憂鬱






 ――はーっ。


 我ながらデカい溜息だこと。


 部屋のベランダで、地球とはスケールが違う星空を眺める。

 そんな気に入りの時間を過ごしていると言うのに、俺の気分は暗澹と沈むばかりだった。


 ――厄介な話になっちまったなぁ。


 ポケットに手を突っ込み、中の物を出す。

 さっきジャッカルに見せた商人ギルドのカード……いや、その言い方は正しくないか。

 何故なら。


のギルド証など見つめて、どうした?」


 ――ッ! な、ジャッカル!?


 いつの間にか俺の背後へと立っていたジャッカル。

 同室のシンゲンが下でまだ飲んでるため施錠こそしていなかったが、どうやって一切気取らせず侵入したのか。


 いや、それより今の台詞。なんで当たり前の如くバレてるんだ。

 少なくとも、ちょっと見比べた程度で真贋を見極められるようなもんじゃなかった筈。


「クハハハハッ! 君は分かりやすくて可愛いヤツだなぁ。曲がりなりにも役者だったオレを誤魔化したければ、もう少し演技の勉強をするべきだぞ?」


 ……成程。ボロを出したのは俺の方か。

 お前は態度で分かる、みたいなことは確かに昔から度々言われてきた。

 しかし、付き合いの浅いジャッカルにまで不審がられるとか。軽くショックだ。


「君がカードを此方へ渡す時、あからさまに表情が強張っていたのが気になってな。こっそり解析アプリにかけさせて貰った。人間や魔物相手はやたら時間を食うが、普通の動植物や物品の解析なら長くとも数分で終わるんだ」


 突き出されたスマホには、俺のギルド証を撮った画像。

 下の方に『偽造品』と、真っ赤な字で解析結果が記してあった。


「とは言え、だ。アプリによって得た四角四面な情報だけでは不十分ゆえ、直接聞きに訪ねた次第」


 ならノックくらいしろよ。心臓飛び出るかと思ったわ。


「ひとつ。何故、偽のギルド証など持っているのか。君が腕時計を売って大金を得た話はカルメンから聞いた。であれば、正規のルートで商人ギルドに入れた筈。わざわざリスクを負ってまで偽物を用意する必要が無い」


 つらつらと言葉を並べながら、ベランダの扉に鍵をかけるジャッカル。

 ここは三階。飛び降りると痛い目を見るのは、昼間に経験したばかり。

 要するに俺は退路を失った。別に逃げたりしないけど。


「もうひとつ。そもそも、どこでアレを手に入れた?」


 縁なし眼鏡の奥で爛々と輝く淡褐色の瞳。

 好奇心の化身となったジャッカルが、勢い良く俺の肩を掴む。

 痛い。


「商人ギルドのカードは偽造防止の細工が随所に凝らされている、とは先程も少し触れたか。が、君のアレは完璧だった。ああも精巧な代物、個人の手で作るなど不可能だ」


 論ずる余地も無い、組織による所業。

 そう結論付けた後、ジャッカルは静かな興奮と共に肩へ篭める握力を強めて行く。

 痛い痛い。


「面白い、実に面白い。陰謀の気配だ、何か厄介事に巻き込まれたな? 是非話してくれ、助けになろう!」


 事件に首突っ込みたいだけだろ、野次馬根性旺盛な厨二病め。

 第一こんなこと、おいそれ口を滑らせられるか。


「勿論他言はしない、約束する! もし違えたら、カルメンを君のメイドにしよう!」


 ナチュラルに他人を売るな。アンタもハガネも絶対似合わないから、人選は妥当だが。

 ああ、どうしたもんか。全部吐くまで解放しそうにないぞ、これ。


 ……いや。寧ろ、いっそ話してみた方がいいのかも知れないか。

 何せ悪知恵方面なら、俺達の中で一番知力の高いカルメン以上に利くっぽいし。思わぬ解決策が転がり出る可能性も捨てきれない。


 そんな幾許かの思案、逡巡。

 やがて決意を固めた俺は、ゆっくりと天井を仰いだ。


 ――了解、話すよ。話すから離してくれ。





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