02話.[モテモテだなあ]

 青木先輩や村岡先輩といるようになってから1週間が経過した。

 つまりそれは5月が近づいたことを意味するものの、友達作りの方は上手くいっていないというのが現状で。


「積極的に話しかけてるんだけどなあ」


 受け身でいてもなにも変わらないからと話しかけているがいい成果に繋がらない。

 なんにもされていないのに息苦しくなってきて教室を出て母作の弁当を食べていることになるぞこのままじゃ。

 新しい環境とかにすぐに馴染めないのは昔からのようだ。

 というか、自分の力で友達ってできたことがない気がする。

 相手の方が来てくれてそこから友達になるのが常だった。

 それでも小学校卒業まで、中学校卒業まで仲良くできたということは、……あんまり俺は嫌な奴ではないのかもしれない。


「た、保君っ、助けてっ!」

「えっ? うわあ!?」


 俺の正面に隠れるようにした青木先輩と、飛び蹴り攻撃を仕掛けようとしてきている村岡先輩が唐突に……。


「っとお、へへ、驚いたっ?」

「危ないですよ、飛び降りたら」

「数段だから大丈夫だよ、君って心配性だよね」


 青木先輩はこっちを盾にするようにして村岡先輩から距離を作っていた。

 頼られるのは嬉しいが、……正直に言って対村岡先輩の場合は怖いぞ……。


「どうしたんですか? 青木先輩が怯えているようですけど」

「ん? ああ、別になんてことはないよ、今度複数人で集まろうって言っただけ」

「え、それにしては……」

「その複数人の内、男の子なのは満だけだからね」


 モテモテだなあ、俺にできることはなんにもないな。

 というわけで青木先輩の両肩を掴んで村岡先輩に差し出しておいた。

 涙目でこちらを見る先輩には申し訳ないが、俺も自分を守らないといけないのでね。


「そうだ、後輩君も来る?」

「いえ、お呼びじゃないでしょうから」

「参加しても別にいいんだよ? カラオケに行くだけだし」

「空気を悪くするだけなので、その女の人達の目的は青木先輩ですからね」


 弁当箱を片付けてこの場を離脱。

 なにもせずに教室にいるのは嫌いじゃない。

 昼ご飯をひとりで食べているのを見られるのが嫌なだけでな。


「た、保……君」

「でも、なんにもできないですよ」

「うん、分かるよ、彩を前にしたらみんなあんな風になるからね」


 救いな点は暴力を振るってくることはないことか。

 たまによくいるだろ? なんか事ある毎にばんばんと背中を叩いてくる人。

 そういう人じゃなかっただけ良かったと思うしかない。


「青木先輩は怒ることができなさそうだから苦労しそうですね」

「彩はいい子なんだけどね、たまに手がつけられなくなるというか」

「でも、分かります、1対1だとすごい先輩っぽくなるんですよ」


 って、これってつまり青木先輩の前でだけおかしいってことだよな?

 気を引きたいけど空回りしているというか、ひとりになったときに後悔していそうだ。

 なんでもっと上手くできないんだろうって考えていそう、それでも独り占めできていることに喜びを抱いて的な感じで。


「多分、青木先輩ともっと仲良くしたいんですよ。ただ、真っ直ぐに仲良くするのはどこか気恥ずかしくてそういう風になっていると俺は考えています、青木先輩が向き合ってあげれば村岡先輩は普通に戻ってくれると思いますけどね」

「特に拒絶とかしていないけどね、彩といる時間は他の子といるよりも多いから十分だと思うんだけどね」


 いや、異性が相手で仲良くしたいということは=として付き合いたいということではないだろうか。

 つまりそれが叶うまでずっと動き続けるしかないわけで、ただ向き合っているだけじゃ村岡先輩側からすれば足りない……のかもしれない。

 でも、こればかりは先輩達が話し合うべきことだからこれ以上余計なことは言わないでおく。


「それより名字呼びじゃなくていいよ、満って呼んでくれれば」

「それなら満先輩って呼ばせてもらいますね」

「呼び捨てでよかったんだけど……」


 流石に呼び捨てにできるような仲ではないだろう。

 これは試されているのだ、そのまま言うことを聞いて呼び捨てにしたら聞いていた村岡先輩にボコボコにされて終わるだけ。


「そうだよ後輩君、満なんて呼び捨てにしておけばいいんだよ」


 って、本当に聞いていたのかよ! あくまで妄想していただけなのに……。

 なんかぺらぺら余計なことまで喋ってしまう癖をいい加減、直した方がいい気がする。

 今回も怒っているわけではないようだが、いつ誰かの地雷を踏み抜くか分からないから。


「ほらほら、呼んでみて?」

「み、満」

「うん、青木満です」


 仲良くしておきたいという考えは依然としてある。

 が、村岡先輩といると終わった後にどっと疲れることが常だから結構大変だ。

 言うことを聞いていれば怒られることはないとは思うが、もし先輩の思い描く通りに動けなかったときのことを考えると……。


「あ、ちなみに私は許可しないからね? だって全然仲良くないし」

「わ、分かっていますよ」


 先輩の友達でい続けた満が純粋にすごいと思った。

 俺ではできないことだ、少しだけでもその強さを得られればいいが。




「え、今日まなが来るって?」

「ええ、高校を見に行きたいそうなのよ、だから案内してあげてくれる?」

「それはいいけど」


 そうか、もう高校生になるのか。

 わざわざ他県から来るなんて面倒くさいことをするんだな。

 もうそろそろこっちに着くみたいだから駅に迎えに行ってやるか。


「愛ー」

「おっ、兄ちゃん見っけ!」


 なんだか懐かしいな、最後に会ったのは小学生6年か。

 んー、成長してないな、身長とかも全然変わってない。


「迎えに来てくれたのか?」

「そうだな、あんまり知らないだろ?」


 基本的に俺らが行く側だったからそれも無理はないが。

 下手に歩かれて迷子になられるよりは迎えに行ってしまった方がいいとそう思ったのだ。


「分かってるぞっ、それに私にはこれがあるっ」

「なっ!? 携帯買ってもらったのかよ、まだ4月なのに」

「へへへ、私のお母さんは優しいからなっ」


 俺の両親だって優しいわっ。

 ……無駄に張り合っていないでさっさと高校に連れて行こう。


「にしても偉いな、高校を見ておきたいなんて」

「兄ちゃんと一緒に通いたかったんだ」

「愛……」

「あ、そのときは兄ちゃんの家に住ませてもらうつもりだからよろしく!」

「ま、母さん達がいいならいいんじゃないか?」


 ちなみに、家で最強なのは母だ。

 父と同じぐらいばりばり働いているのと、家事なんかも全部やっているのもあってとにかく強かった。

 父もまた無駄に抵抗することもなく母の有能さを認めているため、夫婦仲というのはそれでもいいままだった。

 俺もなるべく手伝っているが、多分逆に負担をかけてしまっているだけなんだろうなあ。


「あー! 後輩君が小さい子を誘拐しようとしてるー!」

「ちょっ」


 通行人がいるんだからやめてくれよっ。

 はぁ、この前満を売ってしまったからバチが当たってしまったのだろうか?


「誘拐じゃないぞっ、兄ちゃんは高校に連れて行こうとしてくれてるんだ!」

「いやいや、きみみたいな小さい子が高校を見てどうするの?」

「中学3年生だ!」

「うそっ!? へ、へえ、栄養が足りなかったのかな……?」

「よ、余計なお世話だ!」


 あー、なんとなく想像できた。

 こういう言い合いを続けながらも仲良くなるパターンと、最初から最後まで相性が悪いままで終わるパターンと。

 ふたりの場合は前者かなあ、面倒見が良さそうな感じはするからな。


「はい、ここが高校だよーん」

「……なんで当たり前のように付いてきているんだ!」

「年上なら年下の子に優しくしたいでしょ」


 と言うより、途中からはふたりで歩いていたが。

 先輩の会った直後に煽るやつは健在だから引っ張られすぎたのかもしれない。

 愛のやつは普段こんなに人に大声を出したりしないんだ。


「それでどう?」

「んー、外から見ただけじゃよく分からないな」

「じゃ、入ってみる?」

「いや、それは駄目だと思う」


 特にどこかに行くというわけではないから家に向かって歩き始める。

 で、さっきから持っているこの愛のバッグの中にはなにが入っているんだ?

 泊まるわけじゃないというのにやけに重いが。


「そういえば村岡先輩はどうして外にいたんですか?」

「暇つぶしかな、家にいてもお母さんにちくちく言葉で刺されるだけだから」

「不仲……なんですか?」

「ううん、仲はいいんだけどゆっくりしていると遊びに行ってこいってうるさいんだよ」


 どこの親も同じなようだ。

 遊びに行けと言われるか、勉強しろと言われるか、手伝えと言われるかって感じで。

 俺の母も休みのときは遊びに行ってこいってよく言ってくるから気持ちは分かる。

 ……誰でも付き合ってくれる相手がいるわけではないということを知ってほしいものだな。


「兄ちゃん、この人とはどういう関係なんだ?」

「友達の友達、みたいな感じだな」


 友達だと断言できるような仲じゃない。

 変なことを言うとまず間違いなく刺されるから気をつけなければ。


「なるほど、だって兄ちゃんが1番苦手とするタイプだもんな」

「あー、ま、よく分かっていなくて困惑することは多いな」


 分かっていても言うのはやめてくれ。

 これは絶対にふたりきりとかになったときにやってくるから。


「着いたっ、久しぶりだっ」

「そうだな。あ、村岡先輩も上がっていきますか?」

「ほう、私はてっきりもう忘れられているのかと思ったけど」

「そんなことありませんよ、上がっていくということなら飲み物ぐらいは用意できますけど」

「それなら上がらせてもらおうかな、愛ちゃんと仲良くしたいし」


 そうか、忘れそうになるけど愛が入ったときに3年生か。

 それなのによく満と関係が続いたな、1年違うだけで途端に遊べなくなったりして疎遠になりそうなのに。

 実際にそういうことはあった、部活があるからとか言い訳をして全く会っていなかった俺が悪いだけなのかもしれないが。


「どうぞ、愛もほら」

「ありがとなっ」「ありがとー」


 いますぐにでも満を呼びたい。

 この人をコントロールできるのはあの人だけだ。

 あとは単純に俺といるよりも満といた方がいい結果に繋がりやすいから。


「私はちょっと寝てくる、眠い……」

「おう」


 緊張しやすいのは愛も同じこと。

 ひとりで電車に乗る機会なんてほとんどないから物理及び精神的に疲れたのだろう。


「逆に愛ちゃんとどういう関係なの?」

「従妹なんです、母のお姉さんの子どもで」

「ほー、それじゃあ仲良くてもおかしくないね」


 仲悪くはないから先輩の言う通りかもしれない。

 とはいえ、3年も会っていなかったから少し不安だった。

 でも、結果は全く変わっていないという感じで、正直に言ってほっとした形になる。

 なんかギャルとかになっていたら腰を抜かしていただろうな、絶対にそんなことはないとは言えないから。


「私は親戚に若い子がいないから羨ましいなあ~」

「そう……なんですかね?」

「そうだよっ、だって若い子がいないと息苦しいでしょ?」


 確かにそうか。

 これまた偏見だが40歳以上の人ばかりのところに突っ込むのは気まずい。

 わがままを言うわけにもいかないし、離脱するわけにもいかないと考えると、愛がいてくれて良かったとしか言いようがない。


「そもそも会ったところでお金を貰えるわけじゃないから私は行きたくないんだけどね」

「でも、両親はしつこく誘ってくるものですからね」

「そうそう! 行かないとこれからご飯作らないとか大人げないことを言っちゃってさ、まだ◯◯を買ってあげるからとか言ってくれた方がいいと思うんだよね、強制されて付いていったって雰囲気ににじみ出るだけだからさ」


 なんらかのメリットがないと中々難しいな。

 しかも1度行かないと口にした以上、簡単には行くなんて口にすることができなくなる。

 が、結局強制力に負けて行きの車内の雰囲気が最悪とかそういうことに繋がりかねない。

 最悪なことに大体は泊まりになるからな、息苦しい空間だったらなるべくそうじゃないところを目指して動くはずだ。


「はぁ、思い出して嫌な気持ちになったよ」

「それで怒られても納得がいきませんよね、だから行かないって言ったのにって思いますよね」

「本当だよ、GWも集まるとか言っててさ……なにが楽しいのか分からないよ」


 そういうときに携帯とかゲーム機を弄っていても文句を言われるから大変だった。

 別に集まりたがった大人同士だけで盛り上がっていてくれればそれでいい。

 なんか余計な説教とかこれこれこうした方がいいとか変なアドバイスとかはいらない。

 俺らがほしいのは自由だ、付いて行くことはしてやるから放っておいてくれと考えたときは何度かあった。


「気を紛らせたいから後輩君のなにかをちょうだい」

「え、そう言われても……」

「君の部屋に行こうよ」

「いいですけど」


 特にこれといってあげられる物とかないぞ。

 部屋に入った先輩は「意外と綺麗だね」とか「結構広くていいなあ」などと呟きながら色々と自由に見ていた。


「お、懐かしいねこの集合写真」

「そうですね、先輩達と撮った写真ですね」

「満もいられたら良かったのにね」


 本当だよ、いてくれればまず間違いなくもっと仲良くなろうとしていた。

 野球だってもっと楽しくできたはずだ、いなかった現実も楽しかったけども。


「いい笑顔だね」

「みんな楽しそうですよね」

「じゃない! なにか貰わないと!」


 こちらはベッドに腰掛けて見ていることにした。

 満から貰った方がいいのでは? と考えつつも口には出さず。


「これだっ」


 先輩が選んだのは俺の椅子、……椅子?


「いや、持っていけませんよね?」

「ん? あ、このかけてあるパーカーの方ね」

「え、それお気に入りなんですよね」

「じゃ、なおさらこれー!」


 ジャイ◯ンか? たまに滅茶苦茶いい奴になるけど。

 いや待てそうじゃない、お気に入りということは何度も着用しているわけで。

 そりゃもちろん洗ってもらってはいるが、……なんだか気恥ずかしいぞ。


「あ、これとかどうですか? 家で毎日使っているので――」

「いいよこれで」

「ほ、ほらっ、この前シャーペンをくれたじゃないですかっ、交換ということで――」

「これでいいって、じゃあね!」


 あ゛ぁ゛……どうしてだ、何故満の友達がこんな一方的な感じなのか。

 このことを送ってみたら『ごめん』とだけ返ってきた。


「違う……満先輩が悪いわけじゃないぞぉ……」


 先輩とふたりきりになることだけは頑張って避けようと決めたのだった。




「やっほー」

「お、後輩君じゃーん」

「いまから帰るところ? 私も一緒に帰るー」


 ……避けようとしても今朝からずっとこんな感じだった。

 寧ろ逆に会う確率が高くなっている気がするぐらいだった。


「ちょいちょい、なんで露骨に嫌そうな顔をしてるの」

「あ、課題が出たので」

「そんなのすぐ終わるでしょ」


 先輩の機嫌を損なわないようにしなければならないという課題が出たんだよぉ!

 頼むから満よ来てくれ、ちゃんと呼ぶときは呼び捨てじゃなくて満先輩って呼ぶから!


「保君っ」

「満先輩っ」


 俺はいま、中学時代と同じぐらい満に感謝をしている。

 そうそう、こうやっていつも来てくれるのが満なんだよな。


「はい駄目ー」

「ぐぇ……」


 でも、もうひとりの先輩が許してはくれなかった。

 先程よりも明らかに距離ができてしまっている。


「彩、保君に意地悪したら駄目だよ」

「意地悪じゃないよ、後輩君に興味を持ったの」

「それにしたって引っ張るのはやめてあげなって、顔が青ざめているから」


 やはり俺の想像は間違っていなかった。

 満がいるときと俺とふたりだけのときじゃ対応が違う。

 普段は傍若無人みたいな感じのくせに可愛いところがあるな。


「飴をどうぞ、満先輩も」

「ありがとう」

「ありがたいけどなんで急に?」

「とりあえず落ち着いてほしくて」


 甘い物はいつ食べてもいいものだ。

 あとはそういうパワーを利用して少し素直になってくれればもっといい。


「今度、商業施設にでも行きませんか?」

「僕はいいよ」

「私もいいけど」

「そのときは朝から行って過ごしましょう、昼食も飲食店で取って」

「「分かった」」


 へへへ、そのときは俺にできる範囲でサポートしてやるぜ。

 満はともかくとして、村岡先輩が照れているところを見てみたい。

 照れさせることができるのは満だ、そっちにも話をしておかないとな。


「でもさ、なんか怪しいなあ」

「なにが?」

「だって後輩君がいきなり誘ってきたんだよ? なんかおかしく感じない?」

「そうかな? 僕は保君から休日に遊ぼうって誘われたことあるよ?」


 仲良くしておいた方がいいと考えていたからしょうがない。

 まあ、よく誘ったなとは当時の俺も思ったが。

 携帯とかもなかったから家に直接電話をするとき緊張したことをよく覚えている。


「いや、この感じはなにか企んでいますね」

「と言っているけど、どう?」

「企んでなんかないですよ、おふたりと仲良くなりたいというだけで」

「ふーん、へー」

「ち、近いですよ、村岡先輩はもっと気をつけてください」


 企んでなんかいないから安心してほしい。

 本当にさり気なくふたりの距離を縮めようとしているだけだ。

 もし何度かやって上手くいきそうにないなら諦めて楽しむことに専念をするつもりでいる。


「じゃ、当日は3人で手を繋いで歩こっか、もちろん真ん中は後輩君ね」

「待ってください、どうせなら満先輩と手を繋げばいいじゃないですか」

「なにがどうせならなの?」

「あ……いやほら、幼馴染だって教えてくれたじゃないですか」

「幼馴染だからなんなの?」


 うっ……手強い、いまからこんなのじゃ当日に上手くいかないぞ。

 どうすればいい、別に満と手を繋ぐのが嫌とかじゃなくてこれじゃ意味がないんだ。


「彩には悪いけど無理だよそんなこと、3人で並んで歩いたら迷惑をかけちゃうからね」

「正論だね」

「うん、だから3人で行ければそれでいいよ」


 ナイス、あなたはいつもそうやって助けてくれるんだ。

 感謝しかなかった、だから当日はなるべく迷惑をかけないように頑張ろうと決めたのだった。

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