29作品目

Rinora

01話.[確かにあります]

「ふぁぁ……」


 眠い、恐らく柄にもなく緊張していたんだと思う。

 だからもう解散となったのにこれから世話になる教室に残り、これから世話になる席に座ったままだった。


たもつ、帰らないの?」

「お、母ちゃんか、帰るか」


 これだったらまだ家で寝た方が休めるか。

 いや、にしても俺が入学式ぐらいで緊張するとはね。

 まだまだ若い感じがしていいか?

 あんまりどっしりしすぎていても老けてるとか言われそうだし。


「家に1度帰ったらお買い物に行ってくるわ」

「それなら俺も行くよ、たまには手伝わないとな」

「いいわよ、あなた全然寝られてないのでしょう?」

「え、やっぱり分かるのか? 流石母親だな」

「何年見てきていると思っているのよ、こういうことで緊張するタイプだって私はよく分かっているわ」


 でも、手伝った後でも十分寝られるから行くと言っておく。

 それどころか母のためにというか誰かのために動いた後であればもっと気持ち良く寝られると思うんだ。

 幸い、母は「じゃあ」と折れてくれた、ここで無駄に拒む方が無駄だと判断したのだろう。


「どう? 楽しくやっていけそう?」

「まだよく分からないけど、不登校になったりはしないから安心してくれ」

「これまでずっと休んだことはないものね」

「おう、高校も3年間皆勤を目指すつもりだから」


 ただ、ひとつだけ分かったことはある。

 女子がクラスに少なくて年齢=彼女がいたことがない歴を今年も更新することになるんだろうなということがな。


「保、とにかく女の子でも男の子でもいいから人を好きになりなさい」

「え、普通に好きだけど、支えてくれる母さんとか父さんを」

「それはありがたいけれど、私が言いたいのは年下の子でも同級生の子でも年上の子でもいいから誰かを好きになりなさいということよ」

「なるほど」


 野球部に所属していたが、そのときの同級生や先輩は好きだった。

 笑いかけてくれて、一緒にやって楽しくて、勝てなかったときは同じように悔しさを全面に出して。

 いいチームだったと思う、年下が入ってからはメインがそっちになってあんまり好きになれなかったけども。

 で、そのときの仲間はほとんど他校に進学してしまったから少し寂しかった。


「母さんはいつ父さんと出会ったんだ?」

「高校3年生の1月ね」

「え、それじゃあもう終わりって頃じゃ……」

「同じ大学を志望する仲間だったのよ」


 それだと余裕を全然持てなさそうだからせめて2年にはなにかあってほしいものだ。

 周りが異性と仲良くしているところを見てから自分の周りを見ると誰もいなくて寂しくなる。

 母が着替えるのを待っている間、適当に空を見上げていた。

 別に俺中心で回っているわけじゃないから関係はないが、綺麗な青空が広がっていて見ていて気持ちがいい。

 ただ、青空っていえば最後の夏の大会を思い出してなんとも言えない気分になった。

 最終年は経験者である年下がメインだったから、俺なんかずっとベンチだったからな。

 もちろん同級生からも上手な人間が選ばれて一緒に頑張っていた、のを見ることだけしかできなかった。

 最後に同情かなんかで出してくれたけど結果は三振という感じで、はは、逆に俺らしくていいかもなという感じで。


「ごめんなさい、待たせてしまったわね」

「気にしなくていい、行こう」


 うんまあ、考えるんじゃなかったな。

 中々どうして複雑さというのは消えてくれない。

 終えてからあのときこうしておけばよかったんじゃないかって後悔するもので。


「今日はなににするんだ?」

「今日はお店に行きましょう、明日からの食材を買うつもりでいるわ」

「いいよ、母ちゃんが作ってくれるご飯で十分嬉しいから」


 誰かが作ってくれるのは幸せだって父がよく言っている。

 仕事で帰れないときがたまにあるからそういうときに顕著に感じるらしい。

 そういうことがなくたって本当にありがたいなとしか思えないことだった。


「保……これでもう少しぐらい積極的にお友達を作ってくれればいいのだけれど……」

「心配しなくても作るよ、ひとり寂しく学校生活を過ごしたくないからな」


 それよりいまは買い物だ。

 食材選びのセンスなどはないが、荷物を持つことぐらいは俺にもできる。


「あれ、もしかして保君?」

「ん? あっ、青木先輩じゃないですかっ」


 俺らが入部したときに部長だった人。

 もっとも、5月いっぱいまでしか一緒にできなかったから関わった時間は短い。

 でも、すっごく丁寧に教えてくれてこの人となら楽しくやれると思ったぐらいには魅力的な人だった。

 だからこそ6月に家庭の事情で転校してしまったことは寂しかったぐらいで。


「あの、どうしてこっちに?」

「またこっちに戻れるって言われたからあの高校を選んだんだ。朝は大変だったよ、移動するのにも一苦労でね」

「そうだったんですか」


 ということは、先輩にその気があれば1年間は一緒に過ごせるということか。

 まあ、野球部という繋がりがもうないし、7月になれば就職活動か大学志望かを決めなければならないし、ないか。


みつる? あ、君は3年間ずっと下手くそだった君だ」

「保君のこと知っているの?」

「うん、満が転校した後も試合は毎試合見ていたから」


 それより隣の母はと確認したらいなかった。

 空気を読んでくれたのだろうか、別にそういうのはいらないけど。


「デートの邪魔をしても悪いのでこれで失礼します」

「あ、いまって携帯は持ってるかな?」

「はい、ありますけど……」


 デートについては否定しないのか。

 いいなあ、いきなり口撃してきた人だけど普通に可愛いしな。


「じゃあ連絡先を交換しようよ、また会いたいからさ」

「分かりました」


 交換を済ませて母を探す。

 結構すぐに見つけることができて少しほっとした。


「もういいの?」

「ああ、というか行かないでくれよ」

「邪魔をしてはいけないと思ったのよ」


 にしても青木先輩と会えるとは思わなかった。

 しかも同じ高校だったなんて気づかなかったからな。

 下手をすれば卒業時に知ることになったかもしれないぐらいで。


「あんまり買わないんだな」

「ええ、そんなに短期間で消費できるというわけではないから何度も行くようにしているのよ」

「面倒くさくないか?」

「お仕事の帰りに寄ることにはなるけれど、あまり気にならないわ」


 凄え、俺だったらまとめ買いして頻度を減らしそう。

 賞味期限が切れていても変な臭いがしなければ大丈夫大丈夫とか言って調理して食べてそう。

 そのときはまず間違いなくひとりだからなにかがあっても自己責任の考えでなんとかなると。

 ……そういう点からも彼女ができてくれるとありがたいんだけどなあ。


「持つ」

「ありがとう」


 彼女さんにだけは出会いませんようにっ。

 下手くそだったのはその通りだが、何度もちくりと言葉で刺されるのは嫌だからな。




「あ、下手くそ君見っけっ」


 家から持ってきたラノベを読んでいたら良くない先輩の方に見つかってしまった。

 当然のように入ってきて教室内がざわついてもスルー。

 それどころか先輩はこっちの頭の上に手を置いて笑ったぐらいだ。


「あの、下手くそ君はやめてくれませんか?」

「おぉ、それなら後輩君と呼ぼうっ」

「あ、俺は相馬保と言います」


 一応、自己紹介は大切だからと判断して言ってみた。

 この様子だとまた来る可能性は高そうだから悪くはないだろう。

 そもそも青木先輩と関わるのであればこの人とも関わることになるから。

 彼女さんが彼氏のことを気にしないわけがない、単独行動をしていたら追ってきそうだ。


「教えてくれてありがとう。私は村岡あやと言います、ちなみに2年生だよーん」

「え、3年生じゃないんですか? 青木先輩の彼女さんなのに」

「か、彼女っ? あははっ、ただの幼馴染だよっ」


 青木先輩にないとは限らないからそうですかとだけ答えて先輩を見る。

 口撃してくる以外は気さくな人って感じでモテそうだ。

 好きになったら大変そうだということはすぐに分かったが。


「なるほど、君は1年3組ね」

「はい、そういうことになりますね」

「カモーン、満が探しているから」

「あ、分かりました」


 意外とすぐに会うことになったな。

 できれば仲良くしておきたい、そうすれば同級生と上手くいかなくてもなんとかなる。

 7月まではそこまで急がなくてもいいわけだし、相手をしてくれる可能性は高そうだ。


「あ、保君を連れてきてくれてありがとう、そこそこクラスが多いから大変だったんだよ」

「あの、メールアドレスやIDを交換したんですからメッセージでも送ってきてくれれば……」

「あっ、はは……そういえばそんな最強の手段があったね」


 こういうところは中学時代から変わらないなあ。

 ちょっと抜けているところがあったから少し心配になることもあった。

 ま、もちろんそんなことは言えないんだけどさ。


「ご、ごほんっ、とりあえずまた会えて良かった」

「俺も青木先輩と会えて良かったです、中学時代は本当にお世話になりましたから」

「1ヶ月間だけだけどね」

「いえ、青木先輩がいてくれたからその後も楽しくできました」


 奇跡的に先輩以外の先輩も凄え優しかったんだ。

 だから俺らは恵まれてた、2年生の先輩も同じで毎日が楽しかった。

 残念ながら大会で勝ち進めるようなチームではなかったものの、ああいうのもひとつの形だと思う。

 とにかく協力して勝とうと頑張れたことがいい経験となったのは言うまでもなく。


「ちょっと待って、ふたりだけで盛り上がらないでくれない?」

「と言っても、彩は保君とはほぼ初対面でしょ?」

「試合見てたし、転校した満とは違って」

「でも、話していたわけじゃないんだよね?」

「そうだけど?」


 そういえば毎試合来てくれている若い女の人がいた気が。

 正直、試合中は応援してくれている人を見ている余裕とかなかったからうろ覚えだけど。


「大体君もさ、応援に来てくれてありがとうございますぐらい当時に言おうよ」

「みんなで言っていましたけどね、応援ありがとうございましたって」

「いやいや、個別には言ってなかったでしょ」


 そりゃ……でも、そうなのか? 言うべきだったのか?

 わざわざ寒いときとか暑いときとか雨のときとかにも来てくれていたんだからそうするべきだったのかと考えさせられる発言だった。


「うざ絡みしない」

「あたっ、満は女の子を叩かないっ」

「いつもはしてないよ、ごめんね、彩が面倒くさくて」

「いえ、実際に応援に来てくれていたのならお礼を言うべきでしたから、なんかみんなで集合して言えば十分だって考えてしまっていました」


 感謝の気持ちはいつだって忘れないようにしているつもりだがもっと意識しておかないと駄目なのかもしれない。

 こうやって直接指摘をしてくれる人は重要かもな、どちらかと言えばあまり得意な感じではないけど。


「ふむ」

「……あの、近いんですけど」

「ふーん、君ってそういう感じなんだ」


 そういう感じと言われても困ってしまうが?

 ……少しは青木先輩の柔らかい感じを見習っておくれよ。

 普通は女子である先輩の方が柔らかくて、男子である青木先輩の方が厳しそうな感じだろ?

 いやまあ偏見であることは確かだけどな、男子=態度が悪い的なものがあるのは確かか。


「へへ、これからよろしくっ」

「あ、はい、よろしくお願いします」


 いまは笑みを浮かべてくれているものの、なにかひとつでも気に入らないことをしたら途端に豹変しそうな危うさがある。

 気をつけなければならない、別にまだなにかをされたわけではないけど面倒くさいことになるのはごめんだ。

 せっかく高校生になったんだから平和に過ごしたい。

 部活をやるつもりはないから大人しくしていれば問題も起きずにいられるはずで。


「ごめん、今度は彩を連れてこないようにするから」

「いや、いいですよ、恐らく青木先輩といたいんだと思います、それで青木先輩に近づく人間をチェックしているんでしょうね」


 変な人間に利用されそうになっていたら俺だって止めるしな。

 ま、お前がそうだろと言われてしまえばそこまでなんだけど。

 だって同級生と上手くいかなかったときのために保険をかけているみたいなものだし、利用しているのと変わらない。


「そうかなあ? ただ興味本位で近づいては悪く言っているだけだと思うけど」

「そんなこと言わないであげてください」

「そう、だね、保君の言う通りか」


 予鈴が鳴ったから挨拶をして教室に戻った。

 面倒くさいことにならなければそれでいい。

 部活強制というわけでもないし、ゆっくり高校生活を楽しめばいい。

 苦手な人だけど村岡先輩の方とも仲良くしておいた方がいいな。

 そうすれば協力もしやすくなる。

 青木先輩が困っていたら動けるからいいだろう。




「後輩君っ、ちょっと付いてきたまえっ」

「分かりました」


 荷物をまとめて一緒に持っていく。

 どれぐらい時間がかかるかは分からないし、仮にすぐ終わる場合は取りに行くのが面倒くさいからこれがいい。


「ここだ、ここを掘ってくれたまえ」

「分かりました」


 丁寧に小さなスコップまで用意されていて笑いそうになったのを我慢。

 なにかが埋められている可能性があるからゆっくり掘っていたら先輩が前にしゃがんだ。


「試合を見ていたときから分かっていたことだけど、君は失敗しないようにって考えて動作が遅くなるときがあるね」

「確かにありますね」


 それで何回も送球が遅れてセーフになったことがあった。

 もちろん監督には怒られたし、そのせいで何回もピンチを招いた。

 表面上だけは仲間は怒らないでくれたけど、まず間違いなくクソっと思っていただろうなって当時は考えてたな。


「でも、優しい感じがする」

「スポーツ中なら良くないですけど」

「いまは違うよ、それに私は早くしろ、なんて言ってないでしょ?」

「そうですね」


 で、埋められていたのはチャック付きポリ袋、その中には綺麗なペン、もしくはシャーペンが入れられていた。


「いきなり馬鹿にしちゃったからそのお詫びにプレゼント」

「ありがとうございます、大事に使わせてもらいますね」

「わざわざ埋めるなとか言わないの?」

「直接感謝の言葉や謝罪の言葉を伝えづらいというときは自分にもありますからね」


 本当になんでかって聞きたくなるぐらい喉から出てくれないときがある。

 ただありがとう、ごめんなさいって言えばいいのに、あ、ありが、とか、ご、ごめ、とかそんな感じで終わってしまう。

 そうしたらもう本格的に感謝を伝えるタイミングや謝るタイミングを見失ってできなくなるというかね、中々に難しいんだ。


「もしかして、私が恥ずかしいからわざとこれを遠回しにやったと思っているの?」

「そもそも村岡先輩の言っていたことは間違っていません、その後もそうです、だから本来であればこんなことは必要ないんですよ。でも、なにかを他人にあげるって少し気恥ずかしくなるときもあるじゃないですか、ありがとうと言われてもお、おうってなってしまうというか。だからこういう手段を使ったのかなっと勝手に考えてしまいました」


 相手がほとんど関わったことのない人間であれば尚更のこと。

 下手をすれば冷たい反応をされる可能性もある、いらねえとか言われることもある。

 そういうことを考えれば考える程不安になるのが人間で、直接渡すのを避けたくなる気持ちは分かってしまったのだ。


「俺の勝手な妄想です、怒らないでくださいね」

「別に怒ったりはしないけどさあ……」

「あ、そういえば青木先輩とはいつでも一緒というわけではないんですね」

「うん、私達は歳も違うしね」


 他にも友達がいるからだと先輩は教えてくれた。

 ちなみにその後は「私もたくさんいるけどねー」とも。

 そりゃそうだろう、いまこうして俺と関わってくれているからってひとりぼっちだとは考えていないぞ。


「ID交換しよっか」

「村岡先輩がいいなら俺はいいですよ」

「だからそう言ってるでしょ、携帯貸して」

「はい、お願いします」


 チェックされても異性の連絡先なんてないから無問題。

 って、別にそのために携帯を貸してもらったわけではないだろうけど。


「ん? この映子さんって?」

「あ、それは俺の母です」

「ということは異性と交換できるの初めてなんだ?」

「そういうことになりますね、昔からモテないんですよ」

「へえ」


 よっしゃ、どういう理由でかは分からないけど異性の連絡先ゲット。

 なんにも発生しなくても家族以外の異性の連絡先を知っているというだけでいいんだ。


「これからは縁があるといいね」

「そうですね、そう願っています」


 もっとも、そんな日がきたら大雨が降るから他人に迷惑をかけることになるんだけども。

 って、そんな俺中心に回っていないけどな。

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