1-31

 3月

 ついに、怖れてた時がきた。


「桂吾、私、来週でバイト辞めるから」


バーのカウンターで飲みながら彼女は言った。

「そっか」

俺は、タバコの煙を吐きながらそう言った。

彼女の顔を見ることもできなかった。


彼女がバイトを辞める。

それはわかってたこと。

でも、バイトを辞めたって、俺らの関係は続けられんじゃねーのか?

ただのカラダの関係だとしても、お互いに求め合う関係になってんじゃねーのか?

彼女がそう思ってくれてることを期待していた。


おまえにとって俺は、ただそこにいた人。

寂しかった時に、たまたま目が合っただけの人。

最初は、確かにそうだったかもしれない。

でも、1年半近く一緒にいても、ただそこにいる人のままかよ?

おまえにとっての俺は、代わりなんていくらでもいる存在かよ?

そうではないと言って欲しい…… 

俺とは離れられないって、言って欲しい……

それを、彼女に問うこともできなかった。


「来週の土曜日までだからね」

「そっか」


あとは、言葉が出なかった。

言いたいことはいっぱいあった。

けど、口から出すことはできなかった。


ゲームオーバー

俺は、彼女を本気にさせられなかった……

俺が、彼女に本気になった……

俺の負けだ……


1週間何もできず、ただただいつも通りにバイトに行った。

これが、永遠に続くんじゃないか?ってくらい、いつも通りに彼女もバイトしていた。


明日が、最後の日。

どうにか、未来に繋がる言葉はないか……考えていた。

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