第一章 本編
第一章一話 購買に連れて行ってやりたいような可愛い児
私、
「ミニマムな身長、撫でられて照れている様子、サラサラな髪。こんな可愛いの頭撫でろって言ってるようなものじゃん」
一言も言ってないし、言うつもりもないのだが。
比喩とわかってても内心で突っ込んでしまう。
「間違いない。私達が撫でてるんじゃなく、撫でさせてきてる」
いや撫でさせてないが。比喩ですらないが。
頭上で行われるこの会話と行為が私を悩ませる命題だ。
確かに、私は高校二年としては身長が低い方だ。彼女たちから見れば丁度撫でやすい位置に頭があるのかもしれない。だからといって、常日頃から「かわいい」と連呼されながら撫でられるのは非常にむず痒いものである。いや、もはやむず痒いを超えて恥ずかしい。私自身の自己評価は可愛げが無いやつであるにも関わらず可愛いといわれ続けたら信じてしまいたくなるし、一瞬でも信じてしまいそうになる自分が恥ずかしい。
「ちがちゃんって今身長何センチ?」
頭上の世界から、下に向かって疑問が投げられる。この身長差という位置エネルギーの暴力によって投げられた疑問は容赦なく私に突き刺ささった。正直、答えたくはない。答えたら撫でられる速度が上昇することは
「136センチだよー」
「んにゃ!?」
おもわず変な声が出た。恥ずかしさで私の体はさらに火照り、本当に臍で茶を沸かせられそうなくらいだった。
「ちっちゃ!小学四年生…いや、五年生ぐらい?なんにせよ可愛いサイズだわ」
「今の声何!?可愛い!」
「さらに照れてぷるぷるしてる、なにこれチワワ?無形文化遺産?人間国宝?チワワだから犬国宝?」
「何この可愛いの塊。お持ち帰りしたい」
やはりこうなった。摩擦熱が増えた。
私の代わりに答えた声の主はもう分かっていた。窓際の席に座っている彼女の方を見ると、こちらに気付いたように舌を出した。
『後で購買で何か奢ってもらうぞ、
口パクでそう一言伝え、恥ずかしさと火照りで失神しないことに全神経を注いだ。
「ホントに悪気はなかったんだよ…ごめんね」
クラスに私の身長を公開してくれた文は、申し訳なさそうに呟いた。
「いいよ別に。そもそも、何も言わずに私の意図を読み取れっていう方が無理難題だから」
「実は、言った後に気が付いたんだけどね…」
だろうとは思ってた。舌出してたし。
「それにしても、本当に購買で何か買わせるとなると私の方が悪く思えてくる」
実際そうだろう。何も言わずに意図を読み取れ、読み取れなければ奢れ。鬼畜の極みでしかない。幼稚園からの付き合いであるにしてもやりすぎたと思う。
「いいのいいの。私も日頃から勉強でお世話になっるし、そのお礼って意味でも」
彼女のこういった優しさに日頃から救われてるしおあいこである気はするが、
「じゃあ、お言葉に甘えさせてそうさせてもらうよ」
「うむ、苦しゅうない」
軽く胸を張りながら答えた文に、ちょび髭を付けたら絶対かわいいと思ったのは心に留めておいた。
*
購買まで喋りながら歩いていて、改めて学校の敷地の広さを実感する。
県内有数の進学校にして私立の女子高。県外からの受験者も多いうちの学校は、はたから見ればお嬢様学校なのかもしれない。私自身、入学前は多少なりともそういうイメージを持っていた。
蓋を開けてみれば、強烈な臭いが鼻に飛び込んできた。比喩的な意味でも、現実的な意味でも。校則が緩い本校では、教室でお菓子が開けられるのは当然のことである。そのお菓子の香りが学校中にこびりついていて、色々な臭いが充満している。下手したら県内一臭い。
そして、オタクが多い。成績の良い、というより頭の良い人間ばかりが集まるので、その分流行りに乗らず我が道を行く人間が多いのだ。その結果、自分の趣味に没頭するオタクが集まるというシステムになってしまっている。逆に言えば、他人の趣味をとやかく言うタイプの人は中々いない。その環境もまた、何かしらの分野に精通した人間が増えていく要因なのだろう。
今向かっている購買に売っているものをほとんど把握している購買オタクというものもいる。それが
「奢るものは私のおススメでいいの?」
「うん。文に聞けば間違いはないし」
「りょうかーい」
軽い返事と購買に付くのはほぼ同時だった。
購買はいつ見ても品揃えが凄い。パンから百円で買えるお菓子、カップ麺まで。アイスボックスもあり、中には多種多様なアイスが並べられている。勿論ドリンクも完備。学校には自動販売機もあるが、そこにはないラインナップが取り揃えられている。売っているものは飲食物だけにとどまらず、シャー芯やノートなどの学業で使うものも取り扱っている。もはや購買の域を超えて、近所の駄菓子屋のような感覚でここに来る生徒が多い。
文はそんな豊富な商品棚には目もくれず、真っすぐとレジのおばちゃんの所へ向かっていった。
「おばちゃん、きなこ棒二本!」
「はいよ、ちょっと待ってね」
おばちゃんが座っていた椅子がキィっと音を立てて後ろに回転した。腰を曲げ、足元の棚から紙でできた容器を取り出す。こういった商品ラインナップも、駄菓子屋らしさを感じる一つの理由だろう。
「はい、きなこ棒。二〇円ね」
「ありがとうございます」
文は財布から五円玉を四枚取り出し、おばちゃんに渡した。一瞬、十円玉が無いのか思ったが、その財布の中にはしっかりと銅の高価が二枚以上入っていた。
「最近、五円玉が不足気味かなと思って」
「あら、気付いてたの。ありがとうね」
購買オタク、レジの中まで把握していた。それをさらっと受け流すおばちゃんの態度からして、今までも何度かあったことなのだろう。ここまでくると、もうオタクというか購買で働いててもおかしくはないだろう。
「じゃ、教室に戻りがてら食べよ」
二本買ってしっかり自分の分を確保していた文は、ポニテを揺らしながら嬉しそうにきなこ棒を口に運んだ。
「…一本十円。ケチったな?」
「今月はお金が無いんでこれで…。それに、こういうお菓子の方が百円のスナックより好きでしょ?」
事実、私好みのものだし否定もせずに頭だけで軽くうなずいた。
「ところで、なんでお金が無いんだ?」
「購買で使い果たした!」
*
放課後には毎日図書館に行くようにしている。今日も授業終わりのその足で図書館へ向かおうとしたが、今日はそうには行かなかった。クラスメイト四人に止められたのだ。それは私の頭を良く撫でるクラスメイト達だった。
「ちがちゃん、昼休みに
「しかもその後、二人仲良くきなこ棒を食べてたとか」
予想外の質問、そして多少含みのある言い方に私は困惑した。別段、
「た、確かにそうだけど何か問題でもあったかな…?」
少しの恐怖心によって、つい後ろに半歩程下がりながら答えてしまった。しかも疑問に疑問を返す形で。
「「「「いーなー!」」」」
今度は三人による揃った大音量と、予想外の答えに驚いて半歩下がってしまった。
しかし羨ましいのもしょうがない。購買オタクにおススメの商品を聞きに来る人は多い。それでいて更に奢って貰ったとなれば、そういった反応をするのも無理はない。十円だけど。
「私もちがちゃんに購買で何か奢りたくなったわ!」
「ホントにそれ、奉納したい」
「しかし、萱森よりいいチョイスができる気がしない…」
「わかる、ちがちゃんの幼馴染で購買オタクである萱森にはどうあがいても届かん」
…違った。私目当てだった。嫌な予感がしてすぐさま逃亡の準備をしていた。
「よし、じゃあ…」
「「「「今から購買行くか!」」」」
やはりこうなった。逃げる隙など与えさせてくれなかった。ここから先、私は四人に奢られて、それを全部食べているところをまじまじと見られて、最終的に頭なでる時間に突入する。そういったシナリオが綺麗に思い浮かんだ時だった。
「あれ?ちーちゃん今から図書館じゃなかったっけ?今日は私も行こうと思ってたんだけど」
たったその一言、されど今の状況から脱するにはあまりにも都合の良い一言が横から飛んできた。今の私には、聴き慣れた
「う、うん。日課だからね。ちょっと待っててくれ、すぐに行くから」
文、後で購買で奢る。そう固く誓った。
「噂をすれば萱森!」
「ダメだ、もう負けた」
「私達と萱森とではちがちゃんの中でどちらが上かわかりきってる」
「そもそも、日課って言ったし。私達日課の妨害しようとしてたし」
四人、一気に撃沈。見ているこっちが申し訳なくなってきた。また今度別の機会に彼女たちに付き合ってあげようかと思ったが、その必要性は無かった。
「よ、よくわからないけど、今度私の包容力をしてあげるからそれでいいかな…?」
「「「「はいっ!」」」」
一瞬で四人の目の色が変わった。
胸の前には絶対服従というわけか…と思いながら、真下を見たがそこには私の身体という絶壁しかなかった。もしかしたらこの体形も、今の状況を作り出すまでに一役買っているのかもしれない。どう見ても明らかな幼児体形である。
そんな考えと胸に負けた彼女たちを後にして、私達は図書館へと足を急いだ。
「ホントは胸を差し出したくないんだけどね…」
文、後で購買と言わずなんでも好きなものを買ってやろう。心の中でそう誓い直した。
*
「あの幼馴染、どうやっても引き裂けんな」
「同意。幼稚園からあれってことはもう瞬間強力接着剤レベル」
「付き合ってる可能性も…」
「萱森、去年まで他校に彼氏いたらしいけどね。どうなんだろ」
残された四人組は、図書館に向かう二人の背中を見ながらそんなことを呟いた。
そんな彼女達の当たらずとも遠からずの会話はこれからも度々行われる。このことを千雅と文が知るのはここからちょうど十か月後、三月の終わりごろの話になる。
六月二十四日。購買にまつわるエピソード。
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