私の収容力は530000Kgです

英 慈尊

へいたんの聖女

 荘厳なる大聖堂の中……。

 その少女――コル・リフーザを包んだのは、儀式を見守っていた貴族たちの上げる歓喜と祝福の声である。


「アイテムボックスの魔術ギフト!」


「しかも、ありふれたそれではない!」


「ボックスの内部空間は、体積にして五三〇立方メートルになるというではないか!」


「もし水で満たしたならば、五三万キログラムということか!」


 身勝手な賞賛の声を、今年十五歳になったばかりの貴族令嬢は努めて……努めて冷静に受け止めた。

 コルという少女を一言で表すならば、


 ――平凡。


 ……と、いう事になるだろう。

 器量が悪い、というわけではない。

 なだらかな平原を想起させる胸部さえ除けば、むしろ恵まれた容姿の持ち主である。

 だが、徹底してそれを磨かぬのだ。

 あえて薄汚くするような真似はしていないが、年頃の少女が人生の一大事である魔術ギフト授与の儀式に際し、紅の一つも差さぬのは異常であると言えるだろう。

 せっかく綺麗に伸ばした亜麻色の髪も後頭部でまとめて団子状にしているのだから、いっそ徹底していると言える。

 これは、コルの人生哲学にもとづく装いであった。


 ――四位の人生でいい。


 出る杭が打たれる事など、小娘にも理解できる世の真理である。

 しかしながら、あえて底辺に甘んじるほど欲がないわけでもない。

 だから、四位だ。

 普通よりは、ごくわずかに上。

 しかして、賞賛を浴びるほどのものではない。

 それこそが、コル・リフーザにとって最も居心地の良い立ち位置なのである。

 それを維持するため、彼女は時に努力し、時にはあえて手を抜くことで周囲からの印象を操作してきた。

 従って、貴き血を引く者が遥か天上の神々から魔術ギフトたまわる本日の儀式においても、そこそこの能力さえ得られればそれで良かったのだ。


 魔術ギフトを得たならば、それに相応しい地位に就き万民のためその力を振るう……。

 バドスタ王国における、貴族の不文律である。

 とはいえ官職に就けるほど強力な魔術ギフトを得られる者など百や千に一人といったところで、大抵の者は賜った能力とさして関係のない職業を選ぶものだ。


 では、たった今自分がひざまずきながら見上げているジジイ――もとい司祭様の、のたまわりになられた魔術ギフトはどうか?

 実に五三〇立方メートルもの内部空間を持つアイテムボックス……。

 仮にその全てを水で満たしとして、五三万キログラムの持ち運びが可能なアイテムボックス……。

 少し考えただけでも、活用法は無限に存在した。


「この魔術ギフトならば、ウォルダー砦への救援もあたうのではないか!?」


「おお! まさしく神々の救いだ!」


 直近の情勢でいくならばまさしくこれだろうという用途を、群衆となって儀式を見守る貴族たちが口々に噂し合う。


 夢ならば早く覚めてほしい。

 だが、司祭様が託宣を得ると同時、体の中へ湧き上がり始めた魔力と呼ぶしかない力は、告げられた通りの能力が己に宿った確信を与えていたのである。

 もしも今、コルが叫べたならば間違いなくこう口にしたことだろう。


 ――スカ引いたああああああああああっ!




--




 ――ウォルダー砦。


 大規模な瘴気しょうき帯として知られるウォルダー大森林の中に、橋頭堡きょうとうほとしてつくられた城塞である。

 ここに集うのは瘴気帯の中で生息する魔物目当ての冒険者たちで、彼らがもたらす種々様々な素材は王国の経済を潤す重要な資源であった。


 その重要拠点が今、陥落の危機に瀕している。

 大森林内で昨今発生した度重なる瘴気噴により、生息する魔物の数が激増したためだ。

 ただ数が増えただけではなく、一部では突然変異し強大な力を手にした個体も確認されているのだから始末に負えない。

 砦に集うのも名うての冒険者ばかりとはいえ、次第に籠城戦の様相を呈するのはごく当然の成り行きであった。

 そう、籠城だ。

 ただし、補給の目途が立たない、である。


 何しろ、これまで確立されていた補給路は増加した魔物たちによって寸断されており、大規模な輜重しちょう部隊など送り込みようがない状況なのだ。

 そう、大規模な、である。


 そこに今年度の魔術ギフト授与で、極めて大規模なアイテムボックスの能力を授かる者が現れたら、どうなるか?

 その答えが、これであった。


「暑い……疲れた……死ぬ……」


 これも瘴気の影響だろうか……。

 樹木本来の生存戦略とはかけ離れた形へ伸びた枝々が天を塞ぎ、大森林内部は森というより洞窟の中へ迷い込んだかのような有様である。

 そのような形で木々が密集しているのだから必然、風の通り道など存在せず、蒸し暑い事この上ない。

 しかも、足元は腕ほどもある太さの根が張り巡らされており、ただ歩くだけでも消耗させられるのだ。

 つい先日まで王都暮らしだった少女にとって、あまりに酷な状況であると言えるだろう。


「オレがおぶってやれれば良かったんだけど、そういうわけにもいかないからな」


 此度こたびの任における、唯一の同行者がコルの頭一つ半は高い位置からそう告げた。

 オレ、と言ってはいるが女性である。

 だが、ほがらかに告げながらも周囲への警戒は怠らぬ立ち振る舞いといい、全身から感じられる無形の迫力といい、コルが見てきたいかなる男性よりも確実に強いことがうかがえた。

 その証左とも言えるのが、彼女の身にまとう武具だろう。


 全身を覆う皮鎧は大型竜のそれを加工したものであり、これだけで城一つは買える値が付く。

 主装としているのは背に負った肉厚の大剣であり、これは古代王国時代の遺跡から発掘された魔剣であった。


 鎧は彼女自身が参加した討伐戦で得られた素材を加工したものであり、大剣も同じく参加した遺跡探索の結果得られたものだというのだから、実力実績共に折り紙付きというわけだ。


 ――メディア・バドスタ。


 王国内で知らぬ者はいない、女王クイーンの異名を持つ女冒険者である。

 その姓で分かるように王家の末席に連なる女性なのだが、筋力強化の魔術ギフトを得た彼女は冒険者の道を選んだ。

 王族でありながらそれが許されたのは、圧倒的な実力故なのだろう。

 あまりに特異な出自と、女神そのものと言われても疑う余地はない美貌……。

 おまけに実力もあるのだから世の吟遊詩人が放っておくわけもなく、たった五年ほどの活動経歴はほぼ残らず歌にされてしまっているというわけだ。


「途中までみたく、風の魔術ギフト持ちに砦まで運んでもらうわけにはいかなかったんですか?」


 コルの抱いた疑問はもっともだろう。

 二人は大森林にほど近い平野まで、風を操る能力者による飛翔便で運ばれてきている。

 どうせならそんな中途半端な場所ではなく、目的地たる城塞まで運んでくれれば良さそうなものだ。


「しっ!」


 しかし、メディアが口元を抑えながら上空を指させば、その答えは明らかだった。


 ――バサリ。


 ――バサリ。


 ……と、まるで大型帆船の帆が連続で張られてるような音が、枝々で遮られた上空から漏れ聞こえてくる。


「オレは空じゃあ、戦えないからな」


 にかりと笑うメディアだが、コルにとっては生きた心地がしなかった。




--




 魔物が潜むのは、何も空だけではない……。

 二人を出迎えたのは、ウォルダー大森林が誇る種々様々な魔物たちによる幾たびもの襲撃であった。

 樹渡りオオカミや、大角ワグマなどは可愛いものだ。

 サメ肌オロチに遭遇した時などは、文字通り蛇に睨まれたカエルの気分を味わう羽目になった。

 とりわけ厄介なのはヤドリギスライムで、これは森林を構成する樹木の至る所に擬態し潜んでおり、迂闊に近づいた生物を捕食するのである。


 これらの恐るべき魔物たちを相手にコルが傷一つ負わずに済んでいるのは、ひとえにメディアの先導と護衛があるからだろう。

 派手な見た目と装備の豪快さとは裏腹に、彼女は極めて優秀な斥候であった。

 いかな魔物が擬態し潜もうとも、あるいは奇襲を仕掛けようとも、彼女はそのことごとくを看破してのける。

 そして撃退や迂回など、その時々において最善の選択を瞬時に導き出すのだ。

 そもそも、足場も平坦でなく似たような光景が続く森林の中で正確に現在地を把握しているというのだから、これはいっそ何かの魔術ギフトめいていた。


 そして見た目と前評判通り、彼女は……おそらく王国最強の戦士である。


 ――全てが、一太刀。


 ここまでに遭遇した魔物の中で、彼女に二撃目を放たせる存在はいなかった。

 摩訶不思議としか言いようがない輝きを放つ古代王国期の大剣は、時に鋭く、時に豪快に、はたまた時には蛇のごとくうねり、行く手を遮る魔物を屠ってきたのである。

 森林へ踏み入った当初は、かように樹木が入り組んだ場所でその得物を振るえるのかと心配に思ったが、天稟てんぴんの才を持つ者というのはいかなる常識も不利もくつがえしてみせるものなのだ。


 平野を歩くのに比べれば遅々としたものであったが二人の道程は順調そのものであり、数日かけて瘴気の森を攻略してきた。

 そしていよいよ、明日にはウォルダー砦に辿り着けるだろうという所まできたのである。

 思わず不満を漏らしたのは、そんな油断からかもしれない。


「別に、私じゃなくても良かったんじゃないかな……」


 眼前の空間が水面のごとく揺らぎ、そこからパンが吐き出される。

 それを手に受け取りながらそう呟いた。

 ここ数日、暖かな食事など食べてはいない。

 理由は簡単であり、魔物にそれを嗅ぎつけられるからである。

 たった今使用したアイテムボックスの中では時間の概念がなく、実際、山ほど詰め込まれた物資の中には王宮の料理人が腕を振るった馳走の類も豊富にあった。

 にも関わらず冷たい食事しか取れず、夜営だというのに焚き火すら焚けないのだから不満もつのるというものだ。


「ん? 今回の仕事のことか?」


 コルが放ったパンを受け取りながら、メディアがそう聞き返した。

 今回の任にあたり王宮から支給された夜目の眼鏡をかけているコルと違い、裸眼でそうしているのだから大したものである。


「ああ、いえ! 別に不満があるとかそういうのでは……」


 末席なれど王族の人間に、王宮から受けた勅命の不満を漏らす……。

 油断から口走った言葉の重大さを遅れて痛感しながら、慌てて言いつくろうとした。


「ここらはまあ安全だと思うが、でかい声出すもんじゃないぜ」


 だが、そんなものが通用する相手ではない。

 メディアはパンをひとかじりし、にやりと笑ってみせる。


「ま、そりゃ不満の一つも抱くよな」


「いえ……その……」


「だがまあ、答えを返すならそりゃあノーだ。

 ――ここまで無事に来れたのは、蛇行に蛇行を重ねて危険を避けてきたからだからな。

 お前が運んでんのと同じだけの物資を通常部隊でまかなったら、とてもそんな真似はできねえよ」


「そう……ですよね……」


 自分の分を取り出し、もそりとかじりながら力なく返した。

 先祖代々、大した魔術ギフトを持たぬリフーザ家の人間にとっては贅沢品とも言える白パンだが、砂のように味気なく感じる。


「自分の魔術ギフトが、嫌か?」


「わっ……」


 いつの間に近づいていたのだろうか……。

 突如として眼前へ現れたメディアに驚きの声を漏らしてしまった。


「はは、悪い悪い。驚かせようってつもりじゃなかったんだ。

 ……それで、どうだ? 自分の力は、嫌いか?」


「それは……」


 正直な答えなど、返せるはずもない。

 神々から授かった魔術ギフトに不満を抱くなど貴族失格であり、先の失言など比較にならぬ不敬であるからだ。


「ちなみに、オレは自分の魔術ギフトが嫌いだ」


「えっ……?」


 それ故に、メディアが続けた言葉はあまりにも意外なものであった。


「才能があって力も授かった。だから冒険者をやれだぜ? たまったもんじゃねーよ。

 神様も、変なクジ引きなんかさせねーで欲しい奴に欲しいもんくれてやりゃいーんだ」


「いや、あの……」


 失言であり、暴言であり、不敬であり、不信心である。

 末席とはいえ、王位継承権すら持つ者の言葉ではなかった。


「でもまあ、仕方がねーんだよな」


「仕方がない、ですか?」


「おうよ、人生なんてもんはな、仕方ねえ事の連続だって最近オレにも分かりかけてきたところさ」


 メディアはまくしたてるようにそう告げると、少しだけ遠くを見るような目になる。


「結構色んな奴と仕事したけどさ。冒険者なんてのは、本当に色んな事情を抱えてるもんだ。

 貧農の出身で、食い詰めた奴もいる。

 奴隷奉公してる家族を、見受けするためになった奴もいる。

 親族が不正を働いた巻き添えで、オヤジに爵位を没収された元貴族なんてのもいたな」


 そしてコルの方を向くと、お茶目に片目をつむってみせたのだ。


「かくいうオレだって、将来の夢は可愛いお嫁さんだったんだぜ?」


「えっと……」


 ――かっこいいの間違いではなく?


 出かかった言葉をぐっと飲みこむ。


「だけど、えらく強力な筋力強化の魔術ギフトなんざもらっちまって、ちょいと訓練したら誰よりも強くなっちまってさ……。

 今は仕方なく、こんな仕事してる」


「やりたくないのに、ですか?」


「ま、あんまり胸の小さい事を言っても、それこそ仕方がねえからな」


「む、胸は関係ないじゃないですか!?」


 両手で胸元を抑えながら……抑えるほどの大きさはないが、とにかくその仕草をしながら声を荒げてしまう。


「はは……とにかくオレが言いたいのは、今更どうしようもない事もあるけど、似たような苦しみを抱いてる奴も多いって事だ。

 自分一人が不幸だって思うより、ちょっとだけ救いがあるだろ?」


「そうかもしれないですけど……」


 それは、ひどく後ろ向きな考え方であった。

 だが、確かにそう考えると少しだけ気が楽になるのだ。

 我ながら低俗な人間であると思うが、それこそ事なのだろう。


「これが終わったら、二人で愚痴り合おうぜ?

 女子会でもしてさ」


 最後にそう約束すると、メディアは毛布にくるまりさっさと寝てしまったのである。




--




 あともう少しで、ウォルダー砦に辿り着く。

 そう思っていた矢先に、は現れた。

 肉食性爬虫類の特徴を色濃く備えながらも、気品すら漂う美しさといかな生物をも凌駕した圧倒的生命力を宿す様を見れば、もはや疑う余地はない。


 ――竜種。


 全長は二十メートルにも達しようかという大型のそれが、二人の前に飛来したのだ。

 ばきりばきりと、巨体に押し倒されて周囲の樹木がなぎ倒されていく……。

 辺り一帯の魔物が一目散に逃げ去って行く気配を感じられるところからも、こいつが森林という巨体に不利な戦場を苦としない事は明らかだろう。


「砦にゃあ、防城兵器もあっからなあ……。

 そっちにはなかなか近づけねえから、オレたちを狙ってきたってわけか」


 思えば、この旅で彼女はいつも笑みを浮かべていた……。

 メディアは今回も不敵な笑みを浮かべると、大剣を抜き放ち――竜とは別の方角へその切っ先を向けたのである。


「行け」


「え……?」


「この方角へ一目散に駆けろ。

 周りの魔物もこいつにびびって逃げちまったし、散々この森を歩いた今のお前なら砦まで辿り着けるはずだ」


 それで、全てを察することができた。

 メディアが今回浮かべたのは、常の勝利を確信したそれではなく……覚悟と決意の笑みだったのである。


「これも、仕方がないって言うんですか……?」


「そうだ……分かってきたじゃねえか。

 ――さあ、行け!」


「――っ!」


 駆け出す他に、すべはなかった。

 そして立ち去った背後から、竜が発する背筋も凍るような咆哮が響き渡ったのである。




--




 竜種というものの恐ろしさは、その爪でも牙でも尾でもブレスでもなく、


 ――油断しないこと。


 ……この一点に集約される。


 決死の覚悟でルコを送り出したメディアであったが、勝ち筋は確かに存在した。

 眉間か、あるいは首元……。

 ここに渾身の一撃を叩き込めば、古代王国期に鍛えられし業物は必ずや致命傷を与えてくれるはずなのである。

 それが――できない。


 時に身をよじり、時に両腕や尾を振り回し、時に翼を羽ばたかせ……。

 とにかくこの竜は、メディアに必殺の踏み込みをさせないのだ。

 臆病とも消極的とも言える戦法であるが、そうであるからこそ砦に備えられた大型兵器に傷を負うこともなかったのであろう。

 しかも、竜にとっては牽制に過ぎぬ攻撃であっても、メディアにとってそれは全てが致命の一撃となり得るのだ。


「ぜっ……はっ……!」


 牽制に放たれた前足の振り払いを再び愛剣で受け止め、大きく後退しながらメディアは息をつく。

 これだけ長々と戦いながらも大きな傷を負っていないのは、メディアもさる者という他にない。

 だが、打撲や擦り傷の類は数え切れないほどであったし、何より体力の方が限界に近かった。

 いかな魔術ギフトで強化されようとも、人の身で竜種と打ち合い続けるなど成立するはずもないのだ。


「ちぃ……!?」


 ――ここまでか。


 喉元まで出かかった言葉を、飲み込む。

 口にしてしまえば、言霊ことだまというものは力を持つ。

 百の中に一つだけあるであろう勝機も、失われてしまうのだ。

 そしてそれを拾い続けてきたからこそ、メディアは冒険者として名を馳せたのである。


 渾身の力を込めて、剣を構えた。


 ――刺突の構え。


 残されたわずかな体力を燃やし尽くし、自らを矢弾として突貫する。

 竜が死ぬか、己が死ぬか最後の賭けだ。


『――――――――――ッ!』


「つおぉーーーーーっ!」


 魂魄そのものを押しつぶすかのような竜の咆哮に気圧されず、ただひたすらその眉間めがけて飛び込む。


 咆哮と同時に、その巨大な口から放たれたブレスは――かわした。


 続いて、己を迎撃すべく振るわれた右のかぎ爪も――かわした。


 だが、最後に放たれた左のかぎ爪は――身をひねるのが間に合わぬ。


 一瞬が無限にも引き延ばされた感覚の中、メディアは最期の光景となるだろう瞬間に目をつむらなかった。

 覚悟か、あるいは矜持か……ともかくそれを受け入れ見つめ続けたのである。

 それ故に、勝機を逃さなかった。


 ――ビュウンッ!


 ……という、風を切るというよりは押し潰すかのような轟音が鳴り響く。

 音の正体は、矢だ。

 突如として飛来した、丸太をそのまま加工したかのような巨大な矢が自身に迫りつつあった竜の左腕へ突き刺さったのである。


「づあっ!」


 この機を逃すメディアではない。

 古代王国期の大剣は竜の眉間へ深々と突き刺さり……。

 最強の魔物は、断末魔の叫びを上げることすらなく即死したのである。


「なんだ……戻ってきたのかよ」


 力の入らぬ体に無理やり活を入れ、できるだけ格好つけながらそちらを振り向く。

 そういえば、そんな物も持たされていたのだったか……。

 見やればそこには、アイテムボックスの魔術ギフトで歪んだ空間から巨大なバリスタを引き出したコルの姿があった。

 おそらく砦への配備を楽にするためだろう……装填状態で収容されていたならば、なるほど非力な彼女でも発射はあたう。

 しかしそれがきちんと命中したのは、幸運と言う他になかった。


「女子会するって、約束でしたから……」


 強がってみせる気力もないのだろう。

 こわばった表情のままそう告げるコルに、にかりと笑いながらこう言ってやった。


「そうだな。そういう約束だった。

 ――ただし、危険物持ち込みは禁止だぜ?」


 それでようやく、コルは笑った。




--




 アイテムボックスの魔術ギフトで歪んだ空間から引き出される種々様々な物資を、冒険者たちが歓喜の声を上げながら受け取っていく。

 到着時は見るからに消耗し陰りを帯びていた彼らだが、今は誰もが晴れやかな表情だ。

 倉を二つ三つ、そのまま持ち込んだかのような大輸送。

 たった二人の女性によって成されたそれで、ウォルダー砦は瀕死の境を脱し見事復活を果たしたのだ。


「ありがたい!」


「武具もほとんど無くなっていたところだ!」


「おお、ビールまであるのか!?」


 働きアリがそうするように吐き出される物資を城塞内各所へ運び入れながら、冒険者たちがそう口にする。


「アイテムボックスの力か……とんでもないものだな」


「何かあの女の子に、相応しい呼び名を考えなきゃ!」


「そうだな……力にちなんで、兵站へいたんの聖女なんてどうだ!?」


「おお、それはいいな!」


 ――兵站! 兵站! 兵站!


 一人二人と叫ぶうちに、やがて砦全体が呼応し鳴動していく……。

 その光景をメディアと共に見ながら、コルは感慨に浸っていた。

 四位の人生でいいと、そう思って生きてきた彼女である。


 ――兵站! 兵站! 兵站!


 だが、強大な力を授かり仕方なくこの任を受けた。


 ――へいたん! へいたん! へいたん!


 しかし、終わってみればこれも存外に悪くは……。


 ――平坦! 平坦! 平坦!


「うるせえよ! おい!」


 後の世に、兵站の聖女として語り継がれる少女最初の伝承サーガ……。

 その閉幕で何故か彼女は急に怒り出すのだが、その理由までは語り伝えられていない。


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