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西野 夏葉

後輩から

 昔から、偽善的な言葉を口にする人間は好きになれなかった。信じてるとか、ずっとそばにいるとか、大好きとかは、その典型。

 答えは単純明快で、相手を信じて話した秘密がいつの間にかいらぬ尾ひれがついて広まっていたり、自分は相手のことを間違いなく大好きになっていたのに、相手は誰彼かまわず出会った女みんなに大好きだと甘い言葉を投げるようなクズ男だったりとか、とにかくそういうことを幾度となく繰り返していくうちに、わたしはそういう人間が嫌いになったのだ。



 現代の科学や医学を以てしても、人間に不老不死の命を宿すことはできないことからもわかるように、幾千幾万年も続くようなモノやコトは存在しない。だから「永遠」なんてないし、そんな言葉を口にするような奴は、たいていカラダかカネを目当てにしたペテン師か、向き合うべき現実に背を向けて、果てのない夢の中を泳ごうとしている人間だ。




***




「それなら、まだハッキリ言ってもらった方がいいんです。ただ寂しいからそばにいてほしいとか、温もりが欲しいから今晩俺に抱かれてくれとか」

「相変わらず、歯に衣着せぬという言葉がぴったりだなあ、朱鳥あすかには」



 福山ふくやまさんは、そう言いながらわたしの隣で柔和な笑みをうかべる。

 西の空へ沈みかけた夕陽の光を浴びて、頬の産毛がきらきらと光っているのが見えた。別に整っちゃいないけど崩れてもいない、どこにでもいるような普通人を具現化したら、この人になるのだと思う。



 福山さんは、大学で出会った、わたしの三期上の先輩である。

 たいていは大学を出て社会の荒波に漕ぎ出せば、大半の人間とは疎遠になってしまうものだけれど、福山さんは卒業してからも何かとわたしに目をかけてくれて、スケジュールが合えば、ちょくちょく飲みに出かけたりもする仲だ。



 だからこそ今、わたしたちは夕映えの中、夏の風物詩であるビアガーデンで、明らかに原価と売値が乖離かいりしているとわかるおつまみをぱくつきながら、ジョッキに注がれた黄金色の生ビールで喉を鳴らしているわけである。



 福山さんは上唇についたビールの泡を手の甲でぬぐって、言った。



「つまりあれか、付き合うまでのまどろっこしい駆け引きとか、嫌いな方?」

「好きじゃないです。好きならぐだぐだつまんないことしてないで、とっととはっきり好きって言えばいいと思う。もっとも、わたしには無理だと思いますけどね」

「なんでさ」

「恋愛感情でいう好きとか嫌いとか、よくわかんないです。わたしには」



 わたしは勢いに任せて、三分の一くらい残っていたジョッキの中身を空けた。そのままそれを三リットルのビールサーバーの下へ持っていこうとすると、すかさず福山さんはレバーに手をやって、わたしがノズルをジョッキの内側に押し当てるのを待ちかまえる。

 わたしはもう酔っ払っているから、それにすっかり甘えて、福山さんが注ぐビールでジョッキを満たした。



 よくよく考えてみたら、福山さんはどちらかというと、わたしの嫌いな人種であると言って差し支えない。


 この人は野球で言うなら、ストレートど直球しか投げられない人だ。相手やシチュエーションにあわせて変化球を投げたり、牽制したりすることはできないし、たまにはフォークやカーブを投げてみようとするけれど、たいていは大暴投に終わってしまう。そして、本人もよくそんなことを口にしていた。

 福山さんは、すぐに他人の言う事を信じてしまうし、相手のことを信用するとすぐに寄りかかってしまって、大学時代には何度もそれで痛い目を見ているはずだった。



 もうちょっとわがままでいればいいのに、とも思う。だけど本人曰く、それはしようとしてもできないのだそうだ。



 かつて理由を訊いたとき、福山さんは照れ臭そうに笑いながら、呟いた。




「そういうふうに言い聞かされて、この歳までそういうふうに育ってきたからだよ。もう今更、性格を変えることなんかできそうもない。ならそれを貫いて生きた方が、かっこいいかなって」




 だから、あなたはそういうことを言うから、よくないんです。




 わたしはなぜか、その反論を口にできないまま、曖昧に頷くだけだった。

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