ハロー

雪見なつ

第1話

「仕事は終わったか?」

 しわがれたおじさんの声がノイズと共にトランシーバーから聞こえる。

 「あぁ」と男は短く返事をした。

 頭には黒いハットに黒いタキシード、その上には黒いコートを羽織っている。ズボンも黒い物を履いている。全身が黒で包まれたその男の右目には傷がついており、片目しか開いていない。口には火のついていないタバコが咥えられている。

 男はトランシーバーをコートの内ポケットにしまい、ソファにドスりと腰を下ろした。そして、ポケットから銀色に光るライターを取り出し、タバコに火をつけた。

 暗い室内に赤い光が一点現れる。

 口から吐いた煙が天井に当たる。

 男はソファの背もたれに体を預けて、その煙を見ていた。

「今日も俺は頑張った……」

 男はそう呟いて、タバコを吸う。チリチリとタバコは短くなっていった。

「もうそろそろ去るか。そろそろサツも動くかもしれないしな」

 男はタバコの吸殻をカーペットの敷いてある床に捨て、靴裏で火を消した。

 男は「お邪魔しました」と玄関の扉を開けて、出て行った。

 その家に残されたのは、タバコの吸殻と、脳天に穴の空いた男の死体だけだった。



「いつもいい手際で仕事をしてくれてありがとう。でもなー、仕事場でタバコのポイ捨てをするのはやめないか? いつかタバコ越しにバレるだろ」

「大丈夫ですよ、ボス。タバコ以外の証拠なんて何も残してませんから、バレることはありません」

「それが命取りになるのだぞ」

 ボスと呼ばれた六十代くらいの男は深くため息をついた。男は革の椅子に深く腰を下ろしている。中年太りしたお腹を隠さず、足を組んで座っている。太い葉巻を蒸している。

「火をもらってもいいですか?」

「お前は全く図々しいやつだな。断る理由もない、使え」

 ボスは葉巻を前に出した。男はその葉巻の先端にタバコの先端をくっつかせ、火をつけた。男はボスの対面にある椅子に腰を下ろして、タバコを吸った。

「ボス、ひとつ聞いていいですか?」

「あぁ、なんだ?」

「今日殺したあの男は何もん何ですか? ただの一般人に感じましたけど」

 男は「護衛もいなかったし……」と後をつけた。

 ボスはゆっくりと煙を吐いてから口を開いた。

「あの男は、武器を密造している男だ。よく家を見れば分かっただろうが、ハジキが何丁かある。それはこの国で違法に作られた物だ。その銃たちはマフィアの手に安価で渡っている」

「だから、マフィアに武器が売られる前に始末しておいたというわけですか。確かに、マフィアが武装するとサツも俺たちも手に負えませんからね」

「ハハハ、そういうことだよ」

 ボスは笑いながら、机に書類をばらまいた。

「次始末して欲しいのはこいつらだ」

「こんなにですか?」

 机にはたくさんの書類たちが乱雑に広げられている。特徴は様々で、男女関係なしだ。その人たちの共通点はこの街に住んでいるというところだけ。出身地も人種もバラバラだ。

「いつも悪いね。今日はちゃんと目的も話しておいてやろう」

 ボスは吸い終わった葉巻を灰皿の上で擦った。

「こいつらは、銃の密売人だ。今日殺したあの男の銃を街中で売っている人たちだ。こいつらの手からマフィアに銃が渡っている。こいつらを一刻も早く始末して、マフィアに銃が渡らないようにしろ」

「了解した。ボス」

 男はタバコのを灰皿の上に捨て、椅子から立ち上がった。

 男は、リボルバーのシリンダーを開けて弾が入っていることを確認してから、ガンホルダーにしまった。

「行ってきます。帰ってきたら、高いお酒を飲ませてくださいよ」

 男はご機嫌な様子で部屋を出て行った。

「タバコの火は消していきな」

 ボスは男の捨てたタバコの火を消した。

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