第2話:魔女イーシス

 私は死の淵を彷徨っていたのだと思います。

 信じられないほどの哀しみと怒りに、心臓が絶えられなかったのです。

 このまま死ねば楽になれるという思い、現実から逃げたいという思い。

 そんな思いがとても強かったのは間違いありません。

 ですがそれ以上に、ルーパス王太子とエイダに復讐したいという思いの方が、遥かに強く大きかったのです。


「そう、だったら私にその身体を貸しなさいよ。

 なにも貴女に死ねと言っているわけじゃないわよ。

 あなたと私の二人でその身体を使いましょうという話よ。

 それもほとんどは貴女が使えばいいは、元の持ち主だし。

 時々私にその身体を貸してくれればいいのよ」


 最初私は何が起こっているのか全く分かりませんでした。

 誰かが私に話しかけているのは分かりました。

 でも何を言っているのかも理解ができませんでした。

 言葉が単なる音となって頭の中に響き渡ってるだけでした。


「もう一度言うわよ、このまま死にたいの、それとも復讐したいの。

 まだ理解できないの、死にたいのか生きたいのかどっちよ」


 ようやく何を言っているのか分かった時には、相手はかなり苛立っていました。


「死にたくない、生きたいです」


 私は迷うことなく言い切りました。


「復讐したいの、したくないの」


「復讐したいです」


 これも即答出来ました。

 全く迷いはなくなっていました。


「私に身体を貸すの、貸さないの」


「……返してくれるのですか、乗っ取ったりしないですか」


「失礼ね、返すわよ、ちゃんと返してあげるわよ。

 私は親切で助けてあげるといっているのよ。

 しかも復讐まで手伝ってあげるのよ。

 本来なら貴女の方から身体をお使い下さいと言うべきところよ。

 それを私から時々貸してくれればいいと言ってあげているのよ。

 心から感謝しなさい」


「私はついさっき婚約者と妹に裏切られたばかりなのです。

 その状態で直ぐに誰かを信じるなど不可能です。

 ちゃんとした理由も代償もなしに助けてくれると言っても信じられません」


「分かったわよ、理由を話すわよ。

 理由は暇よ暇、ここはとても暇で退屈なのよ。

 そこに丁度貴女が落ちてきたから、興味本位で心を覗いてみたの。

 とても面白そうな状態だったから、手出しして大混乱させて楽しもうと思ったの」


 なんて最低な理由なのでしょうか。

 私の不幸を自分の楽しみのために利用しようというのですから。

 でも、だからこそ、信じられるというモノです。

 自分の快楽のために手助けしてくれるという方が、可哀想だからとか、正義のためだとか言われるよりも信じられます。


「私の魂を寄こせとかいうわけではないのですね」


「いらないわよそんなモノ、何の役にも立たないし、必要なら何時でも手に入るし。

 それよりは人が苦しむ姿や悔いる姿を見ているほうが面白いわよ」


「分かりました、時々身体を貸してあげます」


「契約成立ね、アグネス。

 私はイーシス。

 流転の魔女イーシスよ」

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