明日も天気になーれっ! 短編集

高森あおい

第1話 お正月 ~side美零~

____一月一日、午前五時。

私・美零は目覚まし時計が鳴るのと同時に布団から出た。

お正月だってなんだって、このルーティーンは外したりできないものよね。

枕元に置いてある空紐で髪を軽く結ぶと、毎日しゃきっとできる。

これが不思議な力なのかどうかなんてわからないけど、この紐が先祖代々受け継いできたものだって意識すると、これをつけてるだけで安心できるもの。

ふっと一息ついてから、また、いつもの朝の準備を始める。

さて、新しい年、始めますか。



キッチンで一人、昨日終わっていなかった分のおせち料理を作って、お重に詰めていく。

まだ外は暗い。こんな静かな中で調理器具がかちゃかちゃなる音は心地よくて、好き。

黒豆と栗きんとんは人気だから多めに作って。

かといって、市販のものは甘すぎだから、お砂糖の量を三分の一に控えて。

伊達巻も同じ。甘すぎるのはよくない。

かまぼこは、少しでも綺麗に見えるように飾り切りに挑戦してみて。

こうやって、大事な人を思い浮かべながらつくる料理って、すごく楽しい。

他に何かできるコトはって考えて、頭の中に浮かんだイメージに胸が高鳴った。

そっと、髪をまとめている空紐に触れる。

するっと解いて、左手首に結んだ。

だんだん慣れてきた動作。

モチーフをだして、そこから念をこめて、ゆっくり囲うように手を閉じていく。

そして、そのまま手を開いてボウルの上に入れた。

シャラシャラシャラ

鈴のような可憐な音がキッチンに響く。

「……きれい」

自分でもそんな声が出るほど、綺麗だ。

作ったのは、大小さまざま、形もさまざまの雪の結晶。

溶けないようにって念も込めたから、きっと装飾にはちょうどいいと思う。

わくわくしながら、色とりどりに花開いたお重のなかに、きらめきを足していく。

冬の大人びた柔らかさから、雪を見て幼いころに感じたわくわく、すべてを表現できるように。

最後に、丸の氷のプレートに「Happy new year」と刻んで、一段目の目立つところにそっと立て掛ける。

うん。我ながら、上出来ね。

そう思って顔をあげると、ベランダの向こうに微かな明るさが見えた。

ふと時計を見上げると、時刻は六時前。

「……もうそんなにたってたんだ。」

初日の出、見ようかな。

エプロンのままガラスドアを開けて、ベランダに出る。

少しずつ、少しずつ色味を帯びていく空。

私たちが操れる天気なんて、ちいさいものだな、なんて思う。

そして、日が昇ってくる。

その景色は壮大で、強くて、でも、少し儚げにも見えて。

日が昇るのなんて、毎日あることなのに。なんで、こんな特別なものに思えるんだろう。

「……すごい。きれい」

思わず口からこぼれた言葉。

すると、左の壁の向こうから、

「……美零?そこに、いるのか?」

って声が。

「……蓮斗?」

聞き間違えようのない、幼なじみの声。

そっか。家が隣だから、こうやって話せるのか。

たぶん、蓮斗も初日の出を見に来たんだろう。

名前をよぶと、優しい笑い声が聞こえてきて、心臓がきゅっとなる。

これ、昔から。なんなのかわからないけど、たぶん病気じゃないし、悪い感じはないからほっといてる。

白い息を吐きながら、左によった。

「初日の出、きれいだな」

「うん。ほんと」

「新年かー。はやいなー」

「そうね。……あ、忘れてた。あけましておめでとう。ことしもよろしくね」

「あ、おれも忘れてた。あけましておめでとう。ことしもがんばろーな」

いつも通り、スムーズに進んでいく会話。

相手の顔が見えないのに話してるって、変な気分ね。

そこから、他愛もない話をして、日も全部が見えてきたところで、後ろのガラス戸からノック音がきこえる。

「あれ、梨玖。どうしたの?」

「おねーちゃん……」

ドアを開けてあげて、軽く手を広げると、パジャマ姿で目をこすっていた梨玖はふにゃっと笑って抱き着いてきた。

そのまま持ち上げて、また左の壁によりかかる。

弟の梨玖。小学一年で、私と五歳差。ふわふわしてて、ほっとけないタイプなの。

「ごめんね、起こしちゃった?」

「ううん、おかーさんのアラームがうるさくって起きたの」

「………お母さんは?」

「ねてるー!」

「……」

自分が設定したアラームで自分の子供を起こしたうえで、まだ自分は寝てるってどういう親よ?

「くくっ、リコさん、相変わらずだな」

それまで黙っていた蓮斗にも笑われる始末だし。

まったく、もう。

「ねぇねぇ、おにーちゃんいるの!?」

ふと見下ろすと、梨玖のキラキラした顔。そう、梨玖は蓮斗にすごくなついてるのよね。

「梨玖―?いるぞー」

蓮斗もそれが嬉しいみたいで、その光景を眺めてるとき、私はすごく温かい気持ちになる。

くいっと服の襟を引っ張られて、何?って首をかしげると、梨玖が、おにーちゃんに会いたいって目で訴えてくる。

……これには勝てないなぁ。

「ねぇ、蓮斗。今、暇?」

「え、あ、うん。両親どっちとも初日から仕事行ったし、おれは暇だけど」

だと思った。蓮斗の親、どっちも仕事熱心だからこういうこと多いんだよね。

せめてお正月くらい一緒にいればいいのに。

だけど、今の私にとっては好都合。

「うち、来ない?梨玖が会いたいって。朝ごはんというか、おせちも作ったし」

「え、いいのか?リコさんも、寝てるんだろ?」

「いつものことだし、いいでしょ」

そういうと、梨玖も私の言葉を真似して「いいでしょーー?」笑う。我が弟ながら、可愛いわね。

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

わたしたちからのダブル攻撃に蓮斗も根負けしてくれた。

「じゃあ準備したら行く」

「やったー!おにーちゃん、待ってるね!!」

「ほら、だったら梨玖も着替えておいで」

「うんっ!!」

私の腕からするっと抜け出して、躓きそうになりながらも走っていく姿が微笑ましい。

「じゃあ、行くかぁ」

「あ、まって蓮斗」

「ん?」

ほら、こういうところ。

ちゃんと、私の言葉を聞いてくれるところ。

そういうところに、いちいち胸が苦しくなるんだよ。

「空使いメンバー誘ってさ、みんなで初詣いかない?あの、学校近くにある神社で」

「ふふ、いいなそれ。久しぶりにみんなの顔も見たいし。了解。渉はこっちで誘っとくから、ころなと柚加誘っといてくれ」

「そーね。わけといた方が、ころなと渉くんが変な気をつかわない気がするわ」

「じゃ、そういうことで。あ、そういえばおせち、作ったんだって?」

「そうよ。自信作だから。期待してて」

ほら、また強がっちゃう。でも、自信作なのはほんと。おいしいって言ってくれるかな、なんて思ってみたり。

「そっか。楽しみにしてる。」

おれ、甘党だからなー、なんていって、遠ざかっていく蓮斗の声。

もうすぐ、うちにくるだろう。

知ってるよ。

蓮斗の食の好みとかも。伊達に幼なじみやってるわけじゃないから。

甘いのが好きで、でも甘すぎるのもダメで。

きれいなものとか手の込んだものはすっごく喜んでくれる。

例えば…飾り切りとか?

人差し指にまいた絆創膏をみて、ふっと笑った。

ピンポーンとチャイムがなる。

梨玖がまだ片方の袖に腕が入っていないトレーナーをかぶってあたふたしてる。

それを手伝って着せてあげてから、玄関に急いだ。

鍵をあけて、ドアを開く。

一瞬にして広がる視界。晴れた青色の空をバックに、大切な幼なじみが立ってる。

いらっしゃい、っていったら、おじゃまします、っていってくれる。

梨玖が名前をよんだら、ぎゅって抱っこしてくれている。

おせちを、ちょっとだけ見せたら、すごいなって、目を丸くしてくれる。

あぁ、今年もいい一年になりそうです。


                                   fin

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