第7話 ルージュ市 クリョーンキャットファミリー

クリョーンキャットと呼ばれる茶色の縞と白い毛の短毛種の種族がいる。

楓猫、茶トラ、メイプルキャットなど言われることがある。

その種族の特徴は、頭に茶色い縞模様が大きく出ているのが特徴である。

それがメイプルの色のように見える為、彼らの先祖はクリョーンキャットと呼ばれるようになった。

そのクリョーンキャットの若い夫婦は、住んでいる住居から移動する予定を建てた。

理由は簡単だ。

二人は若くして子を抱える身となったからだ。

しかし結婚を反対された結果、生まれ育った国を出る事にしたのだ。

噂だが『自由の国』という所があるらしい。

そこは大陸の端にあり深い森の奥にあるらしい。

彼らがいる国の隣にある大きな国を越えなければ、たどり着けないと言われているが、若い男は簡単に森を抜けていけるルートを見つけた。

そうすれば、自分のいる国からでも簡単に行けるらしい。

しかし、日数がかかるのと国境を超える為、誰かに見つかるかも知れないという恐怖もある。

しかし、男とその彼女は子供のいる身だが、その森を抜けて自由の国へ行く事を決意した。

その後、彼らは無事森を抜けて『自由の国』と噂のある『アーテル国』へ着いた。

体はへとへと食料も底をついたが、何とかたどり着いたのだ。

たどり着いた時、彼らは親切な人に出会い助けてもらえた。

そこから彼らの『アーテル国』での生活は始まったのだ。




現在彼らはルージュ市で生活している。

アーテル国最大の都市で、外国から来た者が多く住んでいる為、「ルージュシティ」とも言われるが呼び方に決まりはない。

呼びやすい方で呼んで良いと言われている。

最近、元々あった場所を新たに名称だけ変えて、学校の名前も変わった所があるが、ここは昔からルージュ市である。

もちろん外国から来た者はアーテル国内至る所にいるのだが、この市に沢山集まっているのは空港と港があるからだ。

港は隣の町との境目にある為、整備され新たに「アズーロ町」という名称になっているが。

この国に入国する際、空からか、海からか、それとも森からか…と、三ヵ所から入れる。

というより、森からは勝手に入ってくるのだが。

一応、見張りなどはいるのだが、出ていく者、入ってくる者の身分を証明すれば、それなりに出入りできる。

簡単に出入り出来るからこそ、この国は「自由の国」と呼ばれている。

昔から色々な人が問題を抱えて出入りする為、規制が緩いのだ。

そんな者達が集う為、結局いつまでも変わらない自由さである。

何年か前に、森から抜けてきたクリョーンキャットの若い男女と彼らの子供は、森からそのままルージュ市の方に出てきた。

以来、この市で結婚し家を持ち生活してきた。

若者だった男女は、それなりに年を取り、今ではお父さんとお母さんとして家庭を持っている。

ルージュ市内で働き、ごく普通の幸せを手に入れた。

しかし、この国に到着したばかりの頃、助けてもらった恩を忘れないようにと、今は生活が安定している分、困っている者に手を差し伸べている。

一人、居候の男性が彼らの家の庭で生活しているが、近所の人も家族も全く気にしていない。

問題を抱えている人が集まりやすい国であるこの国では、特に気にしない人が多いからだ。

そんな国で大きくなった少女…といっても、もう十五歳になったアリッサは、学校へ進学せず働いている。

中学生以上は別に進学しなくても大丈夫である。むしろ進学の方が珍しいと思われている。

自由度の高い国だからか、子供は絶対に勉学に勤しむべき!と考える者は少なく、自分達同様、好きに生きたら?という親が多いのだ。

その考えでいた両親により、アリッサは一歳の時からこの国で育ったのだが、中学までは普通に学校へ行っていたが卒業後は働きに出ている。

そして、働いた後は夜の繁華街へフラフラと出かけるのが彼女の日課だ。

親は何も言わないのでそうしている。

家は今、両親と年の離れた妹や弟がいる。

両親はこの国に来た時、まだ十代で、二十歳になった時、夫婦となった。

それから、妹、弟、弟、双子の姉妹と産まれ、子沢山の家族となった。

現在、妹が八歳、弟が七歳、もう一人の弟が五歳と双子の姉妹が二歳である。

アリッサを含め六人姉弟である。

アリッサは年が離れている妹達や弟達を可愛がれないでいる。

家に居場所が無い気がして、父親に頼み込んで両親が大家をしているアパートの一室をアリッサの部屋にしてもらった。

「A棟」はデパートで働く人達の寮のようになっていて、一階は飲み屋も入っている、一階が店舗二階が住居(または寮)になっているが「B棟」は、二階建ての建物すべてがアパートである。

治安が良いのか悪いのかは分からないが、特に問題は起きてはいない。

逆に似たもの同士が集まっているから問題など起きにくいのかも知れないが…。

その両方をアリッサの両親が大家として管理している。

元は別の人が所有していたが、その人は亡くなり、両親に残してくれたものだ。

その人こそ、両親と一歳のアリッサを森の出口付近で見つけ、世話をしてくれた人だったが、その人の人生も大変な人生だったからか助けが必要な人に手を差し出してくれる人で、この国に古くから住む人だったが、外国からの移住者が増えて以来、その関連の仕事についている人だった。

その関係でアリッサ達を保護し、持っていた土地に二棟のアパートを建てたのだ。

飲み歩きも好きな人だった為、一棟は下が店なのはそのせいだと本人は言っていた。

今、そちら側にはデパートで働く三人の女性と中学生の女の子と怪しげな風貌の男性が暮らしているという話だ。

その他にも部屋は埋まっている為、アリッサは別のもう一棟の方にいる。

アリッサ自身も別の棟の人達と仲良くしようと思ってはいない為、丁度良かった。

アリッサ自身もデパートにいるが、母親がいるからとりあえずそこで働く事にしただけで別にどこでも良かったのだ。

とにかく働いて家を出て一人で生きていきたい、という思いが強かったのだが、予想以上に大変で、結局実家にもベッドや荷物が置いてある。

アパートは結局、家に帰りたくない時とアリッサの部屋が妹達に半分取られた為、荷物を置いとけるスペース用の一室になっている。

家賃は取られてないが、光熱費だけバイト代から出している。

父親にそれだけは払えるように生活してみろと言われている。

「自分だって云々」という言葉は父親には通じないようだ。

アリッサはずっと、父に文句を言った所で父からは「それがどうした」と言われるだけなので、いつからかほとんど話さなくなった。

それこそ、話をするのは用事がある時だけだ。

それすら今は減っているが…。

母親とはそれなりに話したりしているが、母も最近では疎ましく思うようになった。

妹や弟に構いっぱなしで、自分以上に愛情を注いでいるように見えるからだ。

自分が小さかった時は親切な人の家で暮らし、両親は時間を問わず働いていた。

それから今の家が建ち、家族だけで暮らすようになったが、幼い時の記憶で「おばさん」はそばにいてくれたが「ママ」はあまり傍にいてくれなかった。

その人が亡くなっても、アリッサは特に悲しいや寂しいという感情は無く、どちらかというと、ようやくママに甘えられると思ったくらいだ。

そのくらいママという存在を恋しく思っていたが、その「私のママ」が妹達と弟達に取られてしまった。

結局、市街地をフラフラ彷徨う生活になっていった。

アリッサはお気に入りの場所を見つけて以来、仕事が終わると必ずそこへ行く事にしている。

この市は通称「市街地」「外国街」「外人街」と言われることもある。

外国の者が入ってきやすい立地と華やかな街並みが賑わいをみせ、国一番の外国人住居者が多くいる。

だからこそ最も自由度が高い街とも(悪い意味でだが)言われている。

そんな街でライブハウスがあるのも納得のいく答えである

未成年、成年はあまり関係なように見えるが、一応、酒類を扱う店で未成年の入店はお断りだが、アバウトなチェックが入るくらいでほぼ誰でも入れるが、店側としてさすがに十五歳以下は弾かれている。

十五歳でも中学生なら無理だが、アリッサのように働いていれば入れる。

学生は高校生でも入れないという謎のシステムである。

年齢というよりか、社会人として生きているか、学生として生きているかで判断されているらしい。

ライブハウスは地下に作られている。

一旦、建物内の階段を降りてドアの前に立つ。

今日演奏される人達のポスターが貼ってある。

アリッサの好きなバンドもポスターが飾られているが、もちろん、そこそこ有名なバンドなら飾る事も出来るが、全くの無名や人気が無いと飾られる事も無い。

アリッサの好きなバンドは、丁度同じくらいの子達に人気らしく、ポスターの所に同世代の子達が群がっている。

アリッサは眉間に皺を寄せ見つめていたが、出入り口の扉を開け、中に入って行った。

出入り口で身分証明書などを出し、観覧できる場所へ向かった。

各々好きなところで陣取っているが、アリッサはまだ前へは行かず後ろの方で立っている事にした。

正直、立ち仕事で疲れて、さらに立っているのはちょっと辛いが、演奏を聴ければ良いのだ。

しかも、何組もライブハウスで演奏する為、アリッサの好きなバンドの出番が来るまで暇である。

建物内にドリンク売り場はあるがほぼお酒しかない為、買う事は出来ない。

ジュースもあるが、アリッサの欲しいジュースは売っていない。

食べ物もおつまみ系しかない。

飲んだり食べたりできるスペースは大人のたまり場になっていて、近付きたくはない。

その為、アリッサはいつも一人、後ろの方で突っ立っているのだ。

早く自分の好きなバンドの演奏が始まって欲しいのだが、そうもいかない。

アリッサはここでもあまり、自分の居場所を見つけられていないと思っていた…。




一方、家では家族が団欒中であった。

小さい子はもう寝ている子もいるが、小学生の子は二人共起きていた。

親の苦労は見て来なかった為、アリッサ以外はそれなりに普通の子のように生きている。

苦労を間近で見ていたアリッサは、今は独り立ちに向け、準備中と言った感じだが、他の子はそんなアリッサとは対照的に、やはり親との時間がたっぷり取れているおかげで子供らしい子供である。

ゲームをすればケンカに発展、テレビを見ればケンカに発展と、お互いがお互いを強く主張し、叩かれ、蹴られといったケンカへ発展していくが、あまりにうるさかったり、ひどくなったりすれば、親のどちらかが叱ってケンカは終了する。

アリッサはその時間が無く、代わりにおばさんやおじさんを親代わりに過ごしていた。

親に叱られた経験はほとんどなく、いつもやわらかく叱られ、本当の親からの叱られる行為を教わらず、どこか世の中を甘く見ている所がある。

自由である事を妹や弟から羨ましく思われているが、ほとんど顔を合わせない為、無口で怖いお姉ちゃんと一線を引かれている。

今も弟が「いちばんうえのおねえちゃんは、こわいからヤダ、かえってきてほしくない」と言っていた。

一つ上の姉は、彼にとって遊び相手でありケンカ仲間である。

どこかまだ、一緒にいて楽しさがある分、一緒にいられるが、一番上のお姉ちゃん、つまりアリッサは怖い印象があり、さらに一緒に遊べない相手である。

そこから嫌な相手と認識してしまい、今の発言に至る。

「ダリアはどうおもう?」

ダリアと呼ばれたのは、八歳のアリッサの妹である。

「わたしはべつに、おねえちゃんカッコイイし、オシャレだし、もうすこしいっしょにいてほしいっておもってる」

「なんだよそれ!へんなやつ!」

そこで母が割って入り、もう寝る時間だと言い、二人を子供部屋まで連れてった。

部屋には三人分のベッドと二人分の勉強机やタンスがある。

所々におもちゃも転がっている。

アリッサは寝に帰るだけでほとんどこちらには帰って来ない。

彼女の荷物はこの家ではリビングに多少転がっているだけだ。

初めての子で、戸惑いながら子育てをした記憶が蘇るが、今は姉弟のめんどうを見るのが先だ、二人をベッドに寝かせ「じゃあ、おやすみ」と声をかける。

二人は「おやすみなさい」と母に向かって言い、「はやくふとんにはいったほうが、かちだよ!」と言いつつ布団にもぐった弟を見て、「あっ、ずるい!」とダリアも急いで布団へ潜った。

二人が布団に潜ったのを見て、お母さんは一階のリビングへ戻った。




今まで騒がしかったリビングは急に静かになり、お父さんがソファーに座りコーヒーをすすっている音だけが響いていた。

「テレビ消したの?」と、戻ってきたお母さんが声をかけると、「アリッサの事が心配だから、いつでも出れるようにしてるんだ」

「そうですか」

「アリッサは、いつものライブハウスか?」

「そうでしょうね」

「やっぱり高校へ行かせれば良かったかな?」

「たぶんあの子は、どんなに説得しても、働いてたわよ」

「高校からでも、アパートに住むなら、この家にいなくても、俺の手の届く所にいてくれれば」

「無理よ、私達の事、もう親だと思いたくない年齢まで来ちゃったのよ、思春期ってやつでしょ」

「結婚を反対されて、この国まで来たけど、やっぱりまだ遊びたかったし、金も家も無いしで、肩身狭かったし、アリッサにちゃんとした愛情を向けれなかった」

「私だってそうよ。泣く赤子つれて大変だったし、森の中だって、この国に来たって、大変だったわ、右も左も分からないまま、アリッサをおばさん達に託して…嫌われている今が一番気が楽」

「せめてちゃんと親としての愛情を注げる環境にいれば良かったな」

「結婚を反対されていたの、今ならその理由が分かるわ、親の言った通りね」

「でももう、後戻りは出来ない」

「そうね」

「だからせめて、アリッサには、今現在出来る事は精一杯やってあげたいな」

「そうね」

「この家から彼女の居場所を無くしてしまったのは、俺たちだな」

お父さんはアリッサの荷物を見つめ、ため息をついた。

「子供達はかわいくない?」

「いや、全員かわいい我が子だよ」

「私も同じだわ、一人でも欠けるのは嫌よ」

二人は毎日こうしてアリッサの帰宅を待つが、アリッサと顔を合わせない様にして、風呂に入ったり家事をしたり寝室に入っている。

だからいつも、アリッサが帰ると家の中は真っ暗で静まりかえっている。




そんな両親の思いを知らないまま、アリッサは家に帰宅した。

家に帰宅すると、居候の男がまだ起きているらしく外が明るかった。

居候の男は庭に住み着いている。

いずれキャンピングカーが戻るまでという約束だったのにも関わらず、なぜかいつまでたっても家に居候している。

アリッサはその男の元へ行き、声をかけた。

「ボブ、まだ起きてんの?」

「やぁ、アリッサ、おかえり」

「ねえ、キャンピングカーで旅をしてたんでしょ?それって楽しい?」

「まぁね」

「今、なんか流れてるけど、なに?」

「あぁ、ラジオだよ、深夜ラジオ、結構楽しいんだ」

「へぇー」

「旅をしていた時からの癖なんだ、この時間にラジオを聴くのがね」

「へぇー」

「まぁ、旅は性に合ってるな、合わなきゃやってられないよ、それなにり楽しむ事が必要だ」

「ふーん」

彼はキャンピングカーで旅をしている最中に、車の故障により街をさまよっていた所に、まだ幼かったアリッサが見つけ、手を差し伸べた男だ。

困っている人がいたら、助けてあげなさいと言われたことを、素直に受け取っていた頃の話で、今思うとなぜ、手を差し伸べてしまったのだろうと、アリッサ本人は思っている。

結局父が面倒を見て、修理工場へ車を持っていき、家に連れてきたのだが、そこから彼は居候と化した。

車が直るまでという話だったが、何年も車が直って来ないで、居候として庭に住み着き、いつの間にか庭は彼の部屋と化した。

それでも親は何も言わず、妹も弟も気にせずに過ごしている。

というより、あまり懐いていないというのが事実だ。

こうして話しかけるのは、アリッサと父親くらいだ。

それでも男の方も、新たなキャンピングカーを手に入れず、ここに居座っている。

「また、旅に行こうとは思わないの?」

「あのキャンピングカーで旅をするのが楽しいんだ、唯一のこだわりだよ」

「ふーん、でも直って来ないじゃん」

「うーん、難しいかもな。」

「新しいのは?」

「用意するのに、色々とお金がかかるからね、そう簡単じゃないんだよ」

「じゃあ、働けばいいじゃん」

「…働ける環境なら、働いてるよ」

「意味わかんない」

「アリッサ、大人は誰でも簡単に働けるわけではないんだ、まして僕みたいに旅人として生きてきた人間は特にね」

「変なのっもういいや、家に入る」

「おやすみ」

アリッサは男の顔を怪訝そうな顔で見つめたが、何も言葉は返さず、ぷいっと横を向いてそのまま歩いて庭を出た。

玄関へ戻り、リビングへ荷物を置き、風呂に入る準備をした。

家の中はとても静かで、アリッサが立てる音しか聞こえなかった。

家族とは距離を置いて気軽に生きているが、時折寂しさが込み上げてくる時があるが、それは見ないふりをして蓋をして過ごしている。

お風呂から出てリビングに戻り、ソファーでくつろいでいると、静かな空間が余計に静かに感じ、別に見たい番組があるわけではないがテレビを付けた。

深夜の通販番組の盛り上がりが、作られた感が増している。

それでも耳障りな音を聞き続けてないと、開けたくない蓋が開いてしまいそうで怖かった。




子供部屋にある自分のベッドで眠る頃、アリッサは好きな音楽を聴いてから眠る事にしている。

もちろんそれは、仕事帰りに寄ったライブハウスで聞いた好きなバンドの曲だ。

それを聞くと心が安らぎ、安心して眠る事が出来る。

魔法にかけられたように眠くなってくる。

今日あった事、嫌だった事、辛かった事、全て忘れて眠れそうだ。

アリッサは心の中で好きなバンドのメンバーの名前におやすみという言葉を添えて、眠りについた。

夢の中に入れそうな時にはすでにぐっすりと眠れているだろう…




庭で居候の男は小さな声で歌を歌っていた。

囁きのように歌う歌は、子守歌のような優しさと温もりのある曲調だった。

歌い終わると、小さな声で「Goodnight,Alyssa」と言った。

それは丁度アリッサが眠った直後だったが、アリッサも男も気付いていない。




朝起きると、すでに皆が学校や仕事に行っている時間だった。

昨日も静かだったが、今日は静けさが違った

夜と朝の違いだが夜は夜の静けさが、朝は朝の静けさが、アリッサの体を包んでいた。

色々な物が休んでいる時間帯と、色々な物が動き出している時間帯は、同じように静かな家の中でも全然違うのだと感じていた。

子供部屋にある自分のベッドから起き上がり、直ぐに部屋を出た。

リビングまで行くと、昨日自分が置いたものはそのまま置いてある。

仕事になんか行く気がしないが、お金を稼がないとバンドの追っかけが出来なくなってしまう。

それは困るという理由だけで働いているが、今は何とかこの仕事を続けられている。

少しのんびりしてから着替えやメイクをし、家を出た。

玄関に出ると陽気な音楽が流れていた。

居候の男が聞いている音楽だろう。

この時間から陽気な音楽聞いて、自由に過ごせている男を見て、アリッサは羨ましさと怒りが込み上げてきたが、今は仕事に行く時間である。

(といっても、現在の時刻は十時半だが)

遅刻しているのは分かっているが、構うとさらに遅刻するのは目に見えていた。

アリッサはため息をついて歩き出した。




職場はルージュ市のデパートである。

一階にある花屋で、近くには母が働いているジェラート屋さんもある。

そのせいで花屋に母が顔を出すのもしょっちゅうだ。

今日も様子見に花屋付近でウロチョロしている。

休憩時間らしいが、本当に大丈夫なのだろうかとアリッサは心配している。

母は母で、遅刻魔のアリッサを心配して見に来ているらしい。

母はアリッサを見つけると「アリッサ」とだけ言い「じゃあ、アイリーン、あとよろしくね」と、同じく花屋の店員でありフローリストの女性に話しかけ、去って行った。

アリッサは母を見つめた。

「おはよう」とも「遅いわね」とも何も言われないのは、正直ありがたかったが関心が無いのだと思うと、叱られる事すらない自分の存在はよほど邪魔なのだと思えた。

「アリッサ、おはよう」

「あぁ、おはよう」

アリッサは声をかけられた方へ向き、彼女の方へ歩み寄った。

「うちのオバサン、なんか言ってた?」

彼女を避けて店内へ入りレジの所へ立つ。

「特には…」

「そう」

ラッテラパンという種族のウサギの獣人の彼女とは別に気まずい関係ではないが、あまり会話は進まない。

嫌いな相手でも苦手な相手でもないのだが、ただ単純に同じショップ店員として一緒に働いているだけで、仲が良いとかそういうわけでもない。

趣味が合う訳でもないが、ある程度会話はする仲だった。

彼女は歯科医の娘だと聞いている。

隣のヴィオラ町出身の女性で、現在もヴィオラ町に住んでいる。

そのくらいは知っているが、他には特に知らない。

大人しい女性で多くを語らない、という性格もしている為、アリッサとは多少正反対の部分もあるようで、その辺もアリッサとしては、話をしない理由の一つのようだ。

アリッサの中で彼女は“歯科医の娘としてお金持ちのお嬢様”イメージが付いている。

資格も持ち、夢を叶えて生きている。

花屋で働いている姿は彼女にとても合っている。白というより、アイボリーに近い毛色で、短毛種の「ラッテラパン」という種族の彼女は、まさに可憐な女性のイメージだ。

アリッサは生きる世界が違うと思っている。

『フローリストのアイリーン・ホワイト』

まさに彼女の為の言葉のようだ。

アリッサはただ、母に言われるままにココで働いているが、彼女は花屋さんで働く為に生まれてきたような容姿である。

花に囲まれている彼女はとても美しく思えた。




アリッサは過去を思い出していた。

昔は母に散々叱られたりしたが、今は何も言われなくなった。

その理由は自分が生まれてしまった事だと思っている。

母は祖父母から悪口を言われ、父の事を”嫌な男”扱いされ、あんな男と…文句と嫌みしか言わなかったと聞いている。

ずっとアリッサの事も恨んでいるようなイメージが付き、祖父母の事は最初から嫌いだった。

“全てはアリッサが生まれたから”と言われている気がしてならなかった。

両親からは「アリッサが悪いんじゃない、自分達が悪いんだ」とは言っていたものの、ようやく結婚し、妹が生まれてから変わった気がした。

自分か出来た事で両親は苦しみ、結婚もしないで生きていた。

母国から逃げるようにやってきて、住む所も誰かの家の一ヵ所と(まともな)家でもなく暮らしてきた。

それが結婚して新しい家族が出来た時、ようやくちゃんとした家族になった気がした。

そうなるとアリッサの存在は、ただの煩わしい娘という存在になったのだろう、両親はどんどん変わっていった。

アリッサはふと、近くにいるアイリーンを見つめた。

自分とは正反対のような人生を生きてきたのだろう、綺麗で高そうな服を着て、仕事を楽しそうにこなしている。

フローリストという職業は、花に囲まれ花を綺麗に活ける仕事ではあるが、腰が痛くなったり、水仕事もある為、手荒れが酷い。

しかしそれでも彼女にとっては、夢で希望した職業である。

今も楽しそうに花の世話をしている。

店番“だけ”してくれれば良いという彼女に、少しカチンときたが、それ以外は全部やってくれ、遅刻しても怒らない彼女。

おかげでアリッサの手は荒れてはいない。

オシャレがものすごく大事なアリッサにとって、手荒れが酷い手にだけはなって欲しくなかった。今に思えばありがたいとさえ思っている。

“きっと私のように、親やジジババから疎まれたりしてないんだろうな、妹や弟から怖がれたりしてないんだろうな…愛されて育ちました、って顔してるもんね”

アリッサはそう考えているが、実は彼女も問題を抱えていた。

確かに両親からは愛情を注がれているし、彼女の妹からはちゃんと姉として信頼されている。

しかし、他の人にあまり自分の事を話さないのは理由があっての事だ。

彼女の心の奥底には闇が潜んでいる。

それを彼女は表に出していないだけである。

彼女は彼女でアリッサの事を羨ましく思っていた。

天真爛漫の素直な子のように見える。

自分がそういう子になりたい、と願っている訳ではないが、アリッサは素直で可愛いと思っている。

だからこそ、自分の心の奥に潜んでいる闇は、外に出してアリッサに伝わってしまうのが怖かった。




アリッサは遅めのお昼となった。

母が「お昼はどうするの?」と聞きに来たが、アリッサは「適当」と答えた。

「お金あるの?無いなら今渡すから」

「ウザッ、母親面すんの楽しい?」

「アリッサ!」

「とにかく私に構わないで!あっ、お金はちょうだい!」

「…分かったわ、じゃあね」

アリッサは無言で母からお金を受け取った。

店の前まで来たと思ったら、お昼どうするのか聞きにきただけだった。

一緒に食べる気は最初から無いが、母親として「お昼どうするの?」と聞いてくれたのは嬉しいが、お金無いなら…という言葉は、アリッサにとってはなんだか悲しかった。

自分はお弁当を持ってきているんだろう、アリッサの分は必要ないから作ってもらってないが、それなりに「一緒に食べない?」と言ってくれても良いのにとも思った。

小学生の頃は母の手作りのお弁当ではなく、お世話になってるおばさんの手作り弁当だった。

母は料理が得意ではなく、お弁当を用意することは無かった。

その為、おばさんが作ってくれた弁当がアリッサにとっての愛情込めたお弁当だった。

今では料理もちゃんと作れるようになり、妹達はお弁当の時は母が作ったお弁当を食べている。

今更、作ってくれと頼む気にもならない。

母は母ではあるのだが、アリッサの母ではなく、あくまで妹たちの母親であると、アリッサは思っている。

アリッサが願った事は全て妹達だけがしてもらえている。

いつもいつも、アリッサだけ家族じゃないのだ。




母からもらったお金を握りしめて、アリッサはデパート従業員人達が通る通路を歩いた。

華やかなデパートの裏、従業員達のロッカーや、倉庫があるこの場所は無機質だった。

自分達が使うロッカー室を開けて中に入り、自分のロッカーの前に立つ。

ロッカーを開けてバッグを取りだし、アリッサは何を食べるか考えた。

高級ランチ、オシャレなカフェランチ…。

母は今、従業員専用の食堂で弁当を食べているんだろう。

食堂へ行けば母親と一緒にご飯が食べられるかも知れないが、それには握りしめていたお金でご飯を買ってこなくてはならない。

母の手料理ではない、普通の何でもない人が作っているだろうご飯だ。

もうここ何年も母の手料理は味がしない気がして美味しく食べれず、いつも外で買った物を食べている。

昔は形の悪いおかずで、多少まずくても『母が作ってくれた』というだけで、とても美味しく感じられたのに…。

アリッサはロッカーを勢いよく閉めて、ロッカー室を出た。

デパートから出て、外に出てくるとなんだかどうでも良くなった。

トラムが走っているのを見かけ、昔は「パパのトラム!」とトラムを追いかけたが、今はそんなことはしない。むしろ目障りだった。

父に自作の歌を歌った事もあった。

父もその歌詞を覚えてくれて、一緒に歌ってくれた時もあった。

だけど今は、そんなものうざったいだけだ。

アリッサの中で、過去は消え去った物と認識されている。




“トラムはしるよ、チリンチリン♪パパのトラムだよ、チリンチリン♪”

幼き日のアリッサの歌声は、風に乗ってどこかへ消え去って行った…。




 アリッサは結局、オシャレなカフェのランチを食べて戻ってきた。

昼時が少しズレていたからか、店内にはあまり人はいなかった。

デパート内は買い物客がチラホラといるだけで、混雑している状況ではなく、非常に落ち着いていた。

荷物は再びロッカーにしまい、アリッサは花屋のエプロンをしてデパート内を歩いていた。

花屋の店舗の中に入ると、再び母は店舗内でアイリーンと話をしていた。

「それじゃあ、アイリーン、いつもありがとうね」と母が言うと、店から出てきた。

アリッサの事に気が付いたはずだが、無言で立ち去って行った。

アリッサは一呼吸おいて店の中に入り、戻った事を伝えた。

「おかえり」というアイリーンの優しくおしとやかな声は、アリッサの心のささくれを柔らかく取り除いてくれた。

「アイリーン、いつも、うちのオバサンの喋り相手になってくれてありがとう」

「急にどうしたの?」

「べつに…それより毎日ウザくてごめん、あれ、絶対職場でも迷惑だよね」

「そうかなー?良いお母さんじゃない?いつもアリッサの事、心配してくれてるよ?それに、職場の人に迷惑かからないようにしてるんじゃないかな?休憩中に顔出してるだけみたいだし、アリッサが心配で、様子見にきちゃうのよ、どうしても」

「それって、ウザくない?」

「私は、嬉しいかな」

「そういえば、アイリーンのお母さんて、どんな人?あっ、喋りたくないなら別に何も答えなくて良いよ」

アイリーンは少々戸惑ったが、珍しく家族の事を口にした。

「お母さんは、えっと、優しい人だよ」

「…そっか」

「うちのお母さんは、少し冷たそうな人に見えるけど、本当はそんな事無いんだ。とても優しくて、暖かい人なの」

「へぇー」

「アリッサのお母さんは、毎日毎日、アリッサの心配ばかりで、アリッサは愛されてるのね」

「そう?全然そう見えないけど」

「じゃなきゃ、わざわざ見に来ないと思うわ?」

「…どの辺が愛されてると思えるの?」

「心配してたり、気にかけてたり」

「…ウザッたいだけだよ。どうしても母親面したいだけなんだから」

「でも、それは、母親面したいんじゃなくて、ちゃんと母親として、アリッサを想ってるだけじゃ…」

「んもー!とにかく!あのオバサンは自分勝手なんだって!」

「…アリッサ。」

アリッサは無言でアイリーンの目の前を通り過ぎ、いつもの定位置についた。




この日も仕事が終われば、街をふらついてから帰る。

そうしないと気が持たないからだ。

ライブハウスへ、意味もなく行ってしまう。

大人向けではあるが、アリッサくらいの子もチラホラしているのを見て、妙な安心感に襲われる。

“あの子達も早く大人になりたいとか、家や学校に居場所が無いとか、問題を抱えてるのかな?”と、直ぐに考えてしまう。

“自分と同じかも…”とも思える。

しかし、自分だけは違う、特別なんだと思いたい部分もある。

浮ついた心はあちこちに行って、とても不安定である。

アリッサは丁度、十五歳という年齢で高校に行かずに働いている。

子供でも大人でもない宙ぶらりんな感じがとても嫌だった。

せめてもう少し、十八歳くらいなら制限も軽くなり、大人に近付くのに…。

アリッサは十五歳という年齢がとても嫌だった。

“私も早く大人になりたい”

アリッサは常にそう考えている。




夜の街は怪しい雰囲気で怖いような気もする。

ライブハウスから出ると、アリッサは父が大家として管理しているアパートの方へ向かった。

アパートはアパートで嫌な雰囲気だった。

アリッサと同じくらいの女の子もいるらしいが、話しかける気にはなれない。

デパートで働く人達が何人か住んでいるらしいが、その人達とも仲良くする気にはなれない。

大人の男性が一人、その女性たちの周りにいるが、風貌が怖くて近付きたいとも思えない。

デパートで働く人達は二十代がほとんどだ。

たまにアリッサのように十代もいるが母のように三十代もいる。

四十歳以上の人もチラホラしている。

その年齢層の中で二十代の女性が、三人ほどその風貌の怖い男と一緒にいる。

その中に同じくらいの年の子がいるらしいが、よく一緒にいられるなぁーと思っていた所、一人の女性を「お姉ちゃん」と呼んでいたのを見かけた。

アリッサはそれを見て、姉妹であると気付いた。

確かに似ていて、姉妹と言われれば納得できる。

なるほど、それで一緒にいるのかとアリッサは思った。

父が言うにはまだ中学生である、との事も聞き、中学生でお姉さんと一緒に暮らしている、との情報も手に入れ、アリッサは、“その年で親と暮らさないでお姉さんと二人暮らし、いや、もう一人同居人いるけど、家族と暮らさなくていいなんて、羨ましい”と思ったが、父から「その子は、父親はもちろん、母親もいないから姉妹で一緒暮らしてるんだぞ。アリッサは変な事を考えない様に。」と言われてしまった。

ちょっと複雑な家庭環境なのか、だからか、思って以来、アリッサはその子に関して、なんの感情も浮かばなくなった。

アパートの中で一人過ごしていても、何も面白い事があるわけでもない。

テレビも無ければ電気も付かない。

電気代とかそういう物は払いきれずに契約を解除された。

支払えなかった分は父に建て替えてもらったが、いまだに父へはお金を返していない。

支払えない物は支払えない、と父に抗議したが、いずれ払ってもらう、と言われている。

全く、実の父であるのに、その辺だけは他人のように厳しい。

そう考えると、やはり自分は可愛がってもらえてない、という方向に考えている。

何度も「妹達のが可愛いんだ」と考えては「いなくなりたい」という方向に志向が寄って行く。

自分のせいで、みんなに迷惑かかってるし、誰も自分を愛してくれない…。

そういう思いがアリッサの中では渦巻いている。




しばらくして、なんだがあったかいと感じて目が覚めた。

目の前は暗くてなにも見えない。

しかし、誰かがいる気配はしていた。

「誰かいるの?」

「パパだよ、アリッサ」

体を起こすと、バサッと何かが体から落ちた。

それをおもむろに掴むと、「えっ?毛布?」と言った。

その言葉に「パパ」と名乗った人物は、さらにアリッサに話しかけた。

「アリッサ、風邪をひかないように、気を付けなさい、それは今、パパが持ってきた物だ。」

「電気無いから分からないけど、本当にパパなの?なんで?」

「ボブからアリッサが帰って来ないって言われてね、心配してこっちに来てみたんだ」

そう言うとランプの明かりがついた。

「ほら、ボブから予備を借りてきたんだ、これで明るいだろう、アリッサ、パパの顔が分かるか?」

「…見たくはないけど、暗闇にいた時より、見えてる。にしても、ボブはなに?うちの門番かなんかなの?なんで私が帰って来てないって分かるのよ、時間制限でもあるの?」

「ボブは君が帰ってくると、必ず声をかけてくれるだろう、君が無事に帰って来れるか、見守っててくれてるんだ、まだ、未成年なんだから、当たり前だろう」

「なにそれ、未成年でも働いてるじゃん」

「働いてても、君が未成年である以上、親は保護者としての責任がある」

「パパやママは親だけど、ボブは違うじゃん」

「違っても、ボブだって君を家族のように心配してるよ、それに、元は君がボブを家族にしたいと言ったんじゃないか、かわいそうなおじさんがいると言って、助けてあげたいと…ボブはそれからアリッサを可愛がってくれてるじゃないか、あまり心配かけるなよ、私達と同じように思ってくれているんだから」

「ボブって、バカみたい」

「…さぁ、アリッサ、家に帰るぞ。ここは住めるように環境を整えてないんだから、寝る場所じゃない、こうしてランプもつけないと、真っ暗なんだから、大変だぞ」

「分かってる、今何時?」

「夜中の一時だ」

「もう、そんな時間?」

「君はこのアパートに帰ってきて、寝てたらしいから、時間の感覚がないんだろう。毛布も掛けずに寝ていたし、直ぐに寝てしまったんだろう」

「えっ、これって…」

「パパが持ってきたんだ。アリッサのお気に入りの毛布だったから、帰らないとしたら、まずはこのアパートにいるのかも知れないと思って。

いなかったら他を探すつもりだったが、ここにいてくれて良かったよ、アリッサ」

アリッサに毛布を掛けてくれたのは、父だった。

しかも数年前までお気に入りだった毛布だ。

『子供っぽいからいらない、捨てておいて!』と言ったはずだったが、まさか残ってたとは思わなかった。

「君が大好きだった毛布、予想外に縮んで…違うな、君がお姉さんになったからだな」

「パパ、なに言ってんの。寒いから早く帰りたいんだけど」

「あぁ、すまない、じゃあ帰るか」

そう言って父は立ち上がったが、立ち上がる際、「よっこいしょ」と、言った。

アリッサは、“おっさんじゃん”と思ったが、アリッサが立ち上がると、予想外に父の顔が近かった。

「アリッサ、背が伸びたな、昔はもっと小さかったのに」

「そういうのいいよ」

「あー、はいはい、早く帰ろうな、その前にトイレ行かないとな、お化け出ない様にしとくからな」

「ジジイ、変態!」




アリッサは父親と一緒に家に帰った。

案の定、居候が顔を出してきた。

安堵の表情をしているのがアリッサにも分かった。

一応「ただいま」と小さい声で言い、アリッサは家の中へ入った。

リビングへ向かうと、母親が心配そうな顔でこちらを見ていた。

アリッサの姿が確認できると直ぐに「アリッサッ!」と傍に来た。

「良かった、どこにいたの?」

「アパートで寝てた。」

「アパートだったのね!良かった、今、何か作るわ、少し食べてから寝なさい」

「別に良いよ」

「良くない!ベッドもない、布団もない環境で寝てたんでしょ?風邪ひくわよ!食べたら少し体が温まって、体にも良いのよ?」

「太るし…」

「じゃあ、野菜スープにしましょうね、アリッサはお野菜苦手だけど、スープなら食べれるでしょ?そうだ、お花の形の人参さんにしましょうね!あれ、ママも出来るようになったのよ。アリッサが食べたがったから、くりぬく方法とか、教わって出来るようになったのよ!」

「随分昔の話じゃん、私が小学生の時だよ、どんだけ時間かかってんだよ」

本当は、すでに出来るようになっているのは分かっていた。

もう何年も前から花型の人参が食卓に上がっている。

知ってはいたが、家族と食事をしなくなっていた為、ほとんど食べた事は無い。

「アリッサ、お花の形だとさらに美味しくなるのよ」

母はそう言ってリビングから出て言った。

今現在、両親はやたら子供扱いしてくる。

小学生の時使っていた毛布や小学生の時食べたがった花の形の人参。

どうしてなのだろう、タイムスリップや別次元に来てしまったのだろうか?とも思ったが、原因はすぐに分かった。

「よっこいしょっと、アリッサ、そこに座りなさい」

「えっ?なんで?」

「話がある」

アリッサは空気が変わった事に気付いた。

父に言われたようにソファーへ座り父の言葉を待った。

「アリッサ、家に帰ってきてくれて本当に良かった、心配したよ。君は今度、誕生日が来たら、十六歳になる、さらにお姉さんになっていくんだ、って言うと昔の君はとても喜んだね、そうだよな。君はもうお姉さんになったから、あまりその言葉だけでは嬉しくないか…。ママがアリッサを産んだのも、ちょうど今の君くらいの年齢だった。初めて赤ちゃんが出来た時、パパとママは結婚を考えたんだ。でもおじいちゃんとおばあちゃんは、パパの方もママの方も、まだ若すぎるという理由だけで、許してはくれなかった。

それで、パパとママは、赤ちゃんが産まれて、一年たったあの日、この国へ来た。

赤ちゃんが産まれて一年たってしまったのは、お金を貯めていたのと、赤ちゃんの事を想って、せめて一年たってから、と二人で決めたんだ。

それまではとても辛かったよ、パパは赤ちゃんの顔すら見る事が出来なくて、とても寂しかった。

ようやく顔が見られるようになって、君を娘として大切にする事を決めたんだ。

この国に来て、とても大変だったけど、子供の為に頑張ろうと、二人で話していたんだ。

けど、君にはとても寂しい思いをさせてしまってたね、それはすまないと思ってる。

アリッサ、君は今まで、パパとママをどんどん避けるようになってしまったけど、パパとママは、ずっと君を想ってるよ、今はそんなパパとママはウザったいかも知れないけど、それが親としての私達が出来る事だと思ってるから、けして可愛くないから、そうしてるんじゃない、ものすごく可愛いから、構いたいんだよ、だから君が大人になるまで、見守らせてくれ、パパとママのやり方で、アリッサを守らせてくれ。」

「なに?急に、変なの」

その時、リビングに母が入って来て「アリッサ、パパも、野菜スープ食べない?あっ、人参ね星型とお花型にしたわよ、とってもカワイイのよ、アリッサみたいに」と言った。

“急に何か変わった、と思ったが誕生日が近いからか、やたら浮かれている。”

アリッサは、やけに子ども扱いされるのは久しぶりだと感じていた。

しかし、よく考えてみれば誕生日が確かに近かった。

アリッサの両親は、分かりやすいほど浮かれる。

とくにアリッサの身になにかあると余計にだ。

構い方が子供の頃に戻るのは、あの時に戻って欲しい、とかいう大人の事情…的な感じ、と、アリッサは勝手に解釈している。

まして今日、家になかなか帰って来ないという事があって、心配するあまり、小さい子並みの扱いになったんだろう。

やけに子供に対して扱いが丁寧に感じた。

それと同時にそれだけ心配していた、というのがなんとなく伝わってきた。

やはり親子だからだろうか、両親の事はなんとなく分かるようになってきた。

昔から両親は、アリッサに対して過剰に子供扱いする時がある、特に今日のような時だ。

両親はアリッサが帰らないと、やたら子供扱いする癖がある。

昔の名残は今も残っているようだ。

アリッサは、明日にはもとに戻るだろうと思っている。




翌日

アリッサは、目を覚ますと顔を横に動かした時、なにか邪魔なものがあると思い、体を起こした。

何か枕元に置いてある。

それを取ると画用紙だった。

誰かが絵を描いたらしい。

花に囲まれた女…子供の字で「おねえちゃん♡」と書いてある。

絵をよく見ると、もう一人女の子がいた。

絵の中の少女はニコニコ笑っている。

そこに「だりあ」と書いてある。

下の方に文字が書いてあり、それを読んで見ると「おねえちゃん、こんど、はなやさんにあそびにいきます」と書いてあった。

平仮名で書かれている分、ちょっとだけ読みにくかったが、何とか解読出来た。

「おねえちゃんとだりあ」という事は、お姉ちゃんは自分で、だりあは妹だとアリッサは思った。

ダリアという花もあるがこれは“dahlia”という妹の名前だと気付いた。

姉弟はアリッサ以外、この国で生まれたが、両親は外国から来た身で、アリッサという名前も母が付けた名前である。

両親は、そのままアリッサ同様、聞きなれた名前を妹や弟につけた。

この国で生まれたからといって、この国で使われる名前を付けなくてはならない事はない。

親の付けたい名前を付けられる。

それでアリッサの両親は、「アリッサ」という娘の名前から、そのまま次女も「ダリア」と名付けた。

二人の弟は父が付けたい名前を考えた為、「ニコラス」と「ライアン」にした。

末っ子の双子は「マリーとリリー」である。

母が自分の名前が「マーガレット」という名前で、花から取った名前だった為、娘は全員花の名前から取った名前である。

アリッサに花屋の仕事を紹介したのも母だが、「お花の名前のアリッサにはちょうどいいと思って」という理由で決められた。

アリッサは働けるなら何でも良いと思っていた為、素直に花屋で働いている。

そんな風に名付けられた姉妹は、片方は特に花が好きなわけではないが、片方は花に興味があるらしい。

「はなやにあそびにいく」と書いてあったが、正直、来てもらっても困る。

もう一人の店員、フローリストでもある「アイリーン」が一人で店番している時なら構わないが、自分が店番している時に来られても恥ずかしいだけで、なにも良い事は無い。

出来れば来ないで欲しいが、たぶん母親が…と考えると、アリッサの望みは聞いてはもらえなさそうだ。




今日も遅刻だが、店に行くとアイリーンが出迎えてくれた。

アイリーンから「さっきアリッサのお母さんが来てたよ、妹さんがこの店に来たいって言ってたみたいで、学校が終わったら来るって、なんかいったん帰ってから、ボブっていう人と来るからって、伝言頼まれたんだけど」と言われた。

もう来るのか、話が早い、とアリッサは思ったが、「分かった」とだけ返しておいた。

アイリーンは今日、今からフローリストの仕事に行くと言い、準備を始めた。

「お昼も食べてから帰るから、それまで店番よろしくね」とアリッサに言うと、アリッサはから返事をした。

最初から今日は一人で店番する日だと分かっていた。

時間も分かっていたし、遅刻してきたとはいえ、ちゃんと彼女が店を出る時間までには来ている為、彼女の予定は狂ってはいない。

予定ではないが、アリッサは一人で店番するのが嫌なわけじゃない。

花の世話や店の事はそれなりに出来るようになったし、一人でも平気だ。

しかし、急遽決まった予定に関しては、どこか納得できなかった。

「はぁ、気が重い…」

「ん?大丈夫?」

「あっ、ごめん、何でもない、えっと、あのほら、妹が来るのがね、気が重いなって」

「…妹さん、今日の朝、アリッサに絵を置いてきたらしいけど、気付かなかった?」

「いや、気付いたよ、枕元にあった…見たよ、それがさ、下手な絵で、文字も平仮名ばかりで解読するのに少し時間かかっちゃたよ、全く…」

「小学校低学年でしょ?妹さん、可愛いじゃない」

「そうかな?」

「そうね、私はそう思ったわ」

「…そっか、あんなやつ、かわいいんだ、私には分からないや」

「私は妹とそこまで年が離れてないから、アリッサの気持ちは、あまり分からないけど、妹さんも妹さんで、お姉さんであるアリッサにどう接したら良いのか、分からないんじゃない?それでもなんとか、自分の気持ちをお姉さんに伝えたくて、なんとか伝える方法を思いついて、それが絵だったんじゃない?」

アリッサはダリアが描いた絵を思い出していた。

アリッサは花に囲まれていて、その近くにはダリアがニコニコ微笑んでいて、「おねえちゃん♡」の文字と自分の名前と、「はなやさんにあそびにいくね」の言葉。

いつかは来るのかと、思ったが今日来るとは、急すぎたが、今日は一人で店番の時だ、母親もその情報を聞いた時、気を使ったのだろう。

恥ずかしがるアリッサは目に見えている。

そこで、少しでも気が楽な方を選んでくれたんだろう。

ついでに「ボブ」付きで。

「ボブ」というのは、居候の男の事だ。

確かにボブが一緒なら、小学生が一人で来るより安心だろう。

母はアリッサとダリアの両方の事を考えて決めたらしい。

アリッサは、ボブがいればある程度、場が和んで良いかも知れないと、考え直した。

「…アイリーン、笑わないでね」

「急にどうしたの?」

「私、小さい頃、ボブっていう男を拾ったの…お家が無いとかわいそうっていって、パパに、あっ、お父さんに頼んで、それからボブはうちの居候になったの、私バカみたいだよね。それからボブは、私の事を本当の家族のように心配してくれてるの、今日、妹、ダリアは、その人と来るみたい。」

「へぇー!アリッサらしい!」

「どこが?」

「ふふっ、なんとなく」

「変なの」

「でも、そうなんだ、ダリアちゃんっていうんだ、妹さん、アリッサとお揃いの名前ね」

「ママ、あー、お母さんもよ、ついでに双子もそう、うちの家族みんな、女は花の名前なの」

「へぇ、素敵な家族ね」

「そうかなー?私はなんだか、あまりよく思えないけど」

「アリッサって名前、私はあなたにピッタリな名前だと思うわ」

「そう?私はもっと、あっでも、好きなバンドの曲にもこの名前が使われている曲があるの、それはすっごく嬉しかったな」

「a beautiful flower alyssum」

「そう!それ!」

「アリッサという名前の人に贈ったと言われる曲ね、聴いた事あるわ」

「結構有名なの?」

「私は詳しく知らないけど、花の名前の曲だから、気になって聴いてみたの、素敵な曲ね」

「私はあのバンドとその曲が好きなの!それでライブハウスに行って聴いてるんだ!でも意外、アイリーンがそのバンドの曲を知ってたなんて、まぁ聴き始めた理由はアイリーンらしいけど」

「私達、意外に気が合う所があるのかしらね、今まで気が付かなかったわ。今度、私もそのライブハウスで、その曲聴いてみたいのだけど、毎回ライブで聴けるのかしら?」

「うーん、どうだろう、よかったらCD貸すけど」

「ありがとう、嬉しい、じゃあお願いしようかな、今度、CD貸してくれる?」

「OK」

二人は意外にも、ここで距離が縮まった。

今までは『ただの同じ店で働くもの同士』という感じだったが、同じ曲が好きだと言うだけでここまで話せるとは、お互い思っていなかった。

アリッサはその後、アイリーンが準備を終えて店から出るまで、楽し気に会話した。

店を出てからも今日はなんだか気分が良かった。

妹の襲来もこのまま乗り切ろうと決心し、アリッサは午後を待った。




午後になり、アイリーンが戻ってきたが、再びフローリストの仕事に出かけて行った。

アリッサの休憩時間に店番だけして、行ってしまった為、今日はあれからほとんど顔を合わせていないが、元々そういうスケジュールだった為、お互いに何も思わなかった。

しかし、アリッサにとって、これからは何時に妹が来てもおかしくない。

アリッサは、まずは母の所に行って、ジェラートでも食べてから来るのでは?と考えた。

後は、ボブがどのようにして連れてくるのかも気になった。

二人はそこまで仲が良いわけではなかったはずだ。

もしかしたら、アリッサが知らない間に仲良くなっているのかも知れないが。

どこか避けているようにも見える。

子供にとって、家族以外の男性に恐怖を覚えてもおかしくない。

ボブは居候だが、家族ではない。

血の繋がらない子供とおっさんが一緒にデパートに来る姿が想像できなかった。

その時だ、「やあ!アリッサ!」とどこかで聞いた声が響いた。

「はっ?えっ?ボブ、ビックリした」

「おねえちゃん、おしごとおつかれさまです」

その時、子供が丁寧にお辞儀した。

「あっ、ありがとう」

花屋は丁度、客もいない状態で、アリッサはボーっと考え事をした時、まさにその二人が現れた。

「あれ、やけに早くない?」と、ボブに話しかけたつもりだったが、ダリアが答えてくれた。

「きょう、がっこう、五じかんまでなの、だからだよ」

アリッサが、あぁ、五時間授業だったんだと思っている所へ、今度はボブの声が響いた。

「ダリア、僕はママのジェラートショップへ行ってくるけど、大丈夫かい?」

「うん、ボブさん、ありがとう」

「じゃあ、アリッサ、ダリアを頼んだよ!」

「はっ?えっ?どういう事?」

アリッサは訳が分からないうちに会話が進み、戸惑っていた。

そこへダリアが話しかけてきた。

「おねえちゃん、あのね、ごめんなさい、あのね、ニコラスもきたいってゆうからね、つれてきちゃったの、でもね、トラムみたいってゆうからね、パパにのせてもらってるの」

「うん、理解出来ないけど、とにかく三人で来たんだね」

「そう!」

「で、今日はどうしたの?」

「おねえちゃん、もうすぐたんじょうびでしょ?ママがいってた。だからね、なにがプレゼントでほしいかな?っておもったらね、お花だとおもったの!だから、いまからダリアがえらびます!」

「えっ、あ、そうなんだ、ありがとう」

「おねえちゃん、アリッサとダリアと、ママのとマリーとリリー、それからーニコラスとーあーニコラスはお花のなまえじゃないんだった。」

「ちょっと待って、花って結構高価だし、季節によってない物もあるから!」

「そおなの?ショック!」

「えーっと、とりあえずじゃあ、えー、あっ、色!色で選んでよ、そうだなー、あぁ、白と赤にして!そうダリアとアリッサムの色」

「…!わかった!ちょっと待ってて!」

そう言って、ダリアは店内を物色し始めた。

ダリアはどこかで見たことあるポシェットを肩から下げていた。

ふわふわの茶トラの顔のポシェットは、アリッサがどこからか貰ったやつで、子供っぽいからと一回も使わず妹にあげたやつだった。

“あれって『茶トラのキッキー』のポシェット。去年のやつまだ持ってたんだ。”

『茶トラのキッキー』というのは、子供向けのキャラで小学生には人気だが、当時中学生だったアリッサには全く興味ないが、そこら辺のおばちゃんというのは、いったい何なのか分からない親切を押し付けてくる時がある。

「あんたにこれあげるわ。息子の子供に買って来たんだけど、いらないって言われて困ってた所なのよー、丁度良かったー」と言われ渡されたやつだったが、妹にあげた所、喜ばれた思い出である。

それをまだ、ダリアは大事そうに持っていた。

「あんた、まだそのポシェット持ってたんだ」

「えっ?あっ、うん、でももう、ふるくなっちゃったんだ、ところどころ、ボロボロなの」

「ふーん、そういえば、『キッキー』の新作アニメって今やってるの?」

「やってるよー!おねえちゃんもみる?」

「いや、私は良いや。」

アリッサは案外、ダリアと会話で来ている自分に驚いた。

どことなく自分の幼い時に似ている所があって、なんだかおかしくなった。

『茶トラのキッキー』ではないが、自分もダリアくらいの頃、『茶トラたんてい』というアニメが大好きで、そのアニメのキャラクターグッツを親にねだって買ってもらった事がある。

自分達は茶トラではないが、茶トラには親近感が湧いて、子供心にアニメのヒーローやヒロインになったような気分が楽しく、常にそのキャラを演じていた。

それをなんだか、ダリアも受け継いだいるように感じた。

アリッサは“やっぱり血の繋がった姉妹なのかな”とひっそりと考えた。

その後、ダリアはじっくり考えた後、

白い花と赤い花を持ってきた。

「てーいんさん、これ、プレゼントにしてください!」

「はい、かしこまりました、少々お待ちください。」

「はいっ」

アリッサは選ばれた花を丁寧に花束にした。

誰から誰へのプレゼントなのか、全て分かっているが、黙ってられない所は、自分にそっくりでおかしかった。

仕方なくダリアが好きそうな感じに包装し、ダリアに手渡した。

「お客様、出来ました、お会計は…」

そこでアリッサは、お金を受け取らずにすむ方法を考えた。

花は高価である、店の事を考えれば、それはしてはいけない事だが、ダリアが持っている小銭入れの中には、お小遣いが沢山入っているのだろうが、なんとなく足りなさそう…と思った。

店は一本何円という値段を表示している。

ダリアが持ってきたのは、一本、二本ではない。好きなだけ持ってこられた二種類の花は子供が買えるような値段ではない。

アリッサはなにか言い訳をしながら、少しづつ減らして、千円から三千円くらいに収まるようにした。

花束にするには、それなりの量が必要だったからだ。

それでも小銭ジャラジャラされている今、明らかに足りなそうだ。

「てーいんさん、これでおねがいします!」と、自信満々に言われたが百円玉が七枚転がっている。

「七百円ですね、はい、ありがとうございました」

なんとかごまかせた気がする。

お小遣いを貯めて、アリッサの為の花束を作ろうとしてくれたのだろう。

その気持ちはありがたいが、売り上げを考えると、どう考えても問題が出てきた。

その後、ボブが弟、ニコラスを連れてやってきた。

ダリアは花を抱えて、ウキウキで帰って行った。

家に帰ったら、お金が足りない花束を渡されるのだと思ったら、なんだか帰りたく無くなってきてしまった。

しかし、今日は帰らないとまた両親が血相を変えて探し回るだろう。

それにボブの存在もある。

ダリアは帰ってくるまで寝ないとか言い出すだろう。

憂鬱だが今日は真っ直ぐ家に帰らなければならなそうだ。




デパートが終わる前、アイリーンは店に戻ってきた。

今日の出来事を話し、何とかすると告げると、「じゃあ、私が何とかしとく、大丈夫心配しないで」と返ってきた。

こればっかりは、アリッサもアイリーンにどうにかしてもらうしかなかった。

今現在、アイリーンが花屋の店長だからだ。

その日、アイリーンの計らいでアリッサは早めに帰宅させられた。

気は進まないが、今日ばかりはしょうがない。

アリッサは真っ直ぐ家の方へ向かった。




家に着くとボブの出迎えが無かった。

そのまま玄関を開け、いつも通りリビングへ向かった。

「アリッサ、おかえり」

ボブはなんとリビングでソファーに座っていた。

「おねえちゃん、おかえりなさい、まってたよ!」

「ただいま」

ボブの横からダリアが顔を出してきた。

「おねえちゃん、ここにすわってゆっくりしてて、まだちょっと早いけど、おたんじょうびプレゼントもってくるね」と言ってソファーから立ち上がり、リビングから出て言った。

一緒にいたらしいニコラスは、ずっとそのやり取りを見ていたらしいが、ダリアがリビングを出たのを見て、アリッサの方を見て、「ぼくも!」と部屋を出て言った。

「アリッサ、君は姉弟に愛されているな」

「そう?」

「ニコラスはまだ、君に距離を置いてるが、ダリアはそこまでじゃないらしい。あまり会わないから、話す機会が無かっただけで、君の事をちゃんと想っている。それは今日、彼女を見ていて思ったよ」

「どの辺が?」

「お姉さんとして、面倒を見てくれたりしていたのを覚えててくれたんだ。オシャレで優しいお姉ちゃんなんだと、俺に教えてくれたんだ。」

「ダリアが?」

「そうだよ、小さい時一緒に遊んでくれて、こんな事をしたんだとか、花の絵を描いてくれたりだとか…そういう事をちゃんと覚えていたらしい。最近はあまり一緒に居られなくて寂しいとも言ってたよ」

「そうなんだ」

「君が七歳くらいの時だったな、妹が出来たのをとても喜んでいたのを覚えているよ。早く一緒に遊びたいし、大きくなったら二人でアイドルになると言ってたよ、覚えているかい?」

「そんな事言ったっけ?」

「言ってたよ、覚えてないか…まぁしょうがないな、子供の頃の記憶って忘れやすいから」

アリッサは記憶の片隅を探したが記憶から消されていた。

その時、ダリアはリビングに戻ってきた。

「おねえちゃん、はい、おたんじょうび、おめでとう!」

ダリアは先ほどの花束と絵を渡してくれた。

「ありがとう」

そこへ、ニコラスもひょっこりと現れた。

「んっ」と言って何かを差し出してきた。

「私にくれるの?ありがとう」

ニコラスはコクッとうなずいた。

ニコラスからは紙をもらった。

くしゃっとしていた紙を広げると、「おめでとう」とだけ書いてあり、トラムらしい絵が描いてあった。

「ニコラスも、かいたんだって。」とダリア。

「そうなんだ、ニコラス、上手に描けてるね。」

ニコラスは照れ笑いして、「ママー」と言い、リビングを出ていった。

「ほんとうは、わたしだけ、わたすよていだったんだけど、ニコラスもきゅうに、かきたいっていって、いっしょにかいたんだ」

「そうなんだ」

「ニコラスは、おねえちゃんのこと、まだこわそうっておもってるんだけど、きょうおみせであったら、やさしそうなかお、してるから、すこしこわくなくなったんだって」

「怖かった?私が?」

「うん、でも、もうだいじょーぶだよ」

「そっか、良かった」

ダリアはにこっと笑った。

つられてアリッサも笑った。

傍で見守っていたボブは暖かな気持ちでそこに座っていた。

いつからか家族と距離を取り始め、外側の世界へ興味を持ち始め、一人旅立とうとしているアリッサ。

このままでは、孤立したまま旅立ってしまうか?とも思ったが、どうやら再び彼女は家族と一つになれたようだ。

もうすぐアリッサは十六歳になる。

その日、アリッサはどのように迎えるのかまだ分からないが、ボブは自分を救ってくれた天使に親愛の証を贈る事にした。




その日の夜、アリッサは、妹達が部屋へ行くのを見送り、ダイニング方面へ向かった。

ボブは庭に戻り、アリッサは一人になった。

アリッサが帰ってきた時、母はキッチンで夕飯のかたずけを済ませ、風呂に入っていた。

アリッサがキッチンへ来た時は、すでに寝室へ行っていたが、ダイニングには、アリッサの分の夕食が置いてあった。

それをレンジで温めて、アリッサ一人分の夕飯の時間となった。

今日はいつもより早く帰らせてもらい、真っ直ぐ家に帰ったからか、なんだかこんな時間から家にいるのは変な気がする。

先ほど父も帰宅し、今はお風呂に入っている。

父はまだ夕飯を食べてないが、先に風呂に入り、その後食べるらしい。

ボブが庭へ帰った後、入り違うように父はリビングへ入ってきたが、アリッサの顔を見て、「ただいま、アリッサ」とだけ言い、洗面所へ向かった。

昔は父の帰りが待ち遠しかった。

子供だった分、時間の感覚が大人とは違い、お父さんの帰宅時間まで、とても長く感じていた。

トラム運転手である以上、朝早い時間からすでにいなかったり、夜、遅い時間にならないと帰らなかったり、朝一の運転の為、夕方から出かけたりしていた。

今でも時間はローテーションで回っている為、父が家にいる時間は決まってない。

昔からそんな生活の為、アリッサにはなれたが、妹達はまだ慣れず、時折、夜に父がいないと心配しているらしい。

その点、アリッサがベッドで寝ていると安心するらしく、ダリアは不安な夜を過ごした時は、朝に必ずアリッサの寝顔を見ていたと、今日話された。

恥ずかしいと思ったが、ふいに「今度、じゃあ、パパがいない時は、パパのベットを借りて、一緒に寝ようか」と言ってしまった。

ダリアのものすごい嬉しそうな顔を見て、アリッサはしまった!と思ったが、後に引けなくなってしまった。

「お休みの日前にする?」とか「パパをビックリさせたいね!」と言われて、苦笑いしながら「そうだね」としか言えなかった。

ニコラスが「ぼくは?」と言ってきたが、ダリアが「これは女同士じゃなきゃダメなの!」と言い、「やりたいなら、ライアンとやって!」と言い返した。

ニコラスは弟とはまだあまり仲良く出来てないらしい。

ニコラスは七歳、ライアンは五歳だが、小学生と幼稚園児じゃ、多少遊び方が違うからのようだ。

「ライアンはまだ小さいから、すぐ寝ちゃうもん」とすねていた。

まだ、一歳違いのダリアと一緒にいた方が楽しいらしい。

アリッサにとって、年の離れた姉弟の事情は、いまいち良く分からなかった。

その辺はダリアがお姉ちゃんとして、色々と調節しているらしい。

事情を呑み込めてないアリッサに、“お姉さんとしてのダリアの姿”を詳しく説明してくれた。

改めて自分には後、五人の姉弟がいる事を思い知らされた日だった。

もうとっくに寝る時間は過ぎているのに興奮状態が覚めやらないダリアを沈めさせるのに大変だったが、ニコラスが寝始めたのが幸いして、ダリアは弟を連れて部屋に戻って行ったが、あのまま、寝てくれなかったら、いまだに話を聞かされて、お腹が空いてるのに一向にご飯を食べてないままかと思ったが、今やっと食べてるようになり安堵している。

今日の夜は、こうしてダリアのおはなし攻撃にあって、楽しい反面、疲れてしまった。

食事の味は、いつもより少しだけ美味しく感じているが、今後は少し、ダリアの為に時間を作ってやる必要があるかと考えた。

そうしないと、またいつこうして爆弾が爆発したように喋り始めるかわからない。

そうなる前に、今までより少しだけ妹との時間が必要なようだ。

弟達とも、もう少し大きくなったら、アリッサという姉がいる事を知ってもらいたいと思うようになった。

ニコラスとの時間も、今後ダリアと一緒に増やせれば、と、思い始めた。

ライブハウスに行く時はもちろん優先的に行くが、ライブが無い日は少し街をウロチョロするのを止め、家に帰ろうと考え始めた。

寂しいような気持ちはダリアが消してくれた。

妹達の事はあまり良く思えなかったが、ダリアと接していると、やはり姉妹なんだと思える。

そして家族なんだと…。

父や母との距離も、離れてしまったが、いずれダリアが懸け橋となってくれる気がした。

アリッサの少し家族の絆が修復された日となった夜、アリッサは夢の中で、家族と一緒に楽しそうにバーベキューをしている夢を見た。

ボブがやたら張り切っている。

居候の男もたまには役に立つのだと思える夢だった。

アリッサは夢の中とはいえ、久しぶりに家族と一緒に笑いあっていた。

とても楽しく幸せな夢である。




              第7話 終わり。


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