『再会(三)』
船倉から姿を現した男はとんぼ返りをすると、船の舳先に飛び乗った。
「やあっと見つけたで、
男は拓飛を指差し怒鳴り声を上げるが、当の拓飛はポカンとしている。
「……誰だ、おめえ?」
この言葉に男は愕然として、その場に崩れ落ちた。
「う、嘘やん……⁉︎ 冗談キツいで、ホンマ……。嘘やって言うて……?」
「————あっ!」
男の顔を食い入るように見ていた
「拓飛……もしかして、この人————」
「待てや、おネエちゃん! みなまで言うな!」
男は右手を伸ばして続く言葉を制止すると、左腕の袖で顔を覆った。袖を一払いした次の瞬間、男の顔は面に覆われていた。
————『
猴の面を眼にした拓飛は何かを思い出したような表情で男に指を突きつける。
「あっ、おめえまさか猴野郎か!」
「遅いわ! ちゅうか、なんで忘れてんねん! 死闘を繰り広げた仲やろ!」
「いや、おめえの素顔なんか一回見たっきりだぜ。そんなモン覚えてるワケねえだろ」
「……それもそうやな。——いや! そないな事はどうでもええねん! とにかく、ここで会ったが百年目や!」
男——
「……ど、どうして斉天大聖の面を持ってるの⁉︎」
突如、凰華が声を上げた。呆れたように拓飛が言葉を掛ける。
「どうしてもクソもあるかよ。ホント鈍いな、おめえは」
「だってこの人、
「だから、コイツが斉天大聖だってんだよ」
「ええっ⁉︎」
またしても凰華が素っ頓狂な声を上げるが、斉天大聖は腕を払って一喝した。
「寸劇はもうええっちゅうねん! 勝負せいや、拓飛!」
「勝負だあ? てめえが俺より強くなったら、やってやるよ」
「なんちゅう自分勝手な奴や! シバき回したる!」
斉天大聖は怒号と共に拓飛に向かって行ったが、拓飛の眼光に見据えられると、目前でトンボを切って距離を取った。
「どうした? 来ねえのかよ?」
拍子抜けしたように拓飛が口を開くが、
(……なんやねん、コイツ……! あれから
斉天大聖は警戒して近づこうとしない。
「あー……、そろそろ船を出すが、あんたたち乗らんでもいいのかね?」
煙草を吸い終わった船頭の老人が、出航の用意をしながら声を掛けて来た。
「まあ前金はもらったから、乗る乗らんはあんたたちの自由だがね」
『乗る‼︎』
拓飛と斉天大聖が同時に声を上げた。
一幅の絵画のように、夕陽色に染まった湖上を三人と二頭を乗せた船が緩やかに進んで行く。
船体の中心に立つ帆を挟んで拓飛と斉天大聖は向かい合って座っており、凰華は拓飛のそばに近寄ると耳打ちした。
「ねえ、ホントにこの人があの斉天大聖なの?」
「ああ、間違いねえよ」
拓飛が答えると不意に斉天大聖が立ち上がり、不気味な笑みを浮かべた。
「……フッフッフ、かかったなぁ拓飛ぃ……!」
「あ? 何がだ?」
「この足場が不安定な船の上やったら、お前の技は威力半減やろ……!」
「…………」
拓飛は無言で立ち上がると、左腕を船体に向けて構えた。この何処かで見た光景を眼にした斉天大聖は血相を変えて、両手をブンブンと振った。
「わーっ‼︎ ちょお待てや! 冗談やがな、冗談!」
斉天大聖が慌ててまくしたてると、拓飛の拳が床に当たる寸前でピタリと止まった。
「……悪いな、俺も冗談だ」
顔を上げた拓飛の顔には凶悪な笑みが浮かんでいる。
「冗談ちゃうやろ。ホンマにやりかねへんやっちゃからな……」
斉天大聖が冷や汗を拭うと、凰華が拓飛に詰め寄った。
「ちょっと拓飛! 何してるのよ! 湖に落ちたら、あたし泳げないのよ⁉︎」
「何い? おめえ、泳げねえくせに船に乗りてえとか抜かしやがったのか⁉︎」
「いいじゃない! あたし北方育ちなんだもん! 船に乗るのも初めてなんだもん!」
「何が『もん』だ! 偉そうに言ってんじゃねえ、このボケ!」
二人が言い争いを始めると、斉天大聖が間に入って取りなした。
「まーまー、落ち着きや、お二人さん。おネエちゃん、安心しぃ。万が一、湖に落ちてもうたら、ワイが優ぁしく助けたるさかい」
「えー……、なんかあなた眼がいやらしそうだから遠慮しとくわ」
凰華があからさまに嫌な顔をすると、斉天大聖はわざとらしく額を手のひらで打った。
「こら手厳しい、おネエちゃんやで」
「おネエちゃんじゃないわ、石凰華よ」
「そんなん言うたら、ワイかてもう斉天大聖やら猴野郎ちゃうで」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
凰華が尋ねると、
「せやな…、元斉天大聖の『
斉天大聖改め斉は親指を立てて宣言した。
「それで、盗人家業はもう辞めたのか?」
黙って聞いていた拓飛が口を挟むと、斉はペタリと座り込んだ。
「……閉店ガラガラや。
「偉いじゃない、斉!」
凰華が手を叩くと、斉は寂しそうな表情になった。
「なんも偉ないわ。ホンマは修行し直して、拓飛にお礼参りしよかと思てたんやけど、コイツなんや、さらに強なってしもてるやんけ。生き甲斐が無くなってもうたわ……」
「斉……」
凰華がなんと声を掛ければいいか考えていると、突然、斉が座った姿勢のまま跳躍して帆に捕まった。
「————決めたで! 考えてみたら元々ワイに復讐なんて似合わへんねや! ここで再会したのも何かの縁や、ワイもお前らに付いて行ったるわ!」
「ああ⁉︎ てめえなんかと冗談じゃねえぞ!」
「いやや、もう決めたんや! なんや言うても拓飛と一緒にいてたらオモロそうやもん!」
弾けるような笑顔の斉とは対照的に、拓飛と凰華は複雑な表情を浮かべた。
「な、なんか切り替えの早い性格のようね……」
「……めんどくせえ道連れは一人で充分だぜ……」
———— 第十七章に続く ————
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