それぞれの戦い  白銀の騎士伝説(後編) 3

 ジーンは、極大魔法が完成すると、足下に広がる滝を見下ろすや、躊躇なく、崖下に身を躍らせる。

 落差150メートルの崖である。


 さて、体術の一つに、体幹と柔軟さ、呼吸を以て、水に浮かべた一本の竹に、悠然と立って川を下る事が出来る技がある。

 極めれば、水に浮かべた一枚の葉っぱに立って、水に沈むのを防ぐ事も出来るそうだ。

 ジーンは、この体術を極めている。「浮身」と、またしても地味な名称を付けている。

 

 ジーンは、ほとんどの場合を、魔法にも魔法道具にも頼らずに、体術で切り抜けてきた。

 150メートルからの自由落下でも、それは同じである。

 

 密林の生い茂る木の梢に、ジーンは足先から着地する。

 柔らかく足先を振れさせると、その葉をほとんど揺らさずに落下の衝撃を他の枝葉、木の幹に分散する。

 一度の着地では分散しきれないので、さらに、下の葉に着地する。

 これを4度繰り返した後、地面に音もなく着地する。

「まだまだ極めるには程遠い・・・・・・」

 微かに揺れた葉に、鳥や虫たちが反応したのを見て取って、ジーンはため息を付いた。

 

 ジーンは、鳥も虫も、普段の状態に戻り、森が森としての日常に戻るまで、わずかにも動く事なく待つ。これをベースラインという。

 ベースラインに戻ると、己の気配を消し去る体術「無我」を行う。

「清心流水」の極地に至る事で、呼吸も、心拍も低く、浅く、遅くなる。

 全てを見て感じる「無明」と合わせる事で、ジーンは世界に溶け込み、全ての生き物に認識できなくなるまで存在感を消す事が出来る。

ベースラインが戻るまで待ったのは、急に気配が消失する方が、ベースラインの乱れが酷くなるからであった。

 


 それから、ジーンは滝に向かって歩き出す。周囲には人の気配はないが、痕跡はすでにいくつも見つけている。

 不自然な葉の折れ方、人が通ったと見られる獣道。

 地面の足跡。

 どれも、極力痕跡を残さないようにしているが、ジーンの目からははっきりと見つけ出す事が出来る。

 技術さえ身につける事が出来れば、追跡できない生き物など地上にはいないのだ。それが例え、訓練された暗殺者たちであったとしてもだ。


 滝壺に近づくと、辺りは巻き上げる水しぶきがもやとなって立ちこめている。

 そして、靄の中に隠れて人が3人。

 3人一組の見張りである。

 1人は樹上、1人は地中、1人は水中に隠れている。

 かなり過酷な見張りだが、訓練の一環として行われている。

 常人であれば、この見張りの存在にも全く気付く事もなく、逆に補足されて、死んだと気付かぬまま殺されていただろう。

 だが、ジーンの「無我」を見破れる者は少ない。見張りはジーンの存在に全く気付かぬまま接近を許してしまう。

 地中に隠れた見張りは、目の前にジーンが立って、剣を抜いて、突き刺されて尚、ジーンの存在に気付かなかった。そして、刺された事を感じる事もなく息絶える。

 次に樹上の見張りである。

 すぐ隣に飛び乗ったが、やはり気付かない。

 見れば、10歳過ぎたぐらいの少女だった。

 しかし、ジーンの手は躊躇しない。

 剣の切っ先を胸に当て、スッと差し込む。

 刺された少女は痛みを全く感じない。そのまま心臓を貫かれ、攻撃された事を気付かぬうちに息絶える。

 最後に水中の見張りである。

 水に入る時に波紋が出来る。「無我」では消し去る事が出来ない痕跡であり、無我の通用しない唯一の場所が水中だった。その為に、「浮身」を使う。

 水面に浮かぶ、一枚の葉っぱに飛び移り、見張りのいる方に流れるように進み、接近すると剣で一突きする。

 息の根を止めると、剣を抜かずに、自らも水中に入って、見張りを水中から引きずり出す。

 血が水に流れ出すと、それによって他の見張りに気付かれる恐れがあるからである。


 水から上がると、見張りの男を草むらに隠し、再びベースラインが整うのを待つ。

 そして、次の見張りの居る場所へ向かって行く。



 ジーンはその「作業」を繰り返した。

 滝の外側にいる「闇の蝙蝠」の住人を、全て消し去ると、いよいよ滝の裏側にある闇の蝙蝠の里に侵入して行く。

 

 滝の勢いは轟轟と激しく、さすがに流れ落ちる滝をくぐり抜ける事は難しい。

 しかし、崖に沿っていけば、小さな道があり、そのまま滝の裏側に抜ける事が出来る。

 知っていて気付けるような道だが、よく見れば、何カ所も発見できるはずである。

 その道にも、当然見張りがいるので、それらを始末して回り、可能な場合は道を通行不能にする。

 誰一人として逃すつもりはなかった。

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