届かぬ願い  リラの決意 4

 巨大な炎の渦がテュポーンの頭上に出現し、ヘビの様に鎌首をもたげて、カシムをめつけている。

 凄まじい熱量に、周囲の木々が炎を上げる。

 その炎をも吸収して、炎の大蛇が更に巨大化する。

 しかも、炎の大蛇に向かって風が流れ込んでいくので、カシムは炎に引きずり込まれそうになるのを耐える事しか出来ない。

 ハイエルフたちが、すかさず対抗防御の精霊魔法を使うが、全て効果が無い。

 更には、その対抗防御魔法が、明らかに弱くなっている。

『カシム殿!すまない。若いハイエルフたちは、テュポーンの支配能力に抵抗出来なくなっている』

 タイアスが通信してくる。

 テュポーンが自身の体を改造した時代に、すでに生まれていたハイエルフには、支配能力は効果が薄い。しかし、その後に生まれたハイエルフに対しては、強い効果を発揮する。

『敵対行動を取る事は、今は無いが、我々の戦力は刻一刻と減少して行くと思って欲しい』

 タイアスの言葉に、カシムは言い返すほどの余裕も無い。

 近くの木にしがみつくが、その木も燃え出す。防御魔法を沢山掛けて貰っていて尚、炎熱のダメージがカシムを襲う。

「うわあああああっっ!!」

 叫ぶ口からも、炎熱がのどにダメージを与える。

 

 炎の大蛇がゆっくりとカシムを食らい尽くそうと、大きな口を開けて接近する。

「矮小な人間めが。消し炭になるが良い」

 テュポーンが笑う。


「お兄ちゃん!?」

「カシム!!」

 デルピュネーと交戦中のミルとランダが、叫ぶが、カシムを救出するには間に合わない。


「うわああああっっ!!」

 地面にしがみつくカシムの背に、大蛇の口が迫る。

「この時を待っていました」

 静かな声が、うつぶせに倒れるカシムの背後からした。

 リラである。

「テュポーンが、最大の攻撃を仕掛けてくる時を」

 リラは光り輝く風に包まれて、炎熱の竜巻の中、平然と立っていた。

 リラは襲いかかる大蛇に手を伸ばす。

「カシム君。絶対にあなたは私が守ります」

 リラの体が、周囲が光り輝く。

「エリューネ!」

 風の上位精霊シルフである、エリューネに命令する。だが、リラは更に名前を唱える。

「エヴィオレット!リュエルガン!!力を貸して!!」


 リラを、その口に飲み込もうとする炎の大蛇の外側に、白く輝く幕が出来、炎の大蛇を拘束する。

 リラの周囲に巨大な風の障壁が発生し、リラとテュポーンのみを包み込む。

「リラさん!!リラさーーーん!!」

 風の障壁によって、炎熱のダメージから解放されたカシムが、障壁に向かって叫ぶが、轟音がカシムの叫びをかき消してしまう。



 障壁の背は、それほど高くは無い。なので、樹上にいるタイアスたちハイエルフは、中の光景を見る事が出来た。

 その渦の中にはテュポーンとリラが対峙している。

「貴様。人間のくせに、精霊魔法を使うか?!」

 テュポーンは驚愕して叫ぶ。

「あなたが、無理矢理使役する精霊を、解放させて貰います」

 リラは落ち着いている。

「クックックッ。今のハイエルフよりも、よっぽど使えるでは無いか。これはどういう皮肉だ?」

 笑いつつも、不快そうにテュポーンが言う。

「我が封印されている間に、世界はここまで醜く歪んだと言う事か?!」

 テュポーンが更にもう一体、炎の大蛇を作り出す。

「ああ!?」

 もう一体の大蛇の攻撃を、リラは懸命に風の精霊で防ぐ。 テュポーンには、まだまだ余力があったようだ。

「貴様のような存在は許せん。我が全力で消し去ってくれる!!」

 テュポーンが言うなり、更にもう一体、炎の大蛇が出現する。

「くうううううっ!!」

 一体の炎の大蛇を拘束している、光の幕が、今にもはがれそうになっている。

「お願い!エリューネ!もっと力を貸して!エヴィオレット!リュエルガン!!お願い!私たちを助けて!!」

 リラが空を仰ぎ見て叫ぶ。

 その時、ずっと視線を感じていた相手と目が合う。

 リラの上空で、大きな丸い精霊が、リラたちの戦いを見ていたのである。

「あ、あなた!あなたもお願い!手を貸して!」

 リラが叫ぶ。そして、大きな精霊に手を伸ばす。



◇     ◇




「あれは何だ?なぜリラくんは精霊魔法での攻撃が出来る?」

 トロッタの上で、タイアスが叫ぶ。

『里長!あれはもしかして、防御の魔法なのでは?』

 樹上から風の渦の中が見えるハイエルフたちからの通信が入る。

「まさか。敵の最大の攻撃を待って、それを防御する魔法自体を攻撃に用いたとでも言うのか?」


 リラが行っているのは、炎の侵攻を、真空の幕を幾重にも重ねて無炎地帯を作る。また、真空の層によって、炎の熱から身を守っている。

 風の渦は、テュポーンを閉じ込めつつ、無数の真空層によって、カシムや里を、熱から守っているのだ。

 とすると、確かに防御魔法に見えるが、タイアスには、明らかに攻撃する意図がある魔法だと分かる。

 あのまま、無数の真空層に包まれたリラが、テュポーンに接触すれば、いかなテュポーンとて無事では済まないはずだ。

 リラはそれを狙っているとしか思えない。


 しかし、「防御」と言う建前で、攻撃魔法を行えるほど、精霊界のたいこうは甘くないはずだ。

『里長!!あれは?!』 

 その声に、タイアスはリラとテュポーンの上空に、50メートルにもなる巨大な球体の精霊の姿を確認した。

「ばかな?!あれは呼ばれて来るようなものじゃないぞ!!」

 タイアス自身、その姿を見たのは、長い長い人生に於いても数えるほどである。



 風の精霊は特別である。

 風の精霊は、土以外の全ての属性を網羅する。

 風は火をおこし、火を消す。

 風は水を生成し、水をかき消す。

 風は光も闇も作り出す。

 風は土を支配する。

 その性質により、風は王者の属性と呼ばれている。

 その為か、風の精霊は、下位精霊アウラ、上位精霊シルフ、最上位の精霊シルヴェストルの他に、超位精霊が存在している。



「あれは、超位精霊『エア』・・・・・・」



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