神の創りし迷宮 魔王顕現 3
アクシスは、民衆に笑顔を振りまく。
正面を見たまま、頭を固定されているので、視線を左右の民衆に向けて微笑み、下に降ろした手の手首だけ振って、民衆の歓声に応える。
厳重な警備で、近寄る事など出来ないが、それでも、グラーダ国の王女を直接目にする機会など、一年に一回だけだ。それも、レグラーダに来なければ、見る機会などほとんど無い。それだけ、アクシスは表に出てこないのだ。
神輿は楽の音に合わせて、ゆっくり中央広場に向かう。
一辺が500メートル、200メートルの長方形の広場には、8メートルの高さの
その櫓にも、派手な装飾が施されていて、櫓の上には4つの
夜のレグラーダは昼間と打って変わり、涼しくなるのだが、広場に集まる人々の熱気に包まれていた。
10人の担ぎ手によって、神輿は地面と平行を保ったまま、ゆっくりと櫓の祭壇に登っていく。
アクシスは、ここで力を振り絞り、だるい腕を持ち上げる。腕を左右に大きく開き、荘厳さを演出する。
神輿が櫓の頂点の祭壇に到着すると、担ぎ手が神輿を丁寧に降ろし、周囲を向くように祭壇の隅に片ひざを付く。
アクシスが腕を前に掲げ上げると、音楽が止み、歓声を送っていた民衆も、ピタリと声を上げるのを止める。
民衆で溢れかえる広場や、それを取り囲む建物の窓や屋根の上から祭壇の巫女を見つめる人々は、息を飲んで巫女の言葉を待つ。
『ノンス トゥエス エレスズ ト オゥンス ベント ヤムザン
セイム ロンド ヤムザン
ガバル フォー オゥンス ビンザーズ ノイ』
アクシスの言葉は、古代エレス語だ。
広場の大部分の人には、何を言っているのかわからない。
アクシスの古代エレス語が、歌の様に響く。
その神秘的な響きに、人々は現実から離れた幻想的な光景を想像し、うっとりとなる。
『広く美しいエレスの大地に住まう人々よ
幸い願う人々よ
悪しき地を封じんが為に、祈りを捧げよ
祈りを力に
大地の世界の安寧を 私がもたらします
祈りを 祈りを力に
我が元へ』
アクシスの歌が止まる。
そして、エレス公用語で民衆に語りかける。
「私は我がグラーダのみならず、遍くエレス全土の人々の幸いを、心から祈念致します。どうか皆さんが心安らかに、暮らしていけますように。
地の神よ、天の神よ、精霊よ、知恵ある創世の竜よ。
私たちの願いを聞き届けたまえ」
アクシスが手を組んで胸の元に寄せて願う。祈る。
広場に集まった人々も、同じく手を組んで胸に寄せ、頭を垂れて静かに祈る。
そして、静謐なる祈りの中、都堤府から花火が打ち上がる。
それを合図に、人々は大歓声を上げる。
アクシスは人々の笑顔を目に、優しく微笑む。
この人々の願い、祈り、幸せな心、興奮、熱気が、アクシスに封印の力を与えてくれる。
アクシスの祈りは完成した。
◇ ◇
カシムが兄たちが付けた腕の傷に、更に攻撃を加える。
ザンは、小山の様な魔物の頭を何度も切りつける。
頭には巨大な口が有るのみでは無く、巨大な目もいくつもあった。横長に伸びて垂れたような、気味の悪い目だ。
ザンは、その目を集中的に攻撃する。
いくつ目を潰しても、別の場所が開いて、目が出現する。
キースとオグマたちグラーダ兵は、フルフェイスの兜ではなかったので早くに回復して、魔物に攻撃を再開している。
アルフレアのメンバーも復活したが、連戦のダメージと消耗が激しいため、アカツキのメンバーを救助していた。
アカツキの4騎士は全員がフルフェイスなので、重傷だった。また、アルフレア以上の消耗も祟って、今は身動きも出来ない。
巨大な魔物は、地上に這い出るのに全力を注いでいる為、冒険者を積極的に攻撃してこないのが救いだった。
もし、腕を振るったりしていたら、全滅もあり得る状況だった。
カシムやザン。それとグラーダ兵たちの奮戦も空しく、魔物は次第に体を出現させていく。
巨大なその姿が全容を現してくる。
流石にザンも、頭の上で戦う事が出来ず、腕を伝って地上に降りてくる。
「これは無理だ」
ザンが呟く。
「カシム、どうする?!」
キースがカシムに声を掛ける。
カシムは、またいつの間にか全体を指揮する状況になっている事に、今更気付いて頭を抱える。
だが、今更「なんで俺が」と言う訳にもいかず、決断を下す。
「充分だ。全員で帰還する!」
「了解だ!後退するぞ!!」
キースが部下に指示を飛ばす。
「我らが防壁となって、冒険者たちの帰還を援護する!!」
「はっっ!!」
兵士たちは、帰還魔法の準備をしている冒険者たちの元に走り、その周囲で盾を構えて小型の(充分大きいのだが)魔物の攻撃に備える。
カシムも、ザンも急ぐ。
全冒険者は、巨大な魔物の腕が届かない所に集結していて、すでに帰還魔法の準備が出来ており、足元に直径30メートル程の光の魔法陣が出現していた。
襲ってくる小型の魔物は2体だけとなっていて、グラーダ兵士たちが迎え撃って対応していた。
「ヴオォォォォォォォォォォォオオオオオオッッッ!!」
ついに、巨大な魔王が、その全身を穴の外に出す。
前屈みになっているのに、その背中は天井に届きそうだ。
立ち上がれば、恐らく全高40メートルは優に越えてくるだろう。
「なんてでかさだ・・・・・・」
誰もが驚愕の光景に凍り付く。
その時だ。
穴の直上に出現したオレンジ色の光る円盤が急降下する。
その円盤は、地上に現れたばかりの魔王の左足を穴に挟み込む。
いかな魔王も、その円盤の力にあがなう事が出来ず、それ以上足を引き出す事が出来ずもがく。
「今だ!!今すぐ帰還するぞ!!」
誰の合図だったか、魔法が発動する。
魔法陣が輝きを増す。
そして、転移する寸前に、冒険者たちは恐ろしい光景を見る事となる。
魔王の足と、オレンジ色の封印の円盤の隙間から、おびただしい数の魔物が這い出てくるのを。
魔物たちは、光に包まれて消えていこうとする冒険者のすぐ側まで迫り、広場を埋め尽くす勢いで溢れて来ていた。
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