神の創りし迷宮  正義の翼 1

「ニャんで逃げる必要があったんですか?!」

 ユリーカが憤慨している。そう言われてもなぁ。

「しょうがねぇよ、ユリーカ」

 ファーンが俺の代わりに言う。

「ファーファ?」

「お兄ちゃんは、あんまり野生の生き物は殺したく無いんだって。やっさしいんだよ!」

 ミルが胸を張って言う。

「いや、でもここはダンジョンだし・・・・・・」

 ユリーカが言う。

「確かにここはダンジョンだし、俺たちは冒険者だけど、野獣の場合は、このダンジョンに住み付いただけで、テリトリーに侵入したのは俺たちの方だ。必要なら殺す事になるけど、今みたいに余裕があったら逃げるさ」

 俺が答える。

「ほんとですかニャ~?」

 ユリーカが訝しそうにする。

「魔獣や魔物なら戦うけど、危なくなったら、やっぱり逃げるかな」

 正直に俺は答える。それに関しては、ユリーカも頷く。

 自分の身の丈に合わない戦いを避けるのは、冒険者の鉄則である。ただ、俺たちにとって、このダンジョンでの戦闘そのものが身の丈に合っていない事には、あえて言及しない。


「さて、次だ」

 ユリーカにあれこれ言っても仕方が無い。それよりは、前方から迫ってきている気配に集中する事にする。

 ルゥゥゥゥゥゥオオオオオーーン!!

 響く吠え声に、俺は一瞬目眩を覚える。

「ハウリング!?」

 吠え声による精神異常。ファーンが尻餅をつく。混乱系か?

 俺はリラさんの精神魔法防御魔法と、自前の精神力で耐えた。ただ、頭にモヤがかかったような不快な感じがする。

 リラさんは抵抗できたようだし、ミルにはそもそも効かない。


『リアリード!』

 

 リラさんが解除魔法を使ってくれたので、頭のモヤが消える。ファーンも状態異常から回復すると立ち上がる。

「サンキュ、リラ」

 そう言うと、素早く手帳を取り出し構える。

「よし、行くぞ!」

 俺たちは武器を構えて、ハウリングをした魔獣の元に走る。

「クー・シーだ!!」

 通路の先にいたのは、2メートル近くもある、大きな犬である。緑色の長い毛を持った魔獣である。

「お兄ちゃ~~ん!!ダメだぁぁ!!!」

 先行しかけたミルが、急いで引き返してくる。

「っく・・・・・・!ああ。わかってる!!」

 俺もクー・シーの姿を見て、足を止めざるを得なかった。

「どうかしたのニャ?!」

 ユリーカが俺に尋ねる。

「コイツはマズイ相手だ!!」

 俺が叫ぶ。

「ええ?!黒ランクなら、苦戦する相手じゃ無いニャ!!」

 ユリーカの言うのももっともだ。それに、オゥガやオークに比べれば、俺たちでも充分戦える相手だ。

「逃げよう!!」

 だが、俺はそう決断をする。ミルも頷く。

 そう言う間に、クー・シーが再び吠えると飛びかかって来た。なかなか素早い!

 俺は、クー・シーの開いた口を剣の平で受け止めると、その勢いを利用して、下から足を蹴り上げて、クー・シーの腹を蹴りながら、俺の後方に投げ飛ばす。

 クー・シーにはダメージは無いようで、空中で体勢を整えると、スタッと四本足で着地する。

「よし!今だ!」

 俺たちは逃走しようとしたが、前方にもう1匹クー・シーが現れた。

「ああああ~~!」

 ミルが叫ぶ。クソッ!

「どうしたんですか?」

 リラもユリーカ同様、不審がって俺とミルを見る。

「いや。だって、あいつら可愛いから!!」

 俺が答えると、ユリーカもリラさんも、ファーンも呆れた顔をする。


『エアリセント!』

 

 リラさんが無情にも風の刃の魔法を唱え、1匹のクー・シーが真っ二つにされる。

「ああああ~~~!」

「ジョーーーーン!!」

 俺とミルが叫ぶ。ってか、ミル、名前は付けちゃダメだろ。

「リラの魔法、威力が上がったね~」

 ファーンが感心する。

「くう。こうなりゃ仕方が無い・・・・・・」

 俺は覚悟を決めて、前方のクー・シーに斬りかかって行った。




「カシムンは結構、偽善者なのニャ!」

 ユリーカの言葉に、俺は反論できない。

「ごもっともです」

「敵の見た目で殺す事を決めたり、ためらったりしている様ではいけないニャ!」

 ユリーカに叱られる。ユリーカは先輩冒険者だから、聞くべきところがある。

「説教中悪いんだが、魔石はどうする?」

 ファーンがクー・シーの死体を見て言う。

「いや。魔石集めが目的じゃ無い。死体は通路の横にどけておくだけにしよう」


 ダンジョンの魔獣は、死後、一定時間で時間の巻き戻しによって消える。その為、素材は落とさない。

 ただし、ダンジョン内の魔獣は、ダンジョンに満ちるマナを吸収している為、大なり小なりの魔石を、胃近くにある「魔力袋」と呼ばれる器官に生成する。魔石は、聖剣や魔剣の製造の材料になったり、ポーションの原料になったり、魔具として使用されることもある為、ギルドで換金出来る。

 だから、冒険者は、ダンジョンで倒した魔獣の体内から採れる魔石を集めることで儲けの一部としている。

 ただし、解体するのは通路の隅で行うのが、マナーである。


 俺とファーンが、クー・シーの死体を通路の脇にどけていると、ファーンの横の壁に違和感を感じた。

「ファーン!!」

 俺は、クー・シーの死体を放り出すと、ファーンのすぐ横の壁に剣を突き込む。確かな手応え。

「うおお?!」

 ファーンが後ずさる。俺が突き刺した壁面が、グネグネと蠢くと、色を変えて、奇妙なタコの形になった。

 タコは剣で貫かれながらも、触腕を動かして、剣を絡め取ろうとする。

「迷宮ダコか」

 迷宮ダコは、遺跡にも住んでいる陸上のタコで、世界中広く分布している野生の生き物だ。

 壁などに擬態して、近付く獲物に襲いかかる、結構凶暴なタコである。

 俺が突き刺しているのは、それほどの大きさでは無いが、でかいと2メートルを越えるらしい。


「カシム君!?」

 リラさんの声に、周囲の壁を見ると、奇妙にうごめいている。

 いつの間にか、迷宮ダコの集団に取り囲まれているようだ。「これは、いちいち相手にしてられないな!」

 そう言うや、俺たちは急いでその場を離れる事にした。

 今度はユリーカも文句は言わない。迷宮ダコも、クー・シーの死体を食べるだけだろう。

 しかし、魔獣を食べた後、時間の巻き戻りがあったら、腹の中の魔獣はどうなるのだろうか?食べた生き物はまた腹が減ったりするのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る