外伝 短編 6 ファーンの誕生日
俺たちは、緊急クエストのために、グラーダ国王都メルスィンから、南のデナンまで、馬で旅をしていた。
旅は大街道を通っていき、産業都市レグラーダを経由してデナンに行くので、快適なものだった。
街道沿いは、建物が多いし、郊外に出ても、適度な距離で、宿場町や、休憩所がある。
また、所々に馬を休める事が出来る場所も用意されている。
グラーダ国ならではで、街道の警備兵も巡回していて、たまに行き交う。
グラーダはまだ夏なので、スコールはあるが、基本的に乾期だから、天気も良い。空気も乾燥していて日差しは強いが不快では無い。
ランダが迷宮に1人で向かっているが、馬に無理させる訳にはいかないから、のんびりでは無いが、順調に旅をしている。
「日が暮れてきたね」
俺の前に乗るミルが言う。馬にも大分なれてきたようだし、時々手綱を持たせて、乗馬の練習をしている。動物との相性が良いので、ミルが手綱を握ると、馬も機嫌が良くなる様に感じる。
これはすぐに1人で乗れるようになりそうだ。
ファーンの方も、リラさんに教わっているが、意外と飲み込みが良い。
「探究者だから、見れば覚える」
との事だ。まあ、確かに王城での祝宴会では、貴族の令嬢の振る舞いがバッチリだったし、ダンスも俺より上手かった。
もちろん、それまで習った事なんか無いそうだから、たいしたものだと思う。
明日には、馬を任せてみても良さそうだ。
「次の宿場町で宿を取ろう」
俺は提案する。
「わかりました」
少し後ろを馬で進むリラさんが答える。
敢えて振り返って、リラさんを眺める。
いや~~~。良い眺めだ。
リラさんは気にしてないのか、気付いていないのか、いつもの服で馬に乗っているので、スリットがガバッと開いて、左の太ももが全開状態になっていらっしゃいます。中々きわどい恰好に、対面からすれ違う男たちも、思わず見とれている。
見えそうで、見えない辺りが、実に悩ましいが、そうした邪な思いを顔に出さない努力をしなければいけない。
「リラさん?疲れて無いですか?」
そんな、不要な事を言って、振り返った理由にしてみる。
「大丈夫ですよ。フフフ」
リラさんが微笑む。邪気の無い微笑みに、流石に胸が少しだけ痛んだ。
「くう。リラの奴。さっそくベア先生の教えを実戦してきてるな・・・・・・」
何かミルが、頬を膨らませてむくれているので、取り敢えず頭を撫でてやる。
しばらく行くと、宿場町が見えてきた。
日が暮れる前に宿に入る事が出来た。
小さな宿場町で、宿も小さい。結構手狭な部屋に、ベッドが4つ詰め込まれただけの部屋で、そこに泊まる事となった。
俺たちは、食事を済ませると、それぞれが風呂に入る。グラーダなので、どの宿にも風呂は設置されている。
例によってファーンは長風呂なので、俺とミルとで、カードゲームをして遊ぶ。リラさんは、夜の宿場町の散策に行っていた。
そんな感じで過ごして、夜になる。
俺たちは、夜も早々にランプを消してベッドに入る。
しばらくすると、真っ暗な部屋の中で、ファーンが俺に尋ねてくる。
「カシム。そういえばさ。今日って何日だっけ?」
藪から棒にどうした?そう思いつつ俺は小声で答える。すでにミルも、リラさんも寝息を立てている。
「今日は6月1日だよ。それがどうした?」
すると、もそもそっと寝返りを打つ音がする。
「そうなると、オレ、お前より年上になったな」
小さい声でファーンが言って「ヒヒヒ」と笑う。
「ふ~ん」
俺はそう答えて、目を閉じた。
・・・・・・・・・・・・。
ん?どういう意味だ、それ?
「だああああああああ!!みんな起きて起きて!!!」
俺が叫んでベッドから降りて、急いでランプに明かりを灯す。
ミルもリラさんも、何事かと飛び起きるや、戦闘態勢を取った。ファーンもキョトンとしている。
「ど、どうしたんですか、カシム君?」
リラさんがキョロキョロ周囲を見まわして声を上げる。
「なになになになに??」
ミルも、索敵感覚に何もヒットしてないのに、何事かと戸惑っている。
「違う違う!敵襲とかじゃ無い!取り敢えず座ってくれ」
俺は仲間をなだめて、それぞれのベッドに座らせた。
「で、どうしたんですか?」
リラさんが改めて俺に聞いてきた。ファーンがバツの悪そうな顔をして困っている。
「すみません、リラさん、ミル。驚かしてしまって」
まずは発作的に大声を出してしまった事を詫びる。幸い、まだ1階の食堂で飲んだり歌ったりしている人たちがいる時間で、他の部屋から文句は言われなかった。
「ファーン。お前、今日が誕生日だったんだろ?」
俺がファーンを問い詰める。すると、困ったような顔をしたままファーンがコクリと頷く。
「何で言ってくれなかったんだよ!?」
俺がそう言うと、ファーンはうつむいて「ごめん」と言う。
「いや・・・・・・謝るのはお前じゃ無いよ。俺、何にも用意できてないじゃないか・・・・・・」
責める事なんて出来ないし、責めるべきじゃ無い。それに、本当に申し訳なさそうにしているファーンが、見ていられない。
「本当なの、ファーン?」
リラさんも、ミルも、ショックを受けている。
「いやあ。だって、オレ、誕生日ったって、今まで何にも無かったし・・・・・・」
ファーンはスラムで育ったそうだ。その上、物心ついた頃に母親も蒸発してしまい、1人で生きてきたらしいからな・・・・・・。
「ごめんね・・・・・・」
ミルがファーンに謝る。すると、ファーンが、無理して笑う。
「いや。気にすんなよ。オレだって忘れていたんだから」
「忘れるって・・・・・・」
俺の誕生日は、いつも異常に豪勢だった。キラキラな服を着せられて、館中をパレードさせられたりして、いつも嫌でしょうがなかったが、何も無いというのもそれは淋しすぎるじゃないか。
「スマン!そんな事も気付いてやれずにいて!」
俺はファーンに頭を下げる。
俺たちのパーティーは、結成してまだ2ヶ月弱だ。まだまだお互いの事を十分理解できている訳じゃ無い。誕生日の話題なんかした事が無かった。他にも知らない事が多すぎる。
全部知る事なんて出来なくても、理解しようと努める事って、やっぱり大切なんだよなぁ。
「いや。オレさ。あんなだったけど、名前と誕生日だけはちゃんと母ちゃんに貰ったんだよな~」
あっけらかんとそう言うが、それがなお一層、痛々しく感じてしまう。
「わかった。ファーンは6月1日。今日が誕生日だな!」
ファーンが頷く。
「俺は7月10日だ」
ちなみに、アクシスは7月2日で俺と近い。一瞬同じ年になる期間を喜んでいたっけ。
「私は3月28日です」
リラさんが微笑みながら言う。良し、覚えておこう。まだ大分先だなぁ・・・・・・。
「ミルはねぇ。10月13日!!」
ミルも元気に言う。
「じゃあ、ファーン!何も用意できて無くって、本当に申し訳ないんだけど・・・・・・」
「「「誕生日おめでとう!!!」」」
リラさんとミルも、声を揃えてファーンに言う。
ファーンは目をぱちくりさせて、少し困った様な、照れたような顔をする。それから、はにかんで「ありがと」と小声で言った。
「ファーン。今日は何も用意できて無いけど、改めてお誕生会をしましょうね」
リラさんが提案する。
「でも、今日も大切だよね~。何かしようよ!」
ミルも提案する。どっちも大賛成だ。
「じゃあ、プレゼント代わりに、ファーン。俺たちにして欲しい事って無いか?」
俺が訊くと、リラさんもミルも乗り気でファーンを見つめる。
「ええ?!んな事急に言われてもよぉ~~」
ファーンがモジモジする。お?何かありそうだな。
「遠慮するな。何でも言ってみてくれ」
俺がもう1つつきすると、ファーンがゴニョゴニョと、消え入りそうな声で、真っ赤になりながら言った。
「じゃあ、オレの事さ。誉めてくんねぇ?」
ファーンの奴、誉められるの苦手とか言っていたが、やっぱり本当は誉められたいんだよな。今まで誰からも認められず、誉められず、厄介者、いらない者として扱われてきたんだ。人に誉められる事に餓えているのもうなずける。
「お安い御用さ!!」
俺が張り切ると、ファーンが手を付きだして俺を止める。
「ちょーーーと待った!待った!お前は最後にしてくれ!!」
「え~~~~。何でだよ?」
せっかく張り切ってたのに。
「カシムって、結構天然だから、キクんだよな。だから、リラとかミルとかで心の準備をしておかないと・・・・・・」
ファーンが妙な事を言うが、リラさんもミルも、「うんうん」と頷いている。なんか理不尽だが、まあ良いだろう。
「じゃあ、あたしから行くね、ファーン!」
ミルがニコニコしてファーンを見る。
「お、おう!」
ファーンが気合いを入れて身構える。それって、誉められる態度じゃないよな・・・・・・。
「ファーンはね。いっつもあたしたちパーティーのみんなの事を見てくれてるの。それで、誰かが困っていたら、すぐに助けてくれるんだよ。だから、あたしたちの中で、一番の働き者だし、頑張り屋さんなんだよ。いっつもありがとう、ファーン!!」
言われて、ファーンが真っ赤になって自分の頬をパンパンと両手で叩く。嬉しそうだ。
「ありがと、ミル」
「次はわたしね」
リラさんがファーンの事をジッと見る。
「ファーンはずるいわ!!」
そう言う。あれ?誉めるんだよね・・・・・・。
「ファーンはいつも自分勝手な態度で、戦いでも剣を抜かない!」
あれれ?リラさん怒ってる?俺はハラハラしてリラさんとファーンを交互に見やる。だが、ファーンもミルも、平気な顔をして笑っている。
「なのに、本当にずるいのね。私もあなたに負けないように、がんばりたいわ」
そう言うと、リラさんはファーンに微笑みかける。
「リラががんばったら、誰も勝てなくなっちまうよ」
そう言いながら、ファーンはとても満足そうに笑う。
俺にはさっぱりわからないが、どうも今ので女子3人は通じ合ったらしいし、誉めた事になるらしい。
「さあ、カシム!かかって来やがれ!!」
ファーンがファイティングポーズを取って気合いを入れる。
だから、それ・・・・・・。誉められる人が取る態度じゃ無いだろ。
まあ、俺の番だ。せっかくだから真面目に誉めよう。
「ファーン。俺はお前の冒険に対する姿勢、そして、人を助けようとする心に、本当にいろんな事を学んだし、助けられて来た。迷って、苦しんでいても、お前がいてくれるから、俺は立ち上がれるし、前に進む事が出来た。
だから、感謝している。尊敬できる相棒だとも、大切な親友だとも思っている。
だから、これからもずっと、旅を共にしたい。
それとだな。王城の祝宴会で、お前を見た時には、本当に貴族の令嬢かと思った。だから、お前だとわからなかった訳だけどな、お前、本当に綺麗だったから驚いたよ。
また、俺と踊ってくれよな」
俺が真顔でそう言うと、ファーンが真っ赤になって縮んでいった。リラさんとミルは、何でか真っ青になっている。
・・・・・・あれ?何かまずったか?
だが、ファーンが、ゴニョゴニョと、また小声で言った。
「その・・・・・・。みんな、ありがと」
それから顔をあげると、俺たちの顔を見て、にこっと笑う。
「オレさ。こんな誕生日初めてだ。オレさ、生まれてきて、良かったんだな」
さらりと出たその言葉に、俺は胸をつかれた。リラさんが思わず涙ぐむ。
「オレさ・・・・・・オレさ・・・・・・。みんなの事、大好きだわ」
そこまで言葉にしたファーンの目から涙がこぼれる。すると涙が次々溢れて止まらなくなる。
「うわ、うわ・・・・・・。うわあああああああああああああああん!」
ファーンがベットの上で号泣する。
「うわああああああああああああああん!ありが、ありが、ありがとーーーー!ありがとーーーーーー!!」
何だか俺まで泣けてきたが、結構強くリラさんとミルに背中を叩かれたから、俺はファーンのベッドに移動して、泣きじゃくるファーンを抱きしめてやる。その上から、リラさんもミルも、ファーンを抱きしめる。
「うわああああああああああああああん!!うれしいよーーーーーーー!!!」
ファーンが泣きながらそう言うので、俺たちは思わず笑ってしまった。
「「「ファーン。誕生日おめでとう」」」
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