獣魔戦争  最終決戦前夜 4

 俺が、とっさにときの声を上げさせたのは、敵にこっちが戦勝ムードになって油断していると思い込ませる為だ。油断していると思っていれば夜襲を掛けるだろうし、敵の動きも単純になりやすい。その分、こっちは迎え撃ちやすくなる。夜襲を奇襲する訳だ。

 一方で、待ち構えている事が内通者によって敵にバレても構わない。

 こっちが夜襲があるに違いないと備えている事で、敵の夜襲自体を防げたら一番良い。実際に夜襲を掛けられてとしてもこっちは備えているのだから対応がしやすい状況だ。

 つまり、二段構えの作戦になっているのだが、ここではそれは明かせない。

 可能性はかなり低いが、この中に内通者がいるのかも知れないからだ。

 こうやって疑心暗鬼を生じさせるのも地獄の魔物たちの常套手段なのだから厄介だ。


「それで、明日の攻勢は、オレ様と、カシムが2部隊引き連れて出る。バック、バニラ。行けるな?」

「もちろん!」

「わかりました」

 2人が答える。

「バレルも今回は一緒に来い!」

「了解しました」

 この人選は、3バカなら裏切らないと確信しているからだ。

 確かに、この3人は、裏切ったらすぐバレそうだし、心の闇もなさそうだ。


 まあ、俺たちが疑っているのは獣人では無く、人間種なのだ。獣人は基本的に単純だし、個人の財産とか、手柄について頓着しない。手柄に執着するなら、余所者の俺やファーンに、あっさり指揮権を与えないし、ジャンケンで隊長を決めたりもしないだろう。

「以上だ!」

 マイネーが話しを打ち切り解散となった。






 解散後に、俺はファーンと宿に戻った。4人一部屋の大部屋を確保してくれていて、食事もしっかり出るので、早く食事にしたかった。

 2人で急いで宿に戻ると、部屋にはリラさんとミルが待っていた。

 しかし、なぜかセルッカとレックまでいた。

 レックは俺の顔を見ると、ホッとした様子だった。

「お帰り~~」

 ミルがすぐに出迎えて、俺にしがみついてくる。

 ミルは今日、とてもがんばったので、頭を撫でてやる。

「今日は偉かったな、ミル。戦いでもそうだし、リラさんの事も助けてくれて、ありがとう」

 俺がそう言うと、ミルはとても嬉しそうに俺の胸に顔をこすりつける。

「ふふ~~ん。お兄ちゃん大好き!」

「ふふ~~ん。お兄ちゃん、あたしも撫でてくれても良いんじゃないのかしら?」

 ファーンがニヤニヤして頭を差し出してくる。

「ほれ。撫でていいぞ。オレってば、すっげーーーーーがんばったんだぜ」

 おいおい。

「あの、ちょっと、ファーンさん?」

 俺が強ばった表情を浮かべていると、リラさんまでやってきた。

「それなら、あたしも撫でられる権利は充分ありますよね、カシム君?」

 おお?!な、撫でていいの?

 俺は違う意味で体が強ばる。一気に顔が熱くなる。頭を差し出すいたずらっぽい顔のリラさんが、これまた可愛い!!

「リラさんは私が撫でましょうか?」

 セルッカがモジモジ名乗り出るが、リラさんが「セルッカ?」と低い声で言ったら、「すみません!!」と引っ込んでいった。いつの間にこんなパワーバランスが出来たんだ?多分セルッカはリラさんより年上だよな・・・・・・。

 まあ、俺も初っぱながマイネーとのケンカだったので、この町では他の年上の人とかにも、ずいぶん偉そうな口の利き方だったな・・・・・・。さっきマイネーに指摘されるまで気付かなかった。

 何だか仕方が無いので、ファーンとリラさんの頭も、怖ず怖ずと撫でて、この奇妙なイベントを終了させる。

「うわ。ほんとに撫でたよ」

 ファーンが撫でられてからブツブツ言っていたが、これは無視しよう。

「ところで、なんでセルッカとレックがいるんだ?」

 特にセルッカな。リラさん好き過ぎだろ、お前。

「私は、リラさんに故郷の詳しい場所のお話を聞きに来ました。やはりこの辺りではヒル除けの魔法は必要です」

 うん。答えはやはりとても真面目だ。だけど、ちょっとリラさん好き過ぎるので、引いてしまう。

 次にレックに目を向ける。

「あ、ボクはセルッカさんに引っ張られてきました。ごめんなさい」

 レックは少年の様な見た目をしていると言ったが、聞いてみたら本当に少年だったので驚いた。年は11歳。ミルより年下だ。ミルが13歳だからとそれを基準に考えてしまったが、レックの方が年上に見える。しゃべり方も丁寧だし。

「女の人ばっかりで、ボクどうしたらいいのかと困ってました」

 俺に笑いかけながらそう言う。しかし、レックはピンクのフワフワの髪を、後ろで結わえているので、顔だけ見ると女の子に見えなくも無い。露出の多い服と、細いのにしっかりと付いた筋肉で男だとわかる。が、そんな事言ったら怒られそうだし、ファーンの件で懲りているので自重しよう。

「早く休まなきゃ行けないのに、災難だったな」

 そう言うと、俺は何の気無しに、レックの横を通りかかった弾みで、頭を撫でていた。座っているレックの頭の高さがちょうど良かったんだ。

「あ・・・・・・」

 レックが真っ赤になってうつむく。

「ああ!!カシム、お前!!」

「男でも女でも見境無しなのは、さすがにダメだよぉ!!」

「レック君がいくら可愛らしいからって・・・・・・」

 更にセルッカまで「うわぁ~~」とか言ってる。

 ・・・・・・ック。こうなったらなぁ~~~。

「フハハハハハ。可愛い!可愛いぞレック!!一番可愛いぞぉ!!!」

 もう自棄だ!開き直ってやる!悪になってやる!!「マイナスまで持っていけば、後は上がるだけ理論」の実践だ!!

 レックを抱きしめてワシャワシャと頭をなで回してやったぜ!見ろ!聞け!女どもが悲鳴を上げてやがるぜ!!

 ゴンッ!!

「レックが困ってるぞ、カシム」

 ファーンに殴られてしまったので、そこでおふざけは終了とする・・・・・・。レック、すまん。

 それと、突っ込みを入れたファーンが手を振って痛そうだ。あいつもそろそろレベル上げしないと、うかうかと突っ込みも入れられなくなるぞ。

 俺の手から解放されたレックは、真っ赤な顔のまま、お茶をすすって黙る。


「まあ、冗談はその位にして・・・・・・」

「冗談だったの?」

「本気に見えたわ・・・・・・」

「そっち系かと・・・・・・」

 ブツブツ言ってるのが聞こえるが、懸命に無視をする。

「これから夜襲があるだろうから、特に交代制のレックとセルッカは出来るだけすぐに寝ておいた方がいいぞ」

 俺の指示に、ファーンが付け加える。

「夜襲が失敗したら、奴ら夜通し太鼓を鳴らしたりして、オレたちを寝かせない作戦に出るかも知れないんだ」

「ひゃああ~」

 セルッカが小さな悲鳴を上げる。

「それじゃあ、リラさん。この戦が終わったらお話しして下さい」

 セルッカが立ち上がると、レックも慌てて立ち上がる。

「わかったわ。ゆっくりおしゃべりしましょうね」

 リラさんが笑顔で2人を見送る。が、すぐに表情を曇らせて戻ってきた。

「リラさん?」

 どうしたのかと思っていたら、答えがやってきた。

 マイネーだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る