獣魔戦争 カシム隊 6
カシムの元に、ミルたちの三番隊が合流するまでに、更に1体とのトロルとの戦闘が避けられなかった。
カシムたちが先行した結果、周囲のトロルたちが集結し、3体のトロルに囲まれる形になっていた。
三番隊は、カシムの戦場に駆けつけつつ、二、四番隊にも声をかけて集結の指示を出していたが、どの部隊も戦闘中で、すぐには動けない。それでも戦闘を切り上げて、移動に向けての動きを取り始めた。
三番隊は、一番隊を取り囲むトロルの内、1体に狙いを付けて槍を突き立てていく。
「お兄ちゃん!あっち、来ちゃってるよ!!」
ミルがカシムに叫ぶ。
「何だって?」
カシムはミルの指さす方を見る。
「うおっ!?」
迫り来るモンスター一軍の動きに、驚いて、一旦トロルから距離を取る。
「陣形?!何でだ?」
カシムは困惑する。モンスターなら、突撃してくるかと思っていた。しかし、敵一軍は、カシムたちを防壁に押し込む形で横に広がりつつ、陣形を維持して迫ってきていた。
このままでは小門に逃げ帰る道が無くなってしまう。振り返ると、想定していた通り、進軍経路となった川への道は、敵の本陣によって塞がれていた。
しかも、小門の前にも敵の一部が進出してきているため、町への帰還には、どうしても敵の陣形を突破していくしか無い。
正面の敵を突破したところで、小門の前に陣取る一部隊との戦闘をしている内に、突破した敵が、反転して、結局挟撃されてしまう。
まさに絶体絶命の状況になりつつあった。
しかも、今現在も3体のトロルに囲まれていて、他のトロルも続々と接近してきている。
「しまった!深入りしすぎた!」
カシムは自分の失敗を認めた。だが、問題はこれからどうするかである。
カシムはすぐに決断する。
「3人1組で2体のトロルを少し抑えろ!その間に残りのメンバーで三番隊と共闘して1体のトロルを倒す!その後直ちに現戦場を離脱する!!」
「おおおおおっ!」
カシムたちの動きは速かった。10人以上の獣人たちが、1体のトロルに槍を突き立て、完全に動きを止める。
その間に、カシムが火炎刀で、ミルが望月丸で連撃を浴びせて、トロルを1体仕留める。
「よし!撤退だ!」
カシムが一番隊、三番隊に指示を出す。
カシムが先頭に立って、四、二番隊と続けて合流する。そして、二番隊が相手していたトロルを打ち倒して、敵本陣が待ち構えている、川に向かって走り出す。
「そっちですか?」
後方からバックが叫ぶ。当初の予定では、南西の小門に向かう事になっていた。しかし、今は小門の前に敵の一部隊がピッタリ張り付いている。防壁から矢が飛ぶが、守備隊は少数だ。大軍のモンスター軍にとって、多少やられたところで、たいした痛手にならない。逆に防壁に接近したため、モンスターからの矢や投石も届くようになり、人数が多いモンスター軍が優位に立っている。
敵の本陣は、川に丸太をいくつも渡しかけて、幅の広い即席の橋を作り上げていく。その為、多くのモンスターが、カシム側の川岸にも渡って来ていて、すでに陣を敷いていた。半数でも、敵の数は1000はいる。しかも、見るからにゴブリンやコボルトと比べて体が大きい。
その敵本陣は、カシムたちの動きに合わせて、盾を構えて陣形を崩さずに即応して前進してきた。
どう考えても敵本陣に突っ込むのは悪手である。
後方からは、西と南への退路を断つ形で、3000のゴブリン、コボルトの軍団が半包囲陣形でカシムたちを押し包もうとしている。
「構うな!後列を厚くして、
カシムのかけ声に、部隊がさっと動く。
一番、三番、四番、二番の順に縦に長く伸びて突進する。先頭がカシムで、最後列がバックの率いる部隊となる。走りながら、カシムが後方にいくつかの指示を飛ばす。
正面からは敵本陣が、横に陣形を伸ばしながら前進してくる。川への道は完全に塞がれてしまった。
後方からは、いよいよ包囲の輪を閉めつつ、敵一軍が進軍速度を速めてくる。
トロルは、これらの動きに反応できず、その場でキョロキョロしながらぼんやりしている。命令する役だったゴブリンが、ほとんどやられてしまった為である。
5体倒せば十分で、敵が反応しないうちに町撤退を開始していれば、敵が小門を覆う前に町に戻れた可能性もあった。
だが、最初にトロル相手に勝ちすぎて、敵の中央近くまで進撃してしまったカシムの判断ミスである。
結局トロルを9体も打ち倒す事が出来たが、そのせいで退路が完全に断たれてしまったのだ。
カシムはそのミスを取り返し、絶体絶命の状況を打破しなくてはいけない。それがこの転進だった。
「今だ!!!」
カシムが目前に迫る敵本陣に向かって、炎の刃を飛ばす。
それを合図に、縦に伸びたカシムの部隊全員が、一斉に右、つまり町の防壁方向に向かって直角にターンして走る。
横に長く伸びて町に向かう形になる。
敵の本陣は、カシムの炎の攻撃によって、一瞬動きが止まる。だが、さすがは敵本陣は動きが速い。川への道を完全に塞ぐべく、町に向かって急速に陣を伸ばしつつ、牽制の矢を射かけてくる。一番本陣に近いカシムたち一番隊に矢が集中する。
『エアリス・クロス!!』
リラが風の防御魔法を唱える。風が味方周辺を吹き荒れて、矢の方向を反らす魔法だ。だが、狙いを反らす程度の効果しか無いため、風の衣を突き破って、無数の矢が一番隊を襲う。カシムを含めて、何人もの体に矢が突き立つ。リラは、護衛の2人が身を挺して守ったので無事だった。
しかし、一番隊は走る速度を緩めず、防壁に走る。
先に町を囲む堀まで到達したのは、敵本陣の一部だったが、行動が迅速で、そのまま堀に沿って南下する。カシムたちの前進する到着点に先回りしてくる。
「カシム殿!敵本陣を見ましたか?」
カシムを守るようにすぐ横を走る部隊長のガルドが、敵本陣の陣容を確認してカシムに声をかける。カシムは走りながら頷きつつ、腕に刺さった矢を引き抜く。
幼い頃から祖父との特訓では、ペンダートン家の優秀な回復魔道士に治療されながらも、常に重傷を負い続けていたカシムは、この程度の傷には慣れているし、呪いや、ドラゴンドロップとの適合時の苦痛に比べれば、外傷はたいした事では無いと感じていた。
それに、すぐにリラによる回復魔法が飛んできて、痛みを和らげてくれた。カシムはいつもすぐ背後に控えているリラを全面的に信頼していた。
そして、リラの回復魔法は、カシムにだけ向けられる。カシムとの約束通り、普段のパーティーの役割をこなす事に専念する事で、戦による心理的負担と精神力的、魔力的、肉体的な負担を軽減する目的があった。
これはマイネーも賛同していた事なので、誰からも異論は出ていない。それに、いざとなれば、リラも他の兵士の為に魔法を使うつもりだ。しかも、その時にはカシムが判断してくれる。カシム同様、リラもカシムの判断を全面的に信頼していた。
だからこそ、恐ろしい戦場ではあるが、カシムと一緒に行動できる自分は役得だと思っているし、ファーンに同情していた。
ファーンもミルも、後でカシムに誉めてもらうだろうけど、自分も誉めてもらえるし、頼りにされる快感を、今現在得られている。今回ようやく自分がアピールできる番だと感じて、嬉しくさえ思っていた。
モンスターとの戦争と同時に、女3人の戦争も、今現在行われていると、リラは思っていた。
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