獣魔戦争 カシム隊 3
次の標的に向かいながら、他の小隊の戦い振りを見回す。
バック率いる二番隊はミスリルの武器を持っている兵士が3人いる。その3人を主力として、他のメンバーが槍でトロルの動きを止めて戦っている。
バナビット率いるレックを含めた四番隊は、全員がウサギ獣人だ。その戦闘力と素早さはすさまじい。レックは魔法使いだが、マイネーを目指しているだけあって、肉弾戦も得意だ。ミスリル製の小刀でゴブリンと戦闘している。
四番隊10名なら、ゴブリン100匹を任せられる。
圧巻なのは三番隊だ。と言うより、ミルだ。三番隊の他のメンバーも呆気にとられている。
力自慢のクマやイノシシ獣人による足止めに成功したトロルを、ミルの大技で、大人五抱えもありそうなトロルの太い胴体を真っ二つにしていた。手にしているのは2本の短刀「望月丸」だ。
俺も、真っ二つにされたトロルに驚く。一体どうやったらあんな事が出来るんだ?
竜を両断した技だとは聞かされていたが、目の当たりにするととんでもない技だ。絶対もうレベル13じゃないな、あいつ。
「三番、次はあいつだ!!」
俺が次の標的を三番隊に指示する。
その指示に漸くハッとして「おお!!!」と雄叫びを上げて動き出す。ラルフがミルに賞賛の声を上げている。ミルは嬉しそうに笑うが、その目は周囲をしっかり確認していて油断は無い。これなら三番隊も大丈夫だろう。
トロルたちの反応は遅い。
南西の小門に張り付いている敵の一軍もまだこっちに反応していない。
それは、敵が山積みにしてある大量の物資によって、俺たちの行動が隠されているからだ。
ゴブリンたちが騒いで、攻撃されたトロルも叫んでいるが、そもそも、トロルはずっと雄叫びのような、うめき声のような声を出し続けているし、ゴブリンが騒いでいるのも常だ。
小門を守る守備隊による示威行動も効果を発揮して、敵軍を引きつけている。
さすがに敵本陣には丸見えで、もう異常に気付いているが、太鼓で知らせる前に、こっちは戦果を上げさせて貰おう。
俺たち一番隊が、次の標的となるトロルを目指して、大量に積まれた岩の山を回り込んだ時、川を挟んだ北西側で爆音が轟く。
マイネーの超級火炎魔法がトロルたちに炸裂したのだ。敵軍全体の動きが一瞬止まる。俺たちにとっては好機だ。
一気に標的のトロルに向かって突き進む。
『エアリセント!!』
俺の後方からリラさんの風魔法が飛ぶ。風の刃が俺の目の前のトロルの目に当たる。両目をつぶされたトロルは、顔を押さえてのけ反る。
俺は大きく隙が出来た瞬間に、トロルの胸の真ん中に火炎刀を深々と突き刺す。獣人の渾身の槍の一突きでさえ、刃の根元まで突き刺すのが精一杯だというのに、大きく反った、切断専用の刀だというのに、抵抗もなく筋肉や胸骨を貫き、トロルの心臓を一突きする。
トロルは、心臓を破壊されても、しばらく動くという。
しかし、俺が手にしているのは魔剣「火炎刀」だ。
「おおおおおおっ!!」
俺が闘気を込めると、体の内側からトロルを焼く。
トロルは大きな口と、垂れ下がった鼻と、濁った目から炎を吹き上げて、一瞬で絶命する。
火炎刀の戦闘能力はとんでもない!この俺がトロルを一瞬で2体も倒してしまった。
一番隊のメンバーも、興奮して喝采を叫ぶ。
「きゃあああっ!!!」
リラさんの叫びは、歓喜の叫びのようだ。だが、リラさんが的確な判断で、俺を援護してくれたから、簡単にトロルの懐に入る事が出来たんだ。さすがはリラさんだ。
俺がリラさんを振り返って、笑顔で頷いたが、リラさんはプイッとそっぽを向いてしまった。あれ?さっきのミルとの事、まだ怒ってたりする?
「・・・・・・ああ~。じゃあ、次行ってみようか」
何とも力の抜けた指示の出し方になってしまった。
◇ ◇
『どうしよう!どうしよう!』
リラは完全に戦場にいる事を忘れていた。
そもそも、リラには周りのみんなが心配するほど、戦に出る事への緊張や恐怖は無かった。カシムに言った通り、いつもの冒険とやる事は変わらないと感じていた。
むしろ、町に残って防衛を任されたファーンを、哀れに思ってさえいた。
「カシム君と離れて戦うなんて、その方がよっぽど不安だし怖いわ」
そう思っていた。
川でミルがカシムに甘えているのを見るのは腹が立ったが、普段のミルの様子に、リラもつい普段のような対応をしてしまい、まるで仲間内でふざけているように周囲に見えていたら不謹慎だと思って、ついカシムから視線を外してしまった。別に怒っていたわけでは無いのだ。
自分がこの中で一番弱い事はリラが一番知っている。だから、守って貰うのも抵抗ないし、自分に出来る事をするだけだったから、単純な物だ。カシムをしっかり見ていれば良いのだ。
ところが、今はそのカシムを見続けるのが、実に困難だった。
『カシム君、カシム君ってば!かっこいい!かっこいいよぉ~!』
リラにとって、カシムの今の活躍は刺激的すぎた。
そもそもマイネーから、自分を庇うために戦ってくれたりしていた時点でメロメロだ。事実は違うのだが、リラからすればそう捕らえてしまうのも曲解では無いだろう。
普段はちょっと頼りなかったり、やたらと遠慮ばかりしているカシムが、今は部隊を率いて堂々と振る舞っているし、あの火炎魔獣ランネル・マイネーとも対等に接している。
リラは吟遊詩人なので、マイネーたち「歌う旅団」の物語や活躍は充分良く知っていた。それだけに「マイネー」の強さと、物語上の偉大さはわかっているのだから、尚更だ。
リラは男性恐怖症で、マイネーのような横柄な態度の大男なんて一番苦手だった。自分が苦手な相手と渡り合うカシムは、リラにとって眩し過ぎた。
そして、今は、あの恐ろしいトロルを次々と瞬殺しているのだ。
思わず「かっこいい」と叫びたくなる衝動を、抑えるのに必死だった。
これ以上カシムが活躍する姿を見せられたら、魔力が尽きて動けなくなりそうだとか、理屈の合わない事を考えたりしてしまうぐらいに平静を保てなくなっていた。
『どうしよう・・・・・・』
リラは思う。
『町の命運が掛かっている絶体絶命の戦いなのに、私は今、とっても幸せを感じている・・・・・・』
にもかかわらず、トロルを倒したカシムが、こっちを向いて微笑みかける。
『きゃあああああああああっ!!やめてぇぇぇぇぇ!!』
顔から火が吹き出そうになり、リラは急いで顔を逸らした。
『ああ~~~~。またやっちゃった~。絶対にカシム君に変に思われた~~~』
いつもの後悔と自己嫌悪がリラを襲う。いつもミルのように素直になれたらと思うのに、逆走してしまう自分に嫌気が差していた。今もそうだ。
それでも、すぐ前にカシムの背中を見ると、力と勇気が湧いてくる。
『今は私が守られているけど、絶対にカシム君は私が守る!!』
リラは杖を握る手に力を込めて走る。
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