獣魔戦争 初陣・撤退戦 3
マイネーの周囲には、おびただしい数の死体が転がっている。切り裂かれたもの、焼かれたもの、粉砕されたもの。その数はすでに1000を超えている。
しかし、モンスター軍は、どれだけ仲間が殺されようと、目の前の敵が遥かに格上の強さを持っていようと、全く怯む事も戸惑う事も無く、マイネーに向かって飛びかかっていく。
「くっそーーー!完全に作戦ミスだったぜ!!」
マイネーがぼやきながら斧を振る。闘気を込めて炎を出す暇がなかなか無い。
「人間だったら、普通はビビるだろーが!!」
突き出されたゴブリンの槍を躱して、柄を掴んで、ゴブリンを引き寄せて、斧を握った拳を直接叩き込む。その背後から、コボルトが無策にも、両腕を広げて飛びかかって来て、マイネーにのしかかろうとする。マイネーは振り返り様左の裏拳で、コボルトの頭を粉砕する。
「あーーーーっ!しつっけぇ!息つく暇もありゃしねぇ!」
そう言いながらマイネーはしっかりしゃべる。戦い始めてから1時間近くになるが、津波のように後から後から押し寄せてくるモンスターの大軍を、たった1人で相手取りながら、未だ、息を乱していない。
マイネーは未だに獣化を見せていない。余裕はあるようだ。
ただ辟易している。
「クッソーーー!やっぱ闘神王は化け物過ぎるな!!オレ様だって地上じゃ3番目に強い男だってのに、ちっとも前に進めやしねえ!!」
闘神王は数万の敵をたった1人で、無人の野を行くかのように蹴散らして回ったそうだ。破壊力も、防御力も、機動力も兼ね備えた大量破壊兵器だった。山を切り裂き、平地のような道を作り、海にも海路を、文字通り切り開いた神以上の存在だ。
いくらマイネーが桁外れの強者でも、更に格がいくつも違うと認めざるを得ない。
「おまけに、足場がどんどん悪くなって行きやがる!!最悪だ!!」
マイネーの周囲には死体が積み重なっていて、辺り一面がモンスターの血で池になっている。うっかりすると死体を踏んづけて体勢を崩したり、血だまりに足を取られそうになる。
マイネーとしては、せめて戦場を移動したいところだ。
「空も分が悪いな」
ちらりと見上げると、バレルたちの飛行部隊は善戦はしているが、3倍以上の数に押されている。
さらに、マイネーからは、他の味方の動きがまるで見えない。町の状況も把握できなくなってしまった。
マイネーを支援していた長弓隊は、腰に紐を付けていて、敵が迫ったら、防壁の守備隊に引き上げてもらい、町に近付くモンスター軍との戦いをする手はずとなっていた。
マイネーに群がってくるモンスターは、まだ軍としての統制が取れているが、欲望むき出しになって、制御が効かなくなったモンスターもいて、第二、第三、第四の部隊の中の200体ほどは町の方に向かっていた。
「ああ~~~!贅沢はいわねぇから、後2枚、いや1枚で良いからカードがあれば良かったのによ!!」
獣人たちは、戦士としては優秀だが、将としては頼りない。こんな事なら、戦のやり方も教育しておけば良かったと、今更悔やんでも仕方が無いが、ぼやかざるを得なかった。
マイネーに匹敵する強者が1人ここにいれば、闘神王と同じ事が出来た自信はある。
また、全軍を指揮してくれる人物が町にいてくれれば、それだけで味方に臨機応変な指示が送れたはずだ。
2つは願わずとも、せめてどちらかがいれば、戦局は大いに違っていたに違いないのだ。
「いや・・・・・・。そもそも敵の戦力を見誤ったオレ様の責任か!!」
マイネーは素直に自分の失敗を認めた。潔い良い質なのだ。
「まあ、ペンダートンの孫がいた事だけでも、せめてもの救いになってくれる事を祈って、今はもう一踏ん張り、ここで、こいつらを引き付けといてやるか!!」
マイネーは雄叫びを上げると、コボルトを1体捕まえて、その頭を握ったまま、ブンブン振り回して放り投げる。
振り回されるコボルトにはじき飛ばされたりして、敵の足が止まる。
一瞬の間隙に、斧に闘気を込める。黒い炎が八首の大蛇のように伸びて、たちまちの内に数十のモンスターを焼き殺す。その一瞬で、マイネーはようやく少し前進して、屍の少ない戦場に移る事が出来た。
そして、その炎の爆発が、第二軍団を突破して近付きつつあるカシムに、己の位置を伝える事となった。
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