獣魔戦争  挟撃作戦 5

『お兄ちゃん、お兄ちゃん。聞こえますか~?』

「ミ、ミル?!」

 俺は思わず、耳に当てている小瓶を目の前に持ってきて見つめるが、慌てて耳に当て直す。

「これ、どうなって」

 俺が言いかけた時、またミルの声が瓶から響く。

『お兄ちゃん。あたしからの声しか届かないから、良~く聞いててね』

 小瓶からのミルの声がそう言うので、俺は周囲に静かにするように合図して耳を澄ませる。

『ゴブリンとコボルトの一軍が、今そっちに向かってま~す。数は・・・・・・うん。300かなぁ?2列ぐらいになってにぎやかにそっちにゾロゾロ向かってま~す。15分くらいでそっちに行く感じかな・・・・・・。じゃあ、あたしもすぐにそっちに戻るね』

 ミルの声がしなくなった。

「森の中、300の軍団が列を成してやってくる。会敵まで15分ほどだそうだ」

 俺がミルのメッセージを伝える。全員の表情が引き締まる。戦意に燃えている様子だ。だが、今は戦意は必要ない。

「バニラ」

 俺が、バニラの肩を掴んで目を見つめる。

「いいか。これは戦闘じゃ無い」

 俺の言葉に、バニラが意表を突かれたように首を傾げる。

「じゃあ、なんなのさ?」

「狩りだ」

「狩りぃ?」

 バニラが戸惑う。周囲の兵士たちも、戸惑いの表情を見せる。

「そうだ、狩りだ。この森はお前たちの狩り場だな?で、奴らは動物よりも間抜けでやかましい獲物だ。簡単な狩りじゃないか」

 俺の言葉に、兵士たちの表情が変わる。静かに落ち着いて、それでいて不敵な笑みを浮かべている。

「バニラは獲物の後方から、静かに、確実に狩り取っていけ。バックは前方に罠を仕掛ける。数を減らしたら、後は一気に狩り尽くせ!」

 兵士たちは、優秀な狩人の顔になり、すぐに行動を開始する。細かい指示は不要だ。彼らは本来は兵士では無く狩人なのだ。

 バニラは無言で部下たちに合図をすると、あっという間に森の奥に、音も無く姿を消していった。

 バックも静かに部隊を細かく分けて、罠を仕掛けるべく行動する。


「なるほど、狩りねぇ~」

 ファーンが感心したように俺の横で呟く。

「まあな。集団戦闘に慣れていないなら、慣れている戦い方をまずはさせてみるだけだ」

「『地の利は我に有り』ですね」

 リラさんの言葉に、俺とファーンが感心する。きれいにまとめられてしまった。

「・・・・・・しかし、開戦に間に合えば良いのだが」

 間も無く夜明けとなる。夜が明ければ戦は始まる。

「ギリギリだな」

 ファーンの声に俺も頷いた。



 狩りは粛々と進んだようだ。バニラたちが敵の隊列の背後に回り込み、最後尾の敵から、少数ごとに自然に分断しては、音も無く狩り取っていく。後ろの味方がいなくなっている事にも気付かずに、モンスターの行軍は続いていく。

 一方、バックたちは、巧妙な罠を仕込み、こっちも少数ずつ道に迷わせるように分断していって、罠に誘い込み、仕留めていく。

 ゴブリンたちは、やはり知能が足りないので、数が減っている事に中々気付かず、孤立してから慌てたりしていた。

 足音がにぎやかなので、どこにいてもすぐにわかる。

 森の中で戦えば千単位の敵でも勝てそうだ。

 だが、逆に言えば、それがわかっているから、敵も開けた場所に陣を構えたのだろう。

 最終的に、残り100体を切った辺りで、ゴブリンたちも異常に気付いたが、その頃には俺たちがすっかり包囲していて、一斉攻撃で一匹も逃さずに殲滅する事が出来た。


「やった!やったよ!!」

 バニラが興奮して叫ぶ。敵を殲滅し終えて、ようやく狩人から兵士の顔に戻り、そこで始めて初戦に圧勝した事に気付いたようだ。

 見ると他の兵士たちも同様に興奮していた。

 300対113の戦い。ひとまずこっちの死傷者、負傷者ゼロで圧勝だ。

 だが、本番はこれからだ。




 ちょうどその時、ずっと鳴り続けていた太鼓の音が止まる。

 モンスターたちの叫び声もピタリと止まった。

 一瞬世界が静けさに包まれる。

 東の丘の上から、朝日が差し込んできた。開戦だ。


 敵集団の中央で、高々と巨大な炎が立ち上る。吹き飛ぶモンスターたちの姿も視認できた。

 一瞬遅れて、ドーーーーーーーン!!!という爆音が響いた。

 間違いなくマイネーの攻撃だ。

 最強のパーティーの元メンバーにして、火炎魔獣の呼び名も高く鳴り響く、当代の英雄の1人、ランネル・マイネーの開戦の合図だ。

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