獣魔戦争  挟撃作戦 4

 ゴブリンたちモンスターが陣形を敷いているのに驚きつつ、俺はこの陣形の意味を考える。

 「横陣」とは、横に広く伸びた陣形で、相手を押しつぶす戦法だ。左右、後ろと森がありカバーできているが、横陣の弱点は、正に左右や後ろからの攻撃である。

 モンスターが陣形の意味や用兵を知ってるとは意外だが、モンスターたちの装備もある程度揃っている。遠目からにも粗末だが、槍と剣、盾を装備している。鎧を装備していたり、兜をかぶっているモンスターも少なくない。

 鳴り続ける太鼓に、モンスター軍が「おう!おう!」と叫ぶ声が耳にも痛い位だし、体の芯にも響いてくる。

 完全にモンスターの軍隊である。

 横陣の後方に一軍あるが、あれが敵の本陣だろう。そのすぐ後ろが森となっている。


 敵が「用兵」を知っているとなると、こちらも考えなければいけない。

「よっし!あの横っ面に突っ込めば良いんだな!!」

 バニラが、自分の部隊に号令を掛けようとするのを、俺が慌ててひっぱり、座らせて止める。

「何すんだよ!!」

 バニラは不満気に叫ぶ。実に短絡的だ。

「待て!まだ開戦じゃ無い!」

 俺はそう言うと、ミルに声を掛ける。

「ミル。森の中を西に進んで偵察して来てくれ」

 森を西に進むと、敵の側面後方に向かう事になる。

「了解!じゃあ、お兄ちゃんこれ持ってて」

 ミルが俺に手渡したのは、蓋のされてある透明な小瓶だ。中には何も入っていない。

「何だ、これ?」

 その瓶をマジマジ見ながら首をひねる。リラさんが「あっ」と小さな声を上げる。

「これはね。精霊ま・・・・・・じゃない。忍術だよ!その名も『相思相愛』!!」

 ミルが胸を張って言う。って言うか、今「精霊魔法」って言いかけたろう・・・・・・。まあいい。

「相思相愛?」

 なんて名前だ?!

「思っている事が相手にも伝わるって意味だよ!」

「?・・・・・・もしかして、『以心伝心』か?」

 俺がそう言うと、ミルが大きく頷く。

「ああ!そうそう!・・・・・・あれ、じゃあ、『相思相愛』ってなんだっけ?」

 ミルが首をひねる。

「『相思相愛』ってのは、男女がお互いに愛し合っているって意味だよ」

 親切にも俺が教えてやる。どんな勘違いをしているのやら。

「な~~んだ!じゃあ、『相思相愛」で良いんじゃん!あたしとお兄ちゃんは愛し合ってるもんね~~~!」

 ミルがいたずらっぽく笑う。さてはコイツわかってて言ったな?!

「そうなんすか?!」

 バニラが驚いた表情で、俺とミルを交互に見る。

「ば、違う!」

 慌てて俺は否定する。

「そんな事言ってる場合じゃ無いだろうが!!」

 俺がミルを叱ると、もうそこにはいない。

「お兄ちゃん、その瓶、ずっと耳に当てててね~~~」

 濃い緑色のマントを着たミルの後ろ姿は、たちまち周囲の景色に溶け込んで見えなくなってしまった。


 俺は、ミルのおふざけにブツブツと文句を言いながらも、ミルの言った通りに小瓶を耳に当てながら、バニラとバックを呼び寄せて、地面に石を並べてみせる。簡易的だが、敵の陣形を模した布陣図だ。

 半円形に、森を描き、離れたところに木の枝を刺す。

「いいか。これが森。そして、この刺した木の枝がエレッサの町だ」

 バニラとバックが頷く。ファーンたちも覗き込んでいる。

 そして、森の端から端までに5つ石を並べる。

「そして、これが、敵のモンスター軍団だ。見たところ正面には5軍団ある」

 そして、森の下側の端っこを指さす。

「ここは今、俺たちが潜んでいるところだ」

 それから、並べた石の近い方から順番で指を差していく。

「こっちから順番に敵の軍団に番号を付けていく。一番、二番、三番、四番、五番」

 バニラもバックも頷きながら目で石を追っていく。それから、並べた石の奥に、もう一つ大きめの石を置く。

「そしてこれが敵の本陣で、六番」

「十番が良い!!」

 バニラが突然そう言った。何でだ?

「十番の方が特別っぽくて覚えやすい!」

 バニラの言葉にバックも頷く。いや、これくらいは覚えろよ。そう思っていたら、呆れた様子でファーンが言う。

「言っちゃなんだけどよ、何であんたらが隊長やってんだ?」

 隊長をやるには、当然、最低限の頭がいる。

「じゃんけんで勝った!」

 バニラが胸を張る。

「ボ、ボクはバニラが隊長をやるって言ったから・・・・・・」

 バックがモジモジと言う。するとバニラがまた勢いよくバックの頭をひっぱたく。

「何だよ!照れるじゃんか!!」

 バックが細い目をまん丸に見開いて驚いたようにバニラを見て固まる。バニラは平然としている。

 ああ、もうそういうの良いから・・・・・・。

「いや。お2人とも戦士としてはかなり強いんですよ」

 セルッカがコソコソとフォローを入れてきた。いっそセルッカが隊長だったらやりやすかったのに。

「まあいい、続きだ。」


 俺は次に、俺たちと反対側、図で言うと上の森の端を指さす。

「ここがもう一つの味方である右翼軍が潜んでいる所だ」

 バニラもバックも再び図に目をやって頷く。

「だがな、これで全部じゃ無い」

「と言うと?」

 合いの手を入れたのはファーンだ。

「実は伏兵が隠れている。つまり十一、十二、十三、十四ってところだろう」

 そう言って俺は、半円を描く森の縁を指で指し示す。

「なんでそう言えるんだ?」

 またしてもファーンだ。多分、バニラとバックが理解しやすいように話しを導いてくれているのだろう。相変わらず良い役をする。

「敵は陣形を理解する知恵があり、それどころか、知恵の無いモンスターどもに、陣形を使わせるほどの統率力まである。これは普通じゃ無い。となると、俺たちの作戦も見抜いているに違いないと考えるべきだ」

 全員が薄ら寒そうな表情で、顔を見合わせながら頷いた。俺も想像しただけでゾッとする。

「だとすると、横陣の弱点である、横や後ろからの攻めを警戒するはずだ。だから、俺たちが飛び出したら、きっと森の中から俺たちの後ろを取る為に、敵の伏兵部隊、十一、十二が飛び出してくるだろう。右翼の方も、十三、十四の伏兵が飛び出してくるはずだ」

「マジかよ・・・・・・。つまり挟撃作戦のはずが、逆に、オレたちの方が挟み撃ちにされるって事じゃんか・・・・・・」

 ファーンが生唾を飲み込む。


 その時、俺が耳に当てている小瓶から、ミルの声が聞こえた。

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