獣魔戦争  エレッサの町 4

 エルフの黒魔道師、ランダ・スフェイエ・スは、白竜山の麓の村、カルピエッタでカシムたちと別れて、グラーダ国の王都メルスィンに行き、グラーダ国王にカシムが、白竜に竜騎士として認められた事を報告すると、次にカシムの護衛を依頼してきたペンダートン家のカシムの祖母に会いに行く。

 カシムの祖母クレセアは、素朴で善良な老婦人である。

 ランダはこの老婦人に恩義がある。


 ランダは幼い頃、とても貧しかった。ハイエルフの祖母はどこかへ行ったきりで戻ってこないし、父は多額の借金を抱えて行方を眩ませた。その為、借金を抱えたまま、母が女手一つでランダを育てていた。父は、第二世代のエルフにもかかわらず、性格が破綻していた。母は、第五世代以降の普通のエルフだった。


 その母に就職先を斡旋してくれたのがクレセアだった。母の負担を減らす為に、ランダをペンダートン家の保護施設に入れてくれた。

 クレセアは、ランダにも、他の子どもたちにも分け隔て無く愛情を注いで接してくれたのだ。

 そして、諦めていた教育を施してくれ、さらにランダの魔法の才能を惜しんで、魔法学校にも通わせてくれたのだ。

 おかげで、母は、仕事に専念して、借金をかなり返せるようになった。

 ランダが魔法使いになれば、残りの借金は充分返せるはずだった。


 事実、魔法学校を卒業して、魔法を活かした仕事に就いたランダは、数年で父の残した借金を完済する事が出来た。

 だが、それで安心したのか、母は病に倒れ、ランダが仕事で出かけている間に呆気なく亡くなってしまった。病院で母を看取ってくれたのもクレセアだった。

 

 それから、ランダは結婚する。結婚相手は同じ保護施設で育ち、共に魔法学校で学んだ女性だった。名前をシンシアという。

 シンシアは、スラム街の孤児だった。親に捨てられたのだろう。赤子のシンシアをクレセアが保護して育ててくれたのだから、妻の恩人でもある。

 だから、クレセアの頼みであれば、例え何を裏切ってでも優先して叶えねばならない。


 ランダは言っていないが、カシムが生まれた時も、ランダはペンダートン家で一時的に働いていた。だから、カシムに対しては弟の様にも感じている。それがカシムに拘る理由の一つとも言えた。

 

「不思議な事です。そんなカシムに、今は同じパーティーの仲間と認められました」

 ランダの報告に、クレセアが可笑しそうに笑う。

「本当に『縁』って不思議ね。カシムは見ていてハラハラするでしょう?」

 「縁」と言えば、カシムを監視していたからこそ、自分の親族と出会う事が出来た。

 ランダが苦笑してクレセアの言葉に答える。いつも張り詰めたような表情のランダだが、クレセアの前でだけは柔らかな表情を浮かべる。

「はい。俺の想像も付かないような事をしてくれます。手を焼きますが、不思議とそれが心地よい」

「そうですね。あの子は本当に不思議な子です。人を信頼させる魅力があります。『あの子ならきっと』って、思えるのです」

 クレセアの言葉に、ランダも頷く。


 カシムはペンダートン家の子どもだ。保護施設の子どもたちは、誰しも心に傷がある。負い目がある。

 沢山の愛情や仲間たちに支えられて、楽しく幸せな時間を過ごして大人になる。だが、そんな彼らでも心に闇がある。

 ペンダートン家の末子に、ペンダートン家の愛情全てが注がれているのを見ていれば、不快な気持ちになるものだ。


 実際、カシムが溺愛されている話しを聞いた子どもたちが、見た事もないカシムに嫉妬して悪口を言っている場面に行き会った。だが、その子たちも、実際にカシムを見たら、悪口も陰口も言わなくなった。

 もっとも、彼らが見たのは、ジーンに稽古を付けられて、口から血を吐いて、腕も折れているのに、尚、剣を振らされている自分たちより幼いカシムの姿を見たからかもしれないが・・・・・・。


「俺は、自分の目的があって冒険者になりました」

 ランダがクレセアに言う。クレセアはその事を良く知っているので静かに頷く。

「俺の目的が、カシムの旅を支える事で、成し得られる気がします。だから、俺は全力で、カシムの力になりたいと思います。これからはパーティーの仲間として」

 クレセアが穏やかに微笑む。

「弟を導いてあげて下さい」

 クレセアの言葉に、ランダの頬が赤くなる。だが、すぐに口元に笑みを浮かべて頷いた。

「あなたの旅に実りがある事を祈ります」



 ペンダートン家を辞したランダが次に向かうのは、グラーダ国の西、工業都市レザルである。

 ここには多くの鍛冶職人がいる。その中でも特に有名な名工が5人いる。その内の1人がランダの依頼人である。


 カシムたちは黒竜島に向かっているが、このまま黒竜島に駆けつけても間に合わない。ならば、先に依頼を終えておいた方が良い。ついでにその依頼人と会う事が、カシムの役に立つかも知れないと考えたからだ。

 急ぐ旅だ。ランダはメルスィンの街から出て、郊外に行くと、光の鎧を使って、高速で西のレザル目指して飛んで行った。

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